ChMd200 エリザベス・クリアラーが撮影したUFO
The UFO shot by Elizabeth Klarer

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 はじめに

 ChMd197からChMd199の3つにより、RaN220で取り扱ったufocasebook.comの1870-1956の(2) [16]〜[30]についての、現時点の解析技能における詳しい解析を行いました。
 この解析の最後に控えていたのは、原画像[30]の、エリザベス・クリアラー(Elizabeth Klarer)[※] が撮影したUFOでした。このUFOは、たまたま私がChMd97で取り扱ったUFOとそっくりでした。
 このような解析をまとめてゆく過程で、エリザベス・クリアラーの物語を知ることとなり、彼女が撮影したUFOというのは、原画像[30]だけではないことを知りました。その中に、とてもクリアーなものがあります。
 今回は、これを含め、エリザベス・クリアラーが撮影したUFOについて調べます。
 [※] Elizabeth Klarerの日本語読みとしてエリザベス・クリアラーを当てました。Klarerはウェブの翻訳機能でも、これを英語とみなして対応する言葉がなく、Klarerのままになっていましたが、ひょっとしてこれはドイツ語由来の名前ではないかと思い立ち、[ドイツ語]→[日本語]の変換を試みたところ、日本語で「クリアラー」と訳されてきました。そこで、これを使うことにしました。間違っていたら、お教えいただけると幸いです。

 エリザベス・クリアラーが撮影したUFO

 エリザベス・クリアラーが撮影したUFOの画像をhesemann.m-n-d.comから採集しました。
[hesemann] hesemann.m-n-d.com South Africa 1956 Klarer


図1 エリザベス・クリアラーが撮影したUFO


図2 エリザベス・クリアラーが撮影したUFOの拡大

 hesemann[2]の解析

 hesemann[1]のUFOについては、ChMd199で少し解析しました。後で取り上げることがあるかもしませんが、まずは、あざやかに写っているhesemann[2]のUFOについて調べます。
 このUFOを見て、ただちに思ったのが、陸上競技の種目にある「円盤投げ」の円盤です。周囲が金属で内部が木で作られているものです。まさか、それを空中に投げ上げて撮影したというのではないでしょうね。空のかなり高いところで飛んでいるところが写っています。もっと軽いフリズビーや鍋の蓋のようなものだったら、雲までとはいかなくても、雲を背景として撮影することは可能かもしれませんが。
 図3はhesemann[2]のUFO拡大(画像A)で、図4はその画像Aのswan解析(画像B)です。説明のために、図5として、これらの画像Aと画像Bの半分ずつを切り貼りしたものを載せました。


図3 hesemann[2]のUFO拡大(画像A) code = hesemann[2][8][2]


図4 画像Aのswan解析(画像B)
code = hesemann[2][8][2]_onACI(swan)32(0)


図5 画像Aと画像Bの半分ずつの切り貼り
code = hesemann[2][8][2]_onACI(swan)32(0)HALF

 図3(画像A)にある写真を見ると、このUFOの上側のところが暗くなっています。手前に光があたっているので、反対側が暗いというのは自然なことだと考えてしまうかもしませんが、ここのところが、これだけ幅広く暗いというのは、やはり、光学的に変だと思えます。
 図4(画像B)はswan解析というものです。画像の色の並び方を感じ取って、それに応じた色を当てはめるものです。色が違うというのは、そこのところの細かな配色上のタッチが違うということです。
 UFOの向こう側は青い帯となっています。よく見ると、本体とみなされるところは黄色くなっていて、これと青帯の間に暗い隙間があります。
 このような位置関係を見比べるために図5を構成しました。
 図3(画像A)で暗い影のように見えていたところは、図4(画像B)では、暗い隙間と青い帯とに区別されているのです。
 図4(画像B)で観察すると、この青い帯は、UFOの周囲を回って、赤や緑に色を変えて、本体の近くでドーナツ状にループを作っていそうです。
 これはUFOが空を飛ぶために生み出している、UFO外部の磁場ではないかと、これはもちろん仮説ですが、考えることができます。

