中位コーザル界の存在 マイケルからのメッセージ
MESSAGES FROM MICHEL

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI)

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 ◆西洋版こっくりさん

 「マイケルからのメッセージ」[1] を、ようやく読み終えた。仕事のお昼の休憩時間に、車の後部座席を前方へと倒し、広くなった内部空間に毛布を敷いて、背中を伸ばして横たわる。車の後部ドアを開けておく。この駐車場は山の斜面にあって、周囲には棚田が広がっている。遠くに都市の街並みが見える。翼のように広げたドアに当たって入ってくる、秋の風が心地よい。このまま、この本を閉じて、ゆっくり眠れたら気持ちいいだろうなあ。午後の仕事に行く、ほんの30分ばかりの時間をつなぎあわせて、ゆっくりと、少しずつ読んでいった。
 「マイケルからのメッセージ」は「西洋版こっくりさん」の「ウィージャ盤」を使って、一文字ずつ伝えられたものだそうだ。最初はホームパーティでの「遊び」だったという。

 ◆私たちは何度も肉体をもった人間として生まれ変わっている

 私たちは何度も肉体をもった人間として生まれ変わっているという。そのことは、いろいろな本で読んだし、科学者によって詳しい調査もなされていて、ほぼ確かなことだと思える。しかし、「マイケルからのメッセージ」の中で、「中位コーザル界のマイケル」は、次のように言いきってしまう。

 「(生まれ変わりについて)信じる必要はありません。信じようが信じまいが、あなたは生まれ変わるのです。葉っぱが緑色になるために、光合成を信じる必要が無いのと同じことです。

 ◆「マイケル」と呼ばれている存在は、中位コーザル界にいる

 「マイケル」と呼ばれている存在は、中位コーザル界にいるという。
 コーザル界の存在は、私たちのようなタマシイ(魂)の「断片」が100以上も集まって、ひとつのまとまりとなっているらしい。「マイケル」というのは、そのような「断片」の一つが、かつて肉体の中で生きていたときに使っていた「最後の」名前だという。
 「コーザル界」か。久しく聞いていなかった。「コーザル界」ではなく、「神智学大要」という本 [2] にあったのは「コーザル体」というものだった。しかし、どちらも、なんだかよく分からない。言葉の響きだけが印象に残っていた。
 A.E.パウエルという人が、インドなどで調査してまとめた「神智学大要」は、「エーテル体」「アストラル体」「メンタル体」「コーザル体」「太陽系」という項目に分類されている。どこからか、あるいは、いかにしてか、よく分からないものの、宇宙に関する不思議な知識体系が存在してきた。そのなかで取り上げられている「コーザル体」というものが、より親しみのある存在として、「マイケルからのメッセージ」で語られている。

 ◆宇宙の次元

 宇宙の次元というものを、数学的な「四次元」だとか「五次元」と考えている人々もいるが、これは間違った考えのようだ。「マイケル」は、このようなとらえ方をしたときの、私たちの物質的な宇宙は「三次元」だと述べている。そして、宇宙は、この物質的な宇宙である「物質界」から始まって、おおきく七つの次元に分かれるのだそうだ。「マイケル」による説明を要約しよう。

 宇宙には全部で七つの次元がある。
 それぞれが七つのレベルに分かれている。
 宇宙の七つの次元とは、次の@〜Fを意味する。
 @物質界、A下位アストラル界、B上位アストラル界、Cコーザル界、Dメンタル界(アカシック界)、Eブッディ界、Fタオ
 コーザル界には三つの低いレベルがあり、その次に中位コーザルがあり、さらに他界三つのレベルには高位コーザル体が存在している。

 「マイケル」だけでなく、「ハトホル」[3] や「ラー」[4] からの情報にもとづくと、このような「次元」や「界」の違いは、「空間座標の数」ではなく、何らかの構成物の「周波数」に関係しているのだそうだ。
 「オクターブ」という用語もよく持ち出される。「ド」「レ」「ミ」「ファ」「ソ」「ラ」「シ」の7音階は、弦の振動における「周波数」と「節」に基づいて区別されるものだろう。
 はっきりしたことは、よく分からないが、宇宙の次元が7つに分類され、それらの中で、さらに7つのレベルが存在するというのも、このオクターブ音階が関係しているのではないだろうか。

 「アフ」という存在からのメッセージをまとめた本 [5] がある。この「アフ」という名は英語での「AF」であり、メッセージを受け取る私たちがいる「世界(物質界)」をAで象徴し、メッセージを伝える存在がいる「次元」を、順に数えるとFになることから、名づけられたのだそうだ。
 上記の「マイケル」による説明では、Fは「ブッディ界」に対応する。「マイケル」たちのいる「コーザル界」より、さらに二つ上の「次元」だ。なんとも、おそれ多い。
 「アフ」の解説では抽象的すぎるようなので、もう少し、私たち人間のことを覚えている「ベドウィン」という存在が説明を続けている。
 「ベドウィン」は「領域4に住む実在」なのだそうだ。「領域4」とは「コーザル界」に対応するところらしい。

