RaN311 地球人はどこにいるのか
(65)レムリア時代について(4)@ ルドルフ・シュタイナー「アカシャ年代記より」
Where is the earthian?
(65)On Lemuria Era(4)@ “Aus der Akasha-Chronik” by Rudolf Steiner

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ルドルフ・シュタイナーの「アカシャ年代記より」[2] の中から、レムリア時代について述べられてあるところを、まとめてゆきます。
 この本 [2] のすべてを取り上げるわけではありませんが、参考までに、目次に記されている、第1章から第16章までのタイトルを、次に列挙します。

 第1章  われわれの祖先であるアトランティス人
 第2章  第四根幹人類から第五根幹人類へ
 第3章  レムリア時代の人類
 第4章  男女両性の分離
 第5章  両性分離に先行する時期
 第6章  ヒュペルポイレオス期とポラール期
 第7章  現在の地球のはじまり―太陽の分離
 第8章  月の分離
 第9章  若干の必要な補足
 第10章 地球の由来について
 第11章 地球とその未来
 第12章 土星紀の生活
 第13章 太陽紀の生活
 第14章 月紀の生活
 第15章 地球紀の生活
 第16章 四重の存在としての地球紀の人間

 どうでしょうか。第6章の「ヒュペルポイレオス期とポラール期」と第9章の「若干の必要な補足」は、何が書いてあるのか、読んでみなければ分かりませんが(何度も読んでいるはずですが、忘れました)、私は、これらの章タイトルを眺めるだけで、心が浮き立ってきます。今読めば、これまで調べてきた、いろいろなこととの「つながり」(抽象のタペストリーの経糸や横糸)が、どんどん見つかるに違いありません。
 時間があれば(あるにはあるのですが、いろいろなことについての順番を決めてしまっていますので)、これらの内容のすべてについての「要約」をまとめてみたいと思うのですが、ここでは、心をルシファーにして、第3章の「レムリア時代の人間」から読み進めることにします。スペースや時間に余裕があれば、他のどこかについて触れるかもしれません。

 第3章の「レムリア時代の人類」

 原文(日本語への翻訳文)では、この章の中は、下位分類の節に分けられていませんが、ここでは、理解が進むように、適度に内容のテーマに沿った節タイトルのようなものを想定して、その要約や(私の)感想をまとめてゆきます。

 レムリア大陸 
 レムリア大陸の位置については、シュタイナーがまとめている箇所がありますから、その部分を引用します。

 ほぼセイロン島からマダガスカル島に至るまで、現在の南アジアのみならず、アフリカの一部もまたレムリアに属していたのである。([2] p46)

 レムリア時代の人間 
 このタイトルは、この章と同じですが、ここでは狭い意味で使っています。
 シュタイナーは「レムリア時代の人間」を第三根幹人類([2] p46)と分類しています。
 われわれの時代である第五根幹人類([2] p46)という表現と、 第四根幹人類、すなわちアトランティス時代には([2] p47)という箇所がありますから、第三根幹人類(レムリア人)、第四根幹人類(アトランティス人)、第五根幹人類(現代人というか、シュタイナーによれば、アーリア人)については分かりました。
 それでは、第一根幹人類と第二根幹人類は、どのような人々だったのでしょうか。
 このことだけを考えて、この本 [2] を通読すれば何か詳しい情報が得られるかもしれませんが、いろいろな色の横線が引いてあって、何枚もの紙の付箋がついてある、この本 [2] を、ぱらぱらとめくって探したところ、第1章の「われわれの祖先であるアトランティス人」のところに、次のような表現箇所がありました。

 レムリア人、アトランティス人、さらにはアーリア人は、神秘学の呼び名に従えば、根幹人類である。レムリア人以前にもなお、そのような二つの根幹人類を考え、アーリア人の後にも同様に二つの根幹人類を考えて、全体で七つの根幹人類を神秘学は問題にする。([2] p22)

 おやおや「宿題」が増えてしまいました。第六根幹人類と第七根幹人類というものもあるのですね。これらの「宿題」は頭の中に少し隠しておいて、ここのところに関わってゆくと、テーマからそれてゆきそうなので、この本 [2] の「つづき」の内容へと戻ります。

