思考言語コアの創作効果について
On creative effect of Thinking Language CORE
黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI, treeman9621)
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 (1)はじめに

 思考言語コアのアイディアを思い浮かべたのは20年ほど前のことだった。そのころのことは「思考言語のアイディア」で述べている。最初は、新しい民族言語のような記号体系を生み出そうとしてしまった。名詞や動詞などの単語を、これまでに無い記号で定義しなおして、あまりに記号が多くなり、創造した私自身が、それらの記号を忘れてしまうのだ。これでは、バベルの塔で起こったことを繰り返しているだけだ。すでに多様な言語に分かれてしまっている人々が、一つに集まってゆくものを生み出すという目的があった。最小限必要な記号だけで、自然言語では複雑な思考に見えるものを、より理解しやすいものへと変えたいのだ。

 思考言語コアが参照したのは、電気配線図などの特殊な分野の記号体系や、当時急激に進化したコンピュータ言語や、すでに複雑な思考を組み上げている数学記号の体系などだ。しかし、それらが対象としている、制限された特殊な思考にではなく、ほとんど自然言語でのみ表されているような、ごく一般的な思考を解析のための対象とした。哲学の文章、数学の解説文、古い形式の法律文、複雑な構成の小説、これらをサンプルとして、思考言語コアの技法を洗練させた。このような解析例について、「思考言語のアイディア」に幾つか載せた。

 発展の可能性はあったのだが、しばらくは眠ったままだった。最近「思考言語のアイディア」のページに、「創作ノート」の項を増やした。この思考言語コアという怪物が眠りから覚めて、さまざまなものに喰らいつきだしたのだ。

 最初の餌食は「ゾクチェン」と「ハトホル」だった。これらの思想内容の骨組みが、似ているはずだという考えにとりつかれ、これらの骨をしゃぶりだしたのだった。これは味わい深い餌になっている。ここでめぐり合った「いまだ問われざる問い」というものが、どのような奇跡を起こしてゆくのか。まだ、その料理の前菜を味わっているところである。

 甘いものだけを要求する脳のためには、「アインシュタインの特殊相対性理論」というデザートが現れた。数ある胃袋の一つが、それのための蠕動を始めだした。原論文を思考言語コアで何倍にも発酵させて、少しずつ噛みしめて味わったところ、素直には飲み込めない「異物」が入っていたことが分かった。まるでブルーチーズのように、カビ毒をもっていながら、まんまと人々の味覚を変えてしまっていたものだ。それらをマーキングし、検査の効率を引き上げる技法として、思考言語コアは力を発揮した。

 比喩をつかいすぎて、論説文ではなく、小説へと流れそうになってしまう。はっきりと目を覚ませて、現実世界の記述体系に戻ることにしよう。

 「思考言語のアイディア」では、思考言語の可能性について、離散的な例をあげて論じようとしていただけだった。ところが、上記の二つの例においては、それらは「例」の範疇を飛び出して、もっと具体的な「成果」へと変化したようなのだ。そろそろ本格的な事例を集めて、この思考言語コアの「創作効果」について論じる段階がやってきたようだ。

 

 (2)思考言語コアのねらい

 ここで使っているような自然言語は単語が線状に並んでゆく。これは、おそらく話し言葉からの影響だ。音声を用いた言葉で言語を組み立ててゆこうとしたら、どうしても、このようになってしまう。口は一つしかないからだ。それが書き言葉の様式を線形に整えてしまう。

