RaN305 地球人はどこにいるのか
(59)「新しい宇宙創造説」の「最初の世代」とは、
「プレアデス+地球をひらく鍵」の「時間の守り手」のことか?
Where is the earthian?
(59)Is "First Generation" of "THE NEW COSMOGONY"
"Keeker of Time” of “EARTH Pleadian Keys to the Living Library”?

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「新しい宇宙創造説」は、このリーフページのシリーズのNo.1で取り扱った主題です。それはスタニスワフ・レムというSF作家の作品のひとつですが、私の人生の中では、思考言語コアを生み出すためのきっかけとなった、重要な作品です。  ここで問われていた「宇宙の沈黙」についての、私なりの回答については「RaN235 宇宙人はどこにいるのか」で、そのひとつをまとめています。

 しかし、未知の宇宙存在との遭遇について、まさに、遺作の「大失敗」までの、かの有名なSF映画「惑星ソラリス」をはじめとして、数々のパターンについて考察してきたレムが、まさに、この言葉の原義そのものとして、超物理学的(メタフィジカル)な視点で、私たちが所属している物理世界の法則というものが、何らかの知性的な存在によって生み出されたものではないかと問いかけているわけです。
 この問いの答えは、まだ確定していません。

 シュタイナーが霊的な透視で得た知識として、この物質的な世界に、私たち人間の意識を強く結びつけた存在としてアーリマンという、私たちが、天使や悪魔と呼んでしまいそうなものがある、とされています。でも、どうやら、アーリマンは、物理世界の法則を決めて、この世界を生み出すころの存在ではなく、私たち人間が現われてから、いろいろな活動を始めているようです。

 物理世界の法則を創った存在とは?という、スタニスワフ・レムの問いかけに対する、このような存在の、ひとつの候補のようなものが、バーバラ・マーシアックがチャネラーとしてまとめた「プレアデス+地球をひらく鍵」[1] では、時間の守り手という言葉で述べられています(※1)。「守り手」のところには「キーパー」というフリガナがつけられていますので、原文ではきっとTime Keeper なのでしょう。このままだと、まるでスポーツの審判の名前のようです。混乱をよばないため、ここでも、時間の守り手という呼び名ですすめてゆくことにします。

 (※1)実は、「ラー文書」[2] の「ラーたち」という存在も、このような候補のひとつとなりそうなものとして、「知的無限」という言葉をあてて、さまざまなことを語っています。しかし、説明が複雑になってしまいますので、このことをさらに考慮してゆくのは、ここでは控えておくことにします。

 バーバラ・マーシアックの「プレアデス+地球をひらく鍵」

 「プレアデス+地球をひらく鍵」[1] という本は、日本語訳で、すでに1995年に出版されています。
 表紙カバーの折りたたまれた断片ページのようなところに「プレアデス+」についての解説がありました。それによると、「プレアデス+」というのは、バーバラ・マーシニアックをチャネラーとして語り始めた宇宙の存在のグループ名で、最初は「50人から75人の存在(宇宙人)」だったそうですが、「現在では100人以上の存在が、いろいろな星雲から参加している」そうです。この説明から「プレアデス+」の意味をひも解くと、「プレアデスの通信ステーションに集まった、いろいろな星雲からのコメンテイターたち」ということでしょうか。

 これを読むまで私は「+」の意味を「アンド(&)」の代用なのだろうと勝手に思い込んでいました。このような誤解を避けるため、「プレアデス+」をひとつの名前だというのではなく、「プレアデス・プラス」と書き記してしまうか、少し意訳して「プレアデス・グループ」や「プレアデス評議会メンバー」などとすれば、どうでしょうか。きっと、そのようなタイトルのほうが、より多くの人に読まれてゆくと思われます。

