RaN139 雲の中の信楽(E)雲の中の宮町遺跡
RaN139 Shigaraki in Cloud (E) Miyamachi Ruin  in Cloud
黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI

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 ほんとうの紫香楽宮跡は、内裏野(だいりの)にあった建物の礎石群のところ(甲賀寺)ではなく、さらに奥まった、小さな宮町(みやまち)盆地にあったということが、ここ何年かの発掘調査によって明らかになってきた。この宮町というところは、一群の「信楽谷(しがらきだに)」の北の端であり、信楽焼が発展した長野(ながの)地区から眺めると、私たちの世界そのものが、豊かな下界からは切り離された、まったくの山奥の田舎なのだけれど、その中でも、宮町は、中心とは呼べない位置にあるのだと、長野に住んで、小学校や中学校へと歩いて通っていた私は思っていた。

 ところが、今から1270年ほど昔の考えでは、長野なぞ見向きもされず、聖武天皇らのプロジェクトメンバーは、日本の仏教の聖都として、このちっぽけな宮町盆地を選んだのだった。それは、なぜなのか。いろいろな資料に目を通したが、明確な理由はどこにも書いていなかった。

 紫香楽村(しがらきむら)をターゲットにするまえ、聖武天皇は京都府木津川市(加茂茄子で有名な旧加茂町)にあった恭仁京(くにきょう)をベースとしていた。そこから、和束(わづか)町を通り、旧信楽町の朝宮(あさみや)(あるいは杉山(すぎやま))へと抜ける道をつくり、信楽谷の、いくつもの狭い盆地の連鎖をたどって、長野を経由し、勅旨(ちょくし)、牧(まき)、内裏野(だいりの)、黄瀬(きのせ)を通って、ようやく宮町(みやまち)へとたどり着く。この先に、もう盆地らしきところはない。宮町の背後にそびえる飯道山(はんどうざん)へ登ってみると、下界の平野の様子が分かる。

 宮町は、信楽谷の最後だから、ここに決めたのだろうか。そのように考えたこともあった。しかし、なぜ、そんなに遠くまで行く必要があったのか。私が生まれ育った長野のことを誇らなくても、朝宮あたりにも、大仏さまを拝んでお参りするための、現在の奈良公園あたりによく似た、見晴らしのよい場所はある。恭仁京(くにきょう)からは、歩いて半日もかからない。お参りして、日帰りで帰ってくることもできる。ところが、宮町だったら、片道が一日がかりだ。そんな不便さがあるにもかかわらず、朝宮や長野や勅旨ではなくて、宮町でなければならないという、そのような理由が何かあったはずなのだ。

 これについての仮説のようなものは、かなり前から思いついていた。もちろん、発掘した何かに書いてあるというような、確かなものではない。聖武天皇が、避暑のための離宮だけではなく、大仏をつくる聖都として、この宮町を強く希望した理由は、いったい何だったのか。

 私はこの日(2010-10-13)の朝、ある必要性があって、デジタルカメラつきのビデオカメラを持ってゆくことにした。長野を立つときは朝の7時半であり、太陽はすでに、周囲の山から姿を表わしており、晴れといってよい天気だった。ところが、長野の盆地を抜け、隣に続く勅旨へ来たとき、私は車を道の横に停め、カメラを取り出し、風景を何枚か撮影した。ここで、こんなありさまだったら、きっと宮町は…、と思いながら。

私は、車へと戻り、さらに何分かを走らせ、内裏野にある「紫香楽宮跡(甲賀寺)」の前を通って、宮町の入口へと進んだ。役所が運営している発掘のための作業所は、まだ閉まっている。それらを横に見て、私は、宮町遺跡の中心に建っている、宮町会館のグラウンドへと車で進み、そこから車をでて歩き、ぼうぜんとしながら周囲を見渡した。

なんということだろう。長野や勅旨では、あんなに晴れわたっていたのに、ここでは、完全な曇りだ。ただの曇りであるだけではない。周囲の山がまったく見えない。わずか数百メートルしか離れていない山々が、今、この宮町では、まったく、雲の中に潜んでいる。ここだけが高い山の上にあるというのではない。ここまでずうっと、私は平らな道を進んできた。休みの日であったら自転車でも楽にやってくるところだ。それなのに、ああ、ここだけは違う。まるで別世界のようにも思える。この感動を、きっと彼らも味わったのに違いない。

 そのとき撮影に時間をかけてしまい、宮町の盆地から出て、隼人川公園の横にある黄瀬交差点で、私は時刻が8時であることに気がついた。もう朝の8時なのに、紫香楽の都があったところは、まだ、すっぽりと霧の中なのだ。そんなところは、他にはない。今日は遅刻してしまうかもしれない。せまい渓谷沿いの道を、私はいつもより速いペースで車を飛ばした。

 (2010.09.14 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION)

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