RaN09 ポール・デイヴィス「幸運な宇宙」 第1章〜第6章について
黒月樹人のランダムノート (Random Note by Kinohito KULOTSUKI)
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 図書館に返却する前に、すこし感想文を書いておこう。

英語のタイトルとして The Goidilocks Enigma  ---- Why Is the Universe Just Right for Life? (by Paul Davies) と書かれている[1]Goidilocksの訳、@金髪の美女, Aチシマキンポウゲ, Bアキノキリンソウ, C(G-)ゴルディロックス : 英国の昔話Golgilocks and the Three Bearsで、クマの家に入り込んで寝入ってしまう女の子。このCか。Enigmaは「謎」でよいだろう。しかし、このタイトルでは日本人には分からない。そこで、「幸運な宇宙」となったわけ。

 この本のテーマは、上記のサブタイトルにある。「宇宙が生命の生存に好都合なにものとなっているのはなぜか?」ということにある。これが10章ある中の7章から語られる。そのために、1章から6章までかけて、「宇宙」と「統一理論」と「宇宙のダークフォース(ダークマターやダークエネルギーにかかわることらしい)」のことが、ながながと語られる。

 

1章では、シンプルにまとめられたサブタイトルの疑問の奥にある、「いくつかの重大な疑問」のことが説明されている。

これらの疑問を象徴して、「存在の謎に立ち向かう」「宇宙は生物に適している」「宇宙の規則」「物理法則の特別な地位」「法則はいくつ存在するのか?」「物理法則は真の意味で存在するのか?」「神よさらば?」「宇宙は無意味なのか?」とブロックごとのタイトルが並べられている。

「存在の謎に立ち向かう」では、「どうしてわれわれはここにいるのか?」から始まる、「存在に関する重大な疑問」のリストが並べられ、古代から、「宗教」や「哲学」で説明されようとしてきたが、現在では、「科学」が、その疑問に答えようとしていると、考え方のコンパスの向きを確認している。このような確信を支えているのは、宇宙を観測する技術が発達して、「宇宙における人間の位置に関する考え方が大きく変化した」ことと、「原子内部の微視的世界」に関する理解が深まったことであるという。

「宇宙は生物に適している」では、このことが、なぜ疑問となるのかが説明される。つまり、現在の「宇宙」では、「原子の性質」から「銀河の分布」にいたるまで、いろいろな性質が、特定の状態になっているが、この状態の、どれかひとつでも変っていたとしたら、「生物」が生存する可能性が、ほとんど皆無であっただろうということである。故フレッド・ホイルは、このことを「宇宙の八百長」と、簡潔に表現した。これにならってポール・デイヴィスは、「ゴルディロックス因子」という用語を提案する。これは、英国の昔話による喩えである。「ゴルディロックスと三匹の熊のお話に出てくるスープのように、宇宙は、さまざまな興味深い点で、生物にとって『ちょうどいい』ように見える」と説明されている。なるほど、特別な意味をもつ「スープ」のことだったのか。おそらく、この昔話で、何らかのキーポイントになる小道具の一つなのだろう。しかし、これでも、まだ、よく分からない。この小さな謎の答えは、「まえがきと謝辞」のところにあった。訳者による注釈で、次のように書かれている。「ゴルディロックスは、イギリスの童話『ゴルディロックスと三匹の熊』の主人公である少女。彼女は熊の家に迷い込み、熱すぎず冷たすぎもしないちょうどいい温かさのスープ、ちょうどいい堅さのベッドを見つける。」なるほど、ここの「熱すぎず冷たすぎもしないちょうどいい温かさのスープ」が、「生物にとって、なにもかもがちょうどいい状態の宇宙」へと、たとえられているようだ。

「宇宙の規則」では、コペルニクス、ケプラー、ガリレオ、ニュートンといった、初期の科学者たちが、「宇宙がそれに従って動いている秘密の規則」を見出したことについて触れている。「ケプラーの法則」や「ニュートンの万有引力の法則」などなど。ここでさらに、このような「宇宙の暗号」を見出すことができた「ホモサピエンス」というものと「宇宙」との関係について、議論が飛躍してゆく。のちに現れるテーマの一つである「人間の心」について触れているわけだ。

「法則という概念」では、「自然法則はいったいどこから来るのだろう?」という謎がとりあげられる。これについての歴史的な対応が説明されるが、ここでは謎解きはなされない。