 「ハトホルの書」[3] での語り部「集合意識ハトホル」は、「金星のエーテル界」にいるという。翻訳による用語の選び方によるのだろうか。それとも、異なる「次元」で、それらの用語が統一されていないのだろうか。「金星のエーテル界」は、「マイケル」が説明する「宇宙の七つの次元」の、どれに対応しているのだろうか。

 「ラー文書」[4] の「ラー(RA)」は、地球がいま「第三密度の進化サイクルの終盤」にあるとして、「第六密度の社会的記憶複合体」であると示されている。
 このときの数字の対応から、「第六密度」というところは、「マイケル」の知識体系では、やはり、「コーザル界」になるのかもしれない。

 「ハトホル」と「ラー」の知識体系は、よく似ている。これに対して、「マイケル」とよく似ているのは「ベドウィン」のものかもしれない。
 「ハトホル」や「ラー」においては、「魂が集まって意識が拡大する」ということが、ほとんどとりあげられないが、「マイケル」と「ベドウィン」では、このことが何度もとりあげられ、大きなテーマのひとつになっている。

 この物質的な世界において、それぞれが独立しているように見える私たちは、水の中に浮かんでいるプランクトンの、多細胞としての、たとえば、ボルボックスのようなものへと進化するための、一つの細胞しかもたない、クラミドモナスや酵母菌のようなものということらしい。
 どうやら、私たちの「タマシイ」は、集まって、複合的で、より大きな「多タマシイ体」になるようだ。物質界にいて、一人一人がバラバラに存在している私たちは、本来「多タマシイ体」だったものの、「断片」の「タマシイ」らしい。

 このあたりまでのことは、「アフ」と「ベドウィン」の共同作業による情報体系でも伝えられている。しかし、「マイケル」の説明では、さらに詳しい知識が語られる。

 ◆魂には人間の年齢のような違いがある

 一つ目の重要な知識は、「魂には人間の年齢のような違いがある」ということ。
 「マイケル」は、次のように区分している。

 「乳児期あるいは初めて肉体をもった魂」
 「幼児期の魂」
 「青年期の魂」
 「成熟期の魂」
 「老年期の魂」
 「無限期の魂」
 「超越期の魂」

 これらの違いについて詳しく述べられてゆく。
 私たちの地球は、

 「青年期の魂がほとんどを占める惑星」

であるそうだ。
 驚いてしまうのは、地球の国々によって、これらの魂の分布パターンが異なるということ。たとえば、

 「日本は初期の青年期の魂の国ですが、都会には後期の幼児期の魂たちが数多くいます」

とある。他の国についても述べられており、成熟期の魂や老年期の魂が多くを占めている国もある。

 ◆魂の<本質>

 「マイケルからのメッセージ」で、大きなテーマとなっているのは、「魂の<本質>または役割」というものが、ずうっと変わらないということであろう。「マイケル」による表現では、次のように述べられている。

 ひとつの集合的存在がタオから投げ出されて、再統合するまで、個々の魂の<本質>または役割は変わりません。
 <本質>には、主要な七つの役割があります。
 その役割とは、<奴隷>、<職人>、<戦士>、<学者>、<賢者>、<聖職者>、そして<王>です。
 <本質>の主要な役割は態度や行動として外面に現れます。
 もしあなたが初めに<賢者>だったとしたら、最初の人生から最後の人生まで、あなたは<賢者>であり続け、あなた自身の<賢者>らしさに影響され続けます。

 これには少しばかりショックを受ける。何度も生まれ変わって人生を体験するとして、ずうっと<奴隷>のままである魂がいる半面、ずうっと<王>である魂もいるのだということだ。これでは不公平ではないか。
 でも、魂というものが、そうなっているのなら、しかたがない。それに、この「魂の<本質>」というものは、私たちの社会における、その言葉に対応した、実際の役割とは結びつくものではなく、「この枠組みの中で、あらゆる人生経験をすることが可能」であるということだ。
 地球の歴史上における「魂の<本質>」の例が幾つか取りあげられている。

 ナポレオン・ボナパルトは青年期の<聖職者>でした。
 ネロもそうでした。
 英国のビクトリア王女は、成熟期の<奴隷>でしたし、エリザベス二世もそうです。

 なるほど、「魂の<本質>」というものは、態度や行動のパターンを決めているもので、実際の職業や地位とは無関係らしい。

 ◆タマシイにはテーマがある

 「中位コーザル界のマイケル」が教えてくれるのは、私たちのような「断片としてのタマシイ」が何度も肉体のなかへと潜り込み、どのような体験を学んでゆこうとしているかということである。
 つまり、私たちのタマシイには「タマシイのテーマ」というものがあるのだ。
 この「タマシイのテーマ」は、ばくぜんとしたものではなくて、幾つかの要素に分類され、それぞれの要素の中に、それらの下部要素が、きちんと7つずつあって、それぞれに、「陽極」と「陰極」によって示される「座標軸」のようなものが対応している。
 少し抽象的にまとめすぎたかもしれない。とはいえ、本の中に記されている、具体的な要素を、ここで詳しく語ろうとすると、あまりに多くの情報量になってしまう。
 「マイケル」の言葉を拾ってみよう。

