地震波形の研究 Earthquake Wave Study
EWS8 北海道胆振東部地震の厚真鹿沼での不思議な先行波(訂正版)

黒月解析研究所 黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito

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 不思議な謎の先行波 (1)名寄市大通の地震波形

 前回のEWS7では、平成30年北海道胆振東部地震において、不思議な先行波が観測されていることを説明しました。
 このような先行波は、すべての観測点の地震波データで記録されているわけではありませんが、よく似たパターンのものが記録されているものもあります[2]。
 次の図1と図2は、それらの中で、もっとも典型的なパターンとして記録されている、「名寄市大通」での地震波形です。あとのデータとの対応のため、この先行波やP波などの様子が、存在していることが分かるレベルのAMP[1](標準振幅)のものを図1としました。
 これの振幅を10倍したものが図2です。

図1 「名寄市大通」の地震波形 AMP[1], TIME[1](300-1836)
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図2 「名寄市大通」の地震波形 AMP[X](10倍), TIME[1](300-1836)
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 不思議な謎の先行波 (2)士別市東6条の地震波形

 「名寄市大通」のパターンとよく似ているのが、「士別市東6条」の地震波形です。
 北海道の地図で確認すると、名寄市と士別市は隣接しています。すぐ近くで、士別市のほうが震源にやや近いけれど、先行波がくっきり表れているのは、名寄市のほうです。
 図4の士別市の振幅倍率は50倍としており、名寄市の10倍より大きくないと、先行波が見えてきません。
 しかし、この士別市の地震波形でも、謎の先行波は、P波のはじめのところに、やや先行してくっついており、P波より高周波です。

図3 「士別市東6条」の地震波形 AMP[1], TIME[1](0-1536)
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図4 「士別市東6条」の地震波形 AMP[C](50倍), TIME[1](0-1536)
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 不思議な謎の先行波 (3)厚真鹿沼の地震波形

 震源から遠くへ伝わるうちに、何らかの変化を起こしたり、振幅が減衰するという可能性があります。名寄市や士別市のデータが、この高周波先行波の様子をよく記録しているのは、震源からの経路が、地表近くではなく、深いところを通って来たという可能性が考えられます。
 それでは、震源に最も近いはずの、「厚真町鹿沼」の地震波形では、どのように記録されているのかと考え、調べることにしました。
 次の図5は 「厚真鹿沼」の地震波形 AMP[1], TIME[1](1200-2736)です。

図5 「厚真鹿沼」の地震波形 AMP[4], TIME[1](1200-2736)
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 この地震波形のP波の前に、もっと遠い観測点で「先行波」とよばれるものがあるとしても、図5では、かすかな振動が(数字の16のところ)8分6秒のあたりから出現しており、「先行波」と「P波」の境目を判定することが困難です。
 そこで、次のような手法をとることにしました。

 (1) この地震における他の観測点での、P波やS波の初動時刻を調べ、距離に対する時間のグラフを作って、P波速度とS波速度を求めます。

ここで問題が生じました。距離として「震央距離」を使ったところ、P波速度やS波速度が、異常な速さになったのです。この地震では震源の深さが37kmと、かなり深くなっており、これが影響しているかもしれないので、幾何的な計算により、「震源からの距離」として、速度グラフを再構成しました。
 この図6に基づいて、P波速度とS波速度を求めたところ、P波速度は6.80 [km/s] , S波速度は 4.38 [km/s] と求まりました。これでも、まだ速すぎると思われます。
 同じ北海道の内陸で起こった地震を探し、2014年7月8日18時5分に起こった「石狩地方南部地震」の地震波形を調べ、P波とS波の速度グラフを作って求めたところ、P波速度は6.00 [km/s] , S波速度は 3.60 [km/s] でした。この値は、長野や熊本や新潟で起こった地震での値とよく似ています。

図6 P波とS波の速度グラフ(震源からの距離で)

 図6のグラフで、P波の回帰直線とS波の回帰直線が、震源からの距離0 [km] のところで一致していないのも、少し気になります。今回の地震では、P波の前に「地震前の振動」が「先行波」としてついているという疑惑のもとに調べているので、これらのP波の初動時刻は、少し遅れるはずです。
 これらのことから、この地震における「発震時刻をS波の回帰直線が距離0と交わる8分2秒」とすることを、次の解析での、信頼できるデータとしました。

