定常系はどこにある

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 ローレンツ変換は定常系と運動系を必要としている

 ローレンツ変換は、定常系と運動系という、時空の性質が異なる二つの座標系の間で、物理法則の表現を同じとするための変換理論である。

図1 ローレンツ変換の意味

 地球は何系

 マイケルソン・モーリーらの実験が行われたとき、太陽系空間に対して地球が公転として動いていることを検証しようとしたのだから、太陽系空間を定常系として、地球は運動系であった。
 ところが、地球と大気圏上空で宇宙線からうまれるミューオンとでは、地球が定常系でミューオンが運動系とされる。

図2 地球は運動系なのか定常系なのか

 定常系は運動系

 定常系と運動系に対してローレンツ変換を規定すると、逆変換により、運動系からみた定常系は、逆向きの速度で動く運動系となってしまう。

図3 定常系は運動系

 無数の時間が生まれる

 定常系から運動系へとローレンツ変換を生み出したとたん、この逆変換によって、運動系から定常系を見ると、逆の方向に動く運動系とみなされる。
 ここから、さらに計算をすすめてゆくと、これらの二つの座標系の、それぞれの位置にともなって、二つの時間の関係が異なるという現象が起こってしまう。無数の時間が生まれてしまうのである。

図4 無数の時間(の代表値)

 定常系は運動系のスクリーンか

 定常系がもっている、運動系とは異なる機能は、運動系での光と、運動系の速度とを、組み合わせて表現できるということだろうか。
 ところが、このようにして構成された、マイルソン・モーリーの実験についての解析モデルは、その実験結果を説明することができなかった。これは、ストーリーが逆で、実験について考えられた解析モデルが期待するような実験結果とならなかったということである。
 このようなとき、解析モデルが正しいとして、その差を埋めるように、実験の精度などを修正してゆくという方法がひとつ。もう一つは、解析モデルが実験結果という現実に見合っていなかったから、解析モデルのほうを修正してゆくというもの。
 マイケルソンやモーリーを含め、さらに何人かの実験屋たちが、1930年ごろまで、工夫を重ねて実験していったが、その結果として、地球の公転速度は検出できなかった。
 こうなると、疑うべきなのは、実験技術のほうではなく、解析モデルのほうであろう。

図5 定常系は運動系のスクリーンか

 定常系へ投影したモデルはリアルなものではない

 アインシュタインだけではなく、その当時から現代にいたるまでの物理学者は、マイルソン・モーリーの実験についての解析モデルを疑うことなく、ここでの光の行路や速度についての判断を受け継ぎ、まったく異質な解決法として、定常系と運動系において時空が異なるローレンツ変換へと向かった。
 しかし、問題を解決する方法は、他にもあったのである。解析モデルのほうを疑うという視点だ。
 これまで定常系が受け持ってきたスクリーン機能は、速度vによって動く運動系の様子を、まさに架空のスクリーンとしての投影系に写すことにより、自然な理解へとつなげることができる。
 解析モデルのほうを疑うことにより、定常系をスクリーンのように見て、運動系の中の光と、外の速度を組み合わせて構成するというシミュレーション(解析モデル)が、ほんとうのこととして解釈できることではないと考えることができる。

図6 (左)定常系の解析モデル (右)投影系の解釈モデル

 図6の(右)投影系の解釈モデルにおいては、Y軸方向に進んだ光は、運動系に作用する速度のことを知らない。光はY軸に向かおうとするが、座標系全体がX軸に沿って動くので、見かけ上右へとずれることとなる。水色の矢印は、それによって、光の波面が移ってゆくことを示している。このとき、対角線の H1MY を光が走るように見え、その速度はcを越える。しかし、このようなことは仮想の投影系で起こっていることであり、現実としての運動系でのY軸方向の光の速度と、投影系のY軸の速度は、いずれもcである。
 図6の(左)定常系の解析モデルは、これまでの、定常系による解析モデルである。このとき、この定常系はリアルな現実世界であるという思い込みが影響して、光速度不変の原理が作用し、対角線の H1MY を光が走り、その速度がcであるとされる。そうすると、Y軸に沿った経路で光の速度はcより小さなものとなり、もとの運動系での事象と異なってしまう。
 アインシュタインはY軸に沿って走る光が何故cより小さくなるのか、まったく説明していない。
 運動系においては、Y軸に沿うLの距離はcで走って、反射して、またcで走るのである。ここのところで遅く走るには、何か理由がいる。より長い対角線のところで速度cを維持しなければならないからということは、理由にならない。ひとつの座標系で光が走り始めたら、それはcで走り続けるというのが、光速度不変の原理だったはずである。
 この矛盾を抱えたまま、アインシュタインはローレンツ変換の導出を進めてゆく。

 実在するのは運動系だけ

 これまで定常系に任せていたスクリーン機能を投影系に引き渡してしまえば、定常系が運動系と異なるところはなくなってしまう。
 これらの問題のスタート地点であったマイケルソン・モーリーらの実験のときから、地球は運動系であった。それでは、太陽系が定常系かというと、太陽系も銀河系の腕のひとつに所属していっしょに動いている。その銀河系も…、というわけで、私たちの現在の科学では、定常系を特定するのはできそうにない。
 これらのことに気がついていた物理学者(内山龍雄)の中には、定常系としての静止系を、「私が静座している座標系」[2] として、ほとんど特別視していない。つまり、運動系との違いは「視点を持っているものがいる」だけである。

図7 運動系と運動系の変化は投影系で理解できる

 このとき、それぞれの運動系の中では、光は、運動系の外から作用される速度も、この運動系の中で運動する物体の速度にも影響されず、ただひたすらに速度cで走るのである。

 運動系だけの世界にローレンツ変換は必要ない

 次の図8で、青い箱の運動系と赤い箱の運動系を、あえて区別するとしたら、その変換公式として、黄緑色の箱にあるように、
    ξ = x - vt                    (1)
が必要となるかもしれないが、区別しないときは、
    ξ = x                       (2)
とすればよいだろう。

図8 運動系だけの世界にローレンツ変換は必要ない

 これらの考察は、物体としての移動に関することである。
 光については、それぞれの運動座標系の中で走るのであり、異なる速度をもつ座費系へ移るという、不思議な現象は考えられない。
 やはり、ひとつの運動系に対して、これと同じ性質をもつ運動系というものが、どのようなものかと考えると、これはまた大問題になってしまう。
 はたして、私たちの宇宙は、速度の異なる、いくつかの運動系に分解することができるのだろうか。
 それなら、それらの境界では何が起こるのか。
 はたして、境界のようなものを見出すことができるのだろうか。
 これは新たなSF小説のテーマとなるかもしれない。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 28, 2018)

 参照資料

[1]「運動している物体の電気力学について」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日
[2] 「アインシュタイン 特殊相対性理論」、内山龍雄訳・解説、岩波文庫、井波書店刊 1988-11-16

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