「物理法則の特別な地位」では、「物理法則」の多くが「数学理論」の基礎をもっているということが取り上げられている。ガリレオは「自然は、数学という言葉で書物を書いた」と主張し、イギリスの天文学者ジェームス・ジーンズは、「宇宙は、まるで純粋数学者が設計したかのようだ」と述べたという。ポール・デイヴィスは、学生時代に好きだった女の子とのエピソードにからめて、「自然の裏側に数学的なリアリティがあるのはどうしてなのか?」とまとめている。

「法則はいくつ存在するのか?」では、発見された物理法則に階層構造があって、幾何学の定理のもとに、幾つかの公理があるように、もととなる法則へと凝縮し、現在の「自然法則大全」が、「楽々一ページに収まる」ようになっていると述べている。かくして、これらの中心に「ほんとうの法則」があるだろうと予測することになる。

「物理法則は真の意味で存在するのか?」では、「物理法則」と「物理的な世界」との位置関係についてのモデルが説明される。つまり、「物理法則」のほうは、この「物理的な世界」から離れた、抽象的で理想的な、「数」や「幾何図形」が所属する「プラトン的世界」に属しているというモデルである。のちに、ポール・デイヴィスは、このモデルについての問題点を指摘するつもりだと述べている。ここで、図として示されている「プラトン的世界」の中に、ニュートンの運動方程式と一般相対性理論の中の式の一部のほかに、エネルギーと質量の等価式が表わされている。E=mc2のことである。この式が正当な根拠をもたないことは、この本が書かれた2006年には、まだ知られていなかった。現在でも、あまり知られていないことだろう。

「神よさらば?」では、「宇宙」を理解するための試みとして、「宗教」と「科学」の対立的な関係があることに触れ、やんわりと、「科学」が「宗教」を抑え込むわけではないことを持ち出している。ここのタイトルに「」がついていることが、これを象徴している。

「宇宙は無意味なのか?」では、この疑問に対する科学者たちの考えに触れ、この疑問が、「存在に関するさまざまな難問のなかでも、最も難しいものである」と締めくくっていている。科学者たちの多くは「無意味派」なのだそうだが、それでは問題が片付かないと、ポール・デイヴィスは主張しようと考えているらしい。

1章について、簡潔に要約してみたが、これでは、返還期日になっても、この本を図書館に返せそうもない。もうすこしペースアップしてゆこう。

 

2章「宇宙についてわかっていること」

ここで取り上げられるトピックスをリストアップしてみる。

「ビッグバン」「膨張宇宙」「宇宙マイクロ波背景輻射」「赤方偏移」「宇宙の地平線」「観測されている宇宙(地球の観測装置の能力限界まで)」「観測可能な宇宙(宇宙の地平線の内側に存在するすべて)」「全宇宙(観測されている宇宙が平均的なものであるとの仮定に基づき、これを、単純に、観測されていない部分にまで広げたもの)」「ポケット宇宙(観測可能な宇宙と似ている範囲のすべての領域)」「多宇宙(マルチバース, すべてのポケット宇宙を集めたもの)」「湾曲した非ユークリッド空間」「宇宙の質量を正にするものと負にするもの」「宇宙の次元」「隠れた次元」「ブレーン宇宙論」

これらのトピックの中で、宇宙に関するさまざまな定義と、宇宙の次元に関して、ポール・デイヴィスは、地球の科学者たちの常識的な考えから抜け出せていないことが気になる。この問題については、「ハトホルの書」や「神智学大要」などの、一般的な科学者が問題外だとする書物の中に、まつたく別の視点があることが分かる。ハトホルたちは、「シリウスの扉(ポータル)」から、「この世界」へと入ってきたと述べている。それでは、「この世界」と「その外の世界」とは、どのように違うのだろうか。「神智学大要」では、「宇宙の階層」について、古典的な用語で整然と説明されているが、ハトホルたちの説明も、大筋は、これらの知識に近いものである。

地球の物理学は、1900年前後の、「マイケルソン=モーリーの実験」から、「アインシュタインの特殊相対性理論」へと展開するあたりで、大きな間違いを背負い込んでしまっている。「ローレンツ変換」のことである。これについての基礎を与えたのは、ローレンツでもアインシュタインではなく、どうやらポアンカレらしいが、この「ローレンツ変換」を必要とする論理的な操作の中に、数学的に成立しない式が使われて、問題の道筋を絡ませていたのである。この「もつれ」を解きほぐすと、「ローレンツ変換」が幻のものとして消えてしまった。このことを私は「幽霊変換」という名の論文にまとめて公開している。

