光は座標系の動きを知らない

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 要旨

 マイケルソン・モーレーの実験や、特殊相対性理論で、解析モデルとして考えられてきたものは、運動系での現象を、定常系から見たものではなく、単なる投影モデルとみなされる。このように考えたとき、これまでの解析モデルは、正しく投影されたものではないことが分かった。

 アインシュタインのタウ関数と思考実験

 アインシュタインの特殊相対性理論におるローレンツ変換の公式群の導出は、§3に現れる [1] [2] 、運動系において光が等距離の区間を反射するときの中間時刻についての関係式
                      (1)
が、定常系において表現されたタウ関数 τ(x’, y, z, t) についての関係式として表現されたことによって始まる。
        (2)
 「定常系と運動系において長さや時間は絶対的なものではない」と、アインシュタインは主張しようとして、§1と§2で、光を使ってAB間の往復時間を計測するというシステムにより、定常糸と運動系とで、それらの観測結果が異なるという思考実験を持ち出した。
 しかし、このときの思考実験は、システムそのものの解釈が定常系に偏っており、運動系まで含めた一般的なものではなかった。
 アインシュタインは、この誤りに気づかず、この思考実験の解釈として、「定常系と運動系において長さや時間は相対的なものである」と主張したのである。
 そして、§3において、空間座標と時間の4変数をもって定められるタウ関数を定義し、運動系の表現式(1)と、定常系の表現式(2)とが対応すると、わずかな説明を加えただけで、決めつけた。

 はじまりはマイケルソン・モーレーの実験

 定常系と運動系における、光の経路や経過時間についての考察は、マイケルソン・モーレーの実験のころに始まっている。

図1 マイケルソン・モーレーの実験(挿絵をト―スしたもの)

 そもそもマイケルソンが、エーテルという媒体で光が走るという仮定のもと、太陽系空間を定常系とし、地球を運動系としたときの、地球の公転速度30km/秒を計測することを目指したのは、彼が若いころ、電磁気理論で有名なマクスウェルが、地球の公転速度をv とし、光の速度をc としたときの、(v/c)2 のオーダーで検出する解析モデルを生み出していたことを知ったからである。
 マクスウェルが考えた解析モデルがどのようなものであったかという資料を探すのは困難だが、この考え方をおおよそ引き継いでいると思われるものは、日本語版の解説本の中などで説明されている。

図2 マイケルソン・モーレーの実験の解析モデル

 次の図3として、図3 マイケルソン・モーレー実験の (a)実験モデル と (b)解析モデル を並べてみた。これまでの考察から、(a)実験モデル は運動系の中でのもの、 (b)解析モデル は、それを定常系として見たもの、ということになるだろう。

図3 マイケルソン・モーレー実験の (a)実験モデル と (b)解析モデル

 図3の(a)実験モデルが運動系として描かれていることは、この実験の結果として、地球という運動系の速度v (30km/秒)が、ほとんど観測されなかったということを、うまく説明している。
 この視点は逆なのだろう。
 このような実験結果を解釈するという意味で、これまで考えられて来た定常系だけではなく、他の座標系との速度v には影響されない運動系というものが考えられたのかもしれない。
 マイケルソン・モーレーらの、何回にもわたる実験の結果、地球は確かに、(仮に静止しているものとみて)太陽系空間に対して、速度30km/秒で公転しているものの、その速度の影響は、まったく表れなかったのである。
 図3の(a)で青く描いた光の経路と赤で描いた光の経路は、同じ長さになる。しかし、(b)の解析モデルでは、これらの経路の長さは違ってくるのである。
 実験を行ったマイケルソンやモーレーたちも、この実験の結果を知って、いろいろと思索を巡らせた物理学者たちも、解析モデルにおける光の経路差と、経路差ゼロという実験結果について、おおいに悩んだことだろう。
 そして、さいしょに生まれた、解釈のための仮説が、ローレンツによる、装置の進行方向に物体が収縮すれば理解できる、という、ローレンツ収縮であったらしい。
 静止している空間と、運動している空間とでは、時間の体系が違うのではないかという考えを持ち出してきたのは、(もう10年も前に調べたことなので、はっきりしないが)ポアンカレらしい。しかし、ポアンカレは、このような考えを「仮のもの」としていたと思う。
 ローレンツやポアンカレの、当時最先端の論文を読んでいたらしいアインシュタインが、これらの論文の中から、長さと時間が、ともに変化するという考えを受け入れたのではないだろうか。

 こうして生まれたローレンツ変換によって、マイケルソン・モーレーの実験結果と解析モデルの違いは、うまく説明されたのだろうか。
 ローレンツの論文やポアンカレの論文は、2008年の頃なら、なんとか探せたかもしれないが、2018年ではむつかしい。
 運動方向で長さが収縮するというのでは、説明できないのではないか。
 図3の(b)解析モデルで青く描かれたY軸方向の光の経路は、明らかに、X軸に沿う経路より長いのである。

