ホームページツリーの育て方

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI, Tree Man on Black Moon)

 ホームページは樹木のようなもの

 ここではホームページを樹木に見立てている。モデルは「黒月樹人のホームページ」。ホームページの全体像が、トップページで示される。ここでは、下部ページ を「タブ」で表示しない。ペーパーファイルの仕切りに使われている、すこしだけ飛び出している「タブ」で、次の下部ページを選択するようにしているものもあるだろう。しかし、そのようにすると、そのタブをクリックして、次のページを開いてみなければ、下部ページの内容は分からない。スタイルとしてはスマートだが、内容の全体像をつかみにくい。

 トップページは看板ページでもある

 私のやり方では、ということになってしまうが、私は、できるだけ、最初に開くページで、多くの情報を読みとってほしい。だから、ごちゃごちゃとなってしまうかもしないが、トップページに詰め込むことができるものは、なんとかして、詰め込んでしまいたいと思っている。市販の新聞のトップページの戦略に、よく似ている。

 検索エンジンへ進みたがっているリーフファイルを見せておく

 トップページに最新のページ情報を載せるスペースを設けているのには、わけがある。「検索エンジンへとリストアップしてほしいリーフファイルはこれですよ」と、アピールしているのだ。「黒月樹人のホームページ」では、検索エンジンに未登録のリーフファイルは、トップページに新たに現れたものである。もっと奥の方を探す必要はない。それが検索エンジンへと登録されたら、やがて、下部にあるブランチページだけの表示となるが、慣れている読者たちには、それでじゅうぶんである。ひとたび検索エンジンに登録されたら、そのリーフページの内容次第で、それは、どんどん読まれてゆくかもしれないし、無視されて、ひっそり眠ってしまうかもしれない。あとは、そのリーフページの実力次第だ。

 永く読まれ続けるリーフページもある

 芸能人たちのブログを見ることがあるが、ずうっと昔のものを何度も見るようにはなっておらず、最新のページだけが注目され、そして、静かに消えてゆく。セールスのためなのだと割り切ってしまうのかもしない。「黒月樹人のホームページ」では、少し違う。過去に書かれたページも、ときとして、「黒月樹人のランキング」で浮かび上がってきて、作者の私を驚かせることがある。看板ページのひとつでもある「幽霊変換」以外にも、「外なる自己と内なる自己」のページが、常に高位のポジションを守っている。かなり初期に、なんとなく仕上げたページだった。これほどまで、多くの人に読まれると、当時は考えていなかった。

 ホームページという樹木を豊かに茂らせる方法は、幾らでもある

 さて、そろそろ、このリーフページの主題へと話を進めよう。ここのリーフページのタイトルは「ホームページツリーの育て方」である。モデルは「黒月樹人のホームページ」である。これから私は、「ホームページ」を「ツリー」と見立てたときの、それを大きく育てるためのコツやノウハウのようなものについて語ろうと思う。

おそらく、「黒月樹人のホームページ」を構成しているイラストや知識のベースとなるものを、そっくりそのまま真似るとか、それを越えるものを生み出そうとするとなると、現在の人生だけの努力では追いつかないかもしない。私は、生まれつき、イラストをはじめとして、図画や彫刻の才能に恵まれていた。これらは、以前の人生において獲得したものと考えられる。「才能というミームは繰り越し可能」なのである。しかし、私は、今回の生において、これらの才能をフルに活用しようとする方向には進まなかった。

このような、前世と思われる時代に習得した技能に頼らなくても、ホームページという樹木を豊かに茂らせる方法は、幾らでもある。実のところ、「黒月樹人のホームページ」においては、イラストなどの才能をひらけかしたようなリーフページは、あまり人気がない。誰でも見ることができるという点で、かんたんに見てもらえるものだが、あっという間に見終わってしまう。まあ、それでも良いのかもしない。

ウェブの世界に流れていた「噂」のようなもの

私のホームページが注目され出したと、私が初めて感じたときがある。そのきっかけとなったリーフページは「MICHAEL WYSESSION の研究ニュースにおける誤解だった。当時、ウェブの世界に流れていた「噂」のようなものに、私も首を突っ込んでみようと考えたのである。地球の内部に大量の水が存在していて、それが地震の原因になっているとか、ノアの洪水のときの水ではないかとか、色々な憶測が飛び交っていた。それらの情報原を調べた。ほとんど英文だったので、それを日本語へと翻訳し、かんたんなコメントを添えた。この「噂」は、中国の直下に水が多く含まれている部分があり、その真上にある中国で、近いうちに、大きな地震が起こるかもしれないという風評も生まれていた。私は、地球の内部に水があるといっても、それは、岩石やマントルの成分水として含まれているものであり、液体の水ではないということをコメントしていたと思う。やがて、私は、別のテーマへと移ってゆき、この問題からは離れたつもりだった。その後、中国で大きな地震が次々と発生した。

英文プラウダ

 このようなキッカケがあって、私は、関連情報を調べるため、「英文プラウダ」の記事を読むようになった。それらの幾つかについては、まるまる日本語へと翻訳して、私のホームページで紹介した。これは、英語の勉強になった。まるまるコピーしているわけだが、出典を明らかにしているし、それを日本語へと翻訳したものだと、はっきり述べているので、著作権などの問題は生じないだろうと考えていた。現在まで、これに関して問題が生じたことはない。あまり悪質ではないし、経済的な利益を得ているわけでもないから、見逃されているのかもしない。

