RaN257 地球人はどこにいるのか(11)微細構造定数αは変化するのか
Where is the earthian? (11)Does fine-structure constant α change?

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 RaN256では、ジョン・D・バロウ「宇宙の定数」[1] にあったフレッド・ホイルについての引用に刺激され、フレッド・ホイルのSF小説「暗黒星雲」というタイトルのスピンオフページを作りました。
 フレッド・ホイルに関してまとめておきたい項目は、まだいくつもあります。「定常宇宙論」については、宇宙背景放射の発見で、カウンターパンチをくらったようですが、ほかにもいろいろなアイディアについてホイルは検証しています。宇宙空間や彗星にバクテリアのような原始的な生命が存在するのではないかという仮説は、まだ、決定的に否定されたことではないと思われます。また、「宇宙の定数」で詳しく述べられている、フレッド・ホイルが科学の世界で大きく認められるようになった、「恒星内部での炭素生産における、炭素原子核の、未知の高いエネルギー準位についての予測」というテーマについても、いろいろと考えることがあります。
 しかし、このようなスピンオフページばかりを作っているわけにはいきません。ジョン・D・バロウが「宇宙の定数」の中で、最終的に主張したかった、「彼が共同研究者としてかかわった観測事実」についての説明をしておかなければ、この本を読み切ったとは言えないでしょう。
 ほんとうは、ジョン・D・バロウは、この本のタイトルを「微細構造定数αは変化するのか」としたかったかもしません。仮にそうだとしても、きっと、その本を出版するとき、編集者から、「これでは売れない」と言いくるめられたはずです。なぜかというと、一般の読者には「微細構造定数α」というのは何のことか分からず、このことを知って関心をもつのは、世界が広いといっても、ほんのわずかな、一部の物理学者と天文学者だけということになるからです。
 なるほど、ジョン・D・バロウは少し「抵抗」しているようです。この本の英語でのタイトルは THE CONSTANTS OF NATURE ですが、これにはささやかな副題がついています。From Alpha to Omega と。

 微細構造定数α

 「宇宙の定数」[1] の索引ページを「ホイル」で調べたとき、7つの独立した出現ページが記されていて、それらの一つずつについて付箋を張りつけましたが、「微細構造定数(α)」については、図の中の説明文のところも数えて28もあるので、この作戦はとらないことにします。
 せめて、「微細構造定数(α)」について最初に説明されているところを引用することにしましょう。

 微細構造定数と呼ばれるαと表記される無名数は、電子の電荷e、光の速さc、プランク定数hを組み合わせたものである。([1] p64)

 もつと具体的な数式での表現は、それより前のp62に記されていました。

 

 微細構造定数αへの攻撃

 「微細構造定数(α)」についての出現ページの2番目のところに、次のように記されています。

 本当に定数なのかという奇襲にGは耐えてきたが、α、つまり微細構造定数に対しては、最近、細かい攻撃がかけられた。([1] p84)

 3番目のところはp93-94です。ここでは、「微細構造定数(α)」の逆数1/αの実験値がまず示され、その値に近い「数のめぐりあわせ」が何組かの物理学者(や天文学者)によって提案されていることが説明されています。
 「微細構造定数(α)」の逆数1/αの実験値は次のような値です。

 

 「数のめぐりあわせ」については4組記されていますが、それらの中でもっとも近いものは、アスプデンとイーグルスによる、次のような表現によるものです。

 

 このようにたどってゆけば、この「微細構造定数(α)」についての、科学世界における「歴史」が分かるかもしれませんが、これではあまりに冗長です。
 途中の議論を飛ばして、ジョン・D・バロウがたどりつきたかった「山頂」の眺望をかんたんに鳥瞰することにしましょう。