 意志と表象力 
 シュタイナーは、レムリア人が、アトランティス人やアーリア人と、どのような点で異なるのかということについて述べています。
 バシャールは、レムリア人の皮膚が青かった、と言っています。このような、外見についてのシュタイナーによる透視の内容は、まだ見つかりませんが、とりあえず、シュタイナーが述べる、レムリア人の特徴について考えてゆきます。
 シュタイナーがレムリア人の特徴について語った部分を、少し(いや、たくさん)引用します。

 この人類の場合、記憶力は、全体としてまだ形成されていなかった。人びとは事物や出来事について表象を作ることはできた。しかしそれらの表象を記憶に保存することはできなかった。従って人びとは本来の意味での言語をまだ持たなかった。([2] p47)

 しかし彼らの表象力は後世の人間のそれとはまったく異なる力を有していた。彼らはこの力を通して、環境に働きかけた。([2] p)

 後にアトランティス人が生命力を自由に支配できたように、レムリア人は意志を自由に行使できた。([2] p48)

 レムリア人は特に意志と表象力の育成にはげんだ。([2] p48)

 これらの引用文のあいだに、シュタイナーによる、表現の繰り返しや詳細な説明が、もっとたくさん語られています。ここでは、色鉛筆やボールペンで横線が引いてある箇所の中から、これらのいくつかを選びました。

 レムリア人の記憶力は、まだよく発達していなかったそうです。だから言語は持っていなかった。しかし、表象力というものがよく発達していたということですから、きっと、テレパシーで、いろいろなコミュニケーションをとっていたものと考えられます。
 じつは、テレパシーを使いこなすポイントは「伝えたいことのイメージを描く」ということにあるのです。イラストのように、心のなかで描くのです。言葉で考えては、だめなのです。

 「環境」と、ひとくくりにしていますが、「雲」や「風」のようなものに働きかけるということの説明には、それらにある程度影響力をもつ、ドン・ファンらの呪術師が言う「精霊」とテレパシーで交信するという仮説を持ち出さなければならなくなります。
 しかし、「環境」の一部を構成している「植物」や「動物」になら、ちょくせつテレパシーで、こうしてほしい、こうなってほしい、ということをイメージで想像して、その「思い」(テレパシーによるイメージの塊、想念とも言います)を、相手に向かって、まるで言葉で語るように、投げかければよいのです。植物の場合は、変化がゆっくり、なので、相手が聞いてくれたかどうか分かるまでタイムラグがありますが、動物だと、ストレートに伝わったことが分かることがあります。自然の動物ではむつかしいかもしれませんが、よく心が伝わっている愛犬などでは、テレパシーで交信することはかんたんにできます。

 「意志」というのは、ドン・ファンらの呪術師の世界では、重要なキーワードですが、じつは、呪術とは少し異なる分野として考えられている、「魔法」や「魔術」の世界では、この「意志の力」こそが、大きな影響力をもつものとされています。
 話が流れてゆきそうなので、この本 [2] の第3章の「つづき」へと戻ります。

 レムリア人の住居 
 このことについてシュタイナーが語っている部分を引用します。

 レムリア人たちは、その最後の一時期を除けば、今日の意味での住居を持っていなかった。自然そのものがそのために提供してくれた場所に、彼らは滞在した。たとえば洞窟を住居として利用する場合にも、住むに必要な限りのみ、それに手を加え、必需品をその中に持ち込んだ。([2] p49)

 ここまでの描写を読むと、まるでレムリア人は博物館で展示されているような「原始人」なのかと思ってしまうかもしれません。
 ところで、そうではないということが、この後語られてゆきます。
 その前に、ちょっと重要だと思われる部分が、上記引用のすぐ後にあって、赤鉛筆でくっきりと横線が引いてあったので、これも引用します。

 後になると、わざわざ土を掘って、新たに洞窟を作るようになった。([2] p49)

