RaN285 地球人はどこにいるのか
(39)「無限の本質」大気中の震え「無限の意図」
Where is the earthian?
(39)“THE ACTIVE SIDE OF INFINITY”
Trembling in the air ” INTENTION OF INFINITE”

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 カルロス・カスタネダ「無限の本質」[1] の「第一章 大気中の震え」にある「無限の意図」についての意味を考えたいと思います。
 このリーフページのタイトルのところで「大気中の震え」をTrembling in the airとしましたが、原著で確認していません。「無限の意図」のINTENTION OF INFINITEも、どうなのでしょう。

 無限の意図

 ここの物語は、カルロス・カスタネダが、アリゾナ州ノガレスのグレイハウンド・バス発着所でドン・ファンから「家を探して訪ねてくるように」と言われたものの、住所などの情報は何もなく、分かっているのは「ファン・マトゥス」という名前だけだったところから、ドン・ファンのところまでたどり着くことになったときの、中継をしてくれた二人の人間(インディアン)、「ホルヘ・カンポス」と「ルーカス・コロナド」との間に起こったことを、細かいところまで漏れなく思い出すようにと、ドン・ファンから指示されたという記述から始まります。
 なるほど、とても細かなところまで語られてゆきます。仮に自分自身の何かの物語を思い出して語るとしたら、こんなに細かく何もかも思い出すのは、まず無理だと思えます。そのような物語を、ごくごくわずかな表現でまとめてしまうのが心苦しいのですが、なんとかまとめてみます。

 ホルヘ・カンポス

 まるでテレビ番組の「探偵ナイトスクープ」のように、わずかな手がかりをたどって探偵が目的となるものを探してゆく過程のように、カスタネダ探偵の調査の物語が振り返られます。
 ビカムという鉄道駅の町で、グアイマス市のカスタネダが宿泊したホテルのすぐ近くにある、レストランのオーナーのレイズ氏と親しくなったカスタネダは、彼から「ホルヘ・カンポス」を紹介されます。「純粋のヤキ・インディアンで実業家」という説明があります。
 ホルヘ・カンポスとカルロス・カスタネダのやり取りは、なかなかテレビ的です。詐欺師と、それから情報を引き出そうとしている探偵の構図で、ホルヘ・カンポスがこいつはいいカモになるかもしれないと探りをいれてきたのを、カルロス・カスタネダが何度も嘘で切り抜けて信用させるわけです。
 しかし、いくらかのお金や腕時計をホルヘ・カンポスへ手渡したカスタネダが得た情報は、ドン・ファンの居所ではなく、そこへとつながる「はしご」の一段目となる「下級シャーマン」の「ルーカス・コロナド」でした。
 カスタネダとカンポスとがルーカス・コロナドのところへ行って、すぐに情報が得られるというわけではなく、いくつかの謎解きのためのシーンが組み合わさってゆきます。
 軽い挨拶のあと、カンポスとコロナドがカスタネダには理解できない「別の言葉で話しはじめた」そうです。「たぶんヤキ語だったのだろう」と続けられています。これは怪しいところです。カンポスの翻訳によれば、祭りが近づいているので、ルーカスは「忙しいまっ最中」なので、カスタネダの質問に答えているひまはないが、「別の機会だったらかまわない」ということです。
 ルーカスは観光客が買ってゆくヤキ族の仮面を彫るのを仕事としています。帰り際にカスタネダは「ルーカス・コロナドの両手両足を用いる巧みな仕事ぶりへの称賛を口にせずにはいられなかった」そうですが、これに対してコロナドは「あんたはどこから来たんだ? 火星からか?」と、カスタネダを馬鹿にします。
 こっそりとカンポスがカスタネダに語ったことによると、ルーカスは「彫刻を支えておく万力も買えないのか」と、からかわれたと思って怒ったのだそうです。そこでカンポスはルーカスの面を買うことをカスタネダに勧めるのですが、カスタネダが手持ちの金が無いことを言うと、カスタネダが着ている「皮のジャケット」をやればよいといいます。カスタネダが、そのような物々交換を申し出て、ルーカスは皮のジャケットを受け取り、カスタネダは新聞紙でくるまれた包みをもらって帰ります。そこには「美しく彫られた伝統的なヤキ族の面が三つ」入っていたそうです。

