RaN279 地球人はどこにいるのか
(33)輪廻転生を信じた最後のキリスト教徒
Where is the earthian? (33)Last Christian believing Metempsychosis

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 RaN277 地球人はどこにいるのか(31)イアン・スティーヴンソン「前世を記憶する子供たち2」で「生まれ変わり」の事例のいくつかについて紹介しました。
 イアン・スティーヴンソン博士が前世の記憶を語る子供たちについて調査研究してきたことと関連するなら、前世では火星に住んでいたという、ロシアのボリスカ少年(もうそろそろ大人になっているころですが)へと進みたいところですが、そのことはもう、いくつかのリーフページとして紹介していますので、ここではとりあげないことにします。
 それに代わるものとして、「生まれ変わり」の事例としての「証拠」のようなものが、かなり強く示されているケースを取り上げることにします。
 これは「輪廻体験」[1] の「第3章 異端カタリ派 ――輪廻転生を信じた最後のキリスト教徒」とタイトルづけられている、ハーヴェイ・ヒューマン(Harvey Humann)による The Great Heresy として述べられたものを、片桐すみ子さんが訳されたものに基づきます。Heresyの意味は「異教」だそうですから、原題の直訳は「偉大な異教」となります。

 スミス夫人

 スミス夫人はイギリスの人です。1940年代の中ごろが娘時代だそうですから、1930年ごろに生まれたのでしょう。詳しい生年などは記されていません。(これが書かれた1980年代ごろ)現存している人なので、おそらくスミスという名も仮称だと思われます。たとえ本名だとしても、この名前は、日本でいう、鈴木、佐藤、高橋、田中のような、ランキング上位のものでしょうから、誰のことか限定することはできないでしょう。
 この「偉大な異教」の本文では、さいしょのところに「種明かし」のような解説がいくらか記されていて、理解の助けにはなるのですが、やはり、ミステリータッチで進めるとしたら、もう少し後のところの、次のような記述から始めるべきでしょう。

 彼女は1940年代半ばの娘時代に、夢や幻や前世の記憶をひとつひとつノートや紙切れ、その他古い答案用紙の裏にまで記録し、家の屋根裏部屋に保管していた。([1] p61)

 これに続くドラマのシーンは、結婚して数年たち、「11歳のころから」と具体的な記述もありますが、要するに、子供のころから何度も見る悪夢についての治療のため、「イギリスの温泉保養地バースのベテラン精神科医」の、アーサー・ガーダム博士(本名らしい)のもとへ訪れたところとなるでしょう。
 どうやら、この物語は、ガーダム博士が記した本「カタリ波と生まれ変わり」[2] に基づいてまとめられているようです。ハーヴェイ・ヒューマンの本文へと戻って要約を続けます。
 ガーダム博士によるさいしょの治療のセッションが終わると、スミス夫人の悪夢はぴたりと止んだそうですが、それから18ケ月が経過する間、スミス夫人は治ったことを認めようとしなかったのだそうです。
 そして、治療が続けられてゆき、18ケ月がたったとき、スミス夫人はガーダム博士が驚くようなことを語ります。
 のちにいつの時代のことかがつきとめられてゆくのですが、スミス夫人の「前世の記憶」に現われる、「友人であり恋人であったロジェそのもの」が、目の前いるガーダム博士だというのです。
 このあたりで画面にタイトルが重ねられ、物語がこれから始まってゆくという区切りとなれば、見ている人の心をぐっとひきつけることになるでしょう。

 私は魔女なのだ

 ガーダム博士の前世であった(らしい)ロジェは、キリスト教のひとつの宗派であるカタリ派であり、そのころ異端として迫害を受けていたため、「捕らえられ、拷問にかけられて死んだ」そうです。
 スミス夫人の前世名は見当たりませんが、あとのところで、この娘とロジェが恋におちてゆくところの物語が明らかになってゆきます。その中で「私たちはべつにみだらな関係ではありませんでした」という一文があります。「ほとんど何も話さずに何マイルも手をとりあって歩きつづけました」という表現に続くものです。完全なプラトニック・ラブの物語です。
 その娘は「ロジェの死後自殺を考えたが、カタリ派の修道院へ入った」とあります。それからページをいくらか戻り、「彼女自身が火あぶりで焼き殺される」ところの記述に戻りたいと思います。
 このあたりは、スミス夫人の前世での娘によるセリフのような表現で詳しく語られてゆきます。