 ところが、言葉として口に出る前の、思考のもとになったイメージがある。それらが全て線形に並んでいるとは限らない。よく用いる例であるが、男女の三角関係をイメージするときは、対象となる三人のイメージやシンボルを、頭の中の仮想空間に、三角形の頂点に位置するところへと配置して、それぞれの人間関係については、三角形の辺に相当するところに、何らかのイメージを配置するのではないだろうか。数学で用いられる「写像の図式」では、まさに、このような三角形の配置や四角形、さらには、それらを組み合わせた梯子のような配置で、関数や変数や写像記号が描かれる。これらによく似たものとしては、サッカーやバスケットなどのチームゲームにおける戦術図というものがあろう。あるいは、テレビドラマなどで現れる、事件の人間関係や証拠物件を整理するとき、黒板などに容疑者や関係者などの写真を貼り付け、それらの間の関係や証拠をメモ書きしてゆくシーンを思い浮かべてほしい。

 こんな別の例もある。それは空想の物語のように捕らえられることもあるが、「テレパシー」のテクニックに関するものだ。そのとき、テレパシーで送信する前の思考は、おそらく、はっきりとした画像のようなもののはずである。それが直接、何も通信媒体が無いように思えるのに、他人の頭の中に送られるというのが、テレパシー現象だ。

 あるいは、自分自身の潜在意識と通信するときも、抽象的な言語体系ではなく、イメージに基づいた、もっと原始的なもののほうが、よい効果が得られる。例えば、スポーツのトレーニングで用いられるイメージトレーニングは、この潜在意識との交信のサンプルになるだろう。私たちは「肉体」という他の生命体に寄生している、希薄な存在としての意識体であり、その「肉体」の主とは、イメージ言語で交信する必要があるのである。

 また、小説のようなものへと流れそうだ。ここでのテーマへと戻ろう。

 思考言語コアのねらいは、このような、もとの思考のイメージに、より近い表現形態を組み上げてしまおうというものなのである。しかし、もとのイメージは画像であったり、ダンスやゲームプレーの動きのような、立体的なホログラムのようなものであるとしたら、誰でもが、そのようなイメージを再現できるとは限らない。これでは、他と交信するという、言語の目的がかなえられなくなってしまう。そこで、これまでの言語が採用してきたように、それらのイメージについての、ある程度の抽象化と簡略化が必要になる。例えば、ラスコーの壁画で描かれたような動物のイメージが、エジプトのヒエログリフや、マヤの絵文字のようなものから、もう少し抽象化し簡略化して、それらの記号が変化していったことや、中国において、甲骨文字から漢字が作られていった過程を思い浮かべばよいだろう。少しおもしろいエピソードがある。「私はアセンションした惑星から来た」というタイトルの本の中に、金星の希薄な次元に住む宇宙人が使っているという、「金星文字」による手紙が載せられている。この画像を見ると、なんだかこれは、マヤ文字が、もう少し抽象化し簡略化して、変化したもののようなものに見えてしまう。地球におけるアルファベット言語体系の文化にいる人が、漢字の情報量のことについて学んだときと同じようなことを、これらの金星文字について感じることができる。それらの文字は、漢字と同じような大量の情報を詰め込んだ記号のように見えるのだ。

 しかし、思考言語コアでは、もう少し妥協して、現在この地球上で用いられている、多くの自然言語の、豊富な表現のための単語を、できるだけ利用しようと考えている。新しく導入する記号については、できるだけ、種類数を抑えておきたい。また、それらの記号を手書きするのではなく、現在の文化で支配的な、コンピュータを利用したワードプロセッサーをコントロールしている、キーボードで使いやすい、既存の記号を利用しなければならないという制約がある。

 情報量の濃縮性ということを考えると、中国や日本で用いられている「漢字」に勝る文字体系は、この地球上では、見出しにくい。しかし、中国語のように、漢字だけが並んでしまうと、やはり、それらは自然言語の一種として、ただの模様の連続のように見えてしまうのだ。この星での言語体系が陥っている盲点の一つは、思考を分析して、主語や目的語のような、比較的固定されたイメージをもつものと、動詞などのような、固定しにくいイメージと結びつくものとが、同じような形態の記号で表されているということである。

