ダランベルシアンを使ってローレンツ変換を導くことはできない

黒月樹人((Kinohito Kulotsuki, treeman9621.com))

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 はじめに

 ローレンツ変換はアインシュタインの特殊相対性理論の骨組みです。アインシュタインは独自の方法でローレンツ変換を導いたとされていますが、その論理の運び方はかなり複雑です。アインシュタインが特殊相対性理論をまとめる、その少し前に、ポアンカレがローレンツ変換を導いた方法は、比較的分かりやすいものです。ローレンツ変換の「牙城」はポアンカレによって築かれたと言ってもよいかもしれません。
 ここでは、ポアンカレがダランベルシアンを使ってローレンツ変換を導いたとされる、その解析に潜んでいた問題点を明らかにします。

 1. ダランベルシアン

  (1) は3次元の波動方程式です。ここでaは波の速度です。波動としての光の場合はaのところに光速度のcが入ります。
 ダランベルシアン(□)は (1) を (2) のように変形して定義されます。何らかの関数がuの位置に入って、(2) が成立したとき、この関数は波動関数とみなされます。

  ∂2u/∂t2 = a2 { ∂2u/∂x2 + ∂2u/∂y2 + ∂2u/∂z2 }           (1)
  □u = [ (1/a2)∂2/∂t2 - ∂2/∂x2 - ∂2/∂y2 - ∂2/∂z2 ] u = 0        (2)

 2. ローレンツ変換のスタートの式

 ローレンツ変換前の、通常の変数x, y, z, t に対して、ローンツ変換後の新しい変数をここでは、x’, y’, z’, t’ とします。
 最初に想定した関係式は、次の(3)です。ここでp, q, r, sは未定係数です。変換前後の原点の移動速度を考慮し、速度vを使って、q=-pvとs=p を導きます [1]。こうして、ローレンツ変換のスタートの式は、次の(4)となります。

  x’=px+qt, y’=y, z’=z, t’=rx+st                 (3)
  x’=p(x-vt), y’=y, z’=z, t’=rx+pt                 (4)

 3. ローレンツ変換のスタートの式にダランベルシアンを作用させる

 今回の、ダランベルシアンを使ってローレンツ変換を導く方法において、uは、どのようなものなのでしょうか。この手順を記した本 [2] には、具体的な形が記されていません。
 ヒントは、アインシュタインの特殊相対性理論の論文 [3] の中にありました。アインシュタインは、運動系kの時間τ(タウ)を、x’, y, z, t の関数として、τ(x’, y, z, t)と考えたのです。そして、これの具体的な表現式を、まったく説明することなく、抽象的な形のτ(x’, y, z, t)のまま、偏微分の操作へと進んでゆきます。
 このことを考え、uとしては、ローレンツ変換のスタートの式 (4) の4つの式を成分としてもつ、次式 (5) を想定することにしました。

  u = u(x’, y’, z’, t’)                      (5)

 □uを計算し、整理して□’uを確定すると、尻尾のような余りの式が残ることがあります。これをTLとおくことにします。

  □u=□’u+TL                         (6)

 □uを計算します。

  (1/c2)(∂2u/∂t2)
  = (1/c2) [(∂/∂t){(∂u/∂x’)(∂x’/∂t)+ (∂u/∂t’)(∂t’/∂t)}]         (7)

 (4)から、次の値が求まります。

  ∂x’/∂t=∂(p(x-vt))/∂t= -pv                 (8)
  ∂t’/∂t=∂(rx+pt)/∂t = p                  (9)
  ∂x’/∂x=∂(p(x-vt))/∂x= p                 (10)
  ∂t’/∂x=∂(rx+pt)/∂x = r                 (11)

 (8)と(9)を(7)に代入すると、次のようになります [4]。

  (1/c2)(∂2u/∂t2)
  = (1/c2){p2v2(∂2 u/∂x’2)-2p2v(∂2u/(∂x’∂t’))+p2(∂2u/∂t’2)}      (12)

 他の項を計算します [5]。

  -∂2u/∂x2 
  = - p2(∂2u/∂x’2) - 2pr(∂2u/(∂x’∂t’)) -r2(∂2u/∂t’2)      (13)
  -∂2u/∂y2=-∂2u/∂y’2                    (14)
  -∂2u/∂z2=-∂2u/∂z’2                    (15)

 4. ダランベルシアン法によるTLを求める

 (6) より、TL=□u-□’u です。これを求めます [6]。
  TL=□u-□’u
  = {(p2v2/c2)-p2+1}(∂2 u/∂x’2) + (-2p2v-2pr)∂2u/(∂x’∂t’)
  + (p2/c2-r2-1/c2) (∂2u/∂t’2)                   (16)

 5. TLを恒等的にゼロとするという要請を組み込んでpとrを決める

 TLを恒等的にゼロとするという要請を組み込んでpとrを決めます [7]。

  p = 1/(1-v2/c2)1/2                       (17)
  r = - pv/c2  = - (v/c2)/ (1-v2/c2)1/2              (18)

