RaN278 地球人はどこにいるのか(32)DUNE 砂の惑星
Where is the earthian?(32)DUNE, SAND PLANET

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「DUNE 砂の惑星」を ” DUNE, SAND PLANET” と記しましたが、原題はDune だけです。アメリカの作家フランク・ハーバート(Frank Herbert)によるSF小説が原作ですが、これは読んでいません。
 実はRaN261 地球人はどこにいるのか(15)クジラたちはどこにいるのか で少し取り上げた、「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」[1] の著者となっている、(銀河に広がる肉体をもたない集合意識という)ジャーメインのおすすめ映画2つの、そのひとつが、「DUNE 砂の惑星」なのです。ちなみに、もう1つは「スター・ウォーズ」です。
 ジャーメインによれば、実際の銀河宇宙において起こってきたことを、これらは象徴的に表現しているのだそうです。

 クイザッツ・ハデラッハ

 「DUNE 砂の惑星」をレンタルDVDショップで借りてきました。「劇場映画版」と「テレビ放映版」がありましたが、前者については、私が30歳代のころ、レーザー・ディスクで見ました。そのころ、レンタル・レーザー・ディスク・ショップというものは無く、もちろん、買ったものです。レーザー・ディスクの機械も手に入れておく必要がありました。そのころはまだバブル崩壊の前だったので、経済的な余裕は、ほぼ、誰にでもあったようです。
 「テレビ放映版」を見ました。あらすじなどは、ここでは述べないことにします。ここで述べようと思うことは、これまでのリーフページで示してきた「抽象のタペストリー」の「横糸」にまじわってゆく「経糸」となるものです。
 その一つ目の「経糸」が「クイザッツ・ハデラッハ」という言葉でした。
 DVDドライブのスイッチを操作し、この言葉が字幕として現われたところへと戻り、ゆっくりと見てゆくと、この言葉の意味が語られているところがあったので、そこでストップして、それをメモしました。
 そのときの字幕によると、「クイザッツ・ハデラッハ」というのは「方々に同時にいられる人間」を意味しているのだそうです。
 これは、カルロス・カスタネダが調査したドン・ファンら呪術師の知識体系に照らし合わせると、「夢見のからだ」や「もう一人の自分」と対応します。
 チベット仏教のゾクチェンに伝わる「虹の身体」にも対応します。
 「DUNE 砂の惑星」の物語の中では、主人公のポール・アトレイデス(砂漠の民フレメンには、ポール・ムアディブと名のっている)が、その「クイザッツ・ハデラッハ」だと、砂漠の民フレメンによって語られるシーンがあります。まるで、地球で語られてきた「メシア」のような語感でした。

 「ムアディブ(※)」という言葉

 まだ「横糸」について説明していないのですが、それは後で語ることにして、「DUNE 砂の惑星」の中にある、もう一本の「経糸」について述べます。
 ポール・アトレイデスらのアトレイデス家は、砂の惑星アラキスの統治を任されましたが、それまでアラキスを支配していた、工業的な建築物で表面がすっぽり覆われて黒く見える惑星ギエディ・プライム(GIEDI PRIME)のハルコネン家が武力で奪い返し、そのときに、アトレイデス家のレト公爵は殺され、ポールと母ジェシカは、砂漠の巨大な虫の餌食とされそうなところ、「声」によって敵をコントロールすることにより、逃げ出すことに成功します。
 ここのところで「声」が重要な武器のような役目をしますが、これは、「声による催眠術」のようなものとして理解できるかもしれません。
 砂漠の巨大な虫(サンドワーム)の脅威から逃れ、岩山のようなところへたどり着いたポールとジェシカは、そこで砂漠の民フレメンと出会います。よそ者として排除されそうにもなりますが、ポールたちはフレメンに受け入れられ、ともにハルコネン家の支配者たちと、その背後にいる、帝国などの、この宇宙を支配している者たちと闘うことになります。
 もう少しストーリーを要約しておく必要があるかもしれませんが、泥沼に落ち込まないため、目をつむって、先に進めることとします。
 ポールとフレメンたちが戦うときの武器がかなりユニークです。
 ポールがフレメンたちに、その武器の生み出し方と使い方を指導するのですが、その武器というのが、彼らの声帯から発する「声」なのです。
 ただし、この効果(どのようなものかは分かりませんが)を強くするための、モジュールと呼ばれる装置を、喉のところにつけ、手にも、その効果が向かうところを絞って照準を合わせるためのような、ピストルか光線銃のようなものをもちます。
 そのような訓練のとき、たまたまフレメンの一人が、ポールの名前を(フレメンネームとしての)ポール・ムアディブと呼んだとき、その銃のような装置が暴発して、強い効果を生み出すことが分かります。
 それにより、この効果を利用して闘うときの「声」が「ムアディブ」となりました。この「ムアディブ」という名称は、惑星アラキスにかかる、第二の月の名前でした。