「ローレンツ変換」が幻になってしまったとき、これを別の方法で証明したとする「特殊相対性理論」も消えてしまうことになる。このとき、「ローレンツ因子」からの演繹で導かれたE=mc2も根拠を失ってしまう。これらに関連して、「光の速度が宇宙で可能な速度の上限である」という考えの根拠も消えてしまう。地球で観測されている「光の速度」が、宇宙のすべてで同じであるという保証はなくなった。現代物理学の宇宙論においては、E=mc2と「宇宙共通の光の速度」という、まだ検証されていないことがらがベースとなって、さまざまに用いられ、次々と空想的な説明へと進んでいる。この問題については、どんどん膨らんでゆくことになるが、図書館への返却期限が迫っているので、ここで中断して、もっともっとペースアップしよう。

 

3章「宇宙はどのように始まったか」

ここでは、「ビッグバン」「インフレーション」「大きな跳ね返り(ビックバウンズ)」「永久インフレーション」などのトピックが語られる。

 

4章「宇宙は何でできているのか、そして、宇宙全体が一体に保たれているのはなぜか」

ここで取り上げられるトピックスを象徴する表現を、次にリストアップする。

「万物理論」「デモクリトスのアトム」「サブアトミック粒子」「クォーク」「四つの基本的な力」「ファイマン図」「6個のクォークと6個のレプトンと12個のグルーオン(四つの力を媒介する交換粒子)」「電弱力(弱い力と電磁力を一体化した力)」「強い核力のための量子色力学(QCD理論)」「電弱力のためのGSW理論」「標準模型(12個のクォークと12個のレプトンを記述し、GSW理論とQCD理論とを含む)」「未完の完璧な統一理論」「これらから、はみ出している重力」

ここでは、「おびただしい数のサブアトミック粒子」のことが取り上げられている。この宇宙を構成している、電子や陽子や中性子以外にも、不安定で短い時間しか存在できない、よく似た大きさや性質の素粒子が、たんまりと見つかっているが、これらの存在理由が、まったく分かっていない。この問題から、これらの「サブアトミック粒子」は、こことは違う、「別の宇宙」では安定であって、その別の宇宙を構成しているのかもしれないというアイディアがわく。「多宇宙(マルチバース)」の仮説を、うまく支えるかも。だが、これもまだ、何の証拠も得られていないことであり、単なるSF小説のためのアイディアにすぎない。

 

5章「完全な統一理論の魅力」

「大統一理論(GUT) ここへと至る図式は本の図18に描かれているが、これを文章で表わしておこう。「電気力」と「磁気力」が「電磁力」として統一された。このことを、次のように記すことにしよう。

@{電気力, 磁気力} ----統一> 電磁力

この書式で「大統一理論(GUT)」までを表わすと、次のようになる。

@{電気力, 磁気力} --統一> 電磁力

A{電気力, 磁気力, 弱い核力} --統一> 電弱力

B{電気力, 磁気力, 弱い核力, 強い核力} --統一> 大統一理論(GUT)

18には、次の「おまけ」も表現されている。

C{電気力, 磁気力, 弱い核力, 強い核力, 重力} --統一> 最終的統一理論(/M理論?)

これらの図式における問題点は、Bの理論は提案されているものの、これを検証するために必要な実験のエネルギーが、とてつもなく大きくて、とても実現できそうもないということである。文中の表現では「電弱力統合の約10兆倍」とある。

他のトピックとして、次のようなものがある。

「物質と反物質の非対称性」 「宇宙」で観測できるものの大部分が「物質」であるようだが、ビックバンで、これを生み出したときの、その「かたわれ」の「反物質」は、どこへ行ってしまったのかという謎。この問題の一つのプランは、物質と反物質が生まれるときに、ほんの少しだけ物質のほうが多かったというもの。しかし、これは単なるプランに過ぎない。何の実験的な証拠も得られていない。

「スピン」「パウリの排他原理」「ボース粒子」「フェルミ粒子」「超対称性」

これらの用語は、最後の「超対称性」を説明するためにつながってゆく。料理の手順書のように、操作的に述べてみよう。

@クォークとレプトンは差的に1/2のスピンをもっている。現在知られている(力を伝える)交換粒子は1のスピンをもっている。もしも(重力を伝える交換粒子としての)グラビトンが存在するとすれば、そのスピンは2のはずである。

Aスピンが1/2の粒子は「パウリの排他原理」に従う。この原理は、二つ以上の同種の粒子が同じ量子状態をとることができないことを表わしている。スピンが整数の粒子には関係がない。このため、これらの粒子は何個でも集めて塊にすることができる。

Bスピンが整数(0, 1, 2, …)の粒子は「ボース粒子」と呼ばれる。

Cスピンが整数の半分(1/2,  3/2, ….)である粒子は「フェルミ粒子」と呼ばれる。

D物質と力を統一して理論化するためには、フェルミ粒子とボース粒子を統一的に説明しなければならない。しかし、これらの粒子は、根源的にまったく違う性質をもっていたので、手掛かりがなかった。