 第11章 定数の主題に基づく変奏

 第11章にある「先史時代の原子炉」についてのエピソードも、まるで推理小説の謎解き部分のような展開で興味深いものでした。

 西アフリカのガボン共和国にあるオクロ川の近くにあるウラン鉱山から採掘された、ウラン235(原子爆弾の原料)とウラン238という、2つの同位体の比率が、どうもおかしい。235と238の比率は、通常のウラン採掘資料では0.720パ―セントであるのに、ここでは0.717パーセントなのである。いろいろな仮説が検討されたが、詳しく調べてゆくうちに、地層内部に埋もれている間に、核分裂反応したということが分かってきた。このようになった理由は、ここでの地層が斜めになっていたことと、地下水がうまく入ってきて、原子力発電所での反応の減速材として水が使われるのと同じ状況になっていたことが、うまく組み合わさったからだという。
 アレクサンドル・シュリャフテルという若い物理学者が、オクロの原子核反応で、サマリウム149の原子核が中性子を捕らえてサマリウム150と光子になるという反応が、非常に敏感なものでありながら、それがうまく行われてきたということから、自然定数の変化幅を見積もることができるということに気がついた。
 ここから、いろいろな考察がなされ、オクロの自然原子炉が20億年間経過する間に、微細構造定数が、今の値と比べて、どれくらい変動していた可能性があるかということが確定した。(その具体的な値については省略します。)

 この「先史時代の原子炉」についてのミステリーから、まるでスピンオフしたかのように、「微細構造定数(α)」が変化したとするときの閾値(上限や下限)の見積もりが分かってきたことが説明されたわけです。
 でも、これは、続く第12章のための、重要な伏線にすぎません。それがタイトルの中の「変奏」の意味です。

 第12章 空に手を伸ばす(「舞台」のところまで)

 第12章のタイトルも、文学的な表現に置き換えられたのかもしれません。
 これが専門的な学術論文であったとしたら、きっと、ここのところのタイトルは、何らかの「まくらことば」を添えて「多重合成(MM)法」となっていたに違いありません。たとえば、「微細構造定数(α)の変動をとらえた多重合成(MM)法」とか。これでは結論を先に述べたようなものですから、やはり、却下されるかもしれません。

 この章における導入のためのエピソード(落語の「まくら」)は、宇宙のどこかに地球からの電場信号をとらえて、返信を送ってきた宇宙文明があったというところから始まります。
 ところで、ジョー・マクモニーグルは、このようなことが近い未来に起こることを透視しています。また、ウンモ星からやってきたとされる、宇宙人ユミットの物語の中に、彼らは地球からの電波を受信して、地球に文明があることを知ったというところがあったと記憶しています。
 本論に戻ります。ジョン・D・バロウの「宇宙の定数」では、このような宇宙交流があったとき、たがいの電波信号における暗号文を解く鍵として、微細構造定数を持ち出すことを提案していますが、実際には、まだこのようなことは実現していないので、と、地球外生命抜きで、宇宙のはるかかなたでの自然定数の値を求める方法へと、考えを進めてゆくのです。

 ジョージ・ガモフは、何らかの形で天文学の観測を利用すれば微細構造定数の変化についての情報を調べることができるかもしないと考えました。そして、この変化が、遠くの銀河からの赤方変異に影響するかを知りたいと思いました。しかし、ガモフが思いついたアイディアでは「微細構造定数が変動するとしても、測定できる結果を生まない」ことが分かったということです。

 カリフォルニア工科大学の三人の天文学者(名前が詳しく記されていますが、ここでは略します)が、大きな赤方偏移をもつ、発見されたばかりのクェーサーQSO3C191から受け取る光の、珪素による吸収で見られる、「二重線(タブレット)」と呼ばれる一対のスペクトル線の間隔が、微細構造定数の値に敏感に左右されるということを見つけました。

 ここのところの説明の中に、次のような一文があります。

 珪素の二重線の二本の間隔は小さく、電子が光速に近い速さで原子核のまわりを運動するときに生じる相対論的な効果の帰結となる、原子物理学の敏感な特徴だった。(pp301-302)

 ここに「相対論的な効果」とありますが、これは空論です。そのような効果は生じません。ここでの「相対論」は文意から「特殊相対性理論」であると分かりますが、ここで述べられていることは、現実世界とは関係のないことです。ローレンツ変換というのは、偏微分することができない等式を、むりやり、隠れている変数のことを無視して、偏微分したときの、余剰項(余りとして残ったもの)をゼロとしておかなければならないということから生まれた、幻想にすぎません。
 ここに論理の破たんが隠れているので、このような観測によって導かれた結果に意味は生まれません。
 次のような文があります。

 これらの観測結果は、微細構造定数が宇宙の年齢と一次関数的に連動して増えているのではないかというガモフの説をあっさり否定した。(p302)

