RaN31 ルドルフ・シュタイナーの「健康と食事」
RaN31 Health & Meal by Rudolf Steiner
黒月樹人のランダムノート (Random Note by Kinohito KULOTSUKI)

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 図書館の書庫から取り出してきてもらって借りた。返却日のハンコが、もう押すスペースがないほど、ぎっしりと並んでいた。人気本である。1992年に初版が出ている。これを2010年に読んでいるのだが、残念なことをした。もし、もっと早く、できれば、この1992年に読んでいれば、私の人生の何年かは、もっともっと有意義に使えていたことだろう。

 私が肉食に興味を持たなくなってから何年かたつが、「お酒を飲むこと」を「ばかばかしい」と思うようになり、実際、ほとんど飲まなくなったのは、ここ1年ほどのことである。いずれも、いつのまにか、おいしいとは思わなくなった。

私は酒豪の遺伝子をもっている。若いころ、何度か天井がまわる間隔を覚え、何度も、ところかまわず吐いた。やがて、毎日飲むようになって、午後の3時ごろから、仕事で打っているワープロの、腕が震えるようになっていた。定刻がすぎ、夕食を取りに出て、そこで少し飲んで、腕の震えを消してから、再び、遅くまで仕事のための原稿を仕上げた。完全にアルコール中毒だった。このころのエピーソードは、ここに書きたくないものばかりだ。あとから思うと、もっとうまい生き方があったのだということが分かる。

病院へと向かうことなく、次第にアルコールの量をへらしてゆき、飲んでも、ビール一缶ぐらいになっていた。その一缶ですら、不必要になったのは、ここ1年の、コンピュータプログラムの制作をやっていたときだ。

やらなければならないことが多くあり、問題を解決するための、頭がさえている時間を、一日で何時間確保できるかという視点にたって、私自身の生活を見通すようになった。アルコールで麻痺して、そこから、難解な問題に立ち向かうことができるコンディションまで回復するのに、一日以上がかかるわけだ。そこで私は、ばかばかしいと考えるようになった。

 シュタイナーの「健康と食事」を読めば、コンピュータプログラムを組み上げるといった、難解な問題に取り組んでいなくても、誰でも、アルコールから離れられるようになるだろう。

「誰でも」というのは無理かな。都会でも田舎でも、酒の機会は、人づきあいの中で、何度でも現れる。アルコールを受け付けない遺伝子を持っている人なら、それを「盾」として、ことわることもできるだろう。酒豪の遺伝子をもっていたら、ついつい、それを利用して、コミュニケーションの機会を広げようとしてしまうかもしれない。

 シュタイナーの「健康と食事」には、アルコールを体内に取り入れた人間の、身体や精神が、どのように狂ってゆくのかということが説明されている。誰でもが体験する「二日酔い」程度のところから、強度のアルコール中毒を越えて、幻覚を見るような精神病のところまで、詳しく語られる。

 これらを順にたどっていっても、酒が好きだという人は、何らかの理由をつけて、少しくらいなら良いだろうとか、ストレスを発散させるためだとか、熟睡するためだと、幾つもの反論で、自分自身のまわりに「砦」を築くことだろう。

 ところが、シュタイナーの「健康と食事」には、アルコール飲料を飲む母親や父親がいて、その子供を生むとき、どのような障害が、その子供に現れるのかということが、具体的に記されている。

母親が飲酒すると、胎児の器官が正常に発達させられなくなり、精子を受け持つ父親が飲酒していると、子供の神経組織が崩壊するのだ。

もっと具体的なケースのことが述べられている。「水頭症の子供が生まれたとき」、その子の母親は「晩餐会で赤ワインを飲んだ夜に受胎したことがわかるはず」とシュタイナーは言い切っている。あるいは、「男性が飲酒すると、子どもの神経組織のどこかに影響がおよび、たとえば肺病になります」とも。

 「水頭症」とまでゆかなくても、「知恵遅れ」の子供が、あまりに多くあふれている。そして、じわじわと増えている神経疾患をもつ子供や、若者や、大人たちは、発生の最初となる精子を受け持った父親の飲酒が主要な原因だったのか。

 私は、完全に、父親からの精子が、アルコール漬けになっていたケース。母親はアルコールを飲めない遺伝子をもっていたので、頭脳のユニットを欠かすことなく、ここまで生きてこられた。しかし、私は「典型的な躁鬱病」に振りまわされ、結核や肺炎と何度も戦ってきたのだった。

 こんなところに「理由」があったのだ。もう生きてはいない父親を、いまさら責めてもしかだがない。酒を飲まなければやっていけなかったような時代だったのだ。そのあとで生まれてくる子供がどのようになって、その責任を、ずうっと負わなければならないということなぞ、誰も知らなかったのだ。おそらく、今でも、多くの人々は知らないだろう。

 シュタイナーの主張が正しいかどうかは、現代医学や生物学でも、本気になって調べてみれば、疫学的な調査で、有意な事象であるかどうかを確認できるはずである。このことを明らかにし、それを正しい知識として広めれば、これから生まれてくる子供たちや、その両親から、どれだけの不幸が取り除けることか。

そのような検証がなされるのを待っているより、これから子供を産もうとしている母親と父親は、その子供のためにも、その「不幸」を受け止めて生きてゆかなければならないという未来図を書きかえるためにも、ゲーム理論や戦略論の立場から、シュタイナーの主張を信じることにして、きっぱりとアルコール飲料を断ち切るほうがよい。そのほうが、ずうっと得をするはずだから。(2010-03-25)

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参照資料

[1] シュタイナー, 「健康と食事」, 西川隆範訳, イザラ書房, 1992

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