RaN261 地球人はどこにいるのか(15)クジラたちはどこにいるのか
Where is the earthian? (15)Where are Whales?

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 変なタイトルだと思います。なんて馬鹿なことを聞いているんだ、海に決まっているだろう、と。
 それでは、私たち地球人は、どこにいるのでしょうか。地球? 地球とはいったい、どんな世界? そのことが確かだとは言えないから、こうして、問いかけているのです。
 地球の科学者たちは、素粒子の、そのまた「素」であるクォークについて調べています。そして、それさえも、究極のものではないと。
 私たちが「物質」だと思っている、これらの微細な世界の構成物は、みんな、光が紐(ストリングス)の渦となって、まるでそこに塊のようなものがあるように見せかけているだけだと、そんな仮説も浮かび上がっています。
 ところが、そんなことは、とっくの昔から「見て」「知っている」という人間たちがいます。アメリカ・インディアンの呪術師たちです。
 そのような知識を、感じ取れるか、盗み見るか、あるいは、私たちにはたどりつけない、私たちの意識の奥底から引き出すことができる人間もいます。このような人々の立場は色々です。神秘主義者(アドルフ・シュタイナー, …)、宗教家(ゾクチェンの修行者, イスラム教のルーミー, …)、民間の修行者(ミラレパ, …)、魔法の世界(ダイアン・フォーチュン, …)、古代の神官、CIAの透視捜査官(ジョン・マクモニーグル、コートニー・ブラウン, …)
 あいまいなものばかりだと思われても、それらの断片を集めてゆけばゆくほど、ばらばらになってちりばめられてしまった、そのパズルの、元の姿が見え始めます。
 まるで化石学者が、かつての巨大生物や、見たこともない多様な多足生物を見つけ出したときの想像力のように、わずかな破片でも、数多く見出してゆくことにより、何か確かなものが、きっと存在していたはずだという思いが浮かんできます。
 このようなことを象徴する言葉を見つけました。
 カルロス・カスタネダの本で語られている、ドン・ファンが、呪術の世界で起こることについて、こんな言葉を使ったことがあります。
 「抽象のタペストリー(織物の壁掛け)」
と。
 私が見つけようとしているものにふさわしい名前だと思います。

 スター・トレックW 故郷への長い道

 映画版のスター・トレックの物語が何本か制作されています。
 この「スター・トレックW 故郷への長い道」は、確か、映画館で見たと思います。あるいはテープ時代のレンタルビデオだったのかも。
 細かなところを確認するため、DVDを借りてきて、ゆっくり見ました。

 23世紀の末ごろの地球近傍の宇宙空間に、謎の宇宙船(不明探査船と呼ばれています)が現われます。その形は、まるでドラム缶を二つ縦にくっつけたような比率の円柱、あるいは、卒業証書を入れておくような、細長くて黒い筒のようなものです。もちろん、そのサイズは巨大なものです。月や地球よりはずうっと小さなものですが、地球の宇宙艦隊のベースとなっている基地よりは、ずうっと大きようです。
 ただ、一か所、先端の、画面の上下を意識したときの、下部に、先に丸いキャンディをつけた棒のようなものが出ています。ここから出てくる、電波らしきものの影響で、宇宙艦隊や地球のあらゆる電気系統がブラックアウトすることとなります。
 カーク船長やスポックらは、スター・トレックVのストーリーの流れで、バルカン星にいて、しかも、乗っている宇宙船は、クリンゴン星人の見えなくなる鳥のようなスタイルのものです。

 惑星連合の大統領が出した「惑星避難信号」を受信し、地球が危機におちいったことを地球近傍の宇宙で知ったカーク船長らは、黒い筒状の宇宙船(探査船)の行為の意味を探ろうとします。
 しかし、直接的な交信はできないようです。唯一の手掛かりは、謎の探査船から出されている「未知の電波」です。これは聞くことができるものらしく、日本の雅楽によく似た、永く音がのびながら変化する、不思議な音楽のように聞こえます。感想を求められてスポックは「強力で知的な未知の電波」と表現しています。
 ここで、地球の文明にブラックアウトをもたらした、このときの異常な放射線(未知の電波)の解釈を議論しているとき、スポックが、これを人間からの視点で解釈することに盲点が潜んでいることを指摘します。地球には人間以外の他の生物もいるから、人間だけに宛てた信号と考えるのはごう慢だというわけです。
 この放射線(電波)が地球の海に大きな影響を与えていることから、カーク船長は、これが海面下ではどのように聞こえるのかという設定で調整するように、通信士のウフーラに指示を出します。
 すると、海面下では、その未知の電波は、まるで何かが鳴いているかのようにも聞こえます。それを聞いたスポックが、クリンゴン星人の宇宙船に備えられていたコンピュータで検索し(ここのところは少し不自然ですが)、クジラの歌であることが分かります。正確にはザトウクジラの歌だということです。
 その意味は分かりませんが、どうやら、黒い筒の宇宙船(探査船)に乗っている存在は、地球の海にいるクジラと交信しようとしている、と推理されてゆくわけです。
 ところが、23世紀の地球の海には、もうクジラ(この映画ではザトウクジラ)はいません。すでに絶滅してしまっています。