 どういうわけか、私はこの本を、買って持っていて、中をぱらぱら見てみると、黄色や緑色のマーカーで、あちらこちらに線が引いてあります。最後まで、です。
 だから、最後まで読んでいるはずなのですが、このようなマーカーのところが、私にとってどのような影響を与えたのかということは、ほとんど記憶にありません。
 ひとつ思い出しました。この本は1997年の(初版の)第4刷のものを買っています。このころ私は東京に居て地質調査の会社で働いており、休日を利用して陸上競技場へゆき、そこで、指導者に恵まれない高校生や大学生らの求めに応じて、ボランティアで、いろいろな種目にわたるコーチをしていました。そのとき、彼らに向けて「陸上競技の技術」というタイトルで、パンフレットのようなものを、シリーズとなるほど何回もつくって配布しました。その「導入」にあたるエッセイ部分のところに、この本の、ひとつの重要なテーマをこっそり引用して語ったことがありました。そのテーマを今、かんたんにまとめ直すとすれば、「あなたがたを助けなければ、わたしたちは助からない」ということでしょうか(※2)。

 でも、この本に記されているマーカー部分の内容は、それだけではありません。それらのほとんどについての記憶は、今回読み返してみても、ほとんど浮かび上がってきません。きっと、「ここのところが重要だ」「試験があったらきっと出る」と、感じるままにマーカーを引いていったのでしょう。
 でも、それらの「重要さ」は、そのときと今とでは、大きく異なっています。
 私たちは、まるで、このような「意味の違い」を実感するために、つまらない仕事に追われ、自尊心の塊としか見えない人々との、うんざりするような対応を体験しているのではないかと思ってしまいます。あるいは、そのようになってしまっている自分自身について、体験しているのかもしれません。

 黄色や緑色で色付けてあるラインのところが、今になっては、ああ、これは、あのこととつながっている、これは、あのことの反例だ、と、私の人生で体験してきたことに結びついてゆき、さまざまな解釈によって色づけられます。
 そのように気づきながら、この「プレアデス+地球をひらく鍵」を、あらためて読み直すとき、「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」[3] でサーシャやジャーメインが述べていたことの、さらに詳細な内容が、すでにこのような形で公開されている、ということに驚いてしまいました。

 きっと彼らも、やっていることは行き当たりばったりで、こうすればどうなるのだろうか、といったぐらいの認識しか持てないのだ、と思ってみることしか、しかたがないというところです。でも、ひょっとしたら、悪いのは私たちのほうで、こんなことも分からないほど、まだまだ未熟で、この世界での体験が不足しており、ドン・フアンがカルロス・カスタネダに教えたように、それらの体験の中に潜んでいる「抽象の核」について、何も気がついていないだけのことなのかもしれません。
 でも、教える側といい、教わる側といい、どっちにもそれぞれの事情というものがたくさんありそうなので、このような「現実」というものは、将棋やチェスのように、厳格なルールによって進んでゆくものではないのでしょう、きっと。

 (※2)このことは、この本の重要なテーマのひとつと考えられます。このリーフページでは、さらりと流しておきますが、「プレアデス+たちのジレンマ」という言葉を組み込んで、新たに考えてゆきたいと思っています。

 「時間の守り手」とは?

 「プレアデス+地球をひらく鍵」へ戻って、ここでとりあげようとしている「時間の守り手」が語られているところの描写へと進もうと思います。
 「第2章 生きた図書館をふたたび夢にみて」のさいしょの文に、次のような表現があります。ここで「生きた図書館」と呼ばれているのは、私たちの「地球」のことであり、もっと詳しく言うと「地球のいろいろな生命体からなる遺伝子プール」ということとなりそうです(※3)。

 私たちは「時間の守り手(キーパー)」と呼ばれる古代の存在たちとともに仕事をしています。(中略)
 生きた図書館をそもそも発明したのは時間の守り手です。([1] P65)

 この「時間の守り手」という存在がどのような姿をしていて、どのようなところにいるのかといった、私たちの地球での犯罪捜査のような情報は、何もありません。
 きっと、そのような情報が明らかにされたとしても、私たちの理解を超えたものとなってしまうのでしょう。

 いや、そうではなくて、「時間の守り手」たちとつながるプロセスがあるのだそうです。
 私たちの地球にも「きわめて高度な進化をとげた存在がいる」がいて、「時間の守り手」たちの「周波数にじぶんの周波数を合わせることを学べばよい」と語られています。その次のところに、このような表現があります。

 あなたがたの世界に住むヨガの行者やシャーマンと同じように、時間の守り手がどんな存在であるかはヴェールにつつまれたままです。([1] p66)

