RaN322 地球人はどこにいるのか(76)ツバメ小屋(3)
Where is the earthian? (76) The Swallow Hut(3)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 梅雨が明け

 ようやく梅雨が明け、二羽の親ツバメたちは、あたりが明るくなるやいなや、三羽の子ツバメたちのために、あたりを飛び回って餌を集めてきます。
 最初は親ツバメたちが急ごしらえで作った、まるで小さめのグラタン皿のような、低い土壁の上から、わずかに嘴だけを出していたヒナたちも、いつのまにか、顔だちも、しっかりとしてきました。
 親ツバメたちは比較的小顔で、しかも、べったりと赤い肌を見せているのですが、子供たちはまったく赤くなく、やや暗い茶色で、しかも、まるで鐘馗さまのような口ひげのような黒い模様を、くちばしの上に持っています。三羽とも、そっくりで、見分けがつきません。
 朝いちばんは、まだお腹が空いているらしく、親ツバメが餌をくわえて戻ってくると、たちまちビイピイと鳴いて嘴を開けるのですが、そのようなことが何時間も続くと、さすがに三羽とも満腹してしまい、お昼ごろになると、巣の中に潜って、どうやら昼寝をしているようです。そんなとき、餌をくわえて戻って来た親ツバメが、巣の縁に止まって、おや、子供たちはどうしたのかと、一瞬首を傾げたようですが、事態を掌握したのか、いきなり巣の中に頭を突っ込みました。どうやら、この親ツバメは、子ツバメの頭をこつんと嘴でつついて起こしたようです。それでようやく、とってきた餌を子ツバメの口に押し込むと、さっと後ろにダイビングして、ツバメ小屋の上に空いている、秘密基地からのミサイル発射口のようなスペースを加速して、飛び出してゆきます。
 夕暮れどきも、まだ周囲が明るいときは、親ツバメたちは飛び回っています。
 シャワーを浴び、夕食をとって、離れの自室で横になり、本をしばらく読んで、うとうと眠ったあと、すっかり暗くなっているので、やおら起き上がり、金魚池とメダカ池の横を通り、長細い台所の入り口付近に置いてある懐中電灯をとり、玄関を開けて外の道路に出て、さてはと、車庫の車を照らすふりをして、その真上にある蛍光灯の傘に止まっている親ツバメの姿を確認します。おそらく雄ツバメです。それから、ひょうたんが育ちつつある植木の後ろ壁となっている、ガラスも障子紙もない、枠だけの引き戸の後ろの通路を通って、ツバメ小屋の横の通路へと回り込み、そこから中に入って、壊された巣が残っている、一つ目の蛍光灯の下に立って、ツバメたちが地面に落としたフンを照らすふりをして、その真上にある、二つ目の蛍光灯と、二つ目の巣の様子を確認します。子ツバメたちは、たいてい頭を巣の奥の方に向けて、すっかり長くなった尾羽をこちら側に突き出しています。雌の親ツバメは、それらの上に、まるでプロレスラーがフォールカウントをとるときのように、まるまるのしかかっているときがありますが、この日は、巣の外側に続く傘の上に止まっていました。眠ってはいません。おや、何かしら、と、急に明るくなったのに気づいているようでしたが、とくべつ騒ぎ立てる様子もありません。
 私は、懐中電灯を消して、奥の部屋へと戻りました。

 愛宕さん直会までの朝

 翌日の土曜日は、この町内にある、愛宕神社の小さな祠のお祓いがあり、それに立ち会ったあと、地区の集会所で会食することになっています。
 お祓いが11時半からなので、11時ごろに、その祠の前に集まってほしいということでした。
 朝5時に目覚めた私は、顔を洗って歯を磨いたあと、近所のスズメたちが集まってきているので、屋上ベランダの階段と壁に取りつけてある4つの餌台に、市販の小鳥の餌にパン屑やごはんを混ぜたものを分け置き、金魚池とメダカ池に、それぞれの餌を与え、朝のハーブティの準備をして部屋に戻り、コンピュータのスイッチを入れました。
 ここのところ、このシリーズのリーフページを作るペースがダウンしているのは、このあとの生活を支えてくれるはずの画像解析ソフトを改良する作業をしているからです。この日の日誌メモに、goes.cのmap-mode(2, 3)を整える、とあります。いよいよ大詰めです。
 画像解析ソフトの改良仕事では、脳のためのエネルギーをたくさん使います。一日に、それほど多くは続けられません。
 てきとうなところでくぎりをつけ、庭に出て、これまでに集めてある流木などの、自然木の手入れをすることにしました。そのままで使えるものもありますが、たいていは、腐りかけた倒木の枝を切り取ったものなどですから、皮が中途半端にぼろぼろになっています。それをナイフでこそげとるのです。
 中庭に置いておいた古木のストックがなくなり、私は、表の車庫の隣にある、ツバメ小屋に向かいました。拾ってきた流木などを、車の後ろから取り出し、すぐ隣にあるスペースに置いておくわけです。天井あたりはツバメ小屋なのですが、床は、ほんものの、山仕事や野良仕事のための小屋になっています。
 ツバメ小屋に入り、床に置いてある古木を何本かつかんで、私は、あまりに静かなので、おやっと思いました。
 見あげると、グラタン皿の巣の中が空っぽです。巣の形は、そのままでした。カラスに襲われたような雰囲気ではありません。
 子ツバメたちの巣立ちが終わったようです。
 そんな予定だったのなら、知らせておいてもらえば、古木の手入れなんかどうでもいいから、このツバメ小屋の片隅に座って、その一部始終を見たのに、と、自分一人で呟いても、誰も聞いてくれません。
 親が子ツバメに餌をやらずに、巣から飛び出すようにリードするところなども、本で読んでいましたが、こうして、何も見ることがなく、また、巣から落ちないように、こわごわと動き回っていた子ツバメたちが、この巣立ちのとき、ツバメ小屋の中で、あちこちに止まり、飛ぶ練習をしているところも、私はいろいろと想像していたのですが、そんなことも、あったのかなかったのかすら分かりません。
 とにかく、巣は空っぽなのです。
 私は外に出て空を見上げ、周囲の電線などを探しましたが、飛んでいるツバメの姿はどこにもありません。
 これで、なにもかも終わったんだ。これで、よかったんだ。この日が来るのを、ずうっと、待っていたんだ。
 しかたなく、そうつぶやいて、私は中庭に戻り、木々の皮をむく作業を続けることにしました。