 アインシュタインの特殊相対性理論

 それから私は、大きなテーマであった「アインシュタインの特殊相対性理論」の問題に取り組んだ。森の図書館で、これについての資料本を借り出し、その内容を把握することに専念した。このとき私は、かつてから私が開発していた「思考言語コア」を使って、自分自身のベースとなっている知能を補うことにした。この「思考言語コア」の内容を洗練させてゆくということと、「アインシュタインの特殊相対性理論」の問題を発展させてゆくということを、同時に進めていった。

 C言語でプログラムを作り上げる

 これらとは別のテーマとして、私は、C言語でプログラムを作り上げるという技術に打ち込んだ。このことにより、これまで観測されている、宇宙の画像などから、これまでは分からなかった情報を取り出すことができるようになった。私は、このようにして生み出したプログラムを市販できるようにした。

 私のホームページのためのベースを、おさらいしてみたが、ここから、一般的なノウハウを探し出すというのは、かなり難しいことではないかとも思えてくる。でも、小さなコツのようなものを絞り出すことは、できるかもしない。

 「私が知りたい、見てみたい、読んでみたい」と思うようなこと

 まず、最も基本的なところにあるものは、「みんなが見てみたい、読みたいと思うようなテーマ」を探すということだろうか。これは、テレビのバラエティ番組のアイディアを探すことや、真面目な科学者が研究テーマを探すということにも通じるかもしない。私は「キメラミーム」というブランチページを生み出している。キャッチフーズは「知りたいこと、知りたくないこと/言いたいこと、言いたくないこと/ほんとうのことは、いったい何?」というものである。そうか。私は、「私が知りたい、見てみたい、読んでみたい」と思うようなことを探したのだ。「みんな」と「私」は違うのだ。「私」ではない「みんな」のことなんて分からない。「私が知りたい」と思うことを調べればよいのだ。

 「私が知りたい」と思うこと

 「私が知りたい」と思うことは、幾らでもある。

「私は死んだらどうなるのか」「私にも前世があったのだろうか」「私が生きている世界には、私たちだけしかいないのだろうか」「妖精や精霊と呼ばれていたものは、ほんとうに存在しているのか」「呪術や魔法はほんとうにあるのか」「宇宙の他の星に、私たちのような宇宙人はいるのか」「宇宙のほんとうの姿とはどのようなものか」「宇宙の不思議な定数は、なぜ、そのような値になっているのか」「意識はエネルギーをコントロールできるのか」 どんどん出てくる。これらに応えるのは簡単ではない。これまでの人が考えたことや説明したことを、そのまま信じてしまわないようにしよう。それらが納得できるかどうかは、自分自身の思考の力で判断するのだ。

 次にすることは「問いかけること」

 これで、少し前に進んだ。不思議だと思うことは、いっぱいある。知りたいと思うことは、いっぱいある。キメラミームのテーマは無尽蔵だ。次にすることは「問いかけること」ではないだろうか。他の人に問いかけて、それで答えを求めようとするのではなく、「自分自身に」、あるいは、「自分の潜在意識に」、もっと突き詰めてゆけば、「神さまに」問いかけてみよう。

すると、どこからか、その問いかけの答えに近づくための、次の一歩が現れてくる。まるで、謎解きのゲームのようだ。突然、迷路のようなものの入口が開いて見えるというような感じ。

そして、そこが迷路であろうと、見晴らしのよい平原であろうと、進むべき一歩の余地があると分かったら、その一歩を踏み出してみる。もちろん、忘れずに、疑問に思っていることや知りたいことを、心に思い浮かべ、「問いかけながら」。

 これらのプロセスを記録し、他の人にも見てもらうこと

 こうして、ささやかな技術論へと進むことができる。

これらの「問いかけの疑問」や、それについて踏みだした一歩のことなどを、他の人にも分かるように説明するためのリーフページを作り出せばいい。ゴールなぞなくてもいい。最初から結論なんか必要ない。

これらのプロセスを記録し、他の人にも見てもらうことで、さらに、違う展開へと進んで行くかもしれない。他の人に見せるということだけで、自分の考えが整理され、まったく一人で、次の一歩のためのヒントやプロセスそのものを見つけてしまうかもしれない。

行動すれば、何かが変化する。最も大きく変化するのは、おそらく、自分自身だ。一人が変われば、周囲も変わる可能性が生じる。一人が理解すれば、他の人も理解できるようになる。

 ずいぶん抽象的になってきてしまった。ここまでの発想で、ホームページツリーを大きく育てるための、次の小枝を、どのようにして生み出せばよいのかということは、なんとかなりそうだ。ここからは、もっと具体的な「道具」のようなものについて考えてゆくことにしたい。ただし、それについては、あらためてタイトルをつけて行うことにしよう。

 もたもたしたってかまわない

 これらを読み返してみたが、あまり、うまくは書けていない。でも、私の、思考のプロセスのようなものが現れている。

考えというものは、最初から完成していることなんて、めったにない。色々と、あちらこちらへと迷って、うろうろし、進んだり戻ったりしてゆくうちに、突然、それまで謎だったことの、まるで、知恵の輪のはずし方が目に見えるかのような、完成された解法のようなものが現れるのだ。

時間制限のある試験での問題のようなものには役立たないが、誰も解いたことがないような、これまでどこにも答えが用意されていないというような、もっともっと難しい問題に取りくむなら、このように、もたもたしていても、何の問題もないはず。

誰も答えることができなかったことにチャレンジするのは、なかなか心地よい。チャレンジし続けていれば、何かが変わって、何かが起こる。すると、私が生きていることの、ささやかな証拠のようなものが確認できて、なんだか楽しくなってくる。「ホームページツリーの育て方」の、最も奥にあるノウハウは、これだったのかもしない。

 (2010.05.25 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION)