CPP107衛星カリストの光るクレーター_6
CPP107 Shining Craters on Moon Callisto (6)
黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI, treeman9621.com)
CPP107衛星カリストの光るクレーター_6

 衛星カリストは不思議な世界だ。

NASAのサイトに宇宙探査機ガリレオが撮影した画像があって、それについてのかんたんな説明も記されているが、クレーターの大きさとか、地質の形成過程についての仮説などが語られているだけであり、これだけだと、この衛星が、地球の月のような、クレーターだけがある世界であるかのように思ってしまうかもしれない。ただし、この衛星の比重が、あまりに小さいので、内部の相当部分が氷となっていると、研究者の多くが信じ込んでおり、氷とはいえ、水があるのだから、そこに生命が発生する可能性があるのだと、衛星エウロパと同じように期待されているという。

ところで、衛星カリストの大きさは、光学的に観測されて分かっている。これの質量は、どうやって知るのか。おそらく、ケプラーの法則やニュートンの重力の法則から、地球の質量を基準にして、木星の質量を出し、その木星を新たな基準として、衛星カリストの質量を求めているのだろう。このような値を疑うとしたら、ケプラーやニュートンの法則を相手にしなければならなくなる。それは勝ち目のない試みのように思える。

衛星カリストの比重が小さいということを説明する、もう一つの可能性は、この衛星の中が空っぽになっているという考えである。そのようなことは、外側から見るだけでは分からない。地球の内部が空洞になっているという説が出ることがあるが、このことは、地中を伝わる地震の波 (弾性波) を調べることによって、あっさりと否定される。しかし、月の「月震」においては、どうやら、この弾性波のパターンが異なるようだ。とりあえず、地球の中が詰まっているとしても、月や衛星カリストも同じだと考える必要はないのかもしれない。土星の衛星の中にも、比重が小さすぎて説明に困るものがある。

地球の科学者たちは、エウロパやカリストの海に、原始的な生命が発生しているかもしれないと、淡い希望を持っている。しかし、エウロパの探査画像を調べてみると、原始的な生命どころか、立派な文明の証拠が、次々と現れる。どうして、世界中の科学者たちは、地球に存在する人類こそが、宇宙で唯一の、まれに発生した知的存在だと考えてしまうのだろうか。太陽系では、この地球だけに文明が発生したと、強く信じ込んでいる。そうではないほうの可能性のほうが、はるかに大きな確率で存在しているということに、まったく目をむけようとはしない。

 エウロパだけではない。地球に比べると、太陽からかなり遠い、土星の衛星タイタンや、逆に、太陽にもっとも近い惑星の水星にも、地球と同じくらいの光量のもとではぐくまれた、それなりの「自然な世界」が存在していて、幾何学的な構築物などの、文明の証拠が、数多く見つかる。これらのことから、太陽の光が、空間の構造に由来する幾何減衰の法則どおりに伝わっているのではないのかもしれないという、新たな仮説を考える必要が生じている。太陽から地球までの距離を1とする「天文単位」で、太陽から木星までの距離は、およそ5.2となる。幾何減衰の原理は、太陽から出る光を、これらの天文単位の半径での球を考えたときの、その表面積に逆比例するということであるから、木星あたりへと届く太陽の光は、単位面積当たり、地球の27.04分の1ということになる。太陽から水星までの距離は0.3871天文単位であるから、こちらへの光は、地球の6.7倍となる。カリストは暗くて寒く、水星は明るくて暑いと、誰でも考えてしまうことだろう。しかし、宇宙探査機による観測画像を調べてみると、カリストは凍っていないし、水星は暑すぎて干からびているわけではないことが分かる。木星より、さらに太陽から遠い、土星の衛星タイタンには、凍っていない湖があるし、樹木のようなものがあって、住居はもちろん、公園や遊園地のようなものまであるのだ。だから、まず、太陽にほどよい距離で周回している、地球だけが生命のゆりかごであったという、偏った視点による考えを、どこかに捨てて、空間が曲がり、時間と溶け合うとまで、豊かに空想する能力があるのだから、これまでの固定観念を、さっさと壊して、ただ単に「見る」という、科学のごくごく初期に試みることに、心のすべてを向かわせるべきなのだ。「考え」て「説明する」のは、もっともっと後からでもよい。なにしろ、衛星カリストは不思議な世界なのである。この不思議さを、素直に「見る」ことができれば、私たちが住んでいる、この地球も、これまでの科学の知識では説明できないような、とびきり不思議な世界であるということの、入口の扉を押しあけることができるだろう。