 ルーカス・コロナド

 「五か月後」、カンポスがドン・ファンへつながるための案内料として要求していた2000ドルを支払ってもよいという覚悟をして、グアイマス市へもどったカスタネダは、ホルヘ・カンポスに連絡をとろうとしたのですが、「グアイマスのどこにもいなかった」そうです。レストランのオーナーのレイズ氏に聞いてみても、「突然、姿を消してしまった」と言います。そこでやむなく、カスタネダは「ひとりでルーカス・コロナドに会いにいった」のでした。
 カルロス・カスタネダは「持ってきた贈り物をルーカス・コロナドに渡し、見事な出来栄えの面を三つと、砂漠にいる何かの昆虫の繭で作ったからから鳴るすね当てを買った」そうです。今回は、会ったときから「とても愛想よく迎えてくれた」そうですし、カンポスと一緒でないことを「それはよかった」と評価し、カンポスのことを「ヤキ・インディアンの裏切り者だ」と非難します。
 カスタネダはルーカスを食事に誘ったりして、「その地に滞在した五日間、毎日ルーカス・コロナドと会った」のだそうです。
 ルーカス・コロナドは「ヤキ族について、その歴史や社会組織、彼らの祭礼がもつ意味や性質など、実に多くの情報を与えてくれた」ということです。そこで意を決してカスタネダは「老シャーマン」のことについてたずねるのですが、「自分の知るかぎり、そのような人間は今も昔もこのあたりに存在した ためしががない と断言し」、ホルヘ・カンポスは金をだまし取ろうとして嘘をついたのだろうとルーカスは言います。
 このあとのワンシーンが「出来事のアルバム」の一枚として加えるべきことだと、私は思います。
 カルロス・カスタネダは、「老シャーマンに会うということ」が「何かを成就させることだった」と気づいたものの、それがかなわないことで、「失望のあまり自制心を失ってわめき始め」「床をどんどん踏み鳴らした」のです。
 ルーカス・コロナドは、カスタネダの激しい行動に肝をつぶし、驚きあきれて まじまじと見つめ、「そのうちに大声で笑い出した」そうです。
 まるで他の著作部分でドン・ファンがカスタネダに語るように、ルーカス・コロナドは、カスタネダに起こったことを説明します。
 「このあたりの山中には、魔力をもつ生き物がいて」、それが人間に作用をおよぼし、「文字どおり人間を狂わせてしまう」というのです。ほんとうは、もっと詳しく語られていますが、このようにまとめておきます。
 ここのシーンが「無限の意図」というタイトルにふさわしいものだと、私は感じます。
 さて、このようなことのあと、ルーカス・コロナドは、「マトゥス」がこのあたりでは一般的な名字だが、「ファン」である「マトゥス」はひとりも知らないと言いますが、この名前は(たとえば「黒月樹人」のように)仕事のためのもので、本当の名前ではないかもしれないと気づき、名前にこだわらずに、カスタネダの説明のもとで、こころあたりを探し、次のように述べます。
 「老人で知っているのは、イグナシオ・フローレスの父親だ」
 そして、ルーカス・コロナドが「しかし、父親のほうが息子より若く見えるぞ」と言ったあと、カスタネダは、すっかり興奮して、「その人だ!」と叫びます。
 このあとのドラマは「探偵ナイトスクープ」の結末のようにかんたんで、カスタネダはようやくドン・ファンを探しあてることに成功します。

 ドン・ファン

 「探偵ナイトスクープ」なら、これで探偵活動のビデオが終わり、司会者と解説者がまとめに入るわけですが、ここでの「まとめ」は、カスタネダが質問をしてドン・ファンが説明する、いつものパターンのものとなります。
 ひとつ目の質問はホルヘ・カンポスについての謎です。カスタネダの質問では「カンポスはなぜドン・ファンを知っているという嘘をついたのか」と聞きますが、ドン・ファンは「うそをついたのではない」と答えます。
 カンポスはカスタネダを「いいカモ」だと思ってだまそうとしたけれど、その「計画を遂行できなかった」のは、「無限がやつを打ち負かしたからだ」ということです。
 ドン・ファンの分析によれば、カンポスもカスタネダも、二人とも詐欺師なのだが、「やつは安っぽい詐欺師」で「おまえのほうが念が入っている」そうです。
 ドン・ファン教授の「ホルヘ・カンポスについての物語のまとめ」は、次のようなものです。

 自分に向かってホルヘ・カンポスに関する話を子細に語るがよい(中略)、そこに無尽蔵の富が見つかるだろう。細かな出来事の一つ一つが、地図を構成する要素なのだ。いったんある敷居をまたぐと、われわれの前に青写真が提供される。それが無限の本質なのだよ。([1] p85)

 ルーカス・コロナドのビタミノール

 このドラマの解説はまだ終われません。なぜかというと、もうひとつ、重要な意味をもつ物語が、さらりと組み込まれているからです。新たにタイトルを付けて、詳しく語ってもよかったのにと思えるものです。この物語は、ドン・ファンの次のような説明から始まります。

