RaN280 地球人はどこにいるのか
(34)沈黙の惑星/火星の死と 地球の明日
Where is the earthian? (34)DEAD MARS, DYING EARTH

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ジョン・E・ブランデンバーグとモニカ・R・パクソンによる「沈黙の惑星」(DEAD MARS, DYING EARTH)[1] について、少しふれておこうと思います。

 マリーナ9号とバイキングA

 この本の「第2章 大気を失った惑星」の記述は1976年のバイキングAについての物語から始まります。それについてのいくらかの説明があったのち、1971年に初めて他の惑星の軌道に乗ったマリーナ9号の物語へと戻ります。
 このような構成で火星の現在の様子が説明され、再びバイキングAの詳しい描写へと進みます。
 バイキングAは2つの着陸艇VL-1とVL-2を火星の表面におろし、火星に生命が存在するかどうかを調べる、熱分解放出実験、ラベル放出実験、ガス交換実験を行ったそうです。その結果に対するNASAの見解がどのようにゆがめられたのかということが記されています。

 会見室では、再び生物探査実験の結果が注目されはじめ、緊張した空気に包まれていた。三つの実験のうち二つで生物反応が見られたのだ。([1] p54)

 ところが、これらの二つの生物反応という実験結果は、たくみに解釈しなおされて、けっきょくは「生命は存在しない」ということになったのだと説明されています。

 火星の「顔」

 第3章 火星の「顔」のところも、奇妙な、何の関連もないような物語から始まります。
 顕微鏡を使って病原体としての細菌のことを調べた、ロベルト・コッホの、その夫人である、エミー・アドルフィーネ・ヨセフィーネ・コッホが、夫の28回目の誕生日の贈り物として、ハートナック顕微鏡を船便で取り寄せたというエピソードです。
 それからロベルト・コッホの物語へと展開し、コッホが研究室にではなく「廊下を行ったり来たりしていた」ことに疑問を覚えた、この研究室に資金を提供している皇帝から派遣されている会計監査員が、その人物が誰で何をしているのかを、忙しそうに働いている職員にたずねました。その答えというのは次のようなことでした。

 「コッホ先生です。先生いま、重要な仕事に取り組んでいるところです。考えているのです。」([1] p64)

 このエピソードから「考えること」というキーワードを「鎖」にして、火星の「顔」の物語へと進むわけですが、このような展開の中に、どのような比喩が仕組まれているのか、私にはよく分かりませんでした。
 このあと、もう少し、エピソード的に「うろうろして」、火星の「顔」についての物語へと進んでゆきますが、ここで述べられていることのいったい何が問題点として以後の展開へとつながってゆくのかも、よく分かりません。

 テラフォーミング

 第4章のタイトルは「テラフォーミング」です。この言葉にある「テラ」とは「地球」のことで、「フォーミング」のほうは「形作る」でしょうか。つまり、火星を地球化することについて、この言葉が使われているのです。
 これは、あるていど、技術的に可能なことかもしれませんが、おそろしく時間がかかることです。
 でも、問題となるのは、なぜこのようなことを考えるのかというと、地球が核戦争で住めない状態になったときに、火星に移住しようという選択肢のためだそうです。
 そんなことを考える前に、核戦争が起こらないようにすべきですし、それが回避されても、まだ問題となる、地球の変化にどのように対処してゆくかということのほうが、もっともっと重要なことです。

 大胆な仮説

 これは第5章です。
 この章の前半では「ディスタンシング」について語られます。日本語で意訳するとしたら「意識的な無関心」でしょうか。
 後半でようやく著者の物語へと進んでゆきますが、どうやら、この章でのテーマは「火星に海があったとする仮説」へとたどるプロセスにあるようです。
 このようなテーマへとたどりつくために、どうして、このように、迷路のような遠回りをするのかと、感じてしまいます。