 前置きが長すぎた。さっさと画像を見て、そこにあるものを素直に受け入れることができれば、このような議論は必要がない。ところが、地球で暮らす人々の多くは、ある種の色眼鏡をかけていて、そのレンズ部分にはめられたフィルターを通らない「情報」のほとんどを、まったく見ようとはしない傾向がある。つまり、人間たちは、自分たちが見たいと考えたものだけを見るのだ。私とて、衛星カリストの画像を解析し始めたときには、そこに映っているものを、「アメーバーのようなもの」とか、「歩く競技場のようなもの」とか、「色とりどりの翼のようなもの」と呼んでいた。二つ目のものを「歩く競技場のようなもの」と、ここで呼んだが、実は、もう少し控え目に、「盤状体」と名づけていた。いくつも調べてゆくうちに、歩くのは「盤状体」のほうではなく、その中にいるものや、その近くにいるもののほうであるということに気がつき、これが、ある生命体の姿によく似ていることを受け入れることにした。すると、見ているものの意味が、どんどん分かるようになった。その「ある生命体」というのは、地球にも数多く存在する「鳥」なのである。

 衛星カリストには、「鳥」がありふれていた。しかも、その「巣」となっているのが、これまで「クレーター」と呼ばれていたものなのである。衛星や惑星に見られるクレーターのスケールと、「鳥」のサイズが、重なっているということを了解するまで、このような組み合わせは、とても信じがたいことであった。最初は、信じられないという気持ちで調べていたが、衛星カリストの画像をウェブで調べ、解像度の大きなものを探して、それらを取り込み、拡大して眺めまわし、解析領域を指定して、それらの一つ一つについて解析ソフトを工夫し、新たに生み出しながら、何百という対象にあたってゆくにつれ、「鳥」というキーワードの魔力が、意識のフィルターの色を落としていったのだった。

 1を「衛星カリストにおける解析領域(上をU下をDと大きく区別する)」と書いたが、これの、本来の画像は、このように半分に切れてはいなかった。これを全体として取りあつかおうとすると、見にくくなることが多くなると考え、私が半分に切って、それぞれについて調べようとしたのであったが、解析を終えてみると、やはり、まとめて論じたくなって、図1のように構成した。しかし、これでは、あまりに巨大なデータとなってしまい、これらの解析領域にあるものを、一つ一つ説明してゆくわけにはいかない。注釈として入れたように、解析領域の記号の前に、上の画像ではUを、下の画像ではDを前につけ、UA1DAとして区別することにしたい。これらに描いた箱につける数字は、左上から右下へという原則を適用したと思う。このシステムは混乱を呼ぶので、このあとあたりからは、もっと合理的なシステムに変更することにした。宇宙空間で指定した黄色い箱の数え方は、さらに混乱したものであり、後から調べたときに、うまく対応したものを見つけることができないようになっている。今回は、これらの宇宙空間のことについては論じないことにしたい。黄色と赤色と、水色のDU[6]の箱については無視してほしい。

 具体的な画像を取り出して説明することにしよう。図2は、領域UC1にある、光るクレーター部分を解析したものである。図1C[7]の記号の直下にある箱がUC1である。衛星カリストの表面を、やや斜めから見ていることになるようで、クレーターが扁平な形に見えている。そして、このクレーターの中央部だけではおさまらず、右のほうへと飛び出して、白いものが、何らかのまとまりとして存在している。これは、向って左の画像を見て論じているところであるが、右の画像では、左の黒い部分が黄色くなり、白い部分が青くなり、赤みのある黄色の部分が黄緑色に変わっている。この青色の姿は、大きめの尾羽をもつ小鳥のものである。おそらく、この青色の姿は、大きくなった雛で、下にもう一羽、小さな頭で、尖ったくちばしをもつ成鳥がいると思う。あるいは、下が雌鳥で、上が雄鳥であるかもしれない。これらの考察は、ここでは追ってゆかないでおこう。問題を一つだけに絞りたい。ほんとうに、この青いものは「鳥」の姿なのだろうか。

 図3にある、領域UA3の光るクレーターを解析した画像では、下に大きな鳥がいて、背中に黒い凹みのようなものを持っていて、そこに雛のようなものが乗っているところのように見える。鳥の背中に黒い模様があるというが、衛星カリストの、ある種の鳥の特徴であるということに気がつけば、多くの画像の意味を解釈することができる。

