RaN290 地球人はどこにいるのか
(44)フランク・ウィルチェック「グリッド(エーテルは不滅だ)」
Where is the earthian?
(44)Frank WILCZEK “GLID(ETHER IS FOREVER)”

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「グリッド(エーテルは不滅だ)」というのは本の名前ではありません。フランク・ウィルチェックによる「物質のすべては光」現代物理学が明かす、力と質量の起源 [1] という本の、「第1部 質量の起源」にある「第8章 グリッド(エーテルは不滅だ)」からとったフレーズです。
 フランク・ウィルチェックは「強い相互作用の理論における漸近的自由性の発見」により、2004年にノーベル物理学賞を他の2人とともに受賞しているそうです。
 本のタイトル「物質のすべては光」にひかれて読み出しましたが、ところどころに、明らかな論理の破たんがあり、現代科学者がおちいっている、視野の狭さが感じられました。
 もうひとつ、これは翻訳者の意図なのか、(出版社サイドの)編集者による変更なのかは明らかではありませんが、原著のタイトルが、明らかに誤訳されています。
 この本の日本語でのタイトルは「物質のすべては光」で、その副題として「現代物理学が明かす、力と質量の起源」が添えられています。
 原著のタイトルを書き下します。THE LIGHTNESS OF BEING, Mass, Ether, and the Unification of Forces です。
 大文字のところを直訳すると「存在の淡さ」となります。LIGHTNESSは「光」の何かではなく、1.明るさ, 2.薄さ(淡さ)、という意味の抽象的な名詞です。BEINGは「存在」と訳すのが妥当です。ドン・ファンら呪術師たちが見ているように、「物質」というものは、ほぼ幻想のようなもので、あるのは、「エネルギーの乱舞」とも表現される「光の束」だけだということですから、「物質のすべては光」という表現の内容は間違っていないと思われますが、THE LIGHTNESS OF BEINGの意訳と考えるには、あまりに偏向しすぎています。
 もっと明らかな誤訳が副題のところにあります。Mass, Ether, and the Unification of Forcesを直訳すると「質量とエーテルと、そして力の統一」です。「起源」という単語を持ち込んだのは、第一部のタイトルが「質量の起源」だったことに影響されたのかもしれません。ここのところは意訳ですませることができるとしても、「エーテル」を全く訳さずに無視したのは、明らかな誤訳です。
 BEINGを「存在」とすると分かりにくいというのなら、「世界」か「物質世界」と意訳して、「物質世界のはかなさ」とすれば、著者の意図が表現できると思われます。副題は「質量とエーテルと、そして力の統一」でよいと思われます。
 著者の意欲的な表現は、「質量」についてでも「力の統一」についてでもなく、もっぱら「エーテル」を組み込んだ「グリッド」という視点にあります。これ以外のところの表現は、とても「はかない」ものとなっています。正直なところ「よく分かっていない」と言いたいのを、なんとかこらえているといった感じでしょうか。
 このようなことから、ここでは、著者がもっとも主張したかった「グリッド」というアイディアについて考えてゆくことにします。

 QCDとQED

 「第8章 グリッド(エーテルは不滅だ)」のはじめのあたりに、この章について語るためのベースとなる、現代科学の最先端の視点を示す記号が、さりげなく書き込まれています。
 それはQCDという略語です。これだけで何のことか分かる人は、かなり限られていると思われます。この本でQCDがさいしょに現れるところを探すと、「第7章 具現化した対称性」のところのようです。この章のさいしょの文に記されていました。

 量子色力学(QCD)の中心には、対象性という概念がある。([1] p93)