思考言語コアにおいては、主語や目的語などを「対象語」と呼び、動詞などの、対象語間の関係や状態を示すものを「関係語」と呼んで区別するのだが、これらの機能的な違いが、記号の形態で視覚的に分かりやすくなっていれば、思考の全体的な構造が見やすくなると考える。そこで、例えば、「対象語」については漢字を中心とした記号をあてはめ、「関係語」については、英語などのアルファベット体系の記号を用い、対象語を補助的に修飾する記号としては、ペルシャ語やアラビア語の記号を用いれば、かなり見やすいものになる。ただし、それらの記号を自由に扱える人間が、この星に、いったい何人存在しているかという問題に突き当たってしまう。やはり、言語というものは、ある程度の妥協と伝統の影響を享受しなければ成立しないものなのだ。

それでは、これらの「ねらい」のことを考慮しつつ、現在の自然言語における伝統的な用法と、どのような妥協をして、この状態において、少しでも、もとになった思考のイメージに近いものを表現するかという、工学的あるいは技法的な問題について、次のところで考えてゆくことにしよう。

 

(3)思考言語コアの技法

ここに述べようとすることより、さらに具体的で体系的な技法については、「思考言語のアイディア」に収録したページに載せてある。ここでは、それらの中から、主要な技法について、簡単に説明しておこう。

コンピュータのプログラミングに慣れてしまうと、めったに使わなくなるが、コンピュータによる情報処理のプロセスを説明するための記号体系として、フローチャートというものが用いられていた。このフローチャートにおいては、操作や処理のプロセスを、幾つかに分割して、それらの名称や内容を、線で囲った箱やカプセルのようなものへと書き込み、それらの要素間の、処理の流れを、線や矢印で結ぶ。しかし、最近のプログラマーたちは、頭の中に描いたフローチャートを一瞥して、直接プログラム言語で、複雑な構造の処理過程を書き込んでいってしまう。慣れもあるが、コンピュータ言語のほうが、このような操作に見合うように進化したという理由もある。

フローチャートがあまり描かれなくなった理由の一つは、実際問題として、描きにくいということや、そこに含められる情報量の少なさという問題がある。そこで、思考言語コアでは、これらのフローチャートのほうにではなく、その後にくる、実際の効力をもっているプログラム言語のほうの技法を見習うことにした。

思考言語コアでは、操作や処理に対応する「対象語」を、特別な領域図や記号で閉じ込めないという方針を採用することにした。ただ単に記述するだけである。ただし、他の要素との境界を認識する必要がある。それは、一つの対象語と他の対象語の間に入れる、関係語などのほうを、特別な記号で特徴づけることによって、行うことにする。

 このときの、関係語を特徴づける記号が、「嘴(くちばし)」と「尻尾」である。関係語の主なものとして「動詞」がある。例えば「鳥が飛ぶ」という文を「鳥――飛ぶ>」と表現する。このときの関係語は「飛ぶ」であるが、これを「鳥 飛ぶ」と記述してしまうと、自然言語の一種であるピジン語のままなので、尻尾「――」と嘴「>」をくわえて、「――飛ぶ>」という形態にしておくのである。主語と目的語として対象語を二つもつ、「猫がネズミを追いかける」のときは、「猫――追いかける>ネズミ」とする。対象語が三つあるような、「ミツバチが蜜を幼虫に与える」なら、「ミツバチ――与える>蜜>幼虫」とするとよい。なお、このときの尻尾の長さについては、とくにこだわっていない。

