RaN282 地球人はどこにいるのか(36)タオ 老子「道徳経」第一章
Where is the earthian? (36)TAO Lao Tzu, "Tao Te Ching" First Chapter

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 土の図書館で資料を探していたとき、ふと、加島祥造の「タオ 老子」[4] を手に取りました。
 これだったのか、と思いました。おそらくテレビで見た人なのだろう。大学教授の職を(定年で)辞して、山奥の古い家を住みかとして、きれいな水を求めて村を散歩し、その水で茶をたてて飲み、老子の訳文に取り組む。その出版の約束はとりつけてあるという。
 ウィキペディアによれば、「2000年、筑摩書房より老子81章の完全訳自由詩『タオ−老子』を出版、ロングセラーとなる」とのことです。
 「タオ(TAO)」という言葉は、いろいろな意味がからまってしまった「神」の代わりに、「一なるもの」とも表現されるものについて、あるいは、ドン・ファンら呪術師たちが「意志」や「抽象」と呼んでいるものについて、覚えやすく識別しやすい言葉として、(わたしたちの世界とは異なるところにいるため)姿を見せない存在たちが使っています。
 ここに「謎解きの手がかり」となる情報が記されているかもしません。
 さっそく、近くにある山の図書館へ行き、「老子」についての資料を探しました。それらに少し目を通しましたが、まるで、高校生の古文の授業の「漢文」での、模範解答のようなものに見えました。
 そこでふと、ラジニーシ和尚が「老子」について説法したときの、記録本があったのではないかと思い出し、ウェブで調べ、中古本でも比較的安く手に入れられそうでしたが、森の図書館に4巻すべてが書庫に保存されていることを確認して、さっそく、車を飛ばし、借りていた7冊を返却し、新たに、これら4冊と、「シュタイナー ルシファー」で検索した本など、あわせて9冊を借り出しました。

 老子「道徳経」第一章

 老子が記したものは「道徳経」が残っています。このタイトルは誤解を招きます。老子は何も「道徳」についての経典を残したのではないように思われます。老子はドン・ファらの呪術師たちと同じように、私たちが気づけず知らないでいることを、何らかの意味で見ることができたのではないでしょうか。
 老子の「道徳経」そのものは、本にすれば、とても薄い厚みのものとなり、ほとんどパンフレットのようなものです。この本が記された理由を、ラジニーシ和尚(そのころはまだバグワン・シュリ・ラジニーシ)が「TAO 永遠の大河」 [1] の中で述べています。
 老子が90歳のときのことでした。これからヒマラヤへ行って死の準備をする、と老子は弟子たちに述べて旅立ち、ひとりで国境を越えようとしたとき、国境の番人が彼を監禁したのだそうです。その番人も、実は老子の弟子のひとりでしたが、老子が一冊本を書かないかぎり、国境をまたがせない、と強く言い張ったのでした。それくらいは「人類のためになすべきです」と。
 老子は3日かけて、この本「道徳経(TAO TE CHING)」を書いたということです。
 小川環樹による「世界の名著 老子 荘子」[2] によれば、このときの番人の名は「尹喜(いんき)」といい、そこでのセリフは「あなたはこれから隠者になられるのでしょう。むりとは思いますが、私のために書物を書いてください」([2] p11)だったとされています。しかし、これでは動機づけが不十分です。やはり、ほんとうのところは、ラジニーシ和尚が述べた物語のほうに近かったのではないでしょうか。
 「老子ははじめて上下二篇の書を著し」([2] p11)とありますが、これが「道」と「徳」についての二篇の書なのだそうです。「道」と「徳」とはまとめて「道徳」とすべきものではないようです。
 老子がこれらの書を記したあとのことが、かんたんに述べられます。
 「そして立ち去り、どこで死んだか知るものはない」と。([2] p11)
 その「道」の篇の第一章とされているものを、このリーフページで取り上げることにします。本来なら縦書きとすべきですが、漢文のレ点を略し、(英語によく似た構文である)中国語として横書きで記します。

 道可道、非常道、名可名、非常名、無名、天地之始、有名、
万物之母、故常無欲、以観其妙、常有欲、以観其徼、此両者、
同出而異名、同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門、