 図4の領域UA1にある光るクレーターの解析画像では、大きなくちばしを広げているもののような姿が見える。これの背中に、やはり、黒い模様が一つある。図5UA2にある白いものは、翼を広げている鳥のようなもののように見える。これの背中にも白くないところがあるが、ここでは球体のように見える。仮に、これが卵としたら、これは、どのような理由で落ちたりしないのであろうか。

 図6の領域UZ14の画像には、鳥が飛んでいる姿が映っている。右側の画像では、白と黄色と赤の色で、鳥の形が見事に浮かんでいる。この鳥の背中には、黒いものは見られない。図7の領域UV9の光るクレーターの中にも、鳥のようなものが映っている。体がかなり丸い。背中に黒いものは見られない。図8の領域ULの白いものは、ペリカンに似ている。

 図9の領域DD2の、光るクレーターにある白いものは、クレーターの中にすっぽり収まっている胴体から、首と頭とくちばしを出して、クレーターの縁に乗せている。抱卵中の鳥のように見える。このようなパターンの画像は、数多く見つかる。図10の鳥は首が太いようだ。図11の鳥は、左下へと頭を向けているように見える。

 このほかにも数多くの画像があり、光るクレーターの中に、雛のようなものや、ただの卵のようなものが見られるものは、数え切れないが、大きな鳥の姿に比べると、インパクトが弱いので、ここではとりあげない。

 さて、これらの画像の中に現われているものが、地球の鳥とよく似た形態の生命体であるとして、このことが意味することを考えてみよう。

 まず、ひとつ目として、なぜ鳥のような形なのか。地球では、鳥は、かつて、爬虫類と哺乳類の間に置かれる生命体の、ある生命システムの呼び名で、すでに滅んでいる恐竜というシステムは、爬虫類の仲間だと考えられていた。しかし、ここ何十年かの研究により、恐竜は、爬虫類から独立し、鳥類と恐竜の違いがほとんどないということが分かってきた。つまり、鳥類は恐竜から進化した生命システムだというのだ。なぜ、そのようなことになったのか。そのことを明確に説明した仮説はあるのだろうか。酸素濃度が影響したという説もあれば、地球の重力が変わったという説もある。重力の大きさと、大気の濃さのバランスにもとづいて、地表に束縛されていないで、広い空間を動き回るという生活スタイルを選ぶことができるような、生態学的なニッチへと適用する生命体が、どのような世界にも現われるということなのだろうか。地球で空を飛ぶ生命体として、代表的なものは、この鳥類であるが、哺乳類の中でも、コウモリが、このニッチへと進出している。鳥たちの多くが光の下で飛ぶことを基本としているのに対して、暗闇の空で飛ぶという、未開拓のニッチを追い求めて、コウモリだけの自由さを追い求めたのだろう。空を飛ぶ生命体としては、ほかにも昆虫類がいる。地球では、このような昆虫たちのサイズは、あまり大きくない。これは、呼吸機能のデザインに基づくものかもしれないという説がある。昆虫たちが酸素を取り込むシステムが、脊椎動物のシステムほど効率の良いものではなかったという制限条件が作用したというものである。しかし、昆虫は、少し改良すれば、もっと大きな体になれるものであるかもしれない。おそらく、地球の重力と、昆虫の構成システムとの、何らかの関係で、このようなサイズになっているのだろう。地球においては、空で活躍する生命体とよく似た状況に置かれた生態系が、ほかにもある。水の中での生命たちである。海の中では、微細なプランクトンから、ナガスクジラまで、さまざまなサイズの生き物たちが共存している。形のことを考えようとしていたのだが、いつの間にかサイズのことへと議論の核が移ってしまった。なぜかというと、衛星カリストでの鳥たちのサイズが、地球における海の中の生命体たちのように、幅広いスケールで分布しているように思えるからである。衛星カリストという、半径2403kmの星の上に、図1のように見えている、直径数10kmのクレーターにすっぽり入る大きさの生命体なのである。全長が30kmとか40kmという大きさの鳥だということになる。もちろん重力が違いすぎるので、地球に現われたとしても、すぐにつぶれてしまうことだろうが、地球の表面に降りてこなくても、地球の人工衛星が飛ぶ高さとか、地球と月の間とかに来たとしたら、これまでの怪獣映画や怪獣TVドラマの想定をすべてひっくりかえしてしまうことだろう。地球で暴れまわる怪獣たちのスケールは、どんなに大きくても、1kmを超えることはないようだ。