 「対象語」と「関係語」が主な骨組みとなるが、実際の思考においては、それ以外の補助的なイメージが関係することがある。たとえば、時間とか場所の違いが問題になるとしよう。これらの内容については、原則として「/」を分離記号として、その外側に記述することにしている。しかし、時間や場所という概念は、比較的よく用いられるので、これについての識別記号として、時間については「☆」を、場所については「@」を用いることにしている。他にも、いろいろと識別記号を導入すると扱いやすくなるのは分かっているが、記号の種類を増やすと暗号化してしまうというジレンマがあるので、他の概念についての記号については、思考言語コアを利用するときに、各自で定義して用いることにしようと考えている。たとえば、人間については「▽」や「△」を用いることがあるし、抽象的なことに「◇」や「□」を用いたりする。ただし、「○」と「●」は、「肯定」と「否定」の意味づけをして用いるので、これらは再定義できない。「ミツバチは花粉を巣へと運ぶ」なら、「ミツバチ――運ぶ>花粉>/巣」もしくは「ミツバチ――運ぶ>花粉>@巣」とするか、コンマを使って「ミツバチ――運ぶ>花粉,/巣」もしくは「ミツバチ――運ぶ>花粉,@巣」などとするとよい。これらの微妙な表現の差異については、あまり深く考えないことにしている。おおよその構造が表されればよい。

 関係語については、「――飛ぶ>」のように、一つの向きをもったもののほかに、双方向の向きをもつようなものを考えることができる。数学の方程式における等号のようなものを、自然言語の対象語間でも表現できれば便利である。例えば「鳥やミツバチは飛翔動物である」のとき、「鳥やミツバチ<同等>飛翔動物」を「鳥やミツバチ<=>飛翔動物」や「鳥やミツバチ<:>飛翔動物」としてもよいが、このようなケースは多く見られるので、もっと簡単に「鳥やミツバチ<>飛翔動物」としてもよい。はじめは「鳥やミツバチ――<同等>――飛翔動物」のように、尻尾を付けていたが、遠い位置にある場合は用いるものの、対象語どうしが近くにあるときは尻尾を省略している。

 関係語の中で、もう一つ特別な記号を考えてある。例えば「騎手が馬を走らせる」を「騎手――走らせる>馬」と表現しても良いが、実際に走っているのは馬なので、「騎手――させる>馬――走る>」さらに「騎手――>>馬――走る>」と書いて、このときの「――>>」を使役動詞の「〜させる」という意味で、強い作用の記号と考えるのである。

 これらの関係語において、尻尾と嘴があるのは、「ミツバチ――運ぶ>花粉>/巣」を逆向きの「/巣,<花粉<運ぶ――ミツバチ」のように表現する可能性をもつためである。そして、もっと自由な紙面で手書きが出来るなら、電気の配線図のように、どこからでも関係づけられるようにと、デザインしてあるのだ。

 このような一つの文となるようなものについては、文末を「;」で示すことにした。

 このほかにも、数学などで変数が用いられているように、自然言語における「変数」や「定数」のようなものを象徴する記号として「*」を用いる。例えば、*a「猫や鳥やミツバチ」と書いて、*aだけで「猫や鳥やミツバチ」を表していることにするのである。何もつけていないaやAを使うこともあるが、*aや*Aのほうが、何らかの意味を含んでいるということが分かって理解しやすくなる。

 文と文、あるいは、文のまとまりどうしのような、一つ上位の関係を示すための記号として、[ ]を用いる(文1と文2を、文1<=>文2のように、< >で関係つけることもできる)。記号としてよく使うのは、仮に[if]、ならば[→]、逆に[Z]、などである。[仮][ならば][逆]として、適度な単語を入れて使ってもよい。これにも向きを付けたかったのだが、ワードプロセッサーが、よけいなおせっかいをして、記号を統一してしまうので、これで妥協することにした。

 対象語についての技法として、数学の f=φ(x)のような関数φと、その引数xの表現形式を利用して、「恐竜から進化した鳥」のような、少し長めの対象語について、これを「鳥(恐竜から進化した)」や「鳥(<進化した――恐竜)」と表現することにしよう。( )内部の表現は、( )の前にある単語を説明するものである。( )の後の単語を説明する場合は( )にアポストロフィを付けて表すことにしているが、ワードプロセッサーのおせっかいのために、アポストロフィの向きが勝手に変わってしまうので、あまり使っていない。「鳥( )」のスタイルで押し通してゆけば、読み取るほうの混乱が少なくなるようだ。しかし、厳密に「鳥(<進化――始祖鳥(恐竜))」とするか「鳥(<進化――恐竜の始祖鳥)」とするかは、好みの問題としておこう。この関数様式は、関係語の中で「鳥(<進化(始祖鳥を経由して)――恐竜)」などと用いることもできる。混乱さえ生じなければ、いろいろな基礎的な技法は、自由に用いてもよいと考えておこう。