 QCDとはQuantum chromodynamicsの略語だということです。CはColorではなくchromo(色)という接頭語だったようです。
 原子が、陽子、中性子、電子の組み合わせで成り立っていることが分かったあと、陽子や中性子の親戚のようなハドロンという粒子がたくさん見つかりました。また、電子の親戚のレプトンという粒子も見つかっています。さらに、これらのハドロンやレプトンが、もっと小さな構成単位のクォークによって生み出されるというところまで分かってきました。そのクォークの性質として、3種類のチャージと通常2種類のフレーバーをもっているそうです。このときの「3種類のチャージ」が、詩の暗喩という技法を知っている科学者により、「色」と呼ばれるようになりました。実際の色とは対応していないのですが、言葉だけ使われているのです。「フレーバー」のほうは直訳すると「香り」ですが、そのまま外来語として「フレーバー」が使われていそうです。
 このように、現時点での物質の最小単位であるクォークの性質として「色」という属性が区別されたため、量子色力学と呼ばれることになったのでしょう。ここのところは簡単な推理ですみます。

 ところで、この本の図7・3で、量子色力学QCDのラグラジアンの式が示されています。テンソル形式の表現式です。テンソルというのはベクトルの次元を上げていったもので、アインシュタインの一般相対性理論の方程式と同じものです。これを活字で組み上げるのは、たいへんなことなので、この図では、黒板に書いた手書きの文字というスタイルとなっています。英語でwhereと記されてあるのは、(数学の本によると)日本語では「ここで」と訳されます。その下にあるandは「そして」となるようです。数学の表記では、このような記号化と、その記号の展開式とを組み合わせることにより、全体として複雑なものを、一見シンプルなように見せることがよくあります。抽象的なまとめかたをするとき役立つテクニックでもあります。

 このQCDとよく似た記号で、QEDというものが登場します。これは量子電磁力学(Quantum electrodynamics)の略記号です。こちらのシンボル図式は「梯子」のように描かれるもので、光子や電子や陽電子の変化が、それによってイメージ化されます。

 私たちは量子物理学の専門家ではないので、これらに深入りしても、それについての式をいじくる能力はないので、あまり役にたつことはないと考えられます。ちなみに私は、かつて、地震波の解析などを含む物理探査の世界では、少し専門家の「ふり」をしていられましたが、経験が浅かったので、「ご専門は何ですか」と聞かれたときは、「データ解析です」と答えることにしていました。私のペースは地球科学でも物理学でもなく数学だったということもありますが、当時発展し始めていた、ウェーブレット解析やフラクタル解析などを吸収し、それらを実際の仕事に適用することに夢中になっていたのです。このような「データ解析」という肩書は今でも通用するかもしれません。もっとも、今の今やっていることは、「データ解析」ではなく「文献解析」でしょうか。かつて業務にたずさわっていたときも、研究を進めてゆく前に、これまでどのようなことが分かっているのかということを、「文献調査」と呼ばれる手続きで、よくやっていました。これも私の得意分野のひとつだったわけです。

 現実(リアリティー)の第一構成要素

 「第8章 グリッド(エーテルは不滅だ)」のはじめのあたりにあるQCDへ戻って、そのあと著者が述べようとすることをまとめることにします。

 わたしたちが空虚な空間と認識しているものが、実際には強力な媒体で、その活動が世界を形作っている。([1] p116)

 これだけでよいかも。それからウィルチェックは、現代科学で知られている、この「強力な媒体」の性質についてリストアップします。ここのところの表現は、かなり冗長なので、私なりに少し整理させてもらいます。
 まず、わたしたちの物理的時空を満たしているものを「現実(リアリティー)の第一構成要素」と呼ぶことにします。これを仮にAとおくと、次のような性質が認められます。

(1) Aから、ほかのすべてが形成される。
(2) Aは量子活動を行っている。
(3) Aは長期にわたって存続するさまざまな物質的成分を含む。
(4) Aは重力を生み出す計量場を含んでいる。
(5) Aは普遍的な密度を持ち、質量を持っている。

 ここで(1)は取り除けるかもしれません。(2)から(5)をまとめた表現となるからです。(3)は(2)の特殊なケースと言えます。(4)と(5)は独立した事象なのか、そとも一つの事象の異なる現れなのかという疑問がのこります。
 著者もこれらは「多面的な回答」と表現していますので、それほど詳しく考えられたものではないようです。