 このことは意味を持たないことになります。振り出しに戻って再検討すべきです。もっとも、ここのところも、次の展開へと進むための「変奏」の一つとなっているようで、バロウは、「これらの考えは、特定の自然定数の一定性に関する知識を改善するための舞台を定めた」と評価するにとどめています。
 この後の3つも「変奏(あるいは舞台)」で、4つ目がようやく「主題(あるいは主人公)」となるわけです。

 多重合成(MM)法へ向かう

 ガモフの説は否定されたが、天文学の観測値から自然定数の変化について知るという考えは生き残り、やがて、「望遠鏡や電子装置の感度が改良されて、赤方偏移が大きい、もっともっと遠い過去へさかのぼる観測」ができるようになったので、この後示す方法が試みられた、とバロウはつなげてゆきます。

 一つ目のプランは「天文学的な何かの現場とどこかの実験室とで、原子の二つの遷移を比較すること」だそうです。
 二つ目として「同じ星雲の、一酸化炭素が出す光と、水素原子から出てくる光との、赤方偏移を比べるという方法」が挙げられています。
 三つ目は「同じ星雲で、光学的な原子の遷移とともに生じる原子からの放射について、波長21センチの電波を観測した結果に見つかる赤方偏移を比較すること」となっています。
 これらについては、その方法だけが示され、具体的な結果については言及されていません。

 「第四の、最新の方法はいちばん強力だ」という一文で、いよいよ、クライマックスへと入ってゆきます。
 ここでもクェーサーを利用しますが、ガモフの説を否定したという、クェーサーから出る光の中の、珪素による吸収で見られる、「二重線(タブレット)」と呼ばれる一対のスペクトル線を見るのではなく、クェーサーとわれわれの間にある「いろいろな科学元素の塵の雲」による吸収線の間隔を見るのだそうです。
 この方法が多重合成(MM)法と呼ばれるものです。ジョン・D・バロウを含むチームが開発したのだそうです。

 定数どうしが一定でない?

 ここのところのタイトルも、ちょっとよく分からないものです。ここのところはクライマックスなので、もう少し分かりやすく、そして、適度にゆっくり進めてほしいと思います。

 ここは多重合成(MM)法による観測結果が示されるところですが、その前に、予測していた「筋書き」というものがあったようです。
 つまり、「先史時代の原子炉」のところで分かった、微細構造定数の変化幅が、さらにきびしく制限され、より精度の大きな結果が得られるだろうというストーリーでした。
 ところが、実際に観測された結果は、見事にばらばらであったということと、それらをざっくりと平均したところ、微細構造定数は「今よりわずかに小さかった」のです。
 P311のところに、この観測結果をグラフとしてまとめた図12.4があります。ここでその図を引用して説明すると、かなり長くなってしまいますので、やめておきます。
 たとえば、地球に何度かの氷河期がありました。そのときの気温の変化を地質学的な証拠に基づいて推定したときのような、ほとんど規則性が見られないような、小さな変化と大きな変化が組み合わさったようなパターンです。
 バロウの、この後の「脚本」は、かなり迷ったものとなっています。まるで、何度もリハーサルを繰り返しながら、「これでいこう」というものが決まらないといった雰囲気です。
 この後の「まとめ」には、何の説得力もありません。
 とりあえず観測して、これまでとは違った「発見」を成し遂げたものの、その意味をうまく説明できないので、この「発見」について、力強くアピールできないのです。

 考察

 ここからは私の意見となります。
 微細構造定数についての、宇宙の過去における観測結果が、すっきりとしたものではなく、低周波数と高周波数のノイズを含んだような、これを説明する理論へと結びつかないものとなっているということでした。
 これは、「宇宙はどの方向を見ても同じはずだ」という、私たちの星の科学者がもっているデバイス(視点の偏り)が影響しているのかもしれません。
 もうひとつ、私たちの太陽系の(シリウスあたりまでを含む)近辺の、物理次元の世界が、ある種の特殊なものであるかもしれないという可能性について、何らかの考察を加えておくべきかもしれません。
 さらに、光速度cの値が宇宙全体で一定だという考えも、アインシュタインの特殊相対性理論によるデバイスがかかっているかもしれません。
 これらのことは、まだ、どうなのか、確かなことは分からないという立場にたって、これらの観測と考察のストーリーの、どこに見落とした「分岐」があるのか、その可能性のリストだけでも作る必要があると思います。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, March 9, 2016)

 参照資料

[1] 「宇宙の定数」、ジョン・D・バロウ(著)、松浦俊輔(訳)、青土社(刊)2005

 

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