 ここのところは少し誤訳していると思われます。それは「同じように」として訳されているasについての構文の解釈が間違っているからだと考えられます。なぜかというと、「あなたがたの世界に住むヨガの行者やシャーマン」の存在が「ヴェールにつつまれたまま」ということでは、意味が通りません。少なくとも私たちは、「ヨガの行者やシャーマン」がどのような姿で、どこに暮らしているのかくらいのことは分かっているはずです。よく分かっていないのは、彼らがやっていることの意味や、その超物理的な内容のほうです。
 原文は手元にありませんが、私がもしこの部分を訳すとしたら、意訳ぎみではありますが、次のようになります。

 時間の守り手がどんな存在であるかは、あなたがたの世界に住むヨガの行者やシャーマンがそれらを見ようとしても見えないのと同じように、ヴェールにつつまれたままです。

 ここで「シャーマン」とひとくくりにされていますが、アメリカ・インディアンの呪術師であるドン・ファンが「抽象」とか「意志」と呼んで、眼には見えないけれど、確かに何かが存在して、私たちの人生のドラマに干渉しようしてくるものがあることを、何度も何度も、弟子のカルロス・カスタネダに語っています。

 「プレアデス+」(プレアデス評議会のメンバーたち)は、次のように補足しています。

 彼ら(時間の守り手)は謎の存在です。彼らが存在することは知られていますが、彼らがどこに住んでいるのか、どうすれば接触できるのか、どんな外見をしているのかといったことはだれも知りません。([1] p66)

 でも、「プレアデス+」(プレアデス評議会のメンバーたち)は、さらに、このように続けます。

 時間の守り手と私たちが一緒に仕事ができるというのは、まことに幸運なことです。私たちがあなた方にとって師であるのと同じように、彼らは私たちの師なのです。([1] p66)

 (※3)この「生きた図書館」というのも、この本の英文タイトルに入っているように、大きなテーマの一つです。これについても、改めて考えてゆきたいと思います。

 ゲームマスター

 うっかりしていました。
 「プレアデス+地球をひらく鍵」[1] の第2章の冒頭に、「時間の守り手(キーパー)と呼ばれる古代の存在たち」という記述があったので、この呼び名がもっともふさわしいものだと思い込んでしまったわけですが、ぱらぱらと眺めていると、第1章に、次のような表現がありました。

 現在の私たち(「プレアデス+」のこと)に何が起きつつあるのかを理解するためにさらなる未来までに旅に出て、私たちの「師」に会いました。その「師」とは「存在の守り手(キーパー)」で、「時間の守り手(キーパー)」と呼ばれる存在でもあります。([1] p30)

 ビーイング・キーパーあるいはタイム・キーパーで「決まり」、なのかと思っていたら、詳しく読んでゆくと、どうやら「プレアデス+」(プレアデス評議会のメンバーたち)は、このような存在について、「ゲームマスター」という呼び名もつけているようです。
 このような名称のもととなるコンセプトについては、くしくも、スタニスワフ・レムが「新しい宇宙創造説」において、私たちの物理世界の法則を創りあげた、「最初の世代」と呼ぶものたちが、「遊び(ゲーム)」として「原宇宙(プロト・ユニバース)」にいろいろな加工をほどこしていったという展開で、ここでは表現できないほど、多岐に分化してゆく、高度に文学的な表現の「迷宮」を生み出しています。
 これは、ひょっとしたら、「スター・トレック」の「第1条」の「プライム・ディレクティブ(prime directive)」すなわち「準備ができていないときには、その星に介入しない」というコンセプトが、バシャール曰く、「スター・トレック」のライターの思考へテレパシーで送った、ということであるのなら、スタニスワフ・レムにおいても同じことが起こっていたという仮説が成り立つかもしれません。

 私たちの「宇宙」は、もっと限定して言うと、私たちが観測している「この物理世界としての宇宙」は、たんなる「ゲーム」のようなものとして、生み出されたのでしょうか。
 「プレアデス+地球をひらく鍵」[1] にある「ゲームマスター」のことへと戻ります。
 この呼称が使われ始めるのは、おそらく、次の部分からだと思われます。