 ルーカス・コロナドはおまえの地図の別の構成要素だ。([1] p85)

 ここでドン・ファンが指摘する「偶然の一致」のようなこととして、ルーカス・コロナドがカスタネダと「同じように彫刻家」であることを述べます。
 カルロス・カスタネダが彫刻家であったことは、これまで語られてこなかったそうですが、そのことをドン・ファンに言い当てられて、カスタネダは混乱し、「おかしなことを言われたわけでもないのに、私は腹の底から笑いだした」そうです。

 まったく、私ごととなりますが、カルロス・カスタネダも私も「魂の役割」が「学者」であるばかりか、「彫刻家」でもあったわけです。正確に言うと私の場合「彫刻家の弟子」のレベルで、すぐに逃げ出し、大学へ進み、教師をつとめたあとの、何年かしてしてからのことですが、「肖像スタンプ」という版画に分類される仕事を始めました。おっと、「泥沼」に落ち込まないため、ここには片足だけ突っ込んで、そろりと引き抜くことにします。

 このあと、またまた、ほんの少し、さりげなく、ドン・ファンにとっての「無限の意図」についての物語が挿入されます。
 その「無限の意図」というのは、ドン・ファンが「おまえに似た誰かを捜し求めるように」求められたということで、「そしてわしはおまえを見つけた」と語られます。ここのところは、これらの著作の他のところで、もっと詳しく語られます。
 もうひとつ、ルーカス・コロナドとカスタネダの物語の中からドン・ファンが見つけた「前兆」についてのコメントのようなものがありますが、ここは分かりにくいので、私には説明できません。ひょっとすると、このあと続く「ルーカス・コロナドのビタミノール」の物語のための、何らかの伏線なのかもしれませんが。

 ルーカス・コロナドは不治の病に冒されているそうです。ドン・ファンは息子のイグナシオを通じて、病気を治すにはどうしたらよいかを教えようとしたのですが、本気にせず、耳をかそうともしなかったといいます。
 カスタネダは「ドン・ファンを説き伏せて」、ルーカス・コロナドのために、どのように言えばよいのかを教わり、その言葉をルーカス・コロナドに伝えたのでしたが、やはり相手にされません。このあたりの表現も、こんなにかんたんにまとめてしまうのは失礼かと思えるくらい、微に入って豊かなものです。
 ルーカス・コロナドの考えが巧みに表現されています。ここもまとめてしまうと、彼は、「人間はみな、いずれ死ななきゃならん」と覚悟しているのですが、「私が希望をなくしたなどと考えてもらっちゃ困る」と続け、もうじき、作物の前金として「政府の銀行から金を受け取ることになっている」ので、「そしたら、病気を治すものを買えるだけの金が手に入る」というわけです。
 それの名前は「ビ・タ・ミ・ノールというんだ」そうです。
 カスタネダが「ビタミノール」は何かと問い直し、ラジオで宣伝している健康食品の一種だと分かります。カスタネダは、ここで「ヤキ族のような過敏な社会で考えられるかぎり最大のへま」をしでかし、それを買う金をあげようと申し出たそうです。
 ルーカス・コロナドは「このうえなく穏やかな口調で、ビタミノールを買う金ぐらい自分で用だてられる」と言ったそうです。
 この物語についてのドン・ファンの解説を引用しておきます。

 ルーカス・コロナドは悪循環におちいっている。だが、おまえだって同じだ。誰もかもがそうなのだ。ルーカス・コロナドにはビタミノールがあって、なんでも治してくれる。問題を全部解決してくれる、と信じている。いまのところそれを買う金はないが、いつかは買えるだろうとの大きな希望をもっている。([1] p89)

 ドン・ファンによる、さらにこみいった状況についての解説がつづきますが、少し目をつむって、ドン・ファンの最後の決めセリフを添えておきます。

 いずれにせよ、われわれはみな自分だけのビタミノールをもっているのだ。([1] p89)

 あとがき

 カルロス・カスタネダとドン・ファンの物語には、いくつもいくつも重要なテーマが潜んでいるので、それらをなんとかかんたんにまとめようとするのは、たいへんな作業となります。
 ここの「無限の意図」のところは、できれば、「ルーカス・コロナドのビタミノール」のところを分離してもらえていれば、もう少し分かりやすくなって、理解が進むのでしょうが、これはこちら側の勝手な考えかもしれません。
 「自分だけのビタミノール」ですか、私にもあるかもしれません。たとえば、このエッセイ・リーフページとか。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 7, 2016)

 参照資料

[1] 「無限の本質」呪術師との決別、カルロス・カスタネダ(著)、結城山和夫(訳)、二見書房(刊)2002

 

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