 6. ローレンツ変換の式

 (17)と(18)の、pとrの値をローレンツ変換のスタートの式(4)に代入し、ローレンツ変換の式を導きます。多くのケースではpの値をγもしくはβと表しています。ここではp=γとします。

  x’=γ(x-vt), y’=y, z’=z, t’=γ(t-vx/c2), γ=1/(1-v2/c2)1/2      (19)

 ここまでの1.から6.の内容は、おおよそ「岩波講座 現代の物理学2 電磁力学」[2] にそってまとめなおしたものです。

 7. 「問題点」のありか

 上記の解析において、「TLを恒等的にゼロとするという要請を組み込んでpとrを決める」となっていましたが、実は、このような要請を受け入れることはできません。説明のため(4)(5)(16)を再録します。

  x’=p(x-vt), y’=y, z’=z, t’=rx+pt                (4)
  u = u(x’, y’, z’, t’)                        (5)
  □u=□’u+TL
  TL= { (v2/c2)p2-p2+1}(∂2u/∂x’2)-2p{ pv/c2 +r }∂2u/(∂x’∂t’)
    + { p2/c2 -1/c2 -r2 }(∂2u/∂t’2)              (16)

 (5) の表現では抽象的なので、(16) の∂2u/∂x’2 などの項がどのような値を持つのか、すぐには分かりません。
 ここで、アインシュタインの特殊相対性理論に記されている、ローレンツ変換の関係式についての条件、「これらの方程式は1次でなければならない。なぜならば、空間と時間は斉一という性質をもつと仮定したからである」[8] を参照します。
 つまり、関数uは、ローレンツ変換の関係式であり、空間と時間が斉一であることを保証するためには1次の方程式である必要性があるということです。
 uを次のように定義します。ここで、A, B, C, D, E は定数です。

  u = Ax’ + By' + Cz’ + Dt’ + E            (20)

 これについて、(16) のTLにある∂2u/∂x’2 などの項の値を計算します。

  ∂2u/∂x’2 = (∂/∂x’)[ A ] = 0            (21)
  ∂2u/(∂x’∂t’) = (∂/∂x’)[ D ] = 0           (22)
  (∂2u/∂t’2) = (∂/∂t’)[ D ] = 0           (23)

 すべてゼロ(0)となります。 
 「係数項」の値にかかわらず、「各作用素によって偏微分される項」が常にゼロとなるので、ゼロとの積の和は、いつもゼロです。
 「各作用素の前にかかっている係数項」がどのような値であろうとも、TLは常にゼロということになります。
 これでは、「各作用素の項の前にかかっている係数項」をゼロと要請する理由が生じません。
 ですから、「TLを恒等的にゼロとするという要請を組み込んでpとrを決める」という操作をする理由がなくなり、pやrを特定の値として決めることができなくなります。
 よって、ローレンツ変換の式を導くことはできません。

 まとめ

 ローレンツ変換のスタートの式に、仮にダランベルシアンを作用させることができたとしても、生じたTLは、pやrのいかなる値に対しても、常にゼロとなっているので、TLに現れる各項の係数を恒等的にゼロと要請する必然性は生じません。
 ローレンツ変換のスタートの式についてダランベルシアンで処理して、未定係数の値を決めることができないので、ローンツ変換を生み出すことができません。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, June 29, 2018)

 あとがき

 ここでの考察は、ダランベルシアンを作用させる関数 u が、ローレンツ変換のスタートの式についての1次式であると仮定しています。ローレンツ変換のスタートの式そのものが1次式なので、それらを係数をつけて結合させた u も1次式のはずです。しかし、そうではなくて、u がローレンツ変換のスタートの式で構成された、2次以上の式であれば、ここでの議論は空論です。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 1, 2018)