 仮想非現実

 これは第6章ですが、ここのところの構成も、奇妙な組み合わせであり、しかも、それらのつながりぐあいが、よく分からないというものです。
 まず「シュレディンガーの猫」についてのエピソード、著者が会議に参加して、カール・セイガンの講演を聞き、その後少し語り合ったこと、月面探査で核融合反応につながるヘリウム3のガスが観測された物語でひとまず区切られ、後半はソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故の物語へと進んでゆき、最後は、1986年に著者も参加して行われた、全面核戦争のシミュレーション戦争ゲームとなってゆきます。

 証拠物件第一号

 この第7章のところに、興味深い知識が、ようやく示されます。
 その一つ目は、EETA79001隕石です。この隕石が火星から飛来したものだということが認められたのです。さらに、このような、火星から飛来した隕石が次々と確認され、それらを調べることにより「火星に有機物がある」ということが明らかになりました。
 火星からのものとは限らない、一般の隕石におけるものの中に、微小な化石も見つかっています。ここでわずかに、第3章で語られた「ロベルト・コッホ」のことが組み込まれています。さほど本質的なことではないのですが、ようやく、「火星と地球のタペストリー」が編みこまれてきたようです。
 もう一つの重要な知識は、地球の二酸化炭素の濃度が、毎年平均で1.5ppmずつ上昇していることに対して、「酸素はもっと速く、毎年3.8ppmずつ減少している」ということです。
 これらの知識のあと、1986年、西アフリカのカメルーンにあるモノウン湖から大量の二酸化炭素が放出され、湖岸の小さな村にいた人々を窒息死させた事件へと、なぜなのかよく分かりませんが、つながってゆきます。
 地球の海に溶け込んでいる二酸化炭素が、何らかのはずみで、一気に放出されたら、というところへとつなげたいのかもしれません。
 でも、ここで最も注目すべきところは、二酸化炭素のことに隠れて、これまで詳しく調べられてこなかった、酸素濃度の低下という問題だと思えます。ごちゃごちゃと他のエピソードを混ぜてゆくのではなく、このことだけで、一冊の本にまとめればよいのに、と思ってしまいます。
 ここまできたら、最後の章まで、かんたんな要約を続けてゆこうと思います。

 第8章 地球号タイタニック

 この8章で語られるエピソードは、よくつながって、まとめられてゆきます。
 映画にもなった、有名なタイタニック号が氷山にぶつかり、沈没しそうになって「何度も遭難信号弾を打ち上げたとき」、そこから10マイル離れた地点にカリフォルニア号という船舶がいたが、その船の船員らは「その信号を無視した」のだそうです。翌日になってから、その地点へと到着したとき、すべき仕事は「遺体の捜索だけだった」と記されています。
 このエピソードでカリフォルニア号の船員たちが責められているのではなく、二酸化炭素が大気中に増え続けることによる温暖化で、地球がまるでタイタニック号のように「沈没」しかかっているのに、私たち地球人はカリフォルニア号の船員のように、危機的な状況を想像する力に欠け、行動すべきことをちゅうちょしていると、著者は主張しています。
 これによく似た、地球における数々の問題(DDTやPCBの残留性汚染物質、牛へのホルモン投与などなと)についても、私たちはぐずぐずするばかりだと指摘します。