 言葉についての補足(小川環樹による)
道(形而上学における究極の存在、TAO)
道(語る、述べる)
妙(隠された本質)
徼(きょう、その結果)
玄(見えにくいもの、神秘)

 「道可道」のところの「道」は、頭にある「道」は名詞で、最後の「道」は動詞なので、同じようにとらえてはいけないそうです。このフレーズを思いついたときの老子は、いったいどのような顔をしたことでしょう。また、この一文を視覚的に見ると、「無名」と「有名」が、ごく近いところで使われています。また「玄」という言葉が、3つ並ぶように現われています。
 そのころの中国の人はすべてそうだったのかもしれませんが、ここのところを眺めるだけで、老子はまさに「詩人」だったのだなあと思いいります。

 TAO 永遠の大河 [1] による訳

 道(TAO)の語られ得るものは、絶対の道ではない([1] p16)
(以下については無い。巻末に全訳文があるが、漢文を読み下した訳である)
 残念でした。
 「TAO 永遠の大河」の「第1話 老子 存在へのマスターキー」では、上篇第一章から「道可道、非常道、」だけが取り出され、上篇第二章の「天下皆知美之為美、斯悪巳、」から「功成而弗居、夫唯弗居、是似不去、」と合わせて、初期のラジニーシ本ではおなじみの、短いフレーズを横書きで上下に並べてゆくというスタイルで、法話の記録として語られています。
 この「第一話」のはじめのあたりは、落語の「まくら」のようなものとして、老子からは、まったく離れたことがらが述べられてゆくので、私は、また始まった、と思いながら読んでゆきましたが、やがてその「まくら」は見事に老子へと収束したのです。
 「まくら」は、はじめ、マハヴィーラについて、そして、モーゼ、マホメッド、クリシュナ、イエス・キリスト、ツァラトゥストラ、仏陀、と続いてゆき、それぞれについての、ラジニーシ和尚と彼らについての関係にふれたあと、これらの誰とも、老子は違うというのです。正確には、ラジニーシ和尚と老子との関係が違うという意味です。
 ながながといろいろな説明が加えられますが、結論を一言でまとめるとしたら、「ラジニーシ和尚の前世が老子だった」ということです。もちろん前世は数多くありますから、その一つの前世が老子だった。
 だからこそ、老子が国境を越えようとしたときに、監禁されて、死ぬ前に何らかの書物を残さなければ、ここは通さないと、国境の番人にされたこと、その番人が実は老子の弟子のひとりであったことなど、歴史として残っていないことまで分かるのかもしません。もちろん、これらはラジニーシ和尚による創作だという可能性もあります。ほんとうのことは、私には分かりません。

 小川環樹による訳

 (「世界の名著 老子 荘子」[2]、および「中公文庫 老子」[3]より)
 ラジニーシ和尚なら、きっと、ほんとうのことに迫る解釈を述べているに違いない、と思い込んでいた私は、少し肩すかしをくらった感じで、その「第1話」を読み終えました。
 「TAO 永遠の大河」は全4巻で、その1巻目には10話まで含められています。第2巻と第3巻が10話ずつで、第4巻は9話となっています。つまり、全39話の1話だけしか読んでいません。あとのところについては、また何かピンとくるものが見つかったときにとりあげるとして、このリーフページでは、「道可道、」から「衆妙之門、」までの、上篇第一章について考えてゆこうと思います。
 ほかにもいくらかありましたが、「老子」の研究者として(おそらく有名な)小川環樹による訳を、次に示します。

 「道」が語りうるものであれば、それは不変の「道」ではない。「名」が名づけうるものであれば、それは不変の「名」ではない。天と地が出現したのは「無名」(名づけえないもの)からであった。「有名」(名づけえるもの)は、万物の(それぞれを育てる)母にすぎない。まことに「永久に欲望から解放されているもののみが『妙』(隠された本質)をみることができ、決して欲望から解放されないものは、『徼』(その結果)だけしかみることができない」のだ。この二つは同じもの(鋳型)から出てくるが、それにもかかわらず名を異にする。この同じものを、(われわれは)「玄」(神秘)とよぶ。(いやむしろ)「玄」よりもいっそう見えにくいもの(というべきであろう。それは)、あらゆる「妙」が出てくる門である。([2] p69)

