RaN254 地球人はどこにいるのか(8)オメガ・ケンタウリ星域の不思議
Where is the earthian? (8)Mystery of Omega Centauri Star Area

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 「ハトホルの書」[4]

 「ハトホルの書」に記されていたことを取り上げます。

 わたしたちは次元を超えたエネルギー的存在で、もともとは別の宇宙から、あなたがたの宇宙の入口であるシリウスを経由してやってきました。(p17)

 この一文は「RaN249 地球人はどこにいるのか(3)ドン・ファンのタマネギ宇宙」[6] で使っています。そこでは、あまり詳しく説明していません。
 かんたんに説明できるようなものではありません。ここでは、ここに記されていることの意味について考えます。
 ハトホルたちは「別の宇宙」にいたのだそうです。つまり、「私たちがいる世界」とは、何かが違う世界というものがあるといっています。
 そのような「別の世界」というものは、私たちの「物理次元の世界」とは少し違っていて、ルドルフ・シュタイナーなどが説明している「幽霊や精霊がいるところ」なのかと、私は、さいしょ思ったのですが、どうやら、そうではないようです。
 なぜなら、この文のあとに、次のように続けているからです。

 そしてシリウスからあなたがたの太陽系へと入り、金星のエーテル界に落ちつくことになったのです。(p17)

 「金星のエーテル界」と表現するのですから、私たちの「物理次元の世界」とは少し違うところと考えられます。
 ここのところの論理は少し込み入っています。
 もし、ハトホルたちがもともといた「別の世界」が「エーテル界」だとしたら、そこから直接「金星のエーテル界」に移ればいいではありませんか。
 ところが「あなたがたの宇宙の入口であるシリウス」を経由したといっているのです。なぜ、このような「入口」を通る必要があるのでしょう。
 これらのことを考えると、ハトホルたちがもともといた「別の宇宙」と、「わたしたちの宇宙」とは、何かが大きく違うものではないかと思われるのです。
 さらに「シリウス」が「わたしたちの宇宙」の「入口」であるということから、「わたしたちの太陽系」から(何番目かに近い恒星である)「シリウス」あたりまでの「わたしたちの宇宙」というものが、ほぼ同じようなものとして、「シリウスより遠い宇宙」とは何かが違うと、推理することになるわけです。

 オメガ・ケンタウリ(Omega Centauri)

 このシリーズでは、ここまで画像をつかわないできましたが、ここで、そのルールを破ることにします。
 次の図1は、NASAのサイトで紹介されている、ハッブル宇宙天文台がとらえたオメガ・ケンタウリ(Omega Centauri)の画像です。その原画像は、次のところにあります。もっと広い範囲についての画像です。図1は、その原画像をほぼ8等分したものの3つ目のものです。
 Images from Refurbished Hubble

図1 オメガ・ケンタウリ(Omega Centauri)(部分, 画像A)

 このオメガ・ケンタウリ(Omega Centauri)という宇宙領域には、こんなに多くの星が写っています。
 しかし、これは、ハッブル宇宙天文台の機能が優れているからであって、実際は、これらの星々は、ここに集まっているのではなく、この視野を延長した軸にそって、近くや遠くに離れているのだけれど、それらを一気に記録したものかもしません。
 夜空の星々というものは、そういうものであり、「天の川」として知られている、私たちの銀河系も、3D座標で表してみれば、中央が球のようになっており、何本かの腕を、麦わら帽子のつばのように広げています。
 次の図2は、図1(画像A)の左下あたりにある、青い星と赤い星が写っている部分の拡大です。

図2  Omega Centauriの画像Aの部分拡大(画像B)

 この画像Bの中心部分をさらに拡大して、私はすでに一度解析しています。次のページです。
 CPP143 星のほんとうの姿(1)
 このページでの図5が、次の図3となります。
 図Bの中心画像について、まず@で光核解析を行って、色の層として、濃淡値0-255の中から235-255の部分を取り出して、0-255のキャンバスで再構成しています。大きな青い星、少し小さな赤い星、小さな青い星、これらの3つの星が残りました。
 AからCに添えられているDbothというコードは、ゴブリンアイ解析の種類を示したものです。双解析のDレベルという意味です。
 ぼんやりとした@から、少しずつ「色のかすみ」がとれてゆきます。
 そして、Cにいたって、驚くべきイメージが現われました。

図3 画像Bの中心部分の光核解析とゴブリンアイ解析
(画像Cの@〜Cとします)

 大きな青い星から、赤い星の突起のようなものへ、腕のようなもの、あるいは、柄のついたリングのようなものがのばされているように見えます。
 これはいったい何なのでしようか。このリングのような部分は、丸くなく、五角形のように見えています。
 これらの「星」の光核像が円ではないということも、私は、多くの星について調べ、不思議だと思ってきました。
 わたしたちの太陽を解析すれば、きちんと円形に見えます。
 ところが、遠くの星は光核像が円として現われないのです。
 そのような「歪み」は、ひょっとすると、それらが遠くにあることから生じる「ゆらぎ」によって引き起こされることかもしれません。

 もっと重要なことがあることに私は気づきました。
 この大きな青い星と、赤い星とは、すぐ近くにあるということです。
 この視線の軸に沿って、遠いところと近いところに離れているのではないということです。
 わたしたちの太陽の、すぐ近くに、その半分ほどの直径の星があったら、どうなると思いますか。
 想像がつかないと思いますので、たとえを変えます。
 もし地球の周りをまわっている月が、地球にこれくらい近づいたらどうなるのでしようか。
 そのようなことはできないのです。
 月はここまで近づく前に、潮汐力によって、ばらばらに壊されてしまいます。
 それが、わたしたちの太陽系で成立する物理法則によって起こるはずのことです。
 ところが、オメガ・ケンタウリ(Omega Centauri)あたりの宇宙では、まるで、星の「手」が伸びて他の星の「頭」を捕まえられるほどの距離にあるのに、ばらばらにはなっていません。
 これらの星は、わたしたちの太陽のようにはなっていないということでしょうか。でも、「恒星」として強く輝いています。ガス星雲のようなものではないはずです。

 わたしたちの太陽系でのものとは異なる物理法則が、オメガ・ケンタウリ(Omega Centauri)あたりの宇宙で成立しているのではないでしょうか。
 ただし、これは単なる仮説です。
 これが成立するとしても、これだけで安心してはいられません。星の「手」が自然現象として理解可能なリング状ではなく、五角形のようになっていることは、どのように説明すればよいのでしょうか。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, March 3, 2016)

 参照資料

[4] 「ハトホルの書」トム・ケニオン&ヴァージニア・エッセン(著)、紫上はとる(訳)、ナチュラルスピリット(刊)、2003
  「新・ハトホルの書」アセンションした文明からのメッセージ、トム・ケニオン(著)、紫上はとる(訳)、ナチュラルスピリット(刊)、2013
[6] RaN249 地球人はどこにいるのか(3)ドン・ファンのタマネギ宇宙

 

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