 アスタリスク記号「*」を何かの文字につけて、言葉の変数や定数のように取り扱う手法をさらに発展させて、これだけで「それ」という意味を表して使えるようにしている。例えば、「鳥<進化した――恐竜」の次に、「脊椎動物<進化した――ナメクジウオ」という文を書き、さらに「葉緑体<進化した――シアノバクテリア」などと、同じパターンの文を繰り返すとき、二つ目以降の文で、同じ単語が用いられる部分を、おもいきって「*」だけで代用してしまうのである。つまり、このような表現を許すことにしたい。

   鳥<進化した――恐竜;

   脊椎動物<*――ナメクジウオ;

葉緑体<*――シアノバクテリア;

 おおよその技法の要点は、このようなことであろう。このあとは、思考言語コアを使った、具体的な分析や創作効果について、詳しく説明してゆこう。

 

 (4)思考言語コアによる分析の方針

 一般的に言って、この思考言語コアを利用するなら、理科系の分野より、文科系の分野のほうが、利用価値があるかもしれない。黒月樹人のホームページにあるキメラミームのページに収録してある、「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」では、「ゾクチェンの教え」という本に書かれていることの内容と、「ハトホルの書」に書かれていることの内容とを比較して、類似した意味内容のものを、それぞれ取り出してまとめている。思考言語コアを用いない研究者が、どのような手法で、このような文章をまとめるのか、本当は知らないのだが、おそらく、高い知能を持っている人々が多いので、それぞれの本を読んで、内容を記憶して、簡単なメモによるノートを作ったり、カードに記載して、それらの対応を見るのだろう。カードを作ると、思考のための情報を整理しやすいが、そこへ内容を自然言語で記録するのは、かなり大変な作業である。また、高い知能を持っているわけでもなく、その分野に対する理解が深まっているわけでもないとき、これらの手法で、しかるべき成果をあげようというのは、決してたやすいことではない。たとえ、しっかり本を読んで、重要な箇所にマークを入れて、何度も繰り返して読んだとしても、脳に記憶できる容量が限られているものにとっては、砂漠に水を注ぐようなものである。

 しかし、思考言語コアを用いると、これらの問題点の幾つかが、もっとやさしいものに変わってしまうのだ。それは、よく進化したコンピュータ言語で、難解で巨大なプログラムを組み上げる作業に似ている。全体の構造を考慮したり、細部の構造に集中しても、それらの関係を見失わずにすむのである。だから、頭の中に入れておかなければならない情報量を、そんなに大きく見積もっておかなくてもよいのだ。数学における、よく整理された解放の手法にも似ている。たとえば線形の連立方程式を解くという手順は、現在では、それほど難しいものではなくなってきている。以前は難しかった周波数分析も、ウェーブレットの知識を使えば、簡単な手続きで行うことができる。ここまで進化させるのは難しいが、このような方針を見習うことで、これまで難解だったものが、細部と全体の構造の整理をしてから眺めることによって、迷路へとさまようことなく、自由に行き来できるようになるのである。

