唐招提寺の鬼瓦と中国夏王朝の仮面
(RaN197)Ridge-end tile (Oni-gawara) of Toshodai-ji Temple
& Mask of Chinese dynasty of Hsia

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI, treeman9621)

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 はじめに

 「法隆寺」と「薬師寺」を間違えてしまい、一度も「薬師寺」へ行ったこともなかったので、法隆寺の仁王像に続いて、薬師寺の門を守る多彩な二天像を見にいった。その後、すぐ隣にある「唐招提寺」も拝観するのが、おきまりのコースらしいので、そちらへと向かった。はでに彩色された薬師寺のなにもかもにくらべ、唐招提寺の建造物などは、じみなものばかりで、いったい何が唐招提寺らしいのか、よく分からないまま、私は、建物群の屋根でにらみを利かせている鬼瓦を撮影した。図1が、それをゴブリンクォーク4 [1] で見やすくしたものである。
 その鬼瓦群の中に、古びたものがあり、帰ってから編集しているとき、こんなのは、どこかで見たことがあると、記憶のがらくた置き場を、手探りで探した。
 それは、確かX51というサイト [2] を運営している人が出版した「奇界遺産」[3] に載っていたと思う。ただし、このような出版本で使った画像は、このX51サイトからは見つからなかった。
 中国の古い王朝だったということを思い出し、「夏王朝」と狙いをさだめ、「仮面」というキーワードと組み合わせて検索し、次のサイトへとたどり着いた。
 「鳥飼行博研究室」[4]
 図2は、このサイトの画像を取り込んで、ゴブリンクォーク4で拡大し、ゴブリンアイで「色のかすみ」をとりのぞいて見やすくしたものである。
 これらの、「唐招提寺の鬼瓦」と、「夏王朝の仮面」との類似点は、その「目」がおおきく飛びだしているということである。いったい、このような発想は、どこから生まれたのだろうか。
 X51の「奇界遺産」にあった解説文では、夏王朝の王の「目」が、実際に、そのような形をしていたという言い伝えがあることにふれていた。
 「唐招提寺の鬼瓦」のほうについては、まったく何も分からない。おそらく、調べたところで、何も分からないことだろう。ずうっと昔に作られたもののようだし、たかが、屋根の上の鬼瓦である。国宝や重要文化財になるわけでもない。ただ、そこにあるだけのものだ。ただ、不思議な形をあらわにして。

 唐招提寺の鬼瓦




 中国夏王朝の仮面




(Written by KULOTSUKI Kinohito, as treeman9621@ 9621 ANALYSIS, July 15, 2012)

 参照資料

[1] ゴブリンクォーク4
  http://www.treeman9621.com/C_Program/gqu4.html
  ベクターでの販売ページ
  http://www.vector.co.jp/soft/winnt/art/se497292.html
[2] X51
  http://x51.org/
[3] 「奇界遺産」
  http://x51.org/x/10/01/2142.php
[4]「鳥飼行博研究室」
  http://www.geocities.jp/torikai007/china/history/sanseitai.html
  中国 夏王朝 仮面 三星堆遺跡
  中国のウィキペディアのページにも画像がある
  http://zh.wikipedia.org/wiki/File:SanXingDui_ZongMuMianJu.jpg

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