RaN22 アフが述べたこと
RaN22 What AF say
黒月樹人のランダムノート (Random Note by Kinohito KULOTSUKI)

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 親戚のお見舞いのため母が病院にゆくというので、車で送迎をすることになった。いっしょに病室まで来なくてもよいということなので、病院の駐車場で待つことにし、書棚にあった本を一冊持っていった。

山の中に新しく作られて間もない大学病院は、広い駐車場をもっていたが、そこへ入るにはチケットを箱型ロボットから受け取る必要があった。患者の場合は無料だが、お見舞いの場合は、1時間以内は無料で、それ以降は1時間ごとに100円の料金が必要だった。

母は先に病院の玄関で下りてもらっていた。適度な位置に車を停めて、本を読むことにした。「輪廻を超えて」というタイトルの本である[1]。ジュディー・ラドンが著者ということになっているが、彼女は単なるチャネラーなので、この本の内容を伝えているのは、姿や形が確かではない、アフとベドゥインという、二人(と言ってよいものかどうか)の、ほとんど「神」に近い「精霊」である。

語り口が謙虚なので、ほとんど人間のように思えてしまうが、アフの意識は、私たちの銀河系を含む、もっと広い宇宙に広がっているのだそうだ。アフは「神」よりも「女神」と呼ばれることを好んでいる。チャネラーとしての著者ジュディー・ラドンも、日本語への翻訳者片桐すみ子も、おそらくは女性なのだろうが、英語には、女言葉のような微妙な表現がないらしく、日本語となっている文体は、ごくシンプルな説明式のものだった。

英語には男性と女性の表現上の違いがほとんどない。アフは、何度も女性の呼び名を強調しているが、それは、地球人が「神」を「男性的なもの」ととらえていることを皮肉っているからかもしれない。なにより、「精霊」や「霊」には男性と女性の区別がないということを述べている。

私たちのような肉体をもった地球人は、おおよそ男性か女性として生きている。ところが、私たちの「意識」を生み出している「霊」は、決して死ぬことはなく、何度も男や女となって、肉体をまとい、物質にかこまれた世界へと現れているのだという。このあたりの記述は、地球上にも数多くある「宗教」の内容と近いものだが、地球人が編集しなおした体系にくらべ、もっと筋が通っていて、分かりやすい。

 私が「黒月樹人のホームページ」を立ち上げて、それまでに作っていた版画やエッセイ気味のクロッキィ小説などでページをつくっていたが、やがて、それらのネタも切れてしまい、次にはと、「思考言語コア」についてのページを発展させていた。

このころ読んだ「ハトホルの書」に、ハトホルたちが、やはり女神として、エジプトの文明にかかわったことや、チベットの人々にも、この世界についてのほんとうのことを伝えたということが書かれていた。これらのことをヒントにして、「ハトホルの書」で述べられていることと、チベットで何千年も伝えられてきた「ゾクチェン」という、仏教の原初に近い教えで述べられていることとが、ほとんど同じ意味構造をもっていることを、私は「思考言語コア」で表わすことにより、その対応を示した。

このころ、もう少し研究を加え、この「思考言語コア」の意義や体系を、ほぼ完成させ、英語にも翻訳して、インターネットで配信した。それが、どのように広まっているのか、あるいは、まったく無視されているのかは、よく分からないが、私自身としては、このときの技術上の発展のおかげで、このあとの、いろいろなことへの取り組みが、ずいぶんやりやすくなっている。しかも、かなりの深みへと手をのばすことができている。

たとえば私は、アインシュタインの特殊相対性理論が、まったくの空論であることを、ここで証明されたと信じ込まれているローレンツ変換が、まったく数学的に無意味な処理によって導かれていることを明らかにすることによって示した。「幽霊変換」という名の論文で、現在も公開している。

 アフやベドウィンの物語へと戻ろう。「ハトホルの書」から「ゾクチェン」のことを知り、この分野の本も何冊か手に入れて読むと、それらの中に、「ゾクチェンは13の太陽系で伝えられている」という古文書の記述があった。アフがジュディー・ラドンに語らせたことを読んでゆくと、なるほどなあと思えてくる。アフは、もっとストレートに、「この宇宙にはみなさんと同じような生命の存在する惑星は他にもたくさんある」と述べている。