 第9章 失われたシンク

 ここもばらばらで、テーマの流れが容易につかめません。
 まず、恐竜が絶滅した白亜紀末期の地層から高濃度のイリジウムが発見されたことが取り上げられます。これは隕石の衝突によるもので、そのときの隕石が衝突した地点として、ユカタン半島沖合の浅瀬にあるチチュルブクレーターが確認されています。
 しかし、この惑星で起こった五回の大量絶滅のうち、隕石の衝突で起きたのは二回だけで、ペルム期末期のものは、海の底から放出された大量の二酸化炭素かもしれないということです。ここで1980年代のカメルーン事件のことが振り返られます。
 このように、海の水は、過剰な二酸化炭素を閉じ込めておく「シンク」の役目をするそうです。このような役目をする能力が高いのは、周囲からの淡水が大量にある北大西洋なのですが、これがどのようになっているのか、あまりよくわかるようには説明されていません。
 このあと、突然エピソードは、木星に衝突した、シューメーカー・レヴィ第9彗星へと移ります。それから、どうころんでゆくのかと読み進めてゆくと、いつしか地球社会における環境問題へと変わります。そして、「環境」と「経済」が強くむすびついているというところへ議論が展開します。
 最後に、宇宙探査としてのクレメンタイン計画が現われます。このとき並行して行われていたのは火星に向かって飛び立ったマーズ・オブザーバー(MO)です。月のクレメンタイン計画とマーズ・オブザーバー(MO)は、いずれも1993年のことだそうです。
 ところが、MOが火星の軌道へ乗るためのロケット点火のショックから守るために、MOの発信機が切られたというのですが、それは回復せず、それきりになってしまったのだそうです。
 ここで著者の名前がドラマの一部として現われます。「ブランデンバーグさん」と呼ばれたあと、消息を絶ったMOと同じものが作られ、再度火星へと向かうことが決まり、著者がそのチームの一員となったのです。
 著者が加わっていた月へのクレメンタイン計画の顛末も語られます。良いことと悪いことの「盛り合わせ」のサラダのように。

 第10章 死せる火星

 このあたりになって、著者の実体験が物語の核となって、ようやく分かりやすい展開となります。共著者のモニカも、ここの物語で現われます。
 読み進めてゆくにつれ、この本は、ここだけでよかったかもしれない、あるいは、これを最初に持ってきて、読者の関心をつかみ、そこから、個々のテーマへと展開してゆくべきだった、と私は感じました。
 ここのところを要約するということは、この本の主要なストーリーを明らかにするということになります。これはひかえておきます。
 後半は「火星の顔」についての細かな物語です。これについてのストーリー展開についても、ここではふれないことにします。 

 第11章 死にゆく地球

 ここも力強く物語が展開してゆきます。ここのところは、最初ではなく、最後に位置づけられるものと考えられます。あるいは、第10章から、この第11章を経由して、結論としての提示となる、次の第12章へと向かえば、ページ数は少なくなって、厚みの薄い本となってしまうかもしれませんが、そのほうがより多くの人に読まれたとも思えてきます。

 第12章 地球庭園再生計画

 このタイトルと同じ節が、最後にまとめられています。9項目の提案です。それぞれについて、いくらかの解説が添えられています。ここでは、それらの提案となるものだけを引用しておきます。

1 核融合開発を推進する
2 実用的な電気自動車を開発し世界中の電車を活性化する
3 雨林の保有国に酸素供給費を支払う
4 ソーラーエネルギーを開発する
5 有人・無人の宇宙開発計画に資金を拠出する
6 京都議定書を批准する
7 自然に親しみ石油や電力に依存しないライフスタイルを実践する
8 環境問題をトリアージュ(優先順位づけ)する
9 ピースコープ(アメリカ政府が開発途上国に派遣するボランティア)を四倍にして温暖化防止のための全世界プロジェクトを任に加える
([1] pp317-323)

 あとがき

 ここまで読んでようやく、この本が目指しているものは素晴らしい、と思えるようになりました。しかし、ここまで読み進めるようになる人が、どれだけいるのかを考えると、大きな疑問がのこります。
 私の提案は、この本の第10章から最後まで読み、それまでのところは、参照すべきものとして、関心が生まれたとときに、あらためてゆっくり読み進めるというものです。もちろん、すべてに目を通す必要はありません。
 きょくたんなところ、第12章だけでも良いように思えます。
 もちろん、ゆっくり初めから最後まで読み進めようと、強い意志を持っている人や、おそろしく記憶力がよくて、物語の展開を鳥瞰的に掌握できる人については、私は何も言うことがありません。どうぞ、ご自由に。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 2, 2016)

 参照資料

[1] 「沈黙の惑星」火星の死と 地球の明日, DEAD MARS, DYING EARTH、ジョン・E・ブランデンバーグ&モニカ・R・パクソン(著)、藤倉 良(訳)、ダイアモンド社(刊)2002

 

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