 漢文の前に、その書き下し文がありましたが、それらのあとにあった、この解釈文のようなものを記すことにしました。
 研究者による解釈文であるということの特徴が現われています。たとえば、原文の単語を抜き出して組み込んでいるところです。「道」「名」「無名」「有名」『妙』『徼』「玄」などです。これらの内容や限定された意味についても、( )にくるんで添えています。これらは、ここに記されたことの、ほんとうの姿を、ただちに見ることはできないけれど、それについての断片的な手がかりとして、このような「化石」が見つかっているという立場のように見受けられます。
 できれば、このような分析文ではなく、自信があろうとなかろうと、ほんとうの姿を仮にイメージしたとしての、もうすこし文学的な描写のものを読みたいと思うわけです。
 そのようなものが、加島祥造によって、はじめて生み出されたと、ウィキペディアに記されていました。

 加島祥造による訳詩

 (「タオ 老子」[4]より)  土の図書館で見つけた、加島祥造の「タオ 老子」では、上篇第一章の現代的な訳が、次の詩(もともとから老子の「道」と「徳」は詩だったのです)として記されています。これも全文引用しますが、この本には81もの翻訳詩が記されていますので、その1/81にすぎません。ご了承を。

 道(タオ)――名の無い領域

これが道(タオ)だと口で言ったからって
それは本当の道(タオ)じゃないんだ。
これがタオだと名づけたって
それは本物の道(タオ)じゃないんだ。
なぜってそれを道(タオ)と言ったり
名づけたりするずうっと以前から
名の無い道(タオ)の領域が
はるかに広がっていたんだ。

まずはじめに
名の無い領域があった。
その名の無い領域から
天と地が生まれ、
天と地のあいだから
数知れぬ名前が生まれた。
だから天と地は
名の有るすべてのものの「母」と言える。

ところで
名の有るものには欲がくっつく、そして
欲がくっつけば、ものの表面しか見えない。
無欲になって、はじめて
真のリアリティが見えてくる。

名の有る領域と
名の無い領域は、同じ源から出ている、
名が有ると無いの違いがあるだけなんだ。

名の有る領域の向こうに
名の無い領域が、闇に似て
暗くはるかに広がっている。
その向こうにも、はるかに広がっている。その向こうにも…
入口には
衆妙の門が立っている、
森羅万象あらゆるもののくぐる門だ。
この神秘の門をくぐるとき、ひとは
ほんもののLife Forceにつながるのだ。([4] pp4-6)

 考察(黒月樹人)

 こんな見事な訳詩の前で、私のようなものが、似たようなものをつくるとしても、これを上回るのはむつかしいことです。
 あるいは、この内容についての解説をしようにも、前世が老子であったという、バグワン・シュリ・ラジニーシには とてもかないません。
 そこで私は、ここまでの私のリーフページの中で数多くふれてきた、ドン・ファンらの呪術師たちが、これに対応することを、どのようにとらえてきたのかということを、ここでまとめようと思います。
 これなら、これまで誰もしてこなかったことでしょうから、ユニークなものとなります。

 ドン・ファン「知覚の社会的部分を取り除くことによって、すべての本質が知覚できる。何であれ、わしらが知覚しているのはエネルギーだ。だが、わしらはエネルギーを直接知覚することができないから、知覚を鋳型にはめるという過程をとる。この鋳型が知覚の社会的部分だ。それを取り除かなければならない」(「夢見の技法」p16)
 ドン・ファン「わしがいっているのは、世界はまずエネルギーであり、そして物質であるということだ。この前提から始めなければエネルギーを直接知覚することはできない。」(「夢見の技法」p17)
 ドン・ファン「世界はタマネギみたいなもので、皮がいく層にもなっているんだ。わしらが知っている世界は、その皮のひとつにすぎない。わしらは境界を越えて別の皮へ入っていく。それが別の世界だ。この世界とそっくりだが、同じじゃない。おまえは、独力でその世界へ入ったのだよ」(「夢見の技法」p208)
 ドン・ファン「呪術者の見方では、宇宙はいくつもの層からなっている。エネルギー体はそれを超えて行くことができるんだ。」(「夢見の技法」p208)