 私は、ここ2年ほど、コンピュータのC言語を学習し直し、画像解析のプログラムを発展させてきている。現在では、これを市販し、生活の足しにしようとしているが、当初の目的は、アフが述べていることの科学的な証拠を見つけようと考えていた。調べる対象となる画像はNASAが提供してくれている。ただし、NASAはなんでもかんでも公開しているわけではなく、ときとして、画像を加工するし、すり替えてもいる。それらの画像の中からでも、まだ何か見逃されていることがあるかもしれない。

 初期の画像解析ソフトは、まだ市販できるようなものではなく、プログラムの外部から値を入力できるものではなかった。だから、変えたい値をプログラム内に書き込んでおき、それらの違いをプログラム名として区別して使っていた。当時の小さな、何百とあったプログラムが、今では一つのプログラムとしてまとめられている。具体的にはゴブリンクォーク2 (gqu.exe) ということになろうか。

 NASAがハッブル望遠鏡で撮影した、星や星雲や銀河をも含む、想像できないほどの広範囲を見渡しているという意識存在のアフは、地球の科学者たちが耳を疑うようなことの数々を、ほんの100ページで、幾つも幾つも述べている。地球にあふれている、多くの宗教書の、ダイジェスト版であるとも考えられよう。これを、さらに要約した。

 A「意識が永遠であり、不滅である」, B「輪廻転生」, C「地球上の生命や宇宙の全存在には意味があること」, D「夢について」, E「生まれるときに記憶を消すこと」, F「肉体と魂をつなぐ銀のひも」, G「死後の旅のガイド」, H「人生に立ちはだかる障害の意味」, I「新たに現れる目標」, J「想念が実現するまでの時間的なズレ」, K「三次元以外にもまだ多くの異次元が存在する」, L「岩などをも含み、すべてのものに生命と意識がある」, M「黄金律と黒色律」, N「自殺行為の意味」, O「あらゆる形態をとった物質界の生命とかかわりあう領域T」, P「悩めるものたちにより作りだされた、より暗い領域U」, Q「光と美の最初の階層である領域V」, R7つある領域の、移動に関する宇宙の限界」, S「何百万もの惑星には、みなさんとよく似た生き物が暮らしている」, T「宇宙には永続性があり、宇宙全体には永遠の大いなる善が浸透している」, U「すべての創造物、そして星間を旅するあらゆる微小な生命のかけらにとって、希望と喜びがある」, V「いかなる尺度によっても人を計って見下してはならない」, W「どの人生にも各人が取り組むべき内なる目標があること」, X「自分と他人とでは目標も目標達成のための方法や手段も、大きく違う」, Y「真理はあなた自身の心の中にある」, Z「領域Vには非常に強力な『図書館』システムがある」, AA「アカシックレコードもある」, BB「魂の身体は実際に存在し、平均5060グラムほどの重ささえある」, CC「手足を切断したときなどは、この魂の身体がまだ無傷なため、その手足を感じることがある」, DD「科学情報の多くは、夢を通じて伝えられる」, EE「オーバーソウル」, FF「単にみなさんの宇宙と波長のレベルが異なるだけの、みなさんに知覚できない物理的な『別の』宇宙も無数に存在している」, GG「超古代に存在した人類」, HHビッグバン(), ブラックホール(), II「宇宙は永遠に広がりつづける」, JJ「物質世界の創造について」, KK「あらゆる魂、あらゆる実在には、基本的に性別はない」, LL「人生が一回かぎりしかないというのは間違い」, MM「行動や思想が立派だからといって地上で称賛される必要はない」, NN「あなたは今生でも来世でも、自分の魂に満足することによって十分に報われることだろう」

 アルフアベットの一回りでは足らなかった。ロシア語にはユニークな文字が他にもあるが、このWORDでは描写しにくいので、アルファベットの2文字でタイトル記号とした。

 宗教やニューエイジの文献として意味を汲んでゆこうとすると、限りなく広がってしまう。ここでは、私のホームページで取り扱っている、ほぼ科学分野での真偽のゆくえについて語ってゆこう。

