RaN267 地球人はどこにいるのか(21)精霊の来訪「集合点を移動させる」
Where is the earthian?
(21)Visit of Spirit “I move the assemblage point”(※)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

ランダムノート2016ブランチページへもどる

 はじめに

 カルロス・カスタネダの「沈黙の力」[1] の第四章「精霊の来訪」は、「精霊を見る」「思考のとんぼ返り」「集合点を移動させる」「憐みのない場所」の四つの節から成ります。
 ここでは「集合点を移動させる」について考えてゆきます。
 (※)精霊の来訪「集合点を移動させる」をVisit of Spirit “I move the assemblage point”としましたが、原文で確認していないので、ほんとうは違う表現となっているかもしれません。
 これまで、引用部分は赤く、思考言語コアのところは青く、文字を色づけてきましたが、今回はそれをやめます。

 準備

 抽象の第四の核
 ◇ 精霊の来訪
 ◇ 意志によって動かされること

 唯一ほんとうに重要なのは、ただ精霊と接触するだけで集合点が移動するということをおまえが理解することだ。(*D1 p156)

 背中を叩くのはおまえの注意をからめとって疑いを取り除くためのトリックで、知覚そのものを操るほんものの操作ではないのだ。(*D2 p156)

 魔法につかまえてもらうために必要なのは、頭の中から疑いを消しさることだ。疑いがなくなれば、どんなことでも可能になるんだ。(*D3 p157)

 外科の心霊手術

 カスタネダの友人が受けた外科の心霊手術
 カルロス・カスタネダのシニカルな解釈 ◇ 何らかのトリック
 ドン・ファンの解釈 ◇ 治療師が周囲にいた見物人の数だけ集合点を移動させることができること (&) 部屋に居合わす人間の数が、治療師の扱いきれる数を越えないようにすること ;

 二つのタイプの思考

(1) ふつうの日常生活の思考 ◇ 通常の位置(集合点) ◇ 混乱した思考 ;
(2) ほんとうの意味での思考 ◇ 明晰な思考 ◇ 機能的で経済的、説明できないことはほとんど残さない ◇ 移動(集合点) [←] 日常生活の思考を止める ◇ 通常のやり方でものを考えるのを止める [←] 集合点の移動を意図する ;

 憐みのない場所

 集合点(カルロス・カスタネダ) 達する> @新しい位置 ☆数年前 ;
 [Z] 自己憐憫の感情(カルロス・カスタネダ) ふらふらする> @新しい位置 ;
 @新しい位置(<達する カルロス・カスタネダ) ◇ 憐みのない場所 ◇ 非情さの場所 ;

 [if] 集合点 移動する> @憐みのない点
 [→] 目 輝く> ;

 想起すること

 [ ] 集合点 移動> [指図→] 想起 ;
 [ ] 呪術師 総括する> 自分の人生 [◇] 鍵(>>> 集合点 動く>) ;
 (1) [if] 呪術師 >>> 集合点 動く> ;
 (2) [→] 呪術師 <いる> @ 事件が起こったときの現場 
 (3) [◇] 呪術師 再現する> 事件の全貌 ;
 想起の内容 ◇ (1)(2)(3) ;

 目の輝き

 非情さ(<動く 集合点) >>> 目 輝く> ;
 その目の輝き おびき寄せる>> 意志 ;

 場所(<動く 集合点) <関連> 特有の目の輝き(それぞれの場所);
 目(呪術師) <つながる> 記憶(それ自身の) ;
 [→]  特有の輝き(目) >>> 場所(<動く 集合点) >>> 記憶 よみがえる> ;

 呪術師(たくわえている>> エネルギー)
[→] 呪術師 <(正確で明晰に)つながる> 意志 ;
[◇] [ ] 呪術師 >>> 目 輝く> [>>>] 集合点 動く> [>>>] 呪術師 (おもうがままに)想起できる> ;

 ドン・ファンの借り

 カルロス・カスタネダ(私)の疑問
(1) ドン・ファンは自分のために私をなんら必要としていない。
(2) 私に投資しようなどと思っていない。
(3) ただより高いものはない。
(4) ドン・ファンに何を要求されるのか見越せずにいる。
[→] 質問する> 「自分(カスタネダ)とつきあっていて(ドン・ファンは)何か得することがあるのか」> ドン・ファンに ;

 ドン・ファンの回答
(1) おまえにわかるようなことではないんだ。
(2) たとえ理解できたとしても、おまえはきっとそれを気に入らんだろうよ。
(3) 物事の根底にある真実は、ほじくり返さないほうがいいことだってあるんだ。
(4) わしが老いぼれて自分の面倒を見られなくなったとき、世話をしてもらおうなどと思っているわけじゃないさ。
(5) だが、おまえとのつきあいから、わしは測り知れないほどの価値のあるものを得ているんだ。
(6) それはさっきいった土台の石を完全無欠に扱うことに対するほうびのようなものだ。
(7) おまえといっしょの時間を過ごすために、わしは身を切られるような苦労をして、自分を抑えながら、毎日自分を変えていかねばならなかった。
(8) おまえはケチで、しまりがなくて、独断的で、居丈高で、気が短くて、うぬぼれ屋だ。気むずかしくて、退屈で、恩知らずでもある。そのくせ道楽にふけるのだけには、あくことを知らない。そして最悪なのは、何の裏づけもないのに、自分のことをたいそうな人間だと考えていることだ。
 正直にいえば、おまえがいるだけで、わしは吐き気をもよおす。
(9) 戦士にとって、自分の基本的な感情をものともせずに完全無欠にならなければならない機会が与えられるのは、ひじょうにまれなことなのさ。
 おまえはわしに、そんな願ってもないチャンスをくれたんだ。
(10) わしはおまえに、借りができてしまったな。(pp165-168)

 仮面

 ナワールというものは、じつにまぎらわしい。
 いつでも、自分の本来の姿とは違う印象をふりまいていて、しかも自分をいちばんよく知る者たちすらその仮面に気づかないほど、完璧にやってのけるんだ。(p170)

 仮面(カルロス・カスタネダ) ◇ 仮面(道楽), 仮面(怠惰);
 仮面(ドン・ファン) ◇ 仮面(合理性) ◇ 憐みの欠如 ◇ 非情さの正体 ;
 仮面(ナワール・フリアン◇ドン・ファンの恩人) ◇ 仮面(この世の中に心配事は何ひとつないというような、幸せで平穏な男) ;
 仮面(ナワール・エリアス) ◇ 仮面(病的なまで細かい), 仮面(正確さに気を配らずにはいられない)

 あとがき

 若いころ私は、この本を(すくなくともここのところまでは)読んでいたはずだということを思い出しました。
 上記の「ドン・ファンの借り」としてまとめた部分の内容について、はっきりと意識していたころがあったのです。
 そのときの私はかなり強い存在で、今から思うと驚くほどの冒険心に満ちており、目の前にあらわれるいろいろな問題に対して非情な心構えで取り組んでいったと考えられます。
 やがて、このようなことも忘れてしまい、まったく何をやっているんだろうと、今さら思わざるをえないような、つまらない生き方へと転落してゆきました。
 それもまた、ひとつのドラマの、暗いシーンを生み出すためのものだったのかもしれませんが。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, March 19, 2016)

 参照資料

[1] 「沈黙の力」意識の処女地、カルロス・カスタネダ(著)、真崎義博(訳)、二見書房(刊)、1990

 

ランダムノート2016ブランチページへもどる