 丘の斜面や山の崖のようなところに空いた横穴を、おそらく「洞窟」と呼んでいると思われますが、中国では、下にある地面を掘って住居としている一族が暮らしているそうです。これだと、生活用水などの排出がむつかしいと思われますが、横穴式の洞窟住居なら、きっと良いところがたくさんあると思われます。たとえば、夏は涼しいし、冬は暖かいことでしょう。湿気をどのようにするのかということと、換気の仕組みをうまくしておけば、けっこう快適に住めるものとなるかもしれません。
 ドン・ファンは、ときどき、カルロス・カスタネダといっしょに洞窟にこもり、呪術の指導を行っています。呪術師たちは、そのような洞窟が、ある種の効果をもたらすことを発見したのだそうです。
 このリーフページのシリーズで「チベットのゾクチェン」がよく読まれているようで、私のページランキングの上位に現れてきました。これに関して、以前から計画していて、再読を進めている「チベットの聖者ミラレパ」についてのリーフページを作りたいと思っているのですが、このミラレパのようなチベットの修行者は、よく洞窟のようなものを、そのまま利用するか、自分で作って、そこにこもり、瞑想の修行を行っています。きっと外界からの「邪魔」が入らないから、と思っていたのですが、ドン・ファンの物語から、それ以外に、もっと重要な効果があると思えるようになってきました。

 シュタイナーの語りへと戻ります。レムリア人の住居に関連して、彼らの建造物について、この後語られてゆくのですが、このさいしょとして、次のような表現があります。

 彼らが人工の建造物を作らなかった、というのではない。ただそのような建造物を住居には利用しなかったのである。([2] p49)

 「初期の頃の人工建造物は」と始まって、「人びとは丘陵に手を加えて、好ましい形態に変える喜び、楽しみを味わった」([2] pp49-50)と語られたあと、「しかしこの初期の一時期が終わるころになると」という書き出しのあと、次のように続いています。

 「神から与えられた叡智と芸術」の育成のための建造物はますます巨大になり、そして芸術性も豊かになった。([2] p50)

 このあとの、さらに詳しいことについては、ゲリー・ボーネルと古川益三さんによる「人類アカシャ全史」[3] で、まとめてゆくつもりです。
 シュタイナーの「アカシャ年代記より」[2] では、もっぱら、その意味などによる、より抽象的なことへと向かってゆきます。これは、ある種の(講演と名づけられているものの)「講義」なのですから、しかたがないことかもしれません。

 レムリア時代の環境 
 ここは「地球年代記」[1] において、シュタイナーが語った「レムリア時代」についての内容の、シュタイナーによる要約部分です。簡潔にまとめられていますので、そのまま引用します。

 アトランティス時代に較べても、空気は遥かに濃密であったし、水は遥かに希薄であり、蒸気に近かった。そして今日硬い地殻を成している部分はまだそのように凝固してはいなかった。([2] p51)

 レムリア時代の動植物 
 シュタイナーの語りは続いているのですが、タイトルを、このように変えました。
 ここも、私がまとめるような部分ではありませんので、引用します。

 動物界は両棲類、鳥類、下等哺乳類、そして植物界は今日の棕櫚(シュロ)に類する植物が発生するところにまで達していた。…当時は巨大な形態をしていた。今日の羊歯(シダ)が当時は巨木として、大森林を形成していた。現在の高等哺乳動物はまだ存在していなかった。([2] p51)

 フランスの国ほどもある牡蠣(カキ)がいた時代は、「地球年代記」[1] の「レムリア時代」のところで語られていましたが、ここでは表現されていません。
 ここで気になるところは、「現在の高等哺乳動物」がまだ存在していない、というところです。レムリア人の、もっと前の、原始人たちは、高等な哺乳動物を、集団で狩っていたのではなかったでしょうか。ここでふと浮かび上がった仮説があります。

 そのような状態にあったのは、もっと別の大陸などでのことであり、シュタイナーが透視しているレムリア大陸のことではなかった。そして、レムリア大陸は沈んでしまって、地球の表面は大きく変化してしまい、その化石による証拠は残っていない。私たちの化石学者たちは、まったくべつの(一部の)場所にあったものだけを調べ、この地球世界のすべてが、そのようになっていたと、自分たちの発見を拡大解釈している。

