長さと時間は相対的なものではない

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 まえがき

 このページのタイトルも、これだけでは何についてのことなのか分からないと思う。
 アインシュタインの特殊相対性理論についての考察を述べる。
 アインシュタインの特殊相対性理論のベースとなるのは、ローレンツ変換である。
 ローレンツ変換は、アインシュタインが初めて提案したものではなく、ローレンツが実験的な式として表し、ポアンカレがダランベルシアンを使って導くことができるとした。
 アインシュタインは、これらのことが述べられた論文を、すでに読んでいたらしい。ローレンツの論文についてはアインシュタイン自身が読んでいると述べている。ポアンカレの論文については、アインシュタインは表明していないが、現代の科学史家が推定していたと思う。
 ともあれ、アインシュタインはローレンツ変換というものの存在を知っていたはずである。
 これらのことを知って、ローレンツ変換というものが、どのようにして生み出されたかという、少し抽象的な観点で考察してゆくと、もっとも根源的な条件というものがあることが分かってきた。

 ローレンツ変換を生み出す根源的な条件

ローレンツ変換を生み出す根源的な条件を示そう。



 もちろんこれは、黒月樹人がまとめたものである。これでうまくまとめられているかどうかは確かなものではない。(J3) については、ポアンカレやアインシュタインも、意識的に導入しているので、確かに必要な条件となるだろう。(J1) は、おそらく、見逃されている条件として、ほとんど認識されていないかもしれない。(J2) は、ポアンカレのダランベルシアン法に強く現れている。

 ポアンカレと根源的な条件

 ポアンカレのダランベルシアン法では、さいしょに、ローレンツ変換のためのスタートの式が持ち出される。



 ここでp, q, r, s は未定係数である。このときの表記では、「定常系」の座標はx, y, z, t であらわされ、「運動系」の座標は x’, y’, z’, t’ と、ダッシュをつけて区別される。
 「定常系」のX軸に沿って、xの正の値が増える方向の速度vを「運動系」がもっているとして、Y軸やZ軸に関する変化はないとしてある。
 このとき、上記の(J2)がどのように表現されているかについて、言葉でさらに説明する必要はないだろう。
 ポアンカレのダランベルシアン法では、このあと(J3)の条件が組み合わされて、ローレンツ変換が生み出される。(J3)の条件として、ダランベルシアンを利用したわけである。

 アインシュタインと根源的な条件

 アインシュタインも(J3)については強く意識していた。特殊相対性理論のはじめのあたりに、2度にわたって、二つの要請(仮定)を持ち出しており、その一つが「相対性原理」である。
 (J1)について議論しだすと、終わりが見えなくなってしまいそうなので、ここでは触れないことにする。
 ここでは(J2)について、アインシュタインの原論文の翻訳書 [1] [2] を詳しく読み込み、考えてゆこう。

 §1. 同時刻の定義

 アインシュタインは「§1 同時刻の定義」において、A地点で起こった事件の時刻と、B地点で起こった事件の時刻との、時系列の情報を知るための手段として、光を信号として使う手続きを提案している。このとき、Aで起こった事件の時刻を確認するAにある時計が示すA時間と、同様に定めるB時間とが同調していることを確認するための手続きとして、「AからBへ光が進む時間」と「BからAに光が進む時間」とが等しいということを調べるべきだとしている。かくして、
     tB - tA = t’ A - tB   (1-1)
が成り立てば、AとBの時計が同調していると判断できるのだそうだ。

 ここのところの、あまりに、めんどうな、場所や時間や、そこでの事件の時刻、さらには、これらの情報を伝える光の経過時間の説明は、のちに、これらの表現を利用して、このとおりであるとか、これと反するとかを主張したいがために行われている。
 このことに関する「念押し」の説明文が、[1] と [2] の日本語訳で、微妙に異なっている。それを少し引用してみよう。



 「矛盾」と「定義」についての、解釈上の意味が、[1] と [2] とで異なっているように思える。
 さて、ここに述べられている「矛盾」についてであるが、アインシュタイン自身が「矛盾なく」定義できることであり、他の場所や他のケースでも成立すると、はっきり断定したいところで、「仮定する」としている。ここのところは、なぜなのだろうか。
 おそらくこれは、あとで、このようなことが成立しないケースがあるということを示したいからであろう。
 ここに述べた「定義」の「仮定」は、§2の最後の辺りで現われる、運動する棒についての、よく似た観測において、違ってくるからである。
 つまり、「定義」の「仮定」に対して「矛盾」が生じるわけである。
 このとき、順当な数学的論理に従えば、「定義」の「仮定」が間違っていた、という背理法へと進むべきなのだが、アインシュタインは、このような思考体系を無視して、「矛盾」のほうを正当化してゆこうとするのだ。