 このような写真からのUFO拡大画像は、拡大処理のためもあって、それにともなって、ピンボケぎみの画像になります。もともとの画像での情報量が小さいので、ある程度はしかたがないことですが、このようなピンボケの像をもう少しくっきりと見るための解析法としてゴブリンアイというものを生み出してあります。
 これとは別に、今回少し時間をとって、ゴブリンクォーク9に、もっと基本的な処理機能として、画像のコントラストを調整する解析ページを開発しました。
 他の画像解析ソフトにも、コントラストを調整するものがありますが、これによる変化画像を画紋解析で調べると、色情報を失っているので、画像の質が落ちています。
 このような問題について、ゴブリンアイ光核解析フルーツ解析などを生み出していたのですが、これらはいささか特殊な方法でした。そのため、効果が強すぎて、もっと微妙なコントラストの調整に向いていないということを納得し、もっとシンプルで、他の画像ソフトのものより、はるかに強力なものを生み出そうと考えました。
 これについての詳しい説明をつづけてゆくと、ここでのテーマから離れてしまいますので、このあたりで止めて、実際の使用例を持ち出そうと思います。
 次の図6は画像Aとそのコントラスト解析Cpdnc8です。このときの記号の意味はCがコントラスト解析のシンボル記号で、pdnc8がその内容のメモ記号です。ちなみに、pはTYPEが04-96で、dはSPOTがDarkで、bはBASEがGRAYで、小文字のcはOBJECTがRGB(3色すべて)で、数字の8がCUT(ZOOM)の値が32分割中の8であるということです。SPOTをDarkと指定しましたので、明るいほうは変えずに、暗いほうだけ、少し暗くしたわけです。
 このような調整は、解析前の原画像における、暗い部分や明るい部分の濃淡値によって変わります。
 あまり強くコントラストをつけようとすると、暗いところの濃淡値が0に、明るいところの濃淡値が255となってしまい、ブラックアウトやホワイトアウトの領域となって、目で見る分には、純粋な黒や白で違和感がないかもしれませんが、ウェーブレット解析を行うと、明らかに異質な面となってしまって、見るに堪えないものとなります。
 このような現象を避けるため、微妙なコントラストの変化を調整できる解析法を組み立てたというわけです。


図6 画像Aとそのコントラスト解析Cpdnc8

 このように複雑ながらも自由自在に調整できるコントラスト解析を生み出したことにより、思ってもみなかった効果が生まれました。
 次の図7は画像Aの拡大によるswan解析です。「拡大によるswan解析」の意味は、画像Aを[2]倍するときに、UFOがうまく入らなかったので、やや上(2U)とやや下(2D)の2つに分けて、それぞれを解析してからswan解析し、それらをペイントソフトで切り貼り合成したということです。これを画像Cとします。
 そして、その下の図8は画像Aのコントラスト解析Cpdnc8の拡大によるswan解析です。同じような手続きで解析したものを切り貼り合成しています。こちらは画像Dとします。


図7 画像Aの拡大によるswan解析(画像C)
code = hesemann[2][8][2][2UD]_onACI(swan)32(0)
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図8 画像Aのコントラスト解析Cpdnc8の拡大によるswan解析(画像D)
code = hesemann[2][8][2][2UD]Cpdnc8_onACI(swan)32(0)
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 画像Cと画像Dを見比べると、画像Cでは見えていなかった、UFOを包み込む各色の帯の、細かな流れのようなパターンが、画像Dにおいて浮き上がっているということが分かります。
 画像のコントラストを微妙に調整することにより、このような流線パターンが識別できるようになったようです。
 UFOの周囲で、本体をドーナツのように取り囲むリングは、青と緑のところや、青と赤のところはうまくつながっていますが、手前のところの、赤と緑の接点あたりは、うまくつながっていなくて、その内側の青い帯の影響か、かなり乱れています。何か特殊な状態になっているのかもしれません。
 UFOの本体をおおう赤黄緑の帯は、同心円情にUFOをかこっている青い帯の影響を受けて、まるで、ヘアーバンドでまとめられた長髪のように、束ねられたり、それからはみ出したりしているかのように見えます。
 これらの現象を理論的に説明することはできませんが、なにやら電磁力学的に説明できそうな雰囲気です。
 このように構造的なパターンを、単なるイラスト画像の中に隠しておくということは、おそらく、私たち地球人の仲間には想像もつかなかったことでしょうし、今から60年も前の、私たちの文明における技術では、さらに不可能なことだったと考えられます。
 hesemann[2]に写っていたUFOは実体をもったものであり、円盤投げの円盤やフライングディスクのような模型ではなかっただろうと考えられます。ドローンが進化した現代でも、このような(おそらく)磁場変化を生み出して空を飛ぶものは、まだ無いのではないでしょうか。