 どうでしょうか。

 レムリア人の宗教観 
 つづくシュタイナーのテーマは、レムリア人の宗教観のことです。
 ここのところは、バシャールが言ったことと見事に関連しています。バシャールが言ったこととは、レムリア人は、地球にいた原始的な人類は、宇宙からやってきたアヌンナキたちによる遺伝子操作によって生まれた、ということです。そして、少なからぬ指導を受けたということは、当然のこととして、起こったものと考えられます。
 シュタイナーの説明を引用します。

 人類進化のこの段階において、もし宗教が問題になるとしたら、それは「意志の宗教」となる。([2] p52)

 「意志の宗教」という分類項目があるとしら、ドン・ファンたちの呪術者たちや、ダイアン・フォーチュンらによる「カバラーの木」を象徴的なものとしてもっている魔術者たちも、ここに含まれるはずです。

 宇宙霊から賦与された力を神聖な「秘密」として、厳格に秘守し、自分の権力の神聖を自ら冒すことのないような生活をいとなもうとする態度の中で、宗教的尊厳が維持されたのである。([2] p52)

 ここのところは、チベットのゾクチェンにあてはまりますし、多くの密教的な宗教に共通して唱えられていることです。ここから外れてしまった、一部のカルトな宗教は、消えてゆきます。

 このあと、シュタイナーの説明は、このようなレムリア人の宗教において、超越的な存在がいたということにも触れていますが、あまり具体的なことがらは分からないので、ここでの引用はしません。

 レムリア人の女たち 
 ここからはしばらく、シュタイナーは「レムリアの女たち」がレムリア文明をどのように変えていったということについて述べます。
 「女たちはその生活態度を通して、特別の人間的能力を育成していった」という、導入の言葉を添えたあと、その具体的な内容について語ります。

 自然力の体験を通して得た彼女たちの想像力が、その後の表象生活全体の大きな発展のための基礎となった。([2] p52)

 自然力を心の中に深く受けとめ、それを魂の中で持続的に作用させたが、それが記憶力の萌芽を形作った。([2] p52)

 記憶力と共に、最初はきわめて単純なものであったが、道徳観念もまた形成された。([2] p52)

 「記憶力」と「道徳観念」を発達させていったのは女性だということです。
 これに対して男たちは何をしていたのかということも触れられていますが、かんたんに言うと、男たちはスケベで、偉い人の言いなりになっていたということです。
 「レムリアの女たち」が行ったことは、まだあります。

 女たちの生き方の中から「善と悪」との最初の観念が生じた。([2] p52)

 なんと、むつかしいことを、やってのけています。
 このあと、シュタイナーは、このような「レムリアの女たち」が行ったことについての、より詳細な分析を加えています。これはむつかしくなりすぎますので、おおよそのところはカットして、ひとつ、不思議な言明がありますので、それを取り上げます。

 女の魂の中には、(男たちにおける意志の魔術とは異なる)別種の霊的威力がそなわっていた。その力は男たちの場合とは異なり、意志の要素に対してよりも、むしろ魂の中の感情要素に対して語りかけてきた。([2] pp52-53)

 レムリア人たちの指導霊 
 このあと、シュタイナーのテーマは「レムリア人たちの指導霊」に移っています。
 レムリアの女たちと男たちの役割や変化のことが具体的に語られている、と思いきや、しっかり読むと、そのような役割を与え、変化をうながした「霊的存在」があって、レムリア人の一部から、のちのアトランティス人が出現していった、ということだ、そうです。

 この地球における人類というものは、自然な生態学的なメカニズムで生まれて進化したということではなく、ETのアヌンナキや、「霊的存在」などの、いろいろなところからの「働きかけ」があって、どうやらこうやら、文明をはぐくむ存在として成長させてもらってきた、ということになります。

 このときの「霊的存在」が「指導霊」として、どのようなことを行ったのか、シュタイナーの語りに基づいて、まとめてみます。
 このことは、まず、導入となる、次の表現のところから語り始められます。

 レムリア時代の女たちが達成した進歩は、次にアトランティス根幹人類が出現したとき、或る重要な役割を女たちが受け持つ原因となった。([2] p54)