 エーテル(Ether)からグリッド(Glid)へ

 ウィルチェックは、このA「現実(リアリティー)の第一構成要素」には、すでにいくつかの名前がついていたことを紹介します。
 その第一として最も有名だったのが「エーテル」です。この名前についての評価がされています。

 (Aに)最も近い昔の概念だが、廃(すた)れてしまったあれこれの考え方が染み付いており、新しい考え方の一部は含まれていない。([1] p117)

 これに続き、「時空」と「量子場」についても検討されますが、いずれも却下されます。そして、選ばれたのが「グリッド」という言葉です。
 ウィルチェックはA「現実(リアリティー)の第一構成要素」を「グリッド」と呼ぶことについての「利点」をリストアップしています。

(o) 数学的なグリッドというものを、層状構造を表現するときに使っている。
(p) 電力のための配電網(エレクトリック・グリッド)という言葉がある。
(q) 最近のコンピュータのネットワークが、網状構造をしているため、「グリッド技術」と呼ばれている。
(r) 「グリッド」という言葉は短い。
(s) 「グリッド」は「マトリックス(構成要素が格子状に規則正しく並んでいる構造)」ではない。
(t) 「グリッド」は「ボーグ(架空の機械生命体の集合)」でもない。

 ここでもっとも強い利点は(r)でしょうか。(o),(p),(q)は「グリッド」という言葉が使われているものについてのイメージを利用しようというもので、詩の隠喩(暗喩)の技法と同じものです。(s)と(t)は「グリッド」という言葉が他の類似している言葉の中で独立しているということを述べています。
 このときの(o)についての説明として図8・1が使われています。これは「新旧グリッド」と名づけられています。旧グリッドのaは、四角い箱庭のような立体模型の上のほうに、その底と同じ広さの金網のようなものが4枚浮かべられています。上から順に「植物」「道路」「高さ」「建物」となっています。「植物」では、その網の目のところに植物が生えているときだけ色が塗られています。「道路」と「建物」も同じ使い方です。「高さ」では網目のところに数字があります。これは、その場所における情報を選択的に取り込んで整理するために使われているようです。このやり方は、平面画像を対象としたウェーブレット解析の、その解析結果を導くものと同じです。こういってしまうと、かえって分かりづらいかもしれませんが、データ解析ではおなじみの手法です。
 旧グリッドaの「四角い箱庭」は、新グリッドのbでは「空虚な空間」となります。4枚の網(グリッド)の名前は、上から順に、「ダーク・エネルギー」「凝縮体」「計量場」「量子場」となっています。かんたんな置き換えです。

 エーテル概史

 ウィルチェックは「エーテル」から「グリッド」へと、少し新たな性質を含めて拡張して名づけ直したわけですが、ここで少し論理を戻して、「エーテル」にまつわる考え方がどのように生まれ、変化してきたのかを振り返ります。

 (1) 古代ギリシャ哲学
 アリストテレス「自然は真空を嫌う」([1] p119)
 ルクレティウス「すべての自然は、(中略)二つのものが撚り合わさってできている。物体と虚空の二つだ。」([1] p120)

 (2) ルネ・デカルト
 おびただしい数の渦がグルグル渦巻いている複雑な海が広がっていて、その上を惑星が波乗りするように運動している。([1] p120)

 (3) アイザック・ニュートン
 (ニュートンの万有引力の法則による遠隔作用で)太陽は地球に接触していないのに重力を及ぼす。([1] p120)

 (4) ジェームズ・クラーク・マクスウェル
 変化する電場は(変化する)磁場を生み出し、その磁場が今度は変化する電場を生み出し、というサイクルが、自己再生産しながら続いていく。([1] p122)
 惑星のあいだ、恒星のあいだにひろがる広大な領域は、(中略)この素晴らしい媒体によってすでに満たされているということが発見されるだろう。([1] p123)