 私のほかにも数人の人がいます。みな恐がっている様子はありません。私たちは裸足で通りをぬけて歩き、火をつけるばかりになった薪の山が用意されている広場へと向かいます。([1] p63)

 このあとのセリフでは、まわりで(キリスト教徒の)「お坊さん」が讃美歌を歌ったりお祈りをしていることについての描写と、その娘の心の内が語られてゆきます。

 ありがたくもないことです。よくも図々しくお祈りなど…([1] p63)

 主流派のキリスト教徒たちは、異端の人々を「火あぶり」の刑へと送っておきながら、その魂を救おうと祈っているわけです。なんという喜劇なのでしょうか。もちろん、誰も笑うことにはならないと思われますが。
 このあと、その娘は「苦しくて気も狂わんばかりでした」と、心のなかで呟いたあと、次のように続けます。

 私はとつぜん死ぬのがうれしい気がしました。([1] p63)

 さらに独白は続き、「焼き殺されるとき」の細かな描写へと移ってゆきます。
 そして、彼女は不思議な状態についての説明を表します。
 なんと、炎が冷たくなってゆき、「焼き殺されるのではなく凍え死ぬような」気がしたのだそうです。
 ここのところは見逃すべきではありません。カルロス・カスタネダがまとめた呪術師の説明を想定するとしたら、このような命が失われるという、危機的な状況のもとで、彼女の光の繭(か卵)にある「集合点」が、自然に、あるいは精霊の意図のもとで、わたしたちが親しんでいる現実世界の「普通の位置」から、まったく別の位置へと動いた、のだと考えられます。
 そのあとの記述がとても印象的です。

 冷えて感覚がなくなった私は、突然笑いだしました。私を焼き殺せると思っている奴らをあざ笑ってやりました。([1] p64)

 さらに、このように続きます。

 私は魔女なのだ。魔法で火を氷に変えてやったのだ。([1] p64)

 カタリ派

 カタリ派というのは「12世紀南フランスのラングドック地方に出現した」キリスト教の一宗派だそうです。「悔い改めない罪人は永遠に地獄に閉じ込められる」と説く、キリスト教の主流の教義に対して、カタリ派が説いた「輪廻思想」は、これとは別の可能性を示すものとして「急激に台頭した」と考えられているようです。
 「カタリ派はふたつの創造神が存在すると信じていた」のだそうですが、そのひとつは「不可視の霊的領域を創造した」「善なる神」で、いまひとつは「物質界を創造した神」としてのルシファーです。このルシファーは「天から追放される前」は「光の天使」でしたが、追放後は「サタン」と呼ばれるようになったそうです。ルドルフ・シュタイナーの著作の中には、このルシファーのことがたびたび現われます。なるほど、私たち地球人が親しんでいる、この物質で満たされた物理次元の世界というものは、「神の階層」のかなり上のほうにいたルシファーという名の意識体によって生み出されたということなのですね。
 スタニスワフ・レムは「新しい宇宙創造論」で、この物理世界を「機械」として生み出した、「最初の世代」の星で進化した知性体のことに触れていますが、星で進化したかどうかはよく分かりませんが、わたしたちが観測している「物理世界」を生み出した知性体の、ひとつの候補として、このルシファーが挙げられることになります。
 カタリ派の教義は、同じキリスト教の、グノーシス派やエッセネ派のものと近いらしく、いずれも(詳しく調べたわけではないので、よく分かりませんが)、キリスト教における原初の理解へと戻ろうとするもののようです。
 グノーシスという言葉は「神を直接体験すること」を意味しているのだそうですが、「神」という言葉を使うのではなく、「意志」や「抽象」という言葉で表しているものの、それに関しての「直接的な体験」を指導しようとしているのが、ドン・ファンらの呪術師の世界での、ナワールたちです。
 カタリ派では「手をあてて治療する」こともやっていたようで、このとき「霊的なエネルギー」が伝えられるということです。これも、呪術師たちの認識とよく対応しています。
 また、カタリ派の(男女の)司祭は「心霊的な能力や治癒能力があるという理由で選ばれた」ということから、「奇妙な邪教」として、あるいは「魔法や妖術やオカルト」にまつわるものとして、告発されたということです。
 このような事情は、アメリカ・インディアンの呪術師たちの世界では、告発なぞ、ありえなかったことと考えられます。「心霊的な能力や治癒能力がある」ということは、素晴らしいことであり、尊敬に値するものであったはずです。
 ところが、キリスト教では、これらの、本来の教えそのものが、人間がもっている、さまざまな弱点によって、どんどんと変化させられていったのでしょう。