 hesemann[3]の解析

 hesemann[3]のUFOのほうは、図1での原画像を見るとわかるように、hesemann[2]に比べ、UFOがとらえられているサイズが小さくなっています。このため、同じレベルでの解析結果を求めることはできないようです。
 図9はhesemann[3]とそのコントラスト解析Cpwnc12です。この記号でwはSPOTがD&Lということで、暗いほうも明るいほうもともにコントラストを強調しているという意味です。初めの画像が中間濃度のものだったので、この方法でうまくいきました。


図9  hesemann[3]のUFOとそのコントラスト解析Cpwnc12


図10  hesemann[3]のUFOコントラスト解析(画像F)
code = hesemann[3][8][4]Cpwnc12


図11 画像FのLAP解析
code = hesemann[3][8][4]Cpwnc12_onACI(LAP)16(64)


図12 画像Fのswan解析
code = hesemann[3][8][4]Cpwnc12_onACI(swan)16(64)

 hesemann[2]のswan解析に比べると、それほど立体感はありませんが、UFOの周囲に帯が見られます。
 太陽の光の反射でしょうか、UFOの機体に2つの光がとらえられています。

 エリザベス・クリアラーの物語

 hesemann.m-n-d.com South Africa 1956 Klarer [hesemann] にエリザベス・クリアラーの物語がまとめられていましたので、その日本語訳(黒月樹人訳)を載せておきます。原文はこのサイトにありますが、下記の参照資料にも引用しておきます。

 Dipl(意味不明)  気象学者であるエリザベス・クリアラーは、彼女が地球外の存在とコンタクトしたと主張したため、国際的な論争の的となりました。
 彼女は遭遇体験のあと、背の高い、白髪の、宇宙船パイロットによって妊娠することとなったと主張したので、彼女の本である「光の境界を越えて」は、のちに恋愛小説のスタイルに書き換えられたのですが、むしろ懐疑的な反応を呼ぶこととなりました。
 90年代に限ってのことですが、UFOによる誘拐のあと妊娠するというケースの多くが、まじめに取り組む研究者たちに注目され、クリアラーのケースは格別のものとして取り上げられました。実のところシンシア・ハインドは、もっとも尊敬されたUFO研究家でありMUFONの代表者ですが、クリアラーの接触についての、何人かの目撃者の居場所をつきとめ、インタビューしました。さらにまた、クリアラーは、南アフリカで、社会的には評価の高い、信頼できる人間だとされていました。彼女の夫は南アフリカ空軍の少佐でしたし、エリザベス自身も空軍の諜報活動のために働きました。
 (彼女が名づけた)「地球外から来た宇宙船」という一連の写真は、彼女の最初のコンタクトにおける場所を示したいと考えて頼んだ、2人の目撃者の前で撮影されたものです。
 彼らといっしょに彼女が、広大なドラケンズ山脈の麓にある丘あたりの、ズールー語ランドを車で通り抜けていたのですが、そのとき、激しい雷をともなった雨雲の間に、一つの閃光があったことに彼女は気づきました。すぐに彼女は止まり、もってきていたブローニーの箱型カメラを携えて、仲間と一緒に車を離れました。ほんの少しあと、暗い曇った空に、あきらかに、こっちのほうへと近づいてくる、金属的な円盤があることに、彼女は気づきました。直ちに、まるで反射行動であるかのように、エリザベスが7枚の写真を撮ったかと思うと、その円盤はあわてて逃げてゆきました。雷雨が始まった瞬間に、雹(ひょう)がシャワーのように、その場に降り始めました。
 エリザベス・クリアラーは、公証された宣誓供述書で、彼女が撮った写真が確かなものであることを認めてもらおうとしました。83歳で1994年の2月に亡くなるまで、彼女は、この物語を支持する立場をつらぬきました。
(黒月樹人訳)