 (2) S波の初動位置を(数字で)23.6としました。この波形データの開始時刻が7分50秒なので、数字の23.2は8分13.6秒となります。
 これまでの解析では、S波の平均速度と距離から、発震時の時刻を求めていました。しかし、この方法では発震時にばらつきが生じてしまいました。
 とくに、このケースでは、震源からいちばん近い観測点であるということを考え、S波の平均速度より、図6のグラフから推定された発震時(8分2秒)のほうを信頼することにしました。
 O-Sの距離は37.5kmです。
 O-Sの時間は 13.6-2.0=11.6 [秒] となります。
 ここから、この経路でのS波の速度は、37.5÷11.6=3.23 [km/s] となります。
 震源から遠い観測点では、地中の固いところを地震の振動が通るのに対して、この経路では、震源からどんどん浅い方へと伝わります。一般に浅いところは地盤が柔らかく、速度が遅くなります。
 図6でのS波の平均速度は4.38 [km/s] でした。それが3.23 [km/s] となったので、およそ0.74の減少率です。図6でのP波の平均速度6.80 [km/s] にこの減少率をかけて、5.01 [km/s] となります。
 げんみつなことを言い出すと、P波とS波の速度比は、地質の状態によって変わります。しかし、今回の解析では、そこまでげんみつなことは考えていません。
 この地点における、震源から観測点までの、局所平均P波速度を5.01 [km/s] とします。

 (3) 発震時は8分2秒でした。震源から観測点までは37.5kmです。P波速度は(局所平均で)5.01 [km/s] です。゛
 P波のトラベルタイムは、37.5÷5.01=7.5 [秒] となります。
 P波の初動時刻は、2+7.5=9.5 [秒] です。7分50秒からの数字では19.5のところです。

図7 「厚真鹿沼」の地震波形 AMP[4], TIME[1](1200-2736)
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 図7で、S, O, P の、それぞれの時刻が矢印で入りました。S波の赤い矢印は、あと0.2〜1.0秒ほど左にゆく可能性もあります。しかし、これによってP波の青い矢印が動く範囲は、その64パーセントくらいです。0.1〜0.6秒ほどの移動です。それほど変わりません。
 発震時を8分2秒としましたが、1秒や0秒となっても、この方法では、P波の矢印の位置は、ほとんど変わりません。
 P波の初動位置は8分9.5秒より前後に1秒も移らないと考えられます。
 ところが、8分6秒のあたりから、「地震前の振動」が始まっており、P波の初動の直前に、(相対的に)大きな振幅へと変化しています。
 次の図8では、振幅をAMP[X](10倍)として、「地震前の振動」の様子を見やすくしました。

図8 「厚真鹿沼」の地震波形 AMP[X], TIME[1](1200-2736)
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 まとめ

 震源からの震央距離191.9kmの「名寄市大通」の地震波形には、P波とは異なる、高周波の「先行波」が, NS, EW, UD の3つのチャンネルにおいて、見事にとらえられていました。
 名寄市に隣接している士別市の、「士別市東6条」の地震波形においても、それとよく似たものが記録されていました。
 そこで、一気に震源のほうへと近づき、(気象庁のデータにおいて)震源からもっとも近い観測点である「厚真鹿沼」の地震波形を調べました。
 ここでは、「名寄市大通」や「士別市東6条」のように、先行波とP波で、(P波の周波数が低下したことによる)周波数が分離するということが起こっていないので、いろいろと工夫して、先行波とP名の境界時刻を求めました。
 すると、「厚真鹿沼」の地震波形において、P波の初動時刻は9.5秒でしたが、それに先立つ5.8秒のところから、「地震前の振動」となるものが記録されていました。
 これを「地震前の振動」と呼ぶのは、P波より速く伝るものが知られていないからです。P波の初動は、その観測点における「震源が地震として揺れ始めたこと」を示しています。だから、それ以前の波形は「地震前の振動」となります。
 この地震が起こる少し前に、何かが高周波で振動していたということは確かです。
 それはいったい何なのでしょうか。
 (Written by KLOTUKI Kinohito, Oct 6, 2018)

 参照資料

[1] 気象庁の「主な地震の強震観測データ」
[2] 気象庁にある北海道胆振東部地震の観測データ
長周期地震動に関する観測情報(試行)
北海道胆振東部地震
「各観測点の加速度ファイル」 ここをクリックして acc.tar.gz を保存して解凍する

 

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