定常系と運動系は物理世界と幽霊の世界のように重なって存在するのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 はじめに

 定常系と運動系は、アインシュタインの特殊相対性理論において使われる、二つの座標系の名前である [1]。日本語への翻訳家により、静止系と伴走系とも呼ばれることがある [2]。ドイツ語の表現を調べると、定常系や静止系の直訳は、「活動していない座標系」である。
 マイケルソン・モーレーの実験について考えると、太陽系(とともにあるエーテル)が定常系で、地球が運動系とされていた。太陽系を仮に静止しているものとみて、地球は秒速30km/秒の速度で公転しているはずである。1887年の実験では8km/秒となったが、以後、他の研究者も参加し、実験が繰り返され、ほぼ0km/秒とみなされた。
 このあと、ローレンツ、フィッツジェラルド、ポアンカレ、アインシュタインによって、このような実験における光についてのふるまいを解釈するため、ローレンツ変換が生まれたようである。
 しかし、このローレンツ変換というシステムが生まれる前のところに、いくつもの疑問が浮かび上がる。

 「同時性」と「長さと時間の相対性」には意味があるのか

 アインシュタインが、独自の方法でローレンツ変換を導くとき、「相対性原理」と「光速度不変の原理」という二つの要請(仮定)を導入し、空間もしくは座標系における時間についての「同時性」を判定するシステムを、光を使って構成しようとした。
 このときのシステムは、明らかに、定常系のもとで考えられた。
 この定常系に対して速度 v をもって動く運動系において、光を使って同時性を判定したところ、同じような結果が出ないことから、「運動系における同時性」と「定常系における同時性」に相対性があるとして、「運動系の時間」と「定常系の時間」とが異なると結論づけた。

図1 AとBを往復する光の時間で同時性は判定できない

 このときの手続きについて考えると、これは、定常系において同時性を判定するシステムが、運動系においてうまく適用することができなかったという、システム構築のときの不備に由来すると分かる。
 定常系に対しての速度vを考慮した、より一般的なシステムとして、運動系でも使うことができる、同時性の判定システムを構築すれば、あらためて異なる時間を運動系で考える必要はない。
 また、アインシュタインは、長さにおいても、定常系と運動系で異なると主張したが、このようなことを主張できるための根拠については何も論じていない。
 アインシュタインは、ローレンツ変換を導くために必要な、定常系と運動系において、長さや時間の体系が異なるという条件を見出すことはできなかったと考えられる。
 それにもかかわらず、アインシュタインは、このあと、定常系と運動医において、長さや時間の体系が異なるとして、方程式を打ち立て、ローレンツ変換を導いてゆく。

 一つの座標系の中で、物体が動くことと、座標系が動くこととは、どのように違うのか

 アインシュタインの特殊相対性理論の原著の日本語訳 [1] [2] を読むと、このような違いが、どのように意識されているか分からなくなる。一つの座標系として定常系が考えられ、その中において、ある長さをもつ棒の軸が、定常系という座標系のX軸と平行な状態で、X軸の値が増える方向へ、速度vで動く、というような、説明があって、さらに光が信号として使われ、棒の両端AとBに時計を用意し、伴走する観測者によって、光の反射などの事件の時刻が計測される、などへと進んでゆく。
 ところが、いつのまにか、定常系という座標空間の中で、単なる物質としての棒が動く、というものではなく、この棒と同じように動く、運動系という座標空間が動いてゆくという設定に変わってしまうのである。
 このような変化は、よく読んでゆかないと、見逃してしまう。
 「§1 同時性の定義」と「§2 長さと時間の相対性」のところでは、一つの座標系の中で、物体としての棒が動いているようだが、「§3 静止系から、これに対して一様な並進運動をしている座標系への座標および時間の変換理論」のところから、どうやら、一つの座標系の中で、座標系が動いているという状況へと変化するようだ。
 一つの座標系の中で、物体が動き、それと光が並んで走る、という状況と、一つの座標系の中で、これとは異なる座標系が動き、その座標系とともに、物体や光が動くというのとでは、何かが違うように思える。もし、そこに本質的な違いがあるとすると、そのことを考慮せず、突然予告なく、「動く物質と光」を「動く座標系と光」へと置き換えるのには問題があることになる。

図2 物体が動くことと座標系が動くことは同じではない

 図2の @ は静止系で、静止している何かから生まれた光である。A は静止系で速度vをもって運動している物体から生まれた光である。B は静止系に対して速度 v で動いている運動系の中で、静止している何かからうまれた光である。
 A と B において違うことは、もしこれらの光に意識のようなものがあるとしたら、A の光は自分が生まれた青い棒が動いているということを「知っている」のにたいして、B の光は、自分が生まれた運動系kが静止系Kに対して動いていることを「知らない」ということになる。
 これらのことは、光に意識がなかろうと、その解釈モデルにおいての、光のふるまいとして異なってくる。

