運動する棒の長さを、なぜ3つの時間で測定するのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

キメラミームのページへ戻る

 はじめに

 このタイトルだけでは何のことを述べようとしているのか、よく分からないかもしれない。
 これから述べることは、アインシュタインの特殊相対性理論についての考察である。
 2008年に私は右腕が(過酷な長時間の単調作業による)極度の神経痛のため自由に動かせなくなり、肉体的な仕事をすることができず、その治療期間の時間つぶしのようなころに、図書館でアインシュタインの本を借りて読みまくり、思いつくままに、その批判ページを作っていった。その中に「幽霊変換」という解析ページがあった。これを、さも自信満々に、10年間もホームページに掲載していたが、2018年になって、ここにおける論理展開が誤っていることに気づいた。やむなくホームページから、これに関連するページを削除し、どんどん空っぽになってゆくホームページが陰ってゆくのを知りつつ、このあと何をしてゆけばよいのか、明確な指針も得られないので、無駄だと思いながらも、再び図書館に向かい、アインシュタインの特殊相対性理論に関する本を借りた。
 原論文の日本語訳が二つある。「アインシュタイン選集1」[1] と 岩波文庫版の「アインシュタイン 特殊相対性理論」[2] である。これらを読み比べると、新たな発見のようなものが、次々と現れる。
 おそらく、アインシュタインの特殊相対性理論には、通常の感覚では理解しがたい、説明不足としか言いようのない、論理の飛躍があちらこちらにあるので、その「溝」のようなものを埋めようと、物理学者の誇りをかけて、色々と「意訳」や「補訳」を行ってきたのであろう。
 そして、それほどまで深く理解できなかった人は、それらの翻訳者の説明文まじりの翻訳文を、まるまる信じ込むしかなかったということになろう。

 §1. 同時刻の定義

 このセクションは、アインシュタインの特殊相対性理論の 「T. 運動学の部」のさいしょのところにある。
 [1] と [2] を読み比べて、さいしょに気づいたのが、これまで [1] で「定常系」と名づけられていた座標系が、[2] では「静止系」と翻訳されていたことである。
 ここのところの言葉の選択は、アインシュタインの特殊相対性理論においては、とても重要なところである。
 [1] において、「定常系」と対比される「運動系」についても、[2] では、動く棒を含むものとして、「伴走系」と名づけている。まさに、ぴったりの表現だと思える。
 §1の内容についてまとめてゆこう。この後のまとめでは、主に [2] を読んで行った。[2] の方がアインシュタインの原著に近い感じがしたからである。おそらく [1] においては、翻訳者や監修者による、言葉や表現の「現代化」のようなものが行われているように思える。詳しい比較で、そのことを立証するのが、このページの目的ではないので、これについては、これ以上深く立ち入らない。

 §1の内容メモ
(1) ニュートン力学の方程式が成り立つ座標系を静止系と呼ぶことにする。
(2) 静止系における質点の位置は、ユークリッド幾何学、直交座標、剛体の物指で決定できる。
(3) 質点の運動は、質点の座標の値を時間の関数として表現すればよい。
(4) 時間の判断は、いくつかの出来事が同時刻に起きたか否かの判断による。
(5) 時計から離れた場所の事件に対しては、事件が起こった場所から時計のある原点まで、光の信号で伝えることができる。
(6) ただし、事件までの距離が異なっている場合、このシステムだけでは、事件の時系列が正しくもとめられない。
(7) 空間のある位置にある時計AによるA時間と、他の位置にある時計BによるB時間とを、共通の時間として定義する必要がある。
(8) 光がAからBに向かう時間とBからAに向かう時間が等しいときに、時計Aと時計Bは合っているとする。
(9) 時計Aと時計Bの同値関係や、時計Cを含めた推移関係。
(10) 座標系の原点に親時計を置く。
(11) 真空中の光の速さcを、ひとつの普遍定数と仮定する。
(12) 静止系に静止している時計を用いて時間を定義したので、静止系の時間と呼ぶことにする。

 この中で、原子時計などの、厳密で正確な計測装置というものがあることを知っている、私たちの時代の人間にとって、不思議な手続きにおもえてくるのが、(5)から(8)にあるような、光を使って、同時性や時系列のような、時間に関する測定を行うというところである。
 ここのところの「手続き」のようなものが、このあと、背後にとりつく「怨霊」のように、かすかな影響力を漂わせながら、ぼんやりと、その姿を現すことになる。