 §2. 長さと時間の相対性

 上記の「§1. 同時刻の定義」の(1-1)と関係が深い式が現れるのは、「§2. 長さと時間の相対性」の最後のあたりである。
 (1-1)の式が導かれたときは、AとBは動かなかったし、これらを含む座標系も、とくに変化はなく、座標系について考察しなければならない状況はなかった。
 §2での状況では、「定常系」の世界の中に、動く棒を含んで座標ごと動く「運動系」があって、この運動系の中に、観測者と時計が、棒に伴走しているのである。
 そして、これらの状況を、「定常系」に静座している観測者が記録し、時刻や棒の長さや、「運動系」の動く速度v や光速度c が組み合わさった方程式としてまとめるわけである。
 [1] と [2] での、この部分の表現を見比べよう。



      tB - tA = rAB/(c-v)           (2-1)
      tA’- tB = rAB/(c+v)           (2-2)

 アインシュタインは、(1-1)では等しいとなっていた時間が、(2-1)と(2-2)にあるように、異なる値となることを、ここで示そうとしている。
 ふつうに考えれば、このときの結果は(1-1)のようにはならなかったのだから、(1-1)を導くときに「仮定」したことに何らかの誤りがあって、そのときの解析は不確かなものだったかもしれない、と疑ってゆくべきなのである。
 こうして考えてゆけば、



と進めるのが正しい判断であろう。
 しかし、アインシュタインは、「矛盾」から「仮定」へと戻らず、この「矛盾」のほうを正当化して、ここを手掛かりに、「長さと時間の相対性」という概念を持ち出し、それがさも正しいことであるかのように、議論を進めていったのである。
 その部分を取り上げよう。



 Qではほぼ同じ内容だが、Rでは[1]で、かなり意訳されている。Pに至っては、[1] では、翻訳されていない部分がある。あるいは、[2] の翻訳で説明が加えられたのだろうか。

 これらの表現からアインシュタインが考えていたことを推測しよう。



 推論Wは、この§のタイトルを表したものである。
 条件Xは、ローレンツ変換を導くために必要な条件である。
 仮定Sと現象Tから、考察Uが演繹されたことになっているが、ここのところの思考過程が理解できない。
 さらに推論Wとなると、いったいどこから、このような概念へとつながってゆくのか、見当もつかない。
 そして、条件Xがどこからも演繹されていないとなると、アインシュタインの特殊相対性理論は、これ以降の部分が、単なる空想となってしまうだろう。

 アインシュタインは静止系で正しいとみなされることを仮定Sとおき、AからBに光が向かうということと、BからAに光が向かうということが、現象として「よく似ている」ので、運動系において異なる観測結果が出たからといって、「同時刻」や「同時性」という概念についての判断をしているが、このときの論理は、まるで、「水平思考」であり、論理的な思考とは呼べない。コンピュータプログラミングで、「同時性」の判断をするようにしてあったら、「情報不足」や「エラー」となってしまうことだろう。
 静止しているか運動しているかという、異なる状況にいて、何らかの観測を行い、異なる結果が得られたとしたら、このときの状況の違いが結果に影響していないかと考えるのが普通である。そして、説明のつく原因が分かって、異なる結果についての正しい理解がえられてゆくことだろう。

 これらの§1と§2で述べられた思考実験について、仮定や結果を見て、「長さには相対性がある」とか「時間には相対性がある」とは、まったく考えられない。
 棒の長さは、それが運動していても、静止しているときの長さと同じ長さを測定することができる。
 これらの思考実験における時刻や時間の違いも、状況をよく理解して、ただしくプログラミングすることにより、正確な値へと換算することができる。

 ここでの展開で、ローレンツ変換を生み出すために必要な条件としての、「長さと時間は、座標値として、ともにかかわりあうものとなる」(条件X)という考えは、幽霊ほどにも表れていない。
 それにもかかわらず、アインシュタインは、次の§3において、ほとんど何の説明もなく、「長さと時間は、座標値として、ともにかかわりあうものとなる」という条件を組み込んでゆく。
 アインシュタインのタウ関数のところである。
 タウ関数はτ(x, y, z, t) のように、x, y, z, t の座標を変数としてもつ関数である。
 これはつまり、「長さと時間は、座標値として、ともにかかわりあうものとなる」(条件X)ということが了解されていないなら、考えることはできないものなのだ。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 20, 2018)

 参照資料

[1]「運動している物体の電気力学について」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日
[2] 「アインシュタイン 特殊相対性理論」、内山龍雄訳・解説、岩波文庫、井波書店刊 1988-11-16

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