 過去50万年のあいだ、最初の図書館プロジェクト(地球をさまざまな生命体の保存場所にしようという取り組み)に参加していたさまざまな星によって、地球にさまざまな文明の種が蒔かれてきました。(中略)
 エジプト人、インカ人、ギリシャ人、チベット人、シュメール人、ネイティブ・アメリカン、マヤ族の人々、オーストラリアのアボリジニ、その他数多くの土着の人々が理解のための鍵を提供してくれましたが、それはすべて天に目を向けさせてくれるものでした。(中略)
 これらの文明はどこからやってきたのでしょうか。(中略)高い理想を達成した文化は、みんなゲームマスターによって考え出されたものです。([1] p49)

 ところが、困ったことに、この地球を自分たちだけのものにして、そこから得られるものを独占しようとしたものたちがいたそうです。「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」[3] のジャーメインによる「第2章 琴座とベガ(Lyra & Vega)」のところに、「琴座人が地球を領地として支配した」ことが語られています。それに対して、プレアデス人とシリウス人が協力関係を結び、琴座人にうまく言い寄って、地球の生き物たち(おもに類人猿など)に、将来時が来たら、目覚めるようになる遺伝子コードを組み込んだのだそうです。

 この本 [1] の中に、次のような箇所があります。

 人間を所有し、いかなる尊厳の思いももたずに取り扱ってもかまわないという考えは、約50万年前に地球にもたらされました。(中略)数多くの人間が、あるいは人間の別なヴァージョンが、鉱山の奴隷として利用され、一定の感情的なパターンの波動を送るための奴隷として使われたのです。([1] p49)

 やがて「ひとつの理想的な文明のかたち」が「この地球に生まれた」と解説は続きます。それは、次のようなものだったと語られています。

 すべての人間は平等につくられており、あらゆるかたちの生命が尊重されねばならないという理想でした。([1] p50)

 ところが、このような「理想」がただちに実現されるようにはなっていなかったらしく、「ゲームマスター」は、次のような取り組みを始めます。

 ゲームマスターは、地球を取り戻し、生命の価値を教え直すためになんらかの方法を考えださなければなりませんでした。そこで(中略)、さまざまな星から居住者を連れてきて、これらの文明の種を地球に蒔いたのです。([1] p50)

 このようなことの詳しい説明が続いてゆきますが、少し飛ばして、次の部分を引用します。

 彼ら(ゲームマスター)はゲームを考え出し、文明全体の青写真を、腕のいい職人から乞食にいたるまですべて創造するだけでなく、自分自身をも種としてその文明のなかに蒔くのです。([1] p51)

 あとがき

 「ゲームマスター」についての、「プレアデス+」(プレアデス評議会のメンバーたち)による解説は、まだまだ続きますが、「切り」がありません。
 ([1] p51)と添えて引用したところに対して、この本のものとは独立したことで、強く関連するものがあります。
 「プレアデス+」とは、まったく別の存在たちが、やはりチャネリングによって情報を伝えてきています。でも、このときの様式は、「西洋版こっくりさん」とも呼べる「ウィージャー盤を使って一文字ずつ記録する」というものなので、はるかに多くの時間と手間を必要とするものなのに、えんえんと何十年も続けられてきたということです。
 その存在は、コーザル界という、私たちには想像もできないところにいて、その存在の一部が、かつて地球人だったときにもっていた「マイケル」という名を使っています。つまり、その情報とは「マイケルからのメッセージ」[4] です。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, May 13, 2016)

 参照資料

[1] 「プレアデス+地球をひらく鍵」、バーバラ・マーシアック(著)、大内 博(訳)、太陽出版(刊)1995
[2] ラー文書「一なるものの法則」、ドン・エルキンズ, カーラ・L・ルカート, ジェームズ・マッカーティ(著)、紫上はとる(訳)、ナチュラルスピリット(刊)2008
[3] 「ギャラクテックファミリーと地球のめざめ」、ジャーメイン&サーシャ(著)、リサ・ロイヤル・ホルト(チャネル)、鏡見沙椰(訳)、VOICE(刊)、2013
[4] 「マイケルからのメッセージ」、チェルシー・クィン・ヤーブロ(著)、鈴木里美(訳)、ナチュラルスピリット(刊)2010

 

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