 私たちはまだ、すべてのオーバーリーフについて話してはいません。
 私たちが魂の性質についてあなたがたにお話していることすべてを、私たちはオーバーリーフと呼んでいます。

 (魂の年代、レベル、種類のほかに)他にもまだ、モード、目標、センター、主特性、そして態度があります。
 オーバーリーフは転生するごとに変わり、人間生活のすべての範囲を経験するために、新たな視点と反応の幅をあなたがたに与えます。

 どうやら、私たち人間は、それぞれの人生において、まったく違う配役のドラマを演じているようなものらしい。オーバーリーフの内容によっては、「悪役」のこともあるし、「ヒーロー」や「ヒロイン」のこともある。あるいは、ただの「通行人」とか「やじうま」とか。
 私たち人間は、ただ、いろいろな経験をしてゆくために、争ったり、仲直りしたり、無視したり、ほめたたえたり、愛し合ったり、ののしり合っている。そして、それらの経験のための「役割」を、何度も何度も、生まれ変わるたびに変えてきている。

 ◆「マイケル」による「あとがき」より

 「マイケルからのメッセージ」という本の「あとがき」は、「マイケル」によって書かれている。1978年のものと2004年のものとがある。そこに、次のように記されている。

 私たちはあなたがたと同じように、何千回も激しい喧嘩をし、争い、愛し、嘆き、死にました。私たちはやがて、私たちがアガペーと呼んでいる、無条件の受容という意味での愛し方を学びました。そして存在の新たな次元に移行しました。

 存在しているすべての<断片>の、全ての人生、すべての経験は、あなたがたにとっても他の誰にとっても、等しく正当です。選択についても同じことが言えます。いったんこのことに気づき、これを確証すれば、自分自身との本当の親密さを保つことが可能になり、さらには広範な親密さに対する恐怖が消えていきます。


 ◆きわめてゆっくりとした進化の過程

 「マイケルからのメッセージ」という本についての、このページに関わる箇所をメモ貼りしようと、温かい秋の日差しが差し込んでくる、車の後部空間へと潜り込み、さてとばかりに、この本を開いてみたのだけれど、午前中の仕事の疲れと、二日前の日曜日に競技場で走り込んだための、太ももの筋肉痛が残っていて、お昼休みの時間なのだから、もうすこしゆっくりしていようと思った。
 ふと気がつくと、短い夢を見ていた私は、たいへんだ、午後の仕事に遅れてしまうと、目を覚まし、車から飛び出した。時間を確認すると、およそ5分の遅れだった。今日の午後は一人で仕事をすることになっていた。その、気のゆるみから、初めてのことだったが、うっかり眠ってしまったらしい。
 午後の仕事では、初めてまかされる工程が入っていた。慎重にやっていたら、どんどん時間が経っていった。「余力があったらやっておくように」と言われていた工程のほとんどをカットすることになり、最後の片づけを終えて、ぎりぎり5時に仕事を終えることができた。
 「マイケルからのメッセージ」の、最初のころにあった言葉を思い出した。

 人間としての人生の背後には、崇高な目的などありません。人生そのものが目的であり、それは進化の一段階にすぎません。

 時期尚早にタオに還ることはありません。進化とはきわめてゆっくりとした、骨の折れる過程です。

 とりあえず、今日の、ささやかな「進化の過程」を終え、私は車で家路を急いだ。

(Written by Kinohito KULOTSUKI, Oct 5, 2011)

 参照資料

[1] 「マイケルからのメッセージ」チェルシー・クィン・ヤープロ著、鈴木里美訳、ナチュラルスピリット刊2010
 同じマイケルという存在のチャネリング情報をまとめたものとして、次の本がある。
 「魂のチャート」ホセ・スティーブンス& サイモン・ワーウィック・スミス (著), 伯井アリナ (翻訳)、ナチュラルスピリット刊
[2] 「神智学大要」A.E.パウエル著、仲里誠桔訳、出帆新社刊2002
[3] 「ハトホルの書」トム・ケニオン & ヴァージニア・エッセン著、紫上はとる訳、ナチュラルスピリット刊2003
[4] 「ラー文書」ドン・エルキンズ、カーラ・L・ルカート、ジェームズ・マッカーティ著、紫上はとる訳、ナチュラルスピリット刊2008
[5] 「輪廻を越えて」ジュディー・ラドン著、片桐すみ子訳、人文書院刊1996


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