 どのような役割かということは、これからじょじょに明らかにされてゆきますが、この後のポイントは、その役割を指定した存在がいる、ということです。

 アトランティス根幹人類は高度に進化した霊的存在の影響下に出現したが、この霊的存在たちは人類期形成の法則を熟知しており、人間本性の既存の力を用いて、新しい人類が出現できるようにしむけることができた。([2] p54)(太線処理は黒月樹人による)

 シュタイナーは「これらの存在についてはあらためて別に取り上げるつもりである」と述べ、ここでは、さらに具体的なことや詳細については触れないでいます。しかし、その「存在」がおこなったことについては、詳しく語ってゆきます。

 彼ら(霊的存在たち)はレムリア人のうちの小さな一団を別に分けて、これを来るべきアトランティス人たちの祖先と定めた。([2] p54)

 生物学の進化における「隔離進化」という方法が採用されたことになります。あるいは、もっと身近なことでたとえるなら、「選抜チーム」を決め、それらについて、「合宿」などでとくべつに指導する、といったケースに似ています。
 シュタイナーの次の表現に、彼らがこのことを行った場所は熱帯地方にあった。([2] p54)とあります。
 つまり、「熱帯地方」に「隔離」され、「合宿」のようにして共同生活し、いろいろなことを指導されたということです。
 その「いろいろなこと」についてのシュタイナーの表現をそのまま引用すると煩雑になってしまいますので、「男たち」と「女たち」に分けて、指導されて伸ばした能力の項目をまとめます。

 「男たち」
 指導項目 ◇ 自然の力を支配する。強い意志を発達させる。
 状態    ◇ 力が強い。多種多様な地球の資源、財宝を手に入れる。
          土地を耕作する。
 「女たち」
 状態   ◇ 魂と心情の豊かさをもつ。
         記憶力、想像力ならびにそれらに関連のあるすべての能力をもつ。

 ここで「男たち」のところにだけ「指導項目」として挙げられているのは、シュタイナーの表現の中に、男たちが「彼らの指導の下に…教育された」という箇所があったからです。「女たち」への「指導項目」については、これからどんどん現われます。
 「指導霊」と表現が変わった「霊的存在たち」が行ったことが、このあと二つ語られます。

 この一団をいくつかの小グループに分けた。([2] p54)

 これらのグループの組織と規律を女たちの手に委ねた。([2] p54)

 たとえば、陸上競技の選抜選手たちの合宿で、短距離、中距離、長距離、ハードル、跳躍、投てき、混成、などのグループ分けをして、それらのチームリーダーを、女性から選んだ、ということになりますか。
 昔私はボランティアで、ある大学の陸上競技チームを指導したことがありますが、そのときの跳躍パートのチームリーダーは、(私が決めたのではありませんが)女性でした。私は彼女に、速筋トレーニングの理論や、トレーニング全般のこまごました注意点を教え、具体的にどのようにするかは、彼女が自分で考えて行うようにと指導しました。
 話が流れてゆきそうなので、戻します。
 「指導霊」たちが、レムリア人の隔離進化対象部族を小さなグループに分けて、そのチームリーダーとして女性をばってきしたということですが、私もそれには賛成します。
 このあとの表現の中から、「女たち」が指導されたことを取り出してまとめます。

 「女たち」
 指導項目  ◇ 男たちの意志の旺盛な力を浄化する。
           男たちの魂を発展させる。
 行ったこと ◇ 共同生活のための組織づくり。
           「善と悪」の概念を打ち立てる。
           自然を理解する。

 「レムリア人の女たち」についての説明の中に、興味深い表現がありました。これは引用します。

 彼女たちを行動に駆り立てたのは「内なる声」であり、植物、動物、石、風、雪、木々のざわめきなどの語る言葉であった。([2] pp55-56)

 これは「詩的」でもあり「超物理学的(メタフィジカル)」なところでもあります。
 このようなことを「聴ける」女性がいるということは、現在でも、過去においても、よく知られていることです。
 シュタイナーの次の表現を引用しておきます。

 宇宙に内在する、このような要素を、秘密に充ちた自分の魂の、特別の深みから、読み解くことができた女たちは、特別の尊敬を受けた。([2] p56)(読点「、」を加えました。黒月樹人)