 (5) アインシュタイン
 特殊相対性理論の論文「運動する物体の電気力学について」
 ここでこれから展開される見解には、特別な性質を持った「絶対的に静止した空間」は必要なく、また、電磁プロセスが起こる空虚な空間の点に速度ベクトルを与える必要もないので、「輝くエーテル」を導入する必要のないことが明らかになるだろう。([1] p123)

 このような歴史的な情報を並べたあと、ウィルチェックは、アインシュタインの「こんな強硬な宣言」についての異議を述べてゆきます。ここのところは、すっきりしたものとは言えませんが、とりあえず、要約してみます。

 1905年の時点で物理学が直面していた問題は、(中略)互いに矛盾する相対性理論が二つ存在するということだった。
 「ニュートンの一連の方程式が従う、力学の相対性理論」と「マクスウェルの方程式が従う相対性理論」である。
 どちらも、すべてのものに一律に「全体としての速度」を加えても、方程式の形は変わらない(ブースト対称性)。
 しかし、互いに一定の速度で運動する二人の観測者において、それらの観測者にとっての世界の説明を結びつけるためには、「位置と時間のラベルを貼り直さなければならない。」
 「力学的相対性の場合、空間的な位置にはラベルの張り替えが必要だが、時間には不要だ。ところが電磁気学的相対性では、両方にラベル張り替えが必要で」、この手続きは「ローレンツ変換と呼ばれている。」([1] p124)

 この後のウィルチェックの議論は、とても苦しいもので、どのような論理によって反論しているのか、私には理解できません。
 この理由は、私のホームページにある「幽霊変換」や、その解説についてのリーフページを読まれた方は、よく分かると思われます。
 そもそも「ローレンツ変換」というものは、ほんとうのものとして存在していないのです。何度も私が説明しているように、ダランベルシアンを利用してローレンツ変換が導かれるもとになった数式の、左辺の変数を偏微分するとき、その変数が右辺にも隠れていたことに、ポアンカレは気がつかなかった、という数学的な処理上のミスがあったのです。これが「幽霊変換」の骨子です。
 「ローレンツ変換」は「幽霊変換」でした。実体を持たないものだったのです。すると、ローレンツ変換を独自の操作で証明したと主張する、アインシュタインの論文「運動する物体の電気力学について」も空論です。ダランペルシアンは二次式だったので一つのミスでよかったのですが、アインシュタインは、二つの一次式で「二つの矛盾」(仮想中間値の矛盾と幻想三角形の矛盾)を(意図的ではなかったことでしょうが)組み込むことにより、ポアンカレが導いたものと同じ変換式へとたどり着いたのです。
 ここのところの論理は、とてもシンプルなものです。

 あとがき

 ウィルチェックは「強い相互作用の理論における漸近的自由性の発見」によりノーベル物理学賞をもらっている人ですから、現代物理学の最先端のことがらに詳しいことは、よく分かります。
 しかし、この本のあちらこちらに、アインシュタインの特殊相対性理論を信じていることが示され、それをベースに展開される部分が含まれています。ですから、この本には、ほんとうらしいことと、明らかな空論とが混じってしまっています。これでは、これらの内容のどこを理解してゆけばよいのか、ということが識別できません。
 実は、このあと、私たちの周囲の世界についての、別の視点があるということを示そうと思っていたのですが、とても長くなりそうなので、あらためて、別のリーフページで述べてゆくことにします。
 とりあえず、次のようなことは、言えると思います。

 現代の物理学者の中には、新たな「グリッド」という名称をつけることにより、過去に「エーテル」と呼ばれていた、私たちを含む物理世界の基盤となるものが存在するという考えを推し進めている。
 アインシュタインが「輝くエーテルは必要ない」と主張した特殊相対性理論は、二つの論理的な矛盾で構成された空論なので、何の根拠もないものであった。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 15, 2016)

 参照資料

[1] 「物質のすべては光」現代物理学が明かす、力と質量の起源、フランク・ウィルチェック(著)、吉田三知世(訳)、早川書房(刊)2009

 

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