 「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」をまとめるときには、それぞれの本における重要な箇所について、順に整理して、それぞれの小部分の内容を、思考言語コアによる表現へと翻訳したものを作った。それが「思考言語のアイディア」のページに収録してある、創作ノートの「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」(ハトホル)と「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」(ゾクチェン)である。300ページと200ページの本から抜き出してきたものであるが、それぞれ数ページほどにまとまっている。これらの創作ノートをまとめるのに二日かかり、「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」のページを構成するのに一日かかった。このような創作ノートを自然言語でまとめようとすれば、もっと多くの時間がかかるし、そのあと、それらから論文のようなものをまとめるには、もっと時間が必要になるか、まったく方針を見いだせなくて、まとめられないか、ということになるだろう。しかし、思考言語コアを使って創作ノートを作るということは、その過程の中で、それらの知識の源となったイメージに近いものを描き出すということなので、それらの本の著者が考えたイメージに近いものを「見る」ことになる。このように想像することができるということが、すなわち「理解」するということなのである。源泉のイメージを想像して思考言語コアにうまく翻訳できないということは、その考えが理解できなかったということになる。そのような壁を乗り越えるという作業を繰り返してゆくことによって、難解な思考の細部と全体の骨組みを再構成することになるわけである。このことを具体的な文章を例として取り上げ、もう少し詳しく説明することにしよう。

 

(5)思考言語コアによる分析例_1

 思考言語コアによる分析例として、キメラミームのページに収録してある「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」から、次の部分を引用しよう(下記ゴシック文字の部分)。

 「ハトホルの書」の第5章「均衡のピラミッド」では意識の高みに進化しようと試みるときに重要となる、二番目の項目として、「あなたと、あなた自身や他の人との関係」について説明している。これに対応する内容を、「ゾクチェンの教え」から探してみよう。

 「ゾクチェンの教え」の第1章「日常次元からの出発――からだ、言葉」の9ページのところに、次のような表現がある。これについては、本文から抜粋してみよう。

 自分の限界、葛藤を観察することによって、他人の苦しみを真に理解することができる。そのときはじめて、自分の経験したことが、周りにいる人たちをよりよく理解し、助けるための土台になる。自分の状態をはっきり認識することによって、他の人を助けることが可能となる。自分をいかに救うか、自分の状況といかに取り組んでいくかを知ったとき、本当に他人に利益をもたらすことができる。

 合計して4つの文で、同じような概念の骨組みをもった内容のことが、繰り返し述べられている。この地球上での説法のスタイルとは、このようなものである。少しずつ表現を変えつつ、同じことを何度も繰り返すのだ。すると、どれかがヒットする。あるいは、少しずつ杭を打ち込むように、やがては記憶の土壌へと入ってゆくのだ。

 「ハトホルの書」の第5章「均衡のピラミッド」の内容を思考言語コアでまとめたものが、創作ノートの次の部分である。

@/第5章  均衡のピラミッド

(p121)底面が正方形で、頂点の尖ったピラミッド;

 頂点(ピラミッド)<> @シンボル(意識の高み)<進化――▽(あなた);

 四つの基点(ピラミッドの底面)<> 要素(高次の気づき)<進化――▽(*);

 *a「四つの基点(ピラミッドの底面)」;

*1(*a)<>,▽<関係> 肉体(▽)&エネルギー諸体(カー,...)(▽);

 *2(*a)<>,▽<関係> 自身(▽)or ▼(他者);

 *3(*a)<>,▽<関係> 奉仕(宇宙(▽),世の中,地域社会);

 *4(*a)<>,▽<意識的な関係> 聖なる元素(世界(▽));

                    *<> 土,火,水,気(空間);

 上記の解説文の中にある、二番目の項目「あなたと、あなた自身や他の人との関係」とは、これらのコア翻訳文の中では、

*2(*a)<>,▽<関係> 自身(▽)or ▼(他者);

が対応している。

 一方、これに関係する「ゾクチェンの教え」の、青文字で記したところの、一つ目と四つ目の文に対する、思考言語コア表記を記してみよう。

 自分の限界、葛藤を観察することによって、他人の苦しみを真に理解することができる。

(p9)▽――観察> 限界・葛藤(▽),

  [→]▽――○理解>苦しみ(▼);

▽:あなた,▼:他人,○:肯定(/can/の意図で);

