RaN334 グルテンアウト(5) 薬をやめれば病気は治る
(1)ドクターズルール425

黒月樹人(◇田中タケシ)@黒月解析研究所

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 「白米中毒」[4]

 この本の中で著者(白澤卓二)は、従来使われていた(危険な)「ドラッグ」の分類名称を拡張して、次のように整理しています。



 この本ではグルテンのことは取り上げられていませんが、この著者は、「いつものパン」があなたを殺す [2] と小麦は食べるな![3] の日本語訳の訳者です。
 おそらく、グルテンはマイルドドラッグとして分類されるかもしれません、[3] の第2部の4章 小麦は「頭からつま先まで」全身の健康を破壊する のところをくわしく読むと、ソフトドラッグあたりに分類されるべきではないかと思えてきます。

 「食べ物を変えれば脳が変わる」[5]

 この本ではグルテンのことは語られていません。
 しかし、ここ何十年か(50年くらい)の間に、私たちの生活において、食べ物が大きく変わってきたことにより、私たちの、ひとりひとりの健康状態が、それに応じて、大きく変わってしまったと、警鐘を鳴らしておられます。
 とても専門性の高い内容で、まるで、大学の講座におけるテキストのようなレベルです。
 この本の内容で、私がとくに関心をもったのが、第5章 うつを撃退する栄養素 のところです。

 私は2008年まで、(精神科の医師に判定してもらわなくても)明らかに躁うつ病でした。
 そのような経験の中で、何度か「深いうつ状態」におちいったことがあります。
 ところが、そのような「深いうつ状態」も、私のケースでは、どういうわけか、ほぼ6ヶ月が経過すると、いつしか