 まとめ

 hesemann.m-n-d.comに収録されていた、エリザベス・クリアラーが撮影したUFOのうち、hesemann[2] とhesemann[3]について調べました。
 hesemann[2]はUFOの様子がかなり大きくとらえられており、あまりにリアルな見え方なので、何らかの模型の円盤のようなものを投げ上げて撮影したのではないかとも疑われていたかもしれません。
 しかし、今回解析してみると、そのような模型では生み出せない、機体の周囲の、何もないとみなせるところに、swan解析で、あきらかな色帯領域が現われました。他の、本物らしいUFOで、ときとして現われる、機体外部の磁場ではないかと考えられます。
 新たに開発したコントラスト解析によって微調整した画像についてswan解析したところ、複雑ながら構造的な流線パターンが現われました。
 このように構造的なパターンを、単なるイラスト画像の中に隠しておくということは、現在の画像加工の技術でもむつかしいことですし、60年も前のことですので、まず不可能なことだったと考えられます。
 このような理由により、エリザベス・クリアラーが撮影したUFOのうち、少なくともhesemann[2]の画像に写っているUFOは、本物である可能性が高いと考えられます。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Nov 27, 2015)

 追記

 次の解析をしようとしてufocasebook.comの1870-1959 (3)を調べたところ、その最初の原画像[31]が、hesemann[2]と同じものでした。
 よって、今回の解析は、[31]から[45]を扱ったRaN221の再解析の一つとなります。


図13 ufocasebook.com 1870-1959 (3) [31]

 参照資料

[hesemann] hesemann.m-n-d.com South Africa 1956 Klarer

The Drakensberg Photos
17 July 1956, ca. 4 p.m.,
Rosetta/Natal, South Africa
 Dipl.-meteorologist Elizabeth Klarer caused an international controversy with her claim of a contact with Extraterrestrials. Her book "Beyond the Light Barrier", written more in the style of a romantic novel, caused a rather sceptical response, since Klarer claimed she became pregnant after her encounter with a tall, white-haired spaceship-pilot. Only in the Nineties, when cases of pregnancies after UFO abductions were given attention by serious researchers, the Klarer case received a more serious attention. Indeed Cynthia Hind, Africa´s most respected UFO researcher and MUFON representative, managed to locate and interview several eyewitnesses of Klarer´s  contacts. Furthermore, Klarer was a well-respected member of the South African society. Her husband was a major of the South African Airforce, Elizabeth herself worked for the Airforce Intelligence. Her photo series of an "extraterrestrial spaceship" (as she called it) was taken in the presence of two witnesses whom she wanted to show the site of her first contact. With them she drove through the Zulu-Land, the foothills of the mighty Drakens-Mountains, when she noticed a flash of light between the mighty thunderstorm clouds. Immediately she stopped, left the car together with her companions, in her hand theBrownie Box Camera she had brought with her. A moment later she recognized the metallic disc in the dark-clouded sky, obviously slowly approaching. Immediately, like in a reflex action, Elizabeth shot seven photos before the disc suddenly shot away. In the same moment a thunderstorm started, a shower of hail went over the field. Elizabeth Klarer confirmed the authenticity of her photos in an notarized affidavit. She stood behind her story until she died in February 1994, in the age of 83 years.

 

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