 「声」が武器になるというのは、他のSF作品では見られないものです。
 「声」というのは、(このときの設定では)単なる空気の(縦波の)振動にすぎません。その振動が拡散してしまわないようにできたとしても、その媒体は空気にすぎません。同じ「声」でも、クジラが出す「声(歌)」の媒体は海水です。少し密度が大きくなっていますが、それで個体が破壊できるかというと、ホースで水を撒いて草やゴミを動かすことができます。津波くらいのレベルとなれば、防波壁やビルでも壊せるし、原子炉建屋にもダメージを加えられます。でも、「DUNE 砂の惑星」で使われている媒体は、あくまで、気体としての空気なのです。
 もし、このような現象を説明することが、私たちの科学によってできないとすれば、考えられることは、次の2つに分かれます。その一つ目は、空気の振動を使って個体を破壊するということは説明できないから、それは空想のメカニズムにすぎないというもの。もう一つの考え方は、私たちの科学は、まだそのような現象を説明できるほど進歩していないというものです。

 (※)惑星アラキスにかかる第二の月の名を「モアディブ」と記していましたが、これはレーザー・ディスクでの字幕をなぞったものでした。この名前「モアディブ」は、私の人生を振り返って、その意味を理解するときに必要となりますが、ここでは、DVDでの字幕で使われた「ムアディブ」に統一しておきます。

 ハトホルたちの科学

 「ハトホルの書」については、RaN258 地球人はどこにいるのか(12)リサ・ランド―ル「異次元は存在する」で少しふれました。
 この(旧版としての)「ハトホルの書」の「第十章 鍵としての音」には、「音」についての、私たちの科学やそれにともなう意識からは理解しにくいことがらが述べられています。
 さいしょのあたりに、次のような表現があります。

 人は光や音をともなうさまざまなエネルギー場の複合体です。(中略)
 あなたの体という宇宙は、その全体が「歩く交響楽(シンフォニー)」なのです。これは単なる比喩ではなく、あなたは滝のようなエネルギーの流れと共鳴音を発している光の卵です。([2] p221)

 ここのところの「光の卵」という描写は、ドン・ファンらの呪術師たちが見ている、「光るエネルギーの繭」と対応しています。
 ほかにも貴重な情報が記されていますが、ここでも、泥沼化を避けるため、どんどん飛ばします。
 この章の後半に設けられた質疑応答のところで、質問者のヴァージニア・エッセンが「以前の地球上の文明における音の誤用について」質問したことに対して、ハトホルたちは、次のように答えています。

 アトランティスはフリーエネルギーに取り組んでいましたが、音はその重要な部分を占めていました。アトランティス人はものの見方が過剰に観念的になり、自分たちを生物的なルーツから切り離してしまったのです。(中略)それでアトランティス人は非常にアンバランスな状態になり、みずからを滅ぼしてしまいました。
 古代エジプトのファラオの時代にも音が誤用されたことがありました。
(中略)
 多くの文明において音は誤用され、戦闘の手段になりました。(中略)今の時代でも音は兵器になっているのです。([2] pp240-241)

 どうやら、「砂の惑星」の物語には、かなり多くのほんとうのことが、象徴的に、あるいは具体的に組みこまれているようです。
 そして、「音の兵器」は、私たちの惑星上で、すでに実現されているということです。その媒体は何でしょうか。空気や水のほかに、固体という可能性もあります。そのとき「音の振動」は「地面の中を伝わる縦波の弾性波」ということになります。いわゆる「地震波のP波」です。これらは十数年前の仕事における、私の専門分野の一つでした。私は、これらの情報(地震波のすべてのシークエンス)を使って、地中のイメージを再構成する研究を行っていて、ほぼ完成させていたのです。
 もちろん、それは兵器に結びつくようなものではありませんが、もう少し違う方向へと進めば、そのようなものとならないとは限りません。あぶない、危ない。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, March 29, 2016)

 参照資料

[1] 「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」、ジャーメイン&サーシャ(著)、リサ・ロイヤル・ホルト(チャネル)、鏡見沙椰(訳)、VOICE(刊)、2013
[2] 「ハトホルの書」トム・ケニオン&ヴァージニア・エッセン(著)、紫上はとる(訳)、株式会社ナチュラルスピリット(刊)2003

 

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