 §2 長さと時間の相対性

 上のまとめに習って、まず、ここのところの内容について概観しておこう。

 §2の内容のメモ
(1) 相対性原理 
 互いに他に対して一様な並進運動をしている、任意の二つの座標系のうちで、いずれを基準にとっても、物理系の変化に関する法則を書き表そうとも、そこに導かれる法則は、座標系の選び方に無関係である。
(2) 光速度不変の原理
 ひとつの静止系を基準にとった場合、いかなる光線も、それが静止している物体、あるいは運動している物体のいずれから放射されたかには関係なく、常に一定の速さcをもって伝播する。
(3) 光の速さ = 光の進んだ距離 / 伝播に要した時間
(4) 静止している棒の長さをl(エル)とする。
(5) 棒の軸は静止系のX軸に平行で、xが増加する方向に向かって、速さvで、一様な並進運動をしている。
(6) 棒の伴走系からみた棒の長さ 動いている棒の長さを測る操作(a) 観測者と物指が、棒といっしょに動いて測る。
(7) 静止系に対し動いている棒の長さ 動いている棒の長さを測る操作(b) 静止系に静座する観測者、静止系の調整された複数の時計、このような条件の下で、「あるひとつの定まった時刻tに、動いている棒の両端が、それぞれ、静止系の中のどの位置にあるかを見定め、これを静止系の物差で測る。
(8) 従来の運動学では、(6)による長さと(7)による長さとは、互いに完全に等しいと、暗黙のうちに仮定されていた。
(9) 棒の両端(先頭がB、後端がA)に、それぞれ静止系の時計をとりつけ、併走する2人の観測者に読み取らせる。
(10) 時刻 tAにAから光が発射される。
(11) 時刻 tBにBで反射される。
(12) 時刻 tAにAに戻る。
(13) (9)のもとで、(10)から(12) について、「光速度不変の原理を用いれば、次の関係が成立する。」(これは静止系から見た場合の関係式である)
    tB - tA = rAB/(c-v)
    tA’- tB = rAB/(c+v)
 ここで rABは、走っている棒を静止系から眺めた場合の長さを意味する。
(14) 棒と一緒に走っている観測者から見るとき、A, B 二つの時計は合っていない。
(15) 静止系に静座している観測者から見れば、両方の時計が同時刻を示している。
(16) 同時刻という概念が、静止系と運動系とで異なる。

 こうして、内容メモをまとめてゆくと、アインシュタインは、ここのところで何をしようとしているのかと思ってしまう。(9)から(12)の手続きは、「棒の長さを測る」こととはみなせない。単に「運動する棒と平行に光を走らせて、ABAとたどらせ、その時間を計測した」というだけである。

 考察

 ここのところの前提条件として、§1の(8)が出されているらしい。
 §1の(8)では、静止している空間の離れたAとBの時間を合わせるため、これらの間を走る光の時間が等しいことを使ったとある。
 §2の(13)の式では、右辺の分母の値が異なるので、これに応じて、左辺の時間も異なるのは、このときの計測モデルに基づくもので、この時間が等しくないから「同時性」が成立しないと判断するのは、見当違いとしか言いようがない
 §1の(8)の手続きは、単に静止系において行うことができるものである。この手続きが、いかなる座標系においても成立するかどうかという保証はない。これは物理法則以前の問題である。一般性を持つかどうかの考察は、どこにもなされていない。

 §2の(8)では、運動系での棒の長さが、(7)のものとは同じにならないという予想を漂わせている。その結果のようなものが、§2の(13)だとしたら、このあたりの論理構造の流れが、まったく分からない。

 (7)を繰り返し表示する。

(7) 静止系に対し動いている棒の長さ 静止系に静座する観測者、静止系の調整された複数の時計、このような条件の下で、「あるひとつの定まった時刻tに、動いている棒の両端が、それぞれ、静止系の中のどの位置にあるかを見定め、これを静止系の物差で測る。

 ここに、「あるひとつの定まった時刻tに、…測る」とある。
 しかし、(10)から(12)では、三つの異なった時間に、その両端の座標を測っている。このときの棒は、静止系に対して動いているので、これでは棒の長さとは異なる長さになるのは明らかではないか。

 アインシュタインは、運動している棒の長さを測ろうとしていたのか、それとも、同時性の不成立を示そうとしていたのか、そのどちらとしても、理解できない。
 ここのところで、このあたりの論理が破綻していると考えるしかない。
 あるいは、何らかの「思い違い」があったのか。
 2008年の私の「幽霊変換」のように。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 19, 2018)

 参照資料

[1]「運動している物体の電気力学について」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日
[2] 「アインシュタイン 特殊相対性理論」、内山龍雄訳・解説、岩波文庫、井波書店刊 1988-11-16

キメラミームのページへ戻る