Eフェルミ粒子とボース粒子を結びつける手掛かりが1973年に見つかった。これは、粒子の軸を回転させたときの、これらの粒子の奇妙な振る舞いに由来する。地球をたとえにして説明すると、地球の軸を180度回転させたとすると、北極と南極が入れ替わることになる。さらに180度回転させたら、もとどおり。これが普通のイメージである。スピンが整数のボース粒子の振る舞いは、これに準じている。しかし、スピン1/2のフェルミ粒子では、もとの状態に戻すためには、720度回転させなければならないというのである。

Fフェルミ粒子とボース粒子を統合した理論のためには、Eのような、二種類の回転をひとつの数学的な枠組みで表わせるような、とくべつな幾何学が必要となる。このような枠組みが、ユリウス・ヴェスとブルーノ・ズミノによって発見された。これが「超相対性」と呼ばれるものである。

「超対称性パ−トナー」 自然のなかに超相対性が存在するとしたときの、現存する粒子に対応する、超対称性の粒子。これのリストがあるが、まだ、何も見つかっていない。ここへ深入りするのはやめよう。

「粒子のほんとうの姿」 電子をとりあげて語られているが、現在の理論では、このような素粒子の姿を描こうとすると、さまざまな問題が生じるのだそうだ。ここで「相対性理論」による問題が取り上げられている。これは「特殊相対性理論」のことであろう。これは空論であった。また、「E=mc2」の式を使って、無限大の矛盾が現れると説明している。かくして、現在の理論には、どこかに矛盾があるという視点へと向かっているのだが、「特殊相対性理論」と「E=mc2」を信じ切って説明している、この部分の議論は完全に迷路に陥っている。

「弦理論」「M理論」 これらを解説した書物は数多い。しかし、これらは、まだ確定したものではないし、実験的に検証される可能性も見えていない。

 

6章「宇宙のダークフォース」

「ダークマター」「フリッツ・ツヴィッキーの研究」

「ダークマター」の存在は、「フリッツ・ツヴィッキーの研究」により予測された。ツヴィッキーは宇宙の銀河団の動きを、光の赤方偏移の手法で調べ、これらの銀河団の速度があまりに速すぎて、これらが近くに集まり続けているためには、見えているもの以上の、見えない物質の、大きな質量が必要なことを明らかにした。この研究は70年ほど前のことである。これは長い間無視されてきた。しかし、ここ2030年の観測で、銀河団だけでなく、銀河に含まれる恒星の速度を調べることによっても、見えているもの以上の、見えない物質の、大きな質量が必要だということが分かってきた。

MACHO(massive compact halo object) ダークマターの候補の一つ。直訳すると「大質量でコンパクトなハロー天体」である。「銀河の周辺部にあるハロー領域に存在する、質量の集中した部分」と解説されている。これの具体的な候補には「ブラックホール」がある。「矮星」や「巨大惑星」や、「小惑星」や「彗星」というものも候補として見積もることもできるが、太陽系での、これらの質量を見積もって推定したとしても、見えている「恒星」の質量を上回ることは難しい。何しろ、見えている「恒星」の質量を、はるかに上回る質量が必要なのである。

 WIMP(weakly interacting massive particle) ダークマターの候補の一つ。直訳すると、「弱い相互作用をする重い粒子」となる。これの具体的な候補は「ニュートリノ」である。しかし、ニュートリノの質量が極めて小さいので、これを集めても、あまり大きな質量を見積もることはできないようだ。この他に候補となる仮想的な粒子があると、議論は続いてゆくが、まだ何も見つかっていないもので、つじつまを合わせることはできない。

 実は、ハッブル宇宙望遠鏡による観測画像の中に、ダークマターと呼ぶしか説明のしようがないものが、ぎっしりと写っている。宇宙に存在する恒星や銀河の光が、あまりに強すぎて、それに露光などの調整を合わせてきたため、最も暗い部分には何も写っていないと、これまでは信じ込まれていたのである。しかし、最近のCCD素子によるデジタル画像には、色値の差異があるものなら何でも写るようになっており、そのような画像の、これまで何もないと信じ込まれてきた、宇宙空間の闇の中から、星でも星雲でもないパターンの何ものかが、まさに、広場の雑草のように、ぎっしりと、あるいは、ちらほらと、さまざまな色で現れてきたのである。このようなものの画像は、私が開発したoz906, go55, goc15, goq31などの画像解析プログラムにある、「光核」機能を使い、さらに、ゴブリンアイで、画像拡大と、そのデジタル現像(クッキリン)処理にまつわる「色のごみ」を取り除いてゆけば、得ることができる。すでに見ることができるのに、それを見ようともしないで、MACHOだとかWIMPだという、いかにも、それらしい言葉で、見当はずれのものを議論するのは、時間の浪費にすぎない。議論や考察の前に、まずは「観測」すべきだろう。実は、「光核」機能と、ほぼ同じものは、Photofilterなどの、既存の画像解析ソフトにも備わっていたが、スイッチをうまく指定しにくくなっており、このような使い方をすると何が分かるかということが理解されていないようだ。