アフは、この宇宙における「物質世界」や、それと対応する、「非物質世界」について、いろいろなことを述べている。私たちが「宇宙」と呼んでいる「物質世界」としての広がり以外にも、FFのような『別の』宇宙があるということ。Rでの「7つの領域」のうちの、ただの一つが「物質世界」にすぎないということ。Kでは、「物質世界」を「三次元」として、他の次元の世界があるということ。

 このような物質世界の内外に存在するという「生命」や「意識」の意味についても、アフは、明確なイメージを与えている。私たちが「岩」として見ているものにも、「生命」と「意識」があるということを認めるなら、大きく拡張して、地球や月にも「生命」や「意識」があるということになるだろう。そして、さらに大きな「恒星」や「星雲」や、おそらくは、それらの間にあって、それらの素となっているかもしれない、ダークマターなどにも、やはり、「生命」と「意識」がやどっていると。NASAが撮影した、数々の天文写真を調べてゆくと、およそ生命体としか考えられない、巨大なものが見つかる。「恒星」についても、これの光核像を調べてゆくと、単なるガスの球体ではないということが分かってくる。しかし、これらのことは、地球上の大部分の科学者にとっては、まだまだ、ただのおとぎ話だとしか思われないだろう。

 BB「魂の身体」と、その重さについては、地球の科学者も、実験的に調べようとして、ある程度の結果を得ている。しかし、このことを裏付ける、もっと多くの証拠が得られていないので、まだ、一般的な知識とはなっていない。

 かつて私も、何だかよく分からないままに、ルドルフ・シュタイナーの難解な本を読みあさった。シュタイナーはAA「アカシックレコード」から情報を引き出す能力をもっていたとされている。不思議なことが記されている本を、信じる気持は無いままに読んでいたものだが、それらの全てが空論ではないようだ。これまで広く信じこまれてきた、アインシュタインの特殊相対性理論は、まったくの空論で、多くの人に無視されてきた、アカシックレコードの内容を読み取ったとされている本の中身のほうが、より実体的なことであるということになる。私が「キメラミーム」のページを立ち上げるときに感じたテーマが、ちょうど、このようなことだった。

知りたいこと、知りたくないこと/言いたいこと、言いたくないこと/ほんとうのことは、いったい何?

 母が駐車場に現れるまでに、私は、この本の100ページまでを読み終え、車を駐車場から出して、無料の1時間チケットを2度手に入れた。この裏表紙の内側に、かつて、私が記した、初期の思考言語コアによるコメント記号が書いてある。WORDでは表現しにくいが、近いものに書き直してみよう。

1997.4.29, ---read (end)> (book);

 ▽----sent> (book) > (mother());

  2008.4.17, ----read (end)> 1((book)), <say----AF;

 一行目と三行目にある☆は時間のシンボル記号で、▽や△は人の、□は物体の、◇は抽象的なものごとの、それぞれのシンボルである。カッコ( )を後ろにもつ記号では、数学でのf(x)のように、( )内を補助的な意味内容としている。動詞には、尻尾-----とクチバシ>をつけ、これの位置により、文の方向を変えることができるものとする。

 一行目の意味は「1997429日に、私は、この本を読み終えた」となる。三行目の意味も、ほとんど同じだが、文末には、◇を英語の関係代名詞のwhichと見なして、「この本の第1部」すなわち「アフが述べたこと」という意味の記号文がついている。

 母が遅くなった理由を説明したので、私は、読んでいた本のことを語り出し、病院の正門を出てから、少し車を走らせた後、脇に車をとめ、後部座席にあった、この本をとって、裏表紙の内側を母に見せ、ここに何と書いてあるかということを説明した。

 「これらの記号は分からないだろうけれど、この二行目には、私はこの本を私の母に送ったと書いてある。この本のこと覚えてない?」

 私がこの本を送ったことは覚えていたようだ。ああ、こんな本を読んでいるんだなあと思ったという。内容のことには何もふれなかった。ひょっとすると、読んでいないかもしれない。おそらく母には無用の知識なのだろう。母には母の生きる目標があるのだし、そのための手段や方法も、大きく違っているのだから。

2010_02_07, ---write> (RaN22));

参照資料

[1] 輪廻を超えて, ジュティー・ラドン◆著, 片桐すみ子◆訳, 人文書院, 1996.6.30

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