 言語の発生 
 このところのテーマは、次の一文から始まります。

 次第にこのような女たちは、心の内部に生きて働いているものを、一種の自然言語に置き換えることができるようになった。([2] p56)(太文字は黒月樹人による。読点「、」も加えました。)

 シュタイナーは「言語は歌のような表現から始まった」と語ったあと、このときの様子を詳しく描いています。そのときの情景を思い描きながら、ここのところを読むと、ある種の物語が演じられているのを見るようで、まるで、オペラのワンシーンのようです。

 想念の力が音声の力に置き換えられた。
 自然の内なるリズムが「賢い」女たちの唇から音声となって流れ出た。
 人びとは、このような女たちの周りに集まり、彼女たちの歌うような言葉の響きの中に、高次の力が直接語りかけるのを感じ取った。
 人びとの神礼拝が、こうして始まったのである。
 ――語られた言葉の「意味」は、まだ問題にならなかった。
 人びとは、響き、音、リズムを知覚した。
 しかしそれ以上、それについて思いめぐらすことはせず、聴いた言葉の響きを、力として、魂のなかに吸収した。
([2] p56)(太文字は黒月樹人による。読点「、」も加えました。)

 のところは、スター・ウォーズでのフォースと考えると、より理解が進むかもしれません。それは、感じて、使うもの、なのです。定義して、計量するものではありません。
 シュタイナーの透視によると、これらの現象は自然発生的なものではなかったようです。次のような表現があります。

 このような過程には、すべてに亙って、指導霊たちの配慮が働いていた。…… 或る種のやり方で、指導霊たちは、音とリズムを、「賢い」女司祭たちの心に吹き込んだのである。そうすることによって、指導霊たちは、人間の魂を教化していった。
([2] p56)(太文字は黒月樹人による。読点「、」も加えました。)

 シュタイナーは「アカシャ年代記」に、このオペラシーンのような「美しい情景」が示されていると語って、それを描写します。さらに具体的な表現なので、引用したいところですが、とても長いので、やめておきます。
 このようなオペラを作ってみたい方、あるいは、このようなシーンを組み込みたい方は、きっと参考になると思いますから、日本語での原文をお読みください。

 レムリアの火山活動 
 シュタイナーは、人間の物語から転じて、レムリア時代の地球の様子へと、視線をふたたび鳥瞰的なものへと高めます。

 レムリア全土には嵐が荒れ狂っていた。
 大地はまだ、後世の堅固さをもたず、いたるところで、薄い地殻を、地下から火力が衝き破り、その噴出する火が、大小様々の流れをなしていた。
 巨大な活火山が、ほとんどいたるところに現れて、破壊活動を繰り返していた。
([2] p57)(適宜読点「、」を加えました。)

 すごい背景です。こんなところで生活してゆけるのでしょうか。
 でも、シュタイナーは、こんなことも透視しています。

 人びとは何かにつけて、この火山活動を考慮に入れた。
 この火を諸施設のために利用した。
 また今日、労働力の基礎に人工の火力が利用されるように、この自然の火が労働のためにも用いられた。
([2] pp57-58)

 すごい! 火山の火や熱がエネルギー源として利用されている! 

 レムリア人の人体 
 こうして区切った「レムリア人の人体」という(仮想の)節の冒頭に、上記の節からの「つづき」として、次のような表現があります。

 この火山活動がレムリア全土の没落をひき起こした。([2] p58)

 そうですか。隕石の衝突でもなく、核戦争でもなく、他からやってきた宇宙人の侵略でもなく、火山活動ですか。それで、レムリア大陸が沈んだ。
 「しかし」とシュタイナーは続けて、「あのアトランティス人の祖先の土地だけは、全体として、火山活動が少なかった」と語っています。
 そうか。「霊的存在たち」は、そのような地形的なことも考え、一部のレムリア人を隔離して進化させようとしたのですね。
 ここの節では、レムリア人の人体がどのように変化していったのか、ということが語られます。
 シュタイナーの次の表現は、現代人の私たちには、ちょっとドキリとするところです。