 ここからのストーリーは、20世紀へのタイム・トラベル(タイム・ワープ)のあと、23世紀の人間が20世紀でどのように行動してゆけばよいかという、文化のギャップが巧みに利用されて、コメディタッチで進められてゆきます。
 このころの地球では、コンピュータのディスプレイはまだブラウン管式の、奥に向かって丸い突起をもっているものですし、携帯電話はまだなく、23世紀の通信機はポケベルだと思われます。クジラを入れる水槽を作るための技術として、透明なアルミニウムというものの原子構造が使われていますが、これは、どのあたりまで本当のものとなっているのでしょうか。透明な金属って、存在できるのでしょうか。

 20世紀のザトウクジラは、つがいの二匹と、そのメスが妊娠中の(おそらく)一匹と合わせて、なんとか23世紀の地球の海に放たれ、黒い筒状宇宙船が出すクジラの歌に応じて(かどうか、判断がつきませんが)、地球のクジラとしての歌を歌います。その意味は、23世紀とはいえ、まだ不明のようで、何が語られたのかは分かりません。
 やがて、23世紀の地球の海にクジラがいることが分かり、人間にとって異常で危険な放射線(未知の電波)を出していた、黒い筒状の宇宙船は、先端の、キャンディ型のアンテナのようなものを船内に収め、静かに地球近傍の宇宙から離れてゆきます。

 これで大円段というのが、やはり、人間中心的なストーリー展開です。
 たとえば、23世紀に送り込まれたザトウクジラは、この星でのクジラに加えられた危害の数々を、歌にして、宇宙へと放ったのかもしません。黒い筒状の宇宙船は単なる調査船であって、この状況を報告しに帰り、こんどは大群となって、あるいは、人間だけを選択して滅ぼすための、あるいは遺伝子工学でクジラの餌になるような水棲生物へと変化させるための技術を探しに行ったのかもしれません。

 ちなみに、少し変だなと思うところがあります。海水の中でクジラの歌として聞こえるような放射線は、私たちが見つけて使っている電波ではありえません。水中で音として聞こえるためには、電波のような、横波成分だけで構成されている電磁波ではありえないのです。つまり、(空気中の)音波そのものに対応する、宇宙で存在する、何らかの媒体を利用した、縦波である必要があります。ところが、私たちが観測している地球近傍の宇宙には、そのような縦波を伝える媒体は存在しないはずです。
 だから、この映画での、最初の導入部分のところに、いかにSF映画といえども、嘘がバレバレのところがあるのですが、おそらく、誰も気がつかなかったのでしょう。
 このような問題点を回避するため「未知の電波」という表現が使われたのかもしれません。そうすると、それは「縦波の電波」ということになります。それは、私たち地球の、21世紀としての現代科学で、まだ解明されていないものの一つです。私はそれが、やはりその正体が分かっていない「重力」に関係があるのではないかと推論しているのですが、本格的な物理学者ではないので、これ以上はなんともできません。

 私がこのページで伝えたかったことは、こんなつまらない科学知識上のミスのことではありません。私が知りたいのは、ほんとうのことにつながる、この世界に潜むミステリーの答えなのです。

 クジラたちはどこにいるのか

 このDVDには「おまけ」が付いています。ミスター・スポックとして登場しているレナード・ニモイ監督の解説ビデオを見ることができるのです。
 ここで監督は、このストーリーによって、地球のクジラとそれを捕獲する捕鯨についての問題提起を試みたことを打ち明けています。
 欧米では、これ以外にも多くの情報が出されており、人間とイルカやクジラは、この地球に棲んでいる知性体として、ほぼ対等の存在どうしであると認識されているようです。
 はたして、そうでしょうか。

