RaN264 地球人はどこにいるのか
(18)精霊のトリック「忍び寄りの四つの心構え」
Where is the earthian?
(18)Trick of Spirit “Four Mental Attitude of The Creepage”

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 カルロス・カスタネダの「沈黙の力」[1] の第三章「精霊のトリック」は、「精霊とつながる環の掃除」と「忍び寄りの四つの心構え」の二つの節から成ります。その二つ目の「忍び寄りの四つの心構え」について考えてゆきます。

 忍び寄りの四つの心構え

 忍び寄りの四つの心構えとは、@非情さ、A狡猾さ、B忍耐、Cやさしさ、のことだそうです。
 ここのところで語られるドラマは、カルロス・カスタネダが何年も前に体験していたことを想起することによって構成されています。
 「アメリカ国境の向こう側のアリゾナ州ノガレスのグレイハウンド・バス発着場」が、そのドラマのスタート地点です。ここでドン・ファンは「また会おう」と言っているのですが、ひょっとしたら、ここは、ドン・ファンとカルロス・カスタネダが初めて出会ったところではなかったでしょうか。
 今回は(とはいえ前回のことを知らないので、この部分はあいまいですが)バスではなく、カスタネダの車で移動します。ドン・ファンが「どの道を行けとか、(中略)こまかに指示してきた」ことにいら立って、カスタネダが行き先を教えてくれれば「ちゃんとそこまで連れて行くさ」というと、ドン・ファンは、次のように答えます。
 「ほう、そうか、じゃあ天国への道(ヘブンワード・アベニュー)1573まで行ってくれるかな」
 カルロス・カスタネダは言葉を失ってしまいます。

 ドン・ファンの指示どおりに運転を続け、ついたところにあった「平屋建ての家」で、カスタネダは、二人の男に出会います。「ひとりはインディアン、もうひとりはラテン・アメリカの人間らしい」とカスタネダによる記述があります。インディアンのほうはシルビオ・マヌエル、もう一人はビセンテ・メドラーノといいます。ドン・ファンによる、二人の特徴というか、意味づけがなされます。このあたりのことや、カスタネダによる人物描写も、かなり緻密です。
 ドン・ファンが、この二人とカスタネダについて、次のようにまとめています。
 「まちがいなくおまえたちは、名を残す三人組になるぞ。いちばん古くて聡明な者(ビセンテ・メドラーノのこと)、いちばん危険で力がある者(シルビオ・マヌエルのこと)、そしていちばんの道楽者だ」
 この言葉のあと、このときのドラマは急展開してゆきます。
 ビセンテがカスタネダを無意味な人間と決めつけ、「裏庭へ連れていけ」と言い放ち、シルビオ・マヌエルが「縛りつけるんだ」と、追い打ちをかけます。
 ドン・ファンはカルロス・カスタネダを裏庭へと連れてゆき、「なにげなく革のロープをとりだし」、それをカスタネダの頸にまきつけ、柱に「犬のように縛りつけ」たのです。
 ここからしばらく、カルロス・カスタネダの描写が続き、彼は、ロープを切ったはずみで、「家のほうまですっ飛んで」ゆき、「開いたドアに背中から突っ込んでいく」のです。
 尻もちをついている状態なのかは描写されていませんが、カルロス・カスタネダを「助け起こした」のは、ビセンテでした。
 どうやら、カスタネダが受けた仕打ちは、ドン・ファンらによる「ちょっとしたテスト」だったようです。  このときのテストにより、カスタネダは、やさしいのでも忍耐強いのでも、非情でも狡猾でもないということが分かり、やはり「とてつもない道楽者だった」と評価されます。
 こうして、「忍び寄りの本質であり、基礎である」、非情さ、狡猾さ、忍耐強さ、やさしさについてのドン・ファンの解説が、たんなる知識としてではなく、生々しい効果をもつ要素となってゆきます。

 この後にも、いくつか付箋をつけてある箇所があるのですが、これらについて取り上げるのは、やめておきます。「あとがき」もなしです。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, March 18, 2016)

 参照資料

[1] 「沈黙の力」意識の処女地、カルロス・カスタネダ(著)、真崎義博(訳)、二見書房(刊)、1990

 

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