 当時の人体はまだ非常に柔軟で、変化しやすかった。([2] p58)

 これはいったい、どういうことなのでしようか。「柔軟」といっても、現代人の私たちの体も、たとえば、赤ちゃんの「ほっぺた」のように、柔らかいと言えば柔らかいですし、それよりも柔らかく、そして「変化しやすかった」というのですから、いわゆる「変身」が可能だったということなのでしようか。
 さらに、このように続きます。

 内面生活の変化に応じて、人体にも変化が見られた。([2] p58)

 う〜ん。もう少し具体的な説明がないと、ここのところは、いったい何が語られているのか判断しかねます。少し抽象的な説明があって、次の表現へとつながります。

 人びとは外観上もまた高貴な形姿を現すようになった。([2] p58)

 ここにある「高貴な形姿」というのは、具体的には、どのようなものなのでしょうか。
 「現代人の形姿」に近くなったということなのでしようか。
 もっとも、現代人といっても、「すっぽん」から「月」まで、いろいろありますし……

 シュタイナーは、この話の中で、「石や金属」も「後世におけるよりも遥かに柔軟だった」([2] p59)と語っています。
 「柔軟さ」は、人体だけではなく、このころの物質全般の性質だったのですか。
 このあとシュタイナーは、「体形が固定していった」ことについて語っています。

 彼らは(文脈から、現在も存在している、レムリア人やアトランティス人の最後の後裔)内部から変化を遂げたのではなく、まだあまり進化しないうちに、内面が外から強制的に固められ、それによって進歩がとまってしまった。
 そして、この停滞は、実は退化であった。
 なぜなら、固定された外的身体性の中で、内面生活は、思い通りに活動できずに、衰弱していったからである。
([2] p59)

 人間の「外の形」が、「内面生活」と呼ばれるものに、強く影響すると、シュタイナーは語っています。私たちが「石あたま」なのは、「頭がい骨」が固いこととつながっているのか。あるいは、この体と重なっている、「内面生活」に強い影響をもつ、「チャクラ」の発達が阻害されたのではないでしようか。
 額に「目」がない私には、よく分かりませんが、

 動物や植物の変化 
 この「舞台」で現われるのは、「動物」と「植物」と「人間」と、そして「指導霊」です。だから、少なくとも「役者」は四人必要です。
 「動物」の変化については、次のようにまとめられています。

 それまでの動物がたえざる変化を遂げ、そして新たに別の動物が発生した。
 勿論この変化はゆっくりした過程をたどった。
 そうした変化の誘因のひとつは、環境と生活の変化の中に存する。
 動物たちは、新しい状況に、非常にすばやく適応する能力をもっていた。
([2] p58)

 ここまでなら、自然な生物進化のプロセスを語った、とみなせるのですが、動物の変化についての、最後のところに、次のような記述があります。

 体形は変化しやすく、比較的容易に諸器官を変化させることができたので、かなり短期間のうちに、或る種の動物たちの子孫と祖先の間には、あまり類似したところが見られなくなった。([2] p58)

 ここにある「かなり短期間のうちに」というときの「時間」を、生物が生まれて育つときの「世代」として考えたとき、何世代で、どのように変化したのかということが、きっと、私たちの常識を疑うものであったと推定されます。
 「植物」については、次の一文でかんたんに片づけられています。

 植物の場合、このことは、もっと徹底していたといえよう。([2] p)

 植物の系統進化は、かなり激しく起こるということが、遺伝子の組み合わせなどの証拠によって、現代の科学者たちも、そのことはつかんでいると思われます。環境の差異によって、サイズや性質がころころ変わるのが植物の「本性」でもあります。
 最近、売られている植物の苗を見ると、「宿根(しゅっこん)」という「まくら言葉」のついた品種がいくつか現われています。多年草として、冬に根が残るものだそうです。私の家の庭には「宿根スミレ」と「宿根アサガオ」がありますが、とても力強く生きています。他のスミレやアサガオも植えましたが、とてもかないません。実家の狭い路地裏に咲いていたスミレをもらってきましたが、花が落ちたあとなので、葉っぱだけが伸びて、花は来年まで咲かないとあきらめています。山からコケを採取したときに、小さな崖になっている風化した花崗岩の赤茶色の土にひっそりと咲いていた野生のスミレも、しっかり根を張って、少し先が尖った葉をたくさんつけてきましたが、小さな紫色の花は、もう咲いていません。ところが、買ってきて植えてある宿根スミレは、プランターの片隅では狭いと、どんどん横に広がってきて、もうじき六月になるというのに、まだまだ紫色の花を咲かせ続けています。この宿根スミレが気に入って、母が、これを私が買ったホームセンターにゆき、このスミレがないかとたずねたところ、もうスミレのシーズンは終わっていますので入荷していません、とのこと。すると、私の家の庭にある宿根スミレが、まだまだ花を咲かせ続けている、ということが、すこし異常なことなのかもしれません。