 最近ようやく、森の図書館で借りてきた本のノートを作りあげることができました。思考言語コアを使って、要点とそれらの意味構造を、コンパクトに表現しましたが、それでもA4で14ページも使いました。それは、ジャーメインとサーシャによる、「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」[1] という、長いタイトルの本です。サーシャは肉体をもつプレアデス人女性だそうですが、ジャーメインは銀河の集合意識ということで、すでに、肉体をもたない存在となっているということです。
 この「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」の思考言語コアによるノートから、2つの箇所を取り出します。
 その一つ目は、次のようなものです。シリウス人と呼ばれる宇宙種族がどのようなプロセスで誕生したのかをジャーメインが語っているところの一部です。
 ここで、初期のシリウス人を構成するために集まった存在の中には、「水の惑星で進化して知性体となった、水棲生物」もいたということが語られています。

 第3章 シリウスの古代の歴史(Sirius) @ジャーメイン(*G)
[1] 初期のシリウス人
 (3) 存在たち(崇高なマインド, 純粋なハート)@さまざまな文明(ベガ, オリオン, 琴座, 水の惑星)
    集まる>  [◇] 初期のシリウス人 ●@シリウス ;
 *G「彼らはベガ、オリオン、琴座など、いろいろな場所から来ており、水の惑星から水棲生物の存在もいました。」(p78)


 二つ目は、次のようなものです。
 ここのところは、この本の下部に挿入されてあった「密度チャート」という表を整理し、本文にあった解説を補ったものです。

 第7章 第4密度へようこそ(Welcome to 4D) @ジャーメイン(*G)
[1] 密度チャート 
 第1密度 ◇ 鉱物界 エゴの不在 グループ意識
  鉱物界 ◇ クリスタル(意識) 元素(意識) 
 第2密度 ◇ 有機体 植物界 動物界 グループ意識
 第3密度 ◇ 地球 エゴ 思考の二極化 
  エゴの役割 ◇ 人間(●健全なエゴ) 見る>> いろいろな現実 ☆同時に ;
          [◇] 統合失調症 ;
  著しい二極性 ◇ この宇宙を黒か白か、善か悪かで見ること 
  [→] 対立 ◇ 戦争 ;
 第4密度 ◇ プレアデス 統合 二極の調和 イルカ
  エゴは自分の生存についてそれほど心配しなくなる。(p198)
 第5密度 ◇ シリウス 光の存在やガイド 奉仕志向 クジラ
  光の身体(スペクトル状◇徐々に変化);
 第6密度 ◇ アークトゥルス グループ意識 ヒーリングエネルギー 天使 キリスト意識
  さらにグループ意識(スペクトル状);
 第7密度 ◇ 集合 無限
  超グループ意識 


 私はこの「密度チャート」を見て驚きました。私たち人間が第3密度の物理的な現実にいるというのは、よくわかることなのですが、イルカは第4密度にいて、クジラは第5密度にいるということになっています。
 イルカやクジラは、私たちと同じ物理的な現実にいるのではなかったのでしょうか。
 しかし、よくこれを見て、本文を読むと、鉱物や元素は第1密度の存在で、植物や動物は第2密度の存在ということになっています。これらも、物質的なものとして、私たちの世界に所属しています。
 どうやら、このような区分は、物理的な身体などがどのような現われ方をしているかということによるものではなく、意識のレベルが異なることにより、どのようなレベルの現実とつながっているかというもののようです。
 脳波のベータ波にとらわれている私たち地球人は、第3密度の現実を見ることとなり、これとは異なる脳波の、プレアデス人のサーシャは第4密度の存在だそうです。
 おそらく、カルロス・カスタネダが記録してきた、アメリカ・インディアンの呪術師におけるナワールたちは、すでに第4密度の現実世界へ入っているのかもしれません。
 私たちはイルカやクジラの言語を理解できないので、詳しいことは分かりませんが、脳波や意識や精神レベルの観点から、イルカたちは、すでに第4密度の現実世界へ入っており、クジラたちは、第5密度の現実を知っているのかもしれないのです。

 SFの物語に戻りますが、「スター・トレックW 故郷への長い道」で地球近傍に現われた黒い筒状の探査船の中にいたと推定される存在は、第3密度での物質としての探査船の中で、第5密度での現実に意識を合わせることができ、第3密度の人間たちのことはなんとも思わず、第5密度のクジラたちと交流しようとしたということなのでしょうか。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, March 15, 2016)

 参照資料

[1] 「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」、ジャーメイン&サーシャ(著)、リサ・ロイヤル・ホルト(チャネル)、鏡見沙椰(訳)、VOICE(刊)、2013

 

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