 「沈黙の力」序文 の思考言語ノート
 [6] 世界には目に見える以上のものがある
 [9] この宇宙には測り知れない、言語に絶するひとつの力が存在しており、呪術師たちはそれを意志と呼ぶ
 [18] 意識の統御
 ◇ 教えの要石
 ◇ 基本的な前提条件
 (1) 宇宙 ◇ 無限の集積(エネルギー・フィールド, <似る>光の糸)
 (2) 巨大な源◇イーグル(比喩) 放射>> エネルギー・フィールド◇イーグルの放射物

 精霊のノック「抽象」
 人類は今、抽象から遠ざかってしまった。(*E1 p60)
 一度は、ひじょうに近いところまで行ったことがある。(*E2 p60)
 そのあと何かが起こり、わしらを抽象からひきはなしてしまった。(*E3 p60)

 知と言語は、たがいに分離しているんだ。(*D9 p61)
 精霊について語る方法はない。(中略)精霊は体験するよりほかないんだ。(*D10 p61)
 精霊は、多くの点で野生の動物のようなものだ。(中略)あるとき、何かによって前方に誘いだされ、みずからの姿を現すのだ。(*D11 p61)
 呪術師にとって精霊がひとつの抽象なのは、呪術師がことばや考えなしに精霊を知っているからだ。(*D12 p62)
 呪術師は抽象と出会うとき、それについて考えたり、それを見たりさわったり、その存在を感じたりはしないんだ。(*D13 p63)

 精霊のトリック「精霊とつながる環の掃除」
 第三の抽象の核 ◇ 精霊のトリック ◇ 抽象のトリック ◇ 自分への忍び寄り ◇ 環の掃除 ;

 精霊のノック「ナワール・フリアンの最後の誘惑」
 精霊の視点に立っていえば、呪術の仕事は私たちと精霊をつなぐ環をきいにすることだ。そのとき意志が私たちの前に提示する建築物は、情報センターとなる。そのなかで私たちは、自分の環をきれいにするための手続よりもむしろ、その手続きを生じさせる沈黙の知そのものを見つけることとなる。(*D6 p72, 一部編集)

 ちょうどうまく対応している部分を探そうとしましたが、これはなかなかにむつかしいことだと知りました。
 そこで、加島祥造による訳詩をベースとして、ここで表されてようとしているものを、さらに、ドン・ファンら呪術師の「言葉」によって意訳することにします。

 ドン・ファンら呪術師の「言葉」による訳詩(編集による想定)


 抽象とエネルギー

呪術師たちは言葉で捕らえられないものがあることを知っている
だが、何も言葉がないと、それについて考えることもできないから
呪術師たちは、それを「意志」とか「抽象」と呼ぶ
呪術師たちは、それをエネルギーの広がりと見る
無限に広がる光の糸のようなものだ

世界はまずエネルギーであり、そして物質である
この前提から始めなければエネルギーを直接知覚することはできない

抽象と結びつく環をきれいにすることによって
わしらは抽象に近づくことができる

知と言語は、たがいに分離している
呪術師は抽象と出会うとき、それについて考えたり、それを見たりさわったり、その存在を感じたりはしない

世界はタマネギみたいなもので、皮がいく層にもなっている
わしらが知っている世界は、その皮のひとつにすぎない
わしらは境界を越えて別の皮へ入っていく

 (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 4, 2016)

 参照資料

[1] 「TAO 永遠の大河 バグワン・シュリ・ラジニーシ 老子を語る」Bhagwan Shree Rajneesb TAO : THE THREE TREASURES、バグワン・シュリ・ラジニーシ(著)、めるくまーる社(刊)、1979
[2] 「世界の名著 老子 荘子」(老子)小川 環樹(著)、(荘子)森 三樹三郎(著)、中央公論社(刊)1978
[3] 「中公文庫 老子」小川 環樹(著)、中央公論社(刊)昭和48年(1973)
[4] 「タオ 老子」加島祥造(著)、筑紫書房(刊)2000

 

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