 一つの座標の中に、これとは性質の異なる座標系を組み込むことができるのか

 アインシュタインの特殊相対性理論の「§3 静止系から、これに対して一様な並進運動をしている座標系への座標および時間の変換理論」における、さいしょのところに、「"定常的な”空間に二つの座標系をとる」[1]、あるいは「”静止している”空間の中に二つの座標系があるとしよう」[2] と記されている。
 この時点での「二つの座標系」は、[2] の表現によれば、「ここで座標系とは、どちらも、それぞれ1点から突き出した、互いに直交する3本の剛体性の棒からできていると考える」[2] となっている。
 これは「座標系」について述べているのではなく、「座標軸」について述べているだけである。
 このあと、二つの座標系は、「静止している系(K)」と、これに対して「X軸の正の向き(x座標の増加する方向)に、一定の速さvをもって走っている、一方の座標系(k)」[2] として規定され、「静止系」と「運動系」として議論が進められてゆく。
 これらの座標系における「長さ」や「時間」の性質が同じであれば、これらを区別する意味がないから、暗に、二つの座標系の「長さ」や「時間」の性質が異なっているものとして、それらの記号が区別される。
 「ひとつの事件を静止系から眺めたとき、それの起きた場所と時刻を完全に規定する1組の数値をx, y, z, t とする。」[2] と、これにつづく、「ひとつの組 x, y, z, t には、同じ事件を運動系kから眺めた場合の [ それの場所と時刻を示す (訳者による補足らしい)] 数値の組 ξ, η, ζ, τ が対応する。」[2] である。
 ここまでくると、「静止系」と「運動系」において、「長さ」や「時間」、あるいは、「場所」と「時刻」と言う性質が異なっていると、アインシュタインが考えているように、この論文を読んでいる者も考えてしまうことだろう。
 しかし、現実として、ほんとうに、このようなことが「起こる」と、考えてゆくことができるのだろうか。
 このような状況は、まるで、「物理世界(現生)」と「幽霊の世界(あの世)」ではないか。
 あるいは、「目覚めているときの世界」と「夢を見ているときの世界」の対応にも似ている。
 長さや時間の性質が異なっている、「静止系」と「運動系」が重なっているとき、その「共通の空間」(というものがあるとしたら)において、「光」はいったい、どちらの座標系に所属して、光速度cで走ればよいのだろうか。
 あるいは、「静止系」と「運動系」が離れているとしたら、その境界はどのようになっているのか。

図3 性質の異なる座標系が重なることができるか

 異なる二つの座標系が、一つの光について、そのふるまいを記述することができるのか

 アインシュタインの§3では、二つの方程式が記される。
 (1)についての導入の説明の引用は略す。(1)に続いて(2)を持ち出すための説明を引用しておく。

                 (1)

 静止系Kで、光速度不変の原理を用い、また独立変数x’, y, z, t を用いてτを、τ(x’, y, z, t)の形に書くと、上の関係は次のようになる。

         (2)

 (1)については、こが運動系kの中でだけ成立するとするのなら、問題はないように見える。
 しかし、アインシュタインは、(1)の表現が、(2)として、K系でも成り立つとしている。

図4 静止系(定常系)Kと運動系kの光や式は同一視できるか

 運動系kの光は、運動系kの速度 v とは関係なく走っている。
 静止系の中で走る光は、この速度 v と関係しながら、終点の位置を変えている。

 光が速度vとかかわりあうかどうかで、静止系と運動系のどちらに属するのかが変わってくる。
 静止系の中に、はたして、光のふるまいが異なる、運動系が、重なって存在できるのか。
 静止系(定常系)Kと運動系kの光は、はたして、同じものと考えることができるのだろうか。

 これらの検証がなされないまま、ローレンツ変換という理論が組み立てられてきた。
 ローレンツ変換の「効能」のようなものを検証する前に、ここに述べたような「異なる座標系についての、いくつかの関係が成立するかどうか」ということを検証する必要がある。 
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 26, 2018)

 参照資料

[1]「運動している物体の電気力学について」、アインシュタイン選集1、湯川秀樹(監修)、中村誠太郎・谷川安孝・井上健(訳編)、共立出版(刊)、昭和46年3月1日
[2] 「アインシュタイン 特殊相対性理論」、内山龍雄訳・解説、岩波文庫、井波書店刊 1988-11-16

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