 愛宕さん直会

 11時に作業を取りやめ、そのままの姿で、近所の愛宕さんの祠前まで行きました。
 お祓いは11時25分から始まり、各町内を回っている、烏帽子をかぶった神主さんの後ろに並び、いっしょにお辞儀をして、手を打ち鳴らしました。
 神主さんが去ったあと、この町内の神社担当の人から、お神酒をもらって飲み、何粒かの生米をもらって食べました。
 それから、町内参加者があつまり、祠の前で記念撮影。
 そして、続いて、場所を集会所に移して会食することになりました。
 この町内は10軒しかないので、大きな宴会場をつかう必要がありません。この集会所では、3時から別の町内の会合があり、弁当を頼んだ料理屋では、夜にいくつかの宴会がもよおされるということでした。
 どうやら、このあたりのしきたりでは、正月明けの新年会と、この夏の、愛宕さん直会とが、みんなが一堂に会して話し合うということになっているようです。
 クーラーの効いた部屋で長机の前に座り、弁当と缶ビールで会食します。
 私は、なるようになれ、と思っていました。
 この町のしきたりにそぐわないから、きたない小屋を街道から見えないように、シャッターを降ろせと言ってきた、隣と、向かいと、斜め向かいの、三人の叔母さんたちは、この場に来ては居ませんでしたが、それぞれの息子さんや娘さんが、といっても、みんな、私より年上の人々なのですが、座っています。いよいよ「針のむしろ」か。
 食事が進み、話がいろいろと盛り上がってきたとき、一人の男性が、私が作った小屋のことについて触れてきました。
 前を通る人が、その小屋について聞いてくるだろう、ということです。
 私は、自転車を停めて聞いてきた女性の話を語り、とても好意的だったということを伝えました。
 すると、その男性は、それに同意し、あんな古い木材を使って、良い(いい)ものを作ったものだと、話を意外な方向へと進めてゆきます。
 私は、あれらの木材が母屋の二階に残されてあったこと、あの小屋は、ツバメが一度孵したヒナをカラスにやられたため、ツバメたちがもういちど、別のところに巣作りし始めたのを見て、カラスが入ってこないような、部屋のようなものにしようとしたこと、わずか一日で組み上げたこと、残されていた木の中には、裏書に「文化二年」と墨書きされた箱があったこと、これらのことを、聴かれるままに答えてゆきます。
 どうやら、この町内で、ずうっと昔の、江戸時代の古文書に残されている「家」としては、私が住んでいるところだけが記録として残っているということを、向かいの人から聞かされました。
 どうやら「お茶屋」だということです。それは、かなりきれいな言葉ですが、実際は、食事以外のものも提供したということが、その人の言葉のニュアンスから分かりました。
 でも、それがいったい何だというのでしょう。
 このとき、古い木材で組み上げたツバメ小屋の前には、何枚もの葉を大きく茂らせ、いよいよ蔓をのばしてゆこうとしている、ヒョウタンの苗と、コニファーと呼ばれている針葉樹の若木と、買ってきた「レオナルドダビンチ」という名のバラと、山から採ってきたヒイラギの若木や、名前は知らないものの、その近くにあった樹木の若木を、それぞれ、やはり残っていた古い板を使って作った、木の植木鉢に植えて並べてあります。
 それらの背後に立ててある、ガラスも障子紙もない、枠だけのものには、やはり母屋の二階にしまってあった、長い竹ひごを、まるで地下茎が伸びるように、何本も絡ませて、長方形の木枠を何するものぞと、斜め自由にゆるく編み上げてあります。
 ここまでのものを、シャッターで隠すという考えは、もう、無茶以外の何物でもないようになったようです。
 これらの話のどこかで、私は、次の言葉を添えました。
 ツバメたちは、二度目の子育てを終え、本日無事に旅立ってゆきました。もう、巣の中には何もありません。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 25, 2016)

 

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