 光は座標系の動きを知らない

 この解析ページまでの、いくつかの解析ページにおける考察で、定常系の中に、これとは性質の異なる運動系が、まるで、物理世界(現生)に幽霊の世界(あの世)が重なっているように、何の違和感もなく共存できるのかと、問題視した。
 重なって存在することも、離れて存在することもできない、定常系空間と運動系空間において、まるで、一コマずつの映画フィルムを、同じひとつの印画紙に重ね焼きするかのように、運動系における物体や光の様子を、定常系に写して、そして、方程式のようなものを生み出してゆく。このようなことが、はたして、ほんとうに成立することなのかとも、問題視した。
 その前にもうひとつ、定常系の中で、物体が動くときと、座標系が動くときとで、光がどのようにふるまうことになるのか、ということも考察した。
 これらの視点をふまえて、あらためて、マイケルソン・モーレーの実験についての、(a)実験モデル と (b) 解析モデル について考えると、このときの (b) 解析モデル は、定常系での、ほんとうの出来事を表していないのではないかと思えた。
 図3における、マイケルソン・モーレー実験の(b)解析モデルは、定常系での光と装置の、ほんとうの出来事ではなく、単なる「投影」モデルである。
 だから、これらのモデル図にかんしては、「定常系」とタイトルづけるべきではなく、(定常系空間を借りた)「投影系」とすべきだ。
 このような名称の付け替えに、本質的な差異はないかもしれない。
 しかし、このように見ることにより、マイケルソン・モーレー実験の(b)解析モデルにおける、投影のプロセスと、その中における「光速度c」の判断に誤りがあるということに気がつく。
 次の図4は、(a)運動系 と名づけてある、マイケルソン・モーレー実験の、実験モデルをコピーして、一部を重ねて作った (b)移動する運動系の投影 である。
 ここで、この実験に参加した光は、この実験の全体が含まれる座標系が、実は運動系であって、X軸方向に動いているということを知らないことを確認しておこう。
 つまり、Y軸方向に向かって走り出した光は、あくまで、Y軸に沿って進もうとするのである。

図4 運動系とその投影

 ところが、光の知らないところで、この座標系全体がX軸方向に動いているので、光がY軸の鏡(MY)に到達するころには、さいしょの位置よりX軸の正のほうへ動いていることになる。
 鏡で反射した光は、ひたすらに、Y軸に沿って、もとのハーフミラー(斜めの短い赤い線)のところへ戻ろうとする。このときも、光は、この座標系の中でY軸に沿って走っているのだが、光の知らないところで、この座標系がX軸の正の方へ動くので、この(仮想の)投影系においては、斜めに走っているように見える。

図5 光はまっすぐ進むが座標系が横に移動する

 光は波動であるので、波のピークと底をもっている。このときのピークだけをトレースしたものが波面と呼ばれるものである。横に運動していない状態なら、光がY軸に沿って進むとき、この波面は、水面に波紋が広がるように、円弧を描いてゆくことだろう。
 今回の状況では、光は単にY軸に沿って進もうとしているだけなのだが、全体の座標系がX軸方向に動いているので、光の波紋の先端が、真横に移されてしまう。図5のうすい水色で描いた動きとなるわけだ。もちろん、これは光の意図ではなく、座標系が動くための、見かけ上の動きである。
 マイルソン・モーレーの実験も、(a)実験モデル に対して、このような(c)投影モデルによって解釈すれば、実験結果の正しさが、何の問題もなく受け入れられるはずである。

 ローレンツ変換へと至った (b)解析モデル の誤り

 マイケルソンに実験のヒントを与えることになったマクスウェルから、アインシュタインまでの、ほとんどすべての物理学者たちは、マイケルソン・モーレー実験の解析モデルを図6の(b)としていた。
 この (b) 従来の解釈モデル においては、H0からMYに向かう斜めの経路を、光が光速度cで進むと考えている。アインシュタインは、このことに直接触れていないが、Y軸方向への光の速度を [c2 - v2]1/2 としなければいけないとして、のちの解析で利用している。([2] p28, p29)
 これに対して、(a) 新しい解釈モデル(投影モデル) においては、Y軸に沿った、長さLと記してある区間を、光が光速度cで走り、MYで反射して、ハーフミラーへと戻る。
 このとき、三角形の対角線の経路でも、光が走ることになり、ここでの速度はcを超えることになる。  また、X軸に沿って走る光も、進むときはcを越え、戻るときはcより遅くなる。
 しかし、これらの現象は(仮想の)「投影系」で(見かけ上)起こることであり、ほんとうの世界であると考えられている「定常系」で起こることではない。
 この「投影系」での出来事は、解釈上の物語であり、ほんとうのことは、もとの「運動系」で起こっている。よって、観測できるのは「運動系」での物理量だけである。

図6 マイケルソン・モーレー実験の新旧解釈モデル

 ところで、アインシュタインの特殊相対性理論において、(1) 運動系において光が等距離の区間を反射するときの中間時刻についての関係式 は、運動系の中での記述なので、問題ないが、タウ関数を使った (2) は、(b) 従来の解釈モデル に従って構成している。
 ローレンツ変換を構成するプロセスの中で使っているY軸方向の光の速さも、(b) 従来の解釈モデル からの解釈によるものである。
 これはこれでうまくまとまっているのだから、と言い訳をするわけにはいかない。
 なぜなら、(b) 従来の解釈モデル は、マイケルソン・モーレーらの実験結果と食い違っており、現実に起こったことを説明できていないのである。
 間違ったモデルをベースとして、正しい理論が構築できるとは、とても考えられない。

 考察

 従来の解釈では、運動系で起こったことを定常系へ投影し、そのような現象が定常系でも起こっているとして、定常系から運動系へのローレンツ変換を必要とした。
 従来考えられていた定常系での投影現象は、定常系でのものではなく、仮想の投影系とでも呼ぶ世界での物語であり、運動系で起こったことを解釈するためのものである。
 定常系と運動系との座標変換が必要となることはなく、ローレンツ変換のようなものを生み出す理由はない。
 「無数の時間のパラドックス」なども、すべて消えることとなる。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 26, 2018)

 参照資料

[1]「運動している物体の電気力学について」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日
[2] 「アインシュタイン 特殊相対性理論」、内山龍雄訳・解説、岩波文庫、井波書店刊 1988-11-16

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