自分をいかに救うか、自分の状況といかに取り組んでいくかを知ったとき、本当に他人に利益をもたらすことができる。

(p9)▽――知る> 「▽――救う>▽,/?」・「▽――取り組む>状況(▽,/?)」;

  [→]▽――○与える> 利益 >▼,/本当に;

 このような部分を探すときの目印は「▼(他者)」もしくは「▼:他人」という記号だった。これらは、創作ノートをざっと一瞥するだけで、すぐに探し当てることができた。

 

 (6)思考言語コアによる分析例_2

 思考言語コアによる分析例として、キメラミームのページに収録してある「アインシュタインの特殊相対性理論の問題点」から、次の第5節を引用しよう(下記ゴシック文字部分)。これは、アインシュタインの特殊相対性原理を生み出した「運動している物体の電気力学について」という論文の、全29ページのうち、わずか1ページに書かれていることの意味内容の構造を、思考言語コアを用いて分析し、理解を深めたところである。アインシュタインの特殊相対性理論に対する賛否両論の資料を数多く調べたが、ここの部分について明確に分析しているものは、ほとんど無かった。おそらく、世界中の人々が、およそ百年以上にわたって読み逃してきたところのようである。この分析章では、特殊相対性理論の「相対性原理」と「光速度不変の原理」の、二つの定義について述べられている、わずか6行の内容について、このように、ゆっくりと考察している。このような過程を経験しないで、これまでの人々と同じように、自然言語の文章を読んだだけで、「理解できた」と思い込んで、先に進んでいたら、おそらく、もっと後でめぐり合う、「アインシュタインの特殊相対性理論がまったくの幻として消える、核心の誤り」のことに気づくことはできなかったことだろう。

5.「§2.長さと時間の相対性」の冒頭部分について

ここが「特殊相対性理論」の、論理的な展開とか操作に関する、核心部分です。あまり速く読んでしまうと、きっと、重要なポイントを見逃してしまうだろうと思われます。私がゆっくり語るのは、この§2までです。§3から§7までは、重要と思われる部分だけを解説します。その後の§8から§10のところは解説しません。そんな必要が感じられなくなるからです。

アインシュタインは、この§2の冒頭で、「相対性原理」と「光速度不変の原理」の定義を書いています。すでに「まえがき」のところで「二つの要請」として書いている言葉について、ここで改めて「定義」と名づけて取り上げています。どのように書き改められているのかを見るために、ここに引用しておきましょう。

1.    物理系の状態の変化を記述する法則は、その状態の変化を、お互いに等速運動をしている二つの座標系のどちらについて記述してもその形は同じである。

2.    光は座標の“定常”系をいつも一定の速さcで伝わる。この光が定常の物体または運動物体から発しても同じである。したがって、

      速さ=(光の進んだ距離)/(時間の間隔)

ここで時間の間隔とは§1の定義に従って決めたものとする。

 「相対性原理」と名づけられた考え方の、アインシュタインによる定義が、上記の「1.」の内容です。かなり限定された定義になっています。ここでの対象語を規定してみると、「物理系の状態の変化を記述する法則」と「お互いに等速運動をしている二つの座標系」と「法則が状態の変化を記述したときの形」があげられるようです。しかし、これではイメージがつかみにくいので、「お互いに等速運動をしている二つの座標系」を、もう少し細かくして、「座標系K」と「座標系K」とに分け、これらの間の関係を <等速運動>(<>で「お互いに」の意味があります)として、

座標系K <等速運動> 座標系K

としておきましょう。「物理系の状態の変化を記述する法則」については、

法則H(――記述>物理系の状態の変化);