 衛星カリストには、クレーターを巣として利用している鳥たちしかいないのだろうか。そのようなことは考えにくい。天敵のようなものはいないのかもしれない。だからこそ、衛星カリストが営巣地になっているということは、十分に考えられる。しかし、少なくとも、エネルギー源としての食物の、何かが存在している必要があるだろう。地球の鳥たちは、さまざまなものを食べている。穀物なども食べるし、虫たちもごちそうだ。衛星カリストに、そのようなものがあるかどうかを確認するのは難しいようだ。おそらく、そのようなものは、もっと小さなものであろう。また、形態として、特別な形をしていたとしても、それを識別できるような、高い解像度の画像は得られそうもない。

 仮に、衛星カリストが営巣地になっているとしても、それだけでは、鳥たちの世界が狭すぎる。図1の画像では、衛星カリストの半分に近い領域を見ていることになる。そこにある巣の数は、なんとか数えられるくらいであり、これではあまりに少なすぎる。どこかに、もっと広い世界があるはずで、そこには、数え切れないほどの鳥がいなければ、多様な形態の鳥が遺伝子情報を伝えてゆくことはできないはずだ。ここまで考えると、カリストが木星の衛星であることを思いだすことになる。鳥たちのベースとなる生態系の世界が、近くにあった。木星だ。ここの「空」は、とても広い。木星の重力は大きいかもしれないが、大気の濃さもかなりのものであるはずだ。これらの関係は、地球での海の状況に近いものであるかもしれない。上記の解析で、よく目につく鳥のデザインが、なんとなく、地球のペンギンに似ているのが、ここで納得できるようになる。水中を泳ぐペンギンの翼ていどのものでよいのだ。いやいや、さらに問題がある。木星と衛星カリストの間の宇宙空間を、はたして、これらの鳥たちは、「渡る」ことができるのか。それはなんとも言えない。私たちは宇宙の生命体の生理システムのことを、ほとんど知らないし、木星近辺の空間状況のことも、よく知らないのである。太陽系の空間が、すべて、地球の近辺と同じようなものであると考えてしまうのは、地球の科学者たちの、視野の狭さに由来する、単なる思い込みにすぎないのではないだろうか。宇宙における物理定数や法則の係数などが、地球近辺の宇宙空間や、地球のエーテル領域内部での値と同じだと考えるのも、やはり、ただの思い込みだという可能性もある。

 物語を太陽系の中だけに限定してしまっているのかもしれない。鳥や昆虫やカエルやクジラや魚やプランクトンといった、地球にある生命体のシステムやデザインは、もっと広い宇宙空間で、それほど珍しいものではないのではないのだろうか。私たちは、生命が地球で発生して進化したという偏った考えから、なかなか逃げ出すことができないでいる。そのように考えることは、ひとつの解法ではある。しかし、答えは他にもあるかもしれない。もっと古くから、このようなデザインの生命は、広い宇宙に存在していて、ひょっとすると、SF小説の中で何度も語られているように、探検され、移民の対象となってきた星の一つが、この地球かもしれない。それが空想ではなく、ほんとうのことであるという可能性のことを、どうして私たちは考えようとしないのだろうか。

 もう少し考察しておきたいこともあるが、それには、証拠となるものを、画像や情報で整理して提示する必要があり、ここでの話の進め方から、はずれてしまうだろうから、衛星カリストの光るクレーターについての議論は、このあたりでストップすることにしたい。

 何度も繰り返すようだが、衛星カリストは不思議な世界である。そのことの意味を深く考えてゆくと、そこだけではなく、私たちの地球を含めた、この宇宙というものが、地球の科学者たちが考えていることを、はるかに上回る、不思議に満ちた世界であるということに気がつく。私たちは、すぐ近くにある世界のことも、ほとんど知らないまま生きていて、そして、死んでゆく。そのあとのことも、よくは知らない。ひょっとして、知っているのだが、忘れているふりをしているだけなのかもしれないし、宇宙のことも、ほんとうは、もっともっと、いろいろなことを知っているけれど、それらのことをすっかり忘れて生きているだけなのかもしれない。

(2009.05.15 Written by Kinohito KULOTSUKI )

参照資料

[1]http://www.eso.org/public/outreach/eduoff/vt-2004/Background/Infol2/vt2004-if22a-fig7.jpg