RaN162 過去生の夢/「マイケルからのメッセージ」より
Ever Live Dreams/On “Messages from Michael”

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI)

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 ◆「11章 カルマのリボンを焼き払う」

 「マイケルからのメッセージ」[1] の「11章 カルマのリボンを焼き払う」に、次のような記述がある。太字はマイケルからのもの。細字は質問者によるもの。赤字の色(ブラウザによっては色がつかない場合もある)は黒月樹人がつけたもの。

 老年期の魂の中には、夢が記憶である場合があります。その他の者たちは低い程度で、記憶を再体験します。夢はアストラル界での出会いも含めた、さまざまな物事の媒体であるということを覚えておくことが重要です。過去の夢のすべてが、過去生の記憶であると思い込むことは、大きな間違いです。あなたがたは自分の夢を正確に覚えておくことができませんし、先週の木曜日の夕食に何を食べたかさえ忘れてしまっています。

 もしあなたがたが学ぶことを求め、自分がそこで何を発見しようともそれを恐れないというのならば、成熟期の魂と老年期の魂は自己想起ができます。青年期の魂もカルマの貸し借りがある場合に、すぐ前の人生について自己想起ができます。

 自己想起とは次のようなことです。(中略[2]) これを行うためにはマーヤーから離れる必要があります。

 自己想起とは、瞑想の一部ですか?

 いいえ、違います。しかしこれは素晴らしい集中法であり、正確に言うと最高の集中法です。瞑想をするには、頭を空っぽにする必要があります。

 ……(中略)。

 老年期の魂になると、自分の経験をよく鮮明に覚えているのですか?

 はい、そうです。想起する能力は、カルマのリボンを焼き払った度合いによって決まります。

 悪夢についてはどうですか? 本物の経験ですか、メッセージですか、それともアストラル界でのひどい経験ですか?

 一つの答えはありません。しかし悪夢の大半は、本物の経験ではありません。そのほとんどは、あなたがたが現実の中で向き合うのを避けていることを象徴しています。夢が記憶である場合、それがどんなに恐ろしい状況であったとしても、悪夢によくある神話的な存在や象徴的な存在が登場することはほとんどありません。
 すなわち、もしあなたがたが夢の中で頭が三つある犬に襲われ、その犬があなたに傷をつけて蛇に変身し、あなたの肉体が溶けて、怪物が住み着く沼のように広がったとしたら、あなたがたは自分の罪の意識に対処する療法を受けることを考えたほうがいいかもしれません。

 (赤色)もしあなたがたが溝に横たわり、顔に泥をつけていて、きこえてくるのは悲鳴や馬の足音ばかりで、その中にコサックがやって来たと叫ぶ人々の声をきいている夢を見たとしたら、それはおそらくあなたがたが過去生でコサック人に襲われ溝の中で死んだということでしょう。(赤色の終わり)

 ◆幾つかの「夢」

 私(黒月樹人)は、この部分を読んで、幾つかの「夢」を思い出した。

 このような状況によく似たものがあった。
 私は水の中で隠れていた。葦が生い茂った川か湖の中で潜んでいた。水上を船で駆け巡っている「敵」のようなものたちが、私を探していると思った。そいつらは武器をもっていたようだし、私は、そいつらに見つかってはならないと思っていた。そこで「夢」は終わった。
 私は、やつらに見つかって殺されてしまったのかもしれない。

 私がいたのは「自宅」だったと思う。二階にいて、階下から何か物音がして、何があったのかと、階段を下りて調べに行った。夜だったと思う。
 階下に居たのは、私がこの人生でいっしょに仕事をしたことのある仲間の一人だった。正確に言うと、ある会社における直属の上司だった。ときどき、なんとなく「馬が合わなくて」言い争ったこともあった。
 夢の中で、その、直属の上司と、そのまた一つ上の上司は、たびたび現れていた。
 階段を下りて調べに行ったときも、相手の顔をはっきりと確認して、現実世界の直属の上司だったことを思い出して、「また現れましたね」と思っていた。
 私は突然、銃で頭を撃ち抜かれた。そこで「夢」は終わった。

 私は現在、男性なのだが、その「夢」においては、女性だった。
 ある男性が、私をいやらしい目つきで見て、そして、私の腕をつかんで引っ張った。
 そこで「夢」は終わった。
 私は「犯されて」、殺されたのだろうか?

 もう見なくなったが、幼いころや若いころは、高い塔から落ちる夢を何度も見た。手すりにぶら下がっていて、恐怖を覚えていることが、はっきり分かっていた。その手の力が尽きたとき、私は、落ちてゆく状況を思い出す前に、目が覚めた。
 正直に言って、私は高所恐怖症だった。何度も、そのことを述べて、高いところに登る仕事を避けたことがある。
 カラビナやエイトカンを使って、ロープにたよって、低い崖を後ろ向きに立って降りることができることを、仕事で体験した。このような技術を使えば、決して落ちることはないということが分かった。 私は、高い塔から落ちる夢を見なくなった。

 (Witten by Kinohito KULOTSUKI, Oct 16, 2011)

 参照資料

[1] 「マイケルからのメッセージ」チェルシー・クィン・ヤープロ著、鈴木里美訳、ナチュラルスピリット刊2010
 同じマイケルという存在のチャネリング情報をまとめたものとして、次の本がある。
 「魂のチャート」ホセ・スティーブンス& サイモン・ワーウィック・スミス (著), 伯井アリナ (翻訳)、ナチュラルスピリット2010



[2] あなたがたは野原に座っています。太陽が見えます。あなたがたは太陽を見て、自分自身の上に太陽の影響無を感じます。木々の上にも、太陽の影響を見て感じます。物理的な環境全体に太陽の影響を見て感じることができます。木々を通した太陽の木漏れ日、ミツバチたちを活発にさせる日光、あなたがたの背中に降り注ぐ日光、光り輝くエネルギーとしての日光、光と熱の源としての太陽を感じます。このような印象のすべてを、あなたがたは個別にもち続けることもでき、統合された全体の経験として認識することもできます。

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