 ローマ法王による大殺戮

 この一言だけで、これはブラックユーモアなのかと、疑ってしまいます。
 まるでチャップリンが描いた「殺人狂時代」の、パロディ版であるかのような物語が、ほんとうのこととして存在しており、しかも、このことが永い間かくされてきたというのです。

 1209年、ローマ法王インノケンティウス三世は、カトリックの総本山ヴァティカンがこれに烙印を押したという理由によって、「大いなる異端」または「南部のライ病」撲滅のための大虐殺運動を組織した。情け容赦ない虐殺や、火あぶり、拷問、大量火刑により、異端審問官たちは1209年から1244年までに約百万人の人々を殺害し、今世紀のナチスの大虐殺以前における、近代ヨーロッパの宗教迫害史上類をみない大惨劇が行われたのである。([1] p66)

 ここから700年の間「フランスの宗教審問の真相は巧妙に教会の手で抑えられてきた」のだそうです。1244年にはカタリ派の司祭たちが(具体的な描写は控えますが)根絶されたということです。
 まったく、宗教的な世界の人々が、もっとも、すべきことではないことが、このように行われ、それらが隠されてきたというのですから、これがブラックユーモアでなくて、いったい何だというのでしょうか。

 カタリ派の司祭の青い衣

 スミス夫人の協力のもと、ガーダム博士は彼女のノートを調べ、その中に記されている、絶滅したカタリ派の「化石」の意味を明らかにしようとしていました。その中で、ガーダム博士は「注意をひく記録」をみつけました。
 スミス夫人の前世についての記憶ノートの中に「カタリ派の司祭が青い衣をまとっていた」と記されていたのです。
 キリスト教徒の司祭の服は、伝統的に「黒」となっています。ガーダム博士は「青」というのは、何かの間違いではないかと、疑いをこめて、スミス夫人に問い直しました。ところが、スミス夫人は「青い衣の記憶は忘れようもないほどはっきり残っています」と主張します。
 時間的な経過をきちんと確認しておく必要があるのですが、スミス夫人がこれらの記憶ノートを記したのは1940年代のことです。ガーダム博士は、それらのノートの中から「青い衣」の記述を見つけたのです。この1940年代から「20年あまりたった1965年」に、フランスの学者ジャン・デュヴェルノワが、「古文書の1ページ」に「青い衣のカタリ波の司祭」について言及したところが10箇所もあることを発見したということです。
 ガーダム博士の疑いは取り消され、逆に、スミス夫人の記憶ノートがほんとうの歴史についての証言だと確信することとなり、これらに関わる史跡の確認へと進んだそうです。
 詳しい物語についてなぞることは避けますが、このようにして研究が進み、この「青い衣」と同じような、かなり強い「状況証拠」となることがらが数多く見つかってきました。それらは「生まれ変わりを確認できる証拠」として、◇をマークに使ってリストアップされています。
 これもすべてを引用するのはひかえますが、次のような内容です。

 ◇ ロジェが「本を入れた袋のついた腰巻」をしていたと語られるが、カタリ派の司祭はヨハネの福音書を「袋」に入れてたずさえていた。
 ◇ ロジェが歌って聞かせたという六つのフランス語の詩が記録されている。これらは文芸評論家の手で、有名な十三世紀の吟遊詩人の歌であることが確認されている。
([1] p70)

 (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 1, 2016)

 参照資料

[1] 「輪廻体験」過去世を見た人々の証言、片桐すみ子(編訳)、著者は章ごとに異なり多数、ちなみに、ここで取り上げる第3章はハーヴェイ・ヒューマン(Harvey Humann)によるもの、人文書院(刊)1991
[2] 「カタリ波と生まれ変わり」邦題「霊の生れ変わり」、田中清太郎(訳)、祐学社(刊)1970

 

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