として、かんたんに「法則H」だけで規定できるものとします。さらに、上記の定義の中には書かれていませんが、この「物理系の状態の変化」を「事象J」とでも言い換えることができるはずです。最後に「法則が状態の変化を記述したときの形」というものの表現ですが、かんたんに「形(法則H)」と表すことにします。こうして、イメージを構成するための要素を規定してゆくと、上記の「1.」の内容を生み出した、もとにあったかもしれないイメージの見取り図のようなものを、次(緑文字)のように表すことができます。/は、補助的な記述のための記号です。ここでは、/の代わりに、「場所」を表す記号の@を使うこともできます。

     形(法則H(――記述>事象J)/座標系K

<=> 形(法則H(――記述>事象J)/座標系K);

座標系K <等速運動> 座標系K

 さて、「1.」についてやったことは「2.」ついても行わないと、対称性が破れてしまいます。ここでは「光は座標の“定常”系をいつも一定の速さcで伝わる」と「この光が定常の物体または運動物体から発しても同じである」の部分だけを、思考言語コアで分析してみようと思います。その他の部分は、かんたんな物理公式を自然言語と数学記号のミックスで表したものと、その注意書きです。自然言語部分を文字記号に置き換えれば、すぐに物理学の記述となります。

 まず「光は座標の“定常”系をいつも一定の速さcで伝わる」の部分ですが、

 光――(速さc)伝わる>,@定常系;

と表します。次に、このような表現をふまえて、「この光が定常の物体または運動物体から発しても同じである」の意味を表してみましょう。次のようになります。

  定常の物体――出す> 光――(速さc)伝わる>,@定常系;

  運動物体 ――出す> 光――(速さc)伝わる>,@定常系;

 これらの記述の一部を、ここであえて変えてみようと思います。それは、次のような表現です。

  運動物体 ――出す> 光――(速さc)伝わる>,@運動系;

ここでは「運動系」という用語を用いましたが、運動物体といっしょに運動している座標系という意味で「慣性系」と呼ぶこともあるようです。この言葉で書き換えれば、次のようになります。(ここで私は誤解している。「慣性系」とは、「運動系」だけではなく「定常系」をも含めたものなのである。)

  運動物体――出す>  光――(速さc)伝わる>,@慣性系;

 こうして、あえて書き換えた、この表現の内容が、どこかで用いられているかも知れないということに注意して、この後の原論文を読み進めてゆくと、トリックの姿が見えてくるかもしれません。このように、思考言語コアを用いて、思考のもととなった(かもしれない)イメージを推定し、その思考におけるイメージの構造をはっきりしたものにすると、これとは異なる考えが、どのような変換によって生まれるのかということが、かなりよく分かるようになります。知能そのものは変化していなくても、それを補助する道具の良し悪しで、あたかも知能が高まったかのような効果が得られるのです。

 このような分析でイメージングした、三つの表現、

  運動物体――出す> 光――(速さc)伝わる>,@定常系;

  運動物体――出す> 光――(速さc)伝わる>,@運動系;

  運動物体――出す> 光――(速さc)伝わる>,@慣性系;

の違いが、この後の考察では、非常に重要なキーポイントになる。このあとのプロセスについては、「アインシュタインの特殊相対性理論の問題点」などを参照してほしい。

 

 (7)まとめ

 「ゾクチェンの教えとハトホルからのメッセージ」では、よく似た意味構造のパターンを、二種類の創作ノートから探し出せば、論文のようなものへとたやすく構成することができる。一方、「アインシュタインの特殊相対性理論の問題点」のほうでは、原論文の内容について、このように微妙な表現の真意を、思考言語コアへの翻訳によって確認してゆきながら、「謎解き」を進めてゆくことになる。何処かに、まだ見つかっていない「トリック」があって、それは、アインシュタイン本人も気づいていなかったものであろう。そのように注意する意識をもって、自然言語として表現されていないものまで、徹底的に分析してゆくことで、謎が解けることがあるのだ。そのような推理操作のための道具として、思考言語コアは大きな効力をもっている。ひとたび、謎が解けたら、あとは、それについて論じるのは、さほど難しいことではない。(2008.06.22

 

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