光のエネルギーは質量と置き換えられるか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 エネルギーの種類

 ウィキペディアでエネルギーについて調べると、次のように、色々なものがある。

表1 エネルギーの種類(ウィキペディアのエネルギーより)


 ここにある「光のエネルギー」について調べると、次のように説明されている。

  

 アインシュタインが考えたのは、このようなエネルギーではなく、古典力学において考えられている、次の表2のようなエネルギーが、光においても存在するのではないかということである。

表2 力学的エネルギー


 運動量pは質量mと速度vに対して p=mv となる。
 運動エネルギーK(p)は K(p) = |p|2 / (2m) と定義される。ここで |p| は運動量pの絶対値である。
 ここから
              (1-1)
となる。

 光のエネルギーは質量に変わるか

 光は質量をもたないとされる。それでは、光のエネルギーだったら?
 アインシュタインは、有名な E=mc2 を導くまえ、特殊相対性理論 [1] [2] の応用の一つとして、「光のエネルギーが質量に換算できる」という意味の、かなり奇妙な論文を書いている。
 「物体の慣性はその物体の含むエネルギーに依存するであろうか」 [3]
 この論文の問題点について説明するため、この論文の内容をかんたんにまとめておこう。

 (1) 相対性原理

   

 (2) 定常系でエネルギーl(エル)をもつ平面光波の、
速度vで運動している運動系でのエネルギー l*の変換公式

             (2-1)

   

 (3) 静止物体の静止系でのエネルギーと運動系からみたエネルギー

 

 (4) (思考実験)静止系の定常物体から、反対方向に、エネルギー L/2 の平面光波が出る。

図1 静止系の定常物体からエネルギー L/2 の平面光波が出る

 (5) エネルギー保存則についてのコメント

   

 (6) その物体の光を発したのちのエネルギー

  

 (7) エネルギーの数式表現

        (7-1)
   
                                (7-2)

 (8) 二つの式の辺々を引き算する。

   
                           (8-1)

 (9) H−E の物理的な意味

   

 (10) H−E=K+c の形への書き換え

               (10-1)
              (10-2)

 (11) 差をとる

      (11-1)

 (12) 近似式を適用して「4次およびそれ以上の高次の量を無視すると」

  

 (13) 近似計算の結果の、方程式から導かれる結論(解釈)

   

 (14) もしこの理論が正しいなら

   

 考察

 上記の(1)から(14)についての問題点を考える。
 このときの思考実験においては、静止(x,y,z)系の物体から、反対の方向へ、同じエネルギーをもつ光が出されたことについて、運動(ξ,η,ζ)系から見たとき、それらのエネルギーがどのような値として表現されるかが、まず、説明される。

図2 光のエネルギーを異なる二つの座標系の視点で表現している

 次に、このような思考実験がなされる前となされた後とでの、静止(x,y,z)系として見たエネルギーの式と、運動(ξ,η,ζ)系として見たエネルギーの式との「差」が求められる。
 アインシュタインは(1)相対性原理について、ここであらためて書き記している。
 (5)エネルギー保存則についてのコメントで「この過程に対し、(相対性原理によれば)エネルギー保存則は二つの座標系の どちらについても成り立つはずである。」と確認している。
 これらの記述は、
 (3) 静止物体の静止系でのエネルギーと運動系からみたエネルギー
 (6) その物体の光を発したのちのエネルギー
の記号の定義を経て、
 (7) エネルギーの数式表現
を書き記すための条件のようなものとみなせる。
 それらのエネルギーについての、保存則に関する式は、静止系や運動系の、性質が異なるとされる座標系の、それぞれで成立するということである。
 そこで、次からの
 (8) 二つの式の辺々を引き算する
 (9) H−E の物理的な意味
 (10)H−E=K+c の形への書き換え
 (11) 差をとる
ということが、いったい、どのような「原理」の裏付けがあって行うことができるのか、何も説明がない。
 *A「静止系においてエネルギー保存則が成り立つ」
 *B「運動系においてエネルギー保存則が成り立つ」
ということは相対性原理によって成立すると考えられるのかもしれない。
 しかし、これらの式を組み合わせて「差」をとる、ということを保証するためには、「それぞれの座標系で相対性原理に従って求められた、*Aと*Bの結果は、これらの座標系を越えて、足したり引いたりできる」とでも表現できる、超相対性原理 が必要となる。だが、そのようなことは、説明されていない。
 まったく異質な座標系から見た、二つの視点による数式の差をとる、ということに、いったいどのような意味があるのか。

 仮に、それらの処理によって生み出された方程式に意味があるとしても、それは、静止(x,y,z)系と運動(ξ,η,ζ)系との共通部分でしか成立しない。
 しかし、このような共通部分が実際に存在するとは考えられない。
 もし、そのような共通部分があったとしたとき、そこで生み出された光は、どちらの座標系に属するかを決めないと、速度vを考慮するか無視するかという判断をしてからでないと、光が走る距離を決められないが、共通部分では、そのような判断をすることができないからである。
 エネルギーについても同じことが言える。あるエネルギーがあったとして、静止系と運動系のどちらで定義もしくは観測されたかが分からなければ、その表現式を決めることができない。
 定義するときだけ、もとの静止系や運動系で存在して、組み合わせるときには、これらの共通の性質をもつ空間へ移るというのだろうか。
 この共通の世界は、いったい静止しているのか動いているのか。速度0と速度vの平均値v/2というのでは、運動系になってしまう。
 このような、光に関するエネルギーの差が存在すると考えるのは、いったい、どのような世界でのことなのだろうか。

図3 質量mとL/c2が同一視される方程式は異なる座標系の共通領域でしか成立しない

 最後に求められた(近似計算の結果の)方程式について、(9) H−E の物理的な意味で、「運動エネルギー」と考えられている。
 これが(古典力学の)力学的なエネルギーの運動エネルギーの形と似ている。
 そこで、式の形として共通のポジションを占める、質量mとL/c2 を同一視して、「もし物体が輻射の形でエネルギー Lを放出すると、その質量は L/c2 だけ減少する。」と結論づけている。

  

 あとがき

 かんたんにまとめようと思ったが、また、長くなってしまった。
 2008年にまとめたものに比べると、本質的な問題点を、より具体的に示すことができたと思える。
 このときの本質的な問題点とは、同じ現象について記述した、静止系でのエネルギーと運動系のエネルギーの、それぞれの表現式の「差」をとって生じる式が、意味をもって存在できるかということである。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Aug 5, 2018)

 参照資料

[1] 「運動している物体の電気力学について」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日
[2] 「アインシュタイン 特殊相対性理論」、内山龍雄訳・解説、岩波文庫、井波書店刊 1988-11-16 [3] 「物体の慣性はその物体の含むエネルギーに依存するであろうか」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日

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