 参照資料や計算

[1] ローレンツ変換のスタートの式の未定係数を減らす計算
 ローレンツ変換前の、通常の変数x, y, z, t に対して、ローンツ変換後の新しい変数をx’, y’, z’, t’ とします。最初に想定した関係式は、次の(1-1)です。ここでp, q, r, sは未定係数です。
  x’=px+qt, y’=y, z’=z, t’=rx+st             (1-1)
 変換前後の原点の移動速度を考慮します。
 変換後の原点はx’=0 です。このときの速度をvとしておきます。これはv=x/t と考えられます。書き直すとx=vtです。すると、(1-1)の一つ目の式は、次のように変形できます。
  0=pvt+qt → 0=t(pv+q) → pv+q=0 → v=-q/p → q=-pv         (1-2)
 この関係式q=-pv を使って(1-1)の一つ目の式は、次の(1-3)となります。
  x’=px-pvt=p(x-vt)                        (1-3)
 変換前の原点はx=0です。移動速度vの大きさは同じですが、変換後のx’の位置にいる観測者から見ると、原点O(x=0)は後方へvで後退していることになります。
  x’=-pvt 
  t’=st → x’/t’=-pvt/st=-v → p/s=1 → p=s       (1-4)
 (1-4) を (1-1) に代入して、次の(1-5)となります。
  t’=rx+pt                       (1-5)
 未定係数のqとsを消し、定数としてのvを加えて、ローレンツ変換のスタートの式(1-1)は、次の(1-6)となります。
  x’=p(x-vt), y’=y, z’=z, t’=rx+pt            (1-6)
[2] 岩波講座 現代の物理学2 電磁力学, 牟田泰三(著)、岩波書店(刊), 1992-11-9 pp129-130
[3] アインシュタイン選集、湯川秀樹(監修)、中村・谷川・井上(訳編)、共立出版株式会社(刊)、昭和55年6月15日(初版第8刷)p26
[4] (1/c2)(∂2u/∂t2)の計算
 (1/c2)(∂2u/∂t2)
 = (1/c2) [(∂/∂t){-pv(∂u/∂x’)+ p(∂u/∂t’)}]
 = (1/c2) [ -pv{(∂(∂u/∂x’)/∂x’) (∂x’/∂t) + (∂(∂u/∂x’)/∂t’)(∂t’/∂t)}
  + p{(∂(∂u/∂t’)/∂x’) (∂x’/∂t) + (∂(∂u/∂t’)/∂t’)(∂t’/∂t)}
  ]
 = (1/c2) [ -pv{-pv(∂2u/∂x’2) + p(∂2u/∂x’∂t’)}
  + p{-pv(∂2u/∂t’∂x’) + p(∂(∂2u/∂t’2))}
  ]
 = (1/c2) [ p2v2(∂2u/∂x’2) - p2v(∂2u/∂x’∂t’)
  -p2v(∂2u/∂t’∂x’) + p2(∂(∂2u/∂t’2))
  ]
 = (1/c2){p2v2(∂2 u/∂x’2)-2p2v(∂2u/(∂x’∂t’))+p2(∂2u/∂t’2)}
[5] -∂2u/∂x2などの計算
 -∂2u/∂x2 
 = - (∂/∂x){(∂u/∂x’)(∂x’/∂x)+ (∂u/∂t’)(∂t’/∂x)}
 = - (∂/∂x){ p (∂u/∂x’) + r (∂u/∂t’) }
 = - p (∂(∂u/∂x’)/∂x’)(∂x’/∂x) - p (∂(∂u/∂x’)/∂t’)(∂t’/∂x)
  - r (∂(∂u/∂t’)/∂x’)(∂x’/∂x) - r (∂(∂u/∂t’)/∂t’)(∂t’/∂x)
 = - p2 (∂(∂u/∂x’)/∂x’) - pr (∂(∂u/∂x’)/∂t’)
  - rp (∂(∂u/∂t’)/∂x’) - r2 (∂(∂u/∂t’)/∂t’)
 = - p2(∂2u/∂x’2) - 2pr(∂2u/(∂x’∂t’)) -r2(∂2u/∂t’2)    (5-1)
 -∂2u/∂y2=-∂2u/∂y’2                   (5-2)
 -∂2u/∂z2=-∂2u/∂z’2                   (5-3)
[6] TL=□u-□’uの計算
 □’x = (1/c2)[ ∂2u/∂t’2 ] - ∂2u/∂x’2 - ∂2u/∂y’2 -∂2u/∂z’2
 □x = (1/c2){p2v2(∂2 u/∂x’2)-2p2v(∂2u/(∂x’∂t’))+p2(∂2u/∂t’2)}
    -p2(∂2u/∂x’2)-2pr(∂2u/(∂x’∂t’))-r2(∂2u/∂t’2)
    -∂2u/∂y’2 
    -∂2u/∂z’2 
 TL=□u-□’u
  = (1/c2){p2v2(∂2 u/∂x’2)-2p2v(∂2u/(∂x’∂t’))+p2(∂2u/∂t’2)}
   -p2(∂2u/∂x’2)-2pr(∂2u/(∂x’∂t’))-r2(∂2u/∂t’2)
   -∂2u/∂y’2 
   -∂2u/∂z’2 
   - (1/c2)[ ∂2u/∂t’2 ] + ∂2u/∂x’2 + ∂2u/∂y’2 +∂2u/∂z’2
  = {(p2v2/c2)-p2+1}(∂2 u/∂x’2) + (-2p2v-2pr) ∂2u/(∂x’∂t’)
   + (p2/c2-r2-1/c2) (∂2u/∂t’2)
[7] pとrの値
  (v2/c2)p2-p2+1=0               (7-1)
  -2p{ pv/c2 +r }=0                (7-2)
  p2/c2 -1/c2 -r2 =0                (7-3)
 (7-1) にある未定係数はpだけなので、ここからpを求めることができます。p>0として求めます。
  p2(1-v2/c2)=1
  p2 = 1/(1-v2/c2)
  p = 1/(1-v2/c2)1/2               (7-4)
 (7-4)を(7-2)に代入してrを求めます。
  r = - pv/c2
 = - (v/c2)/ (1-v2/c2)1/2              (7-5)
[8] アインシュタイン選集、湯川秀樹(監修)、中村・谷川・井上(訳編)、共立出版株式会社(刊)、昭和55年6月15日(初版第8刷)p26

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