 「ダークエネルギー」 見えている普通の物質とダークマター以外にも、この宇宙の膨張を加速している何かが必要だということが分かり、これに対してつけられた名称のこと。ことの起こりは、1990年代に、「遠方の銀河に存在する超新星の観測により、宇宙が膨張する速度が加速して変化している」とされるようになったことによる。このような加速を生み出す、反重力を生み出す何かが必要だということになった。このようなことを考慮して計算すると、宇宙の質量の約4%が普通の物質で、ダークマターが約22%、そして、残りの74%が「ダークエネルギー」の分だという。

 このあと、この章では、「宇宙の終焉」について「ビッグクランチ」「ビッグリップ」という状態の議論が続いてゆく。

 「遠方の銀河」という言葉で、ふと思い出したが、ハッブル宇宙望遠鏡ではなく、日本の「すばる望遠鏡」で「最も遠い銀河」の画像が撮影されたと知り、これを調べたことがある。この観測画像には、赤い色の天体が写っており、これが、「最も遠い銀河」なのだそうだ。遠さの決め手は、この「赤色」にあるらしい。「光の赤方偏移」という現象を適用して、このように判断されたという。ところで、この画像を、私の画像解析ソフトで調べてみると、「最も遠い銀河」の背景にある闇の中から、同じ赤色の天体像が、幾つも現れてきた。色といい、光の弱さといい、「最も遠い天体」というものは、いったいどれなのか特定できない状態になってしまった。しかも、同じような「光の弱さ」で、別の色の天体も現れてきた。青色である。これでは、「赤色」が遠さの決め手にはならないことになる。「光の赤方偏移」という現象は、どこまで適用できるのか。これは、かなりあやしい。

さらに、「光核」機能によって、恒星の「光核画像(0255の色における255に近い部分だけを取り出してきたもの)」を調べると、赤や青や緑の色が、不思議な幾何的パターンで現れてきた。かくして、恒星の光の色と、温度との関係が、すこぶるあやしいということになってきた。これらの現象は、科学的に観測された画像を分析してのことである。銀河や恒星までの距離や温度の情報が、あっという間に信用できなくなってしまった。光の速度が、あらゆる宇宙で一定であるという仮定も、おそらく、あやしい。

 これらの「ダークマター」や「ダークエネルギー」についての機論と考察は、まるで、遠くの見知らぬ宇宙でのことのようにすすめられているが、もし、普通の物質の質量が4%で、ダークマターが22%だと見積もられるとしたら、その比率で、この太陽系にも、見えない宇宙空間に、見えている太陽を上回る質量の何かかが、たんまりと分布しているかもしれない。その可能性はある。すると、これまで、見えている物質だけを考慮して計算されてきた、ニュートン力学やアインシュタイン力学での計算は、たちまち信用できなくなってしまうはずである。太陽系のダークマターは、いったい、どのあたりに分布しているのだろうか。

ダークマターの問題にまで発展しなくとも、太陽の、すぐそばの空間が、まったくの真空で、大気のようなものは何もないとみなせるのかどうか。太陽のそばに、太陽の大気層があって、濃度の勾配があるとすると、このあたりを通る光が屈折するのは当然のこととなる。すると、太陽が周囲の空間を曲げていなくても、このそばを通る光は、曲がって走ることだろう。

宇宙空間でも、よく似たことが考えられる。恒星や星雲の近くには、ダークマターのようなパターンの、弱い光の何かが分布していることが、新しい技術によって、このような画像を調べてみれば分かる。ここを通ってくる光が、その進路を曲げられることもあるだろう。また、エネルギーを失って赤方へ偏移するという可能性もある。「赤方偏移」という現象は、光を出すものの運動だけを意味するものではないかもしれない。

すでに、ダークマターの存在は予測され、見積もられているのだし、その観測画像も、すでに得られている。あれこれと理論を組み立てる前に、もう一度、組み立てる基礎で使っている「レンガ」の強度や確かさを検討しなおしたほうがよいのではないだろうか。

(2009_12_03)

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