 「人間」についてのことと「指導霊たち」のことについて、次のように語られています。

 自然を変化させる人間の影響力は、今日の場合とは比較にならぬくらい大きかった。
 このことは特に、上述した住居地域
(レムリア人の指導霊たちが、一部のレムリア人たちを熱帯地方で隔離進化させたところ)の場合にあてはまる。
 なぜなら、ここでは指導霊たちが、人間には意識できぬような仕方で、この変化を司っていたからである。
([2] p60)

 このことの影響は、のちに現れるアトランティス人の時代に現れ、そのときには人々は、動植物の飼育栽培についての高度の知識をすでに身につけていたのである([2] p60)と語られています。

 女の魂の優位性 
 この章の最後で「女の優位性」について語られています。
 シュタイナーによると、「女の優位性」は「最後のレムリア時代」と「アトランティス時代」にわたって続いたそうですが、「人類全体についてあてはまる事柄ではない」と述べられ、そのことについての展開の部分は(理解が)少しむつかしい表現なので割愛します。
 もっと具体的なこととして、女性が発達させてきたことがらが取り上げられています。

 礼儀にかなった立居振舞、
 敏感な感受性、
 美的感覚、
 そのような、万人に共通の、優れた感覚生活、
 感情生活の大部分
([2] p60)

 最後にシュタイナーによる「まとめ」があります。

 文化民族はすべて、特定の体質、特定の身体表現もしくは心身生活上の或る共通項をもっているが、これらは女によって刻印づけられた。([2] pp60-61)

 あとがき

 「はじめに」のところで、「アカシャ年代記より」[2] の全16章のタイトルを書きだしましたが、その「第3章 レムリア時代の人類」(pp46-61)のB6版で16ページについて、少しずつ引用しながら、その内容の要点をまとめ、それについて考えてきましたが、この下原稿は、A4で14ページにもなってしまいました。
 「アカシャ年代記より」[2] は、まだ15章分も残っています。
 「地球年代記」[1] で、大きな謎であった、「太陽が地球から分離した」ということについて語られてある、「第7章 現在の地球のはじまり―太陽の分離」や、「第10章 地球の由来について」のところは、もっとかんたんに、大胆にまとめるという形で、シュタイナーの説明を読み込んで、新たにまとめたいと考えています。
 しかし、当初予定していた「人類アカシャ全史」[3] についての「まとめ」がひかえています。こちらを先に片づけようと思います。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, May 22, 2016)

 参照資料

[1] 「地球年代記」、ルドルフ・シュタイナー(著)、西川隆範(編訳)、風濤社(刊)2009
[2] 「アカシャ年代記より」、ルドルフ・シュタイナー(著)、高橋 巌(訳)、国書刊行会(刊)1981
[3] 「人類アカシャ全史」、ゲリー・ボーネル+古川益三(著)、大野百合子(訳)、VOICE(刊)2002
[4] 「バシャール スドウゲンキ」、須藤元気 ダリル・アンカ(著)、大空夢湧子(通訳)、株式会社ヴォイス(刊)2007
[5] 「神秘学概論」、ルドルフ・シュタイナー(著)、高橋 巌(訳)、筑摩書房 (刊)1998
[6] 「アダムスキー/第2惑星からの地球訪問者」、ジョージ・アダムスキー[著], 久保田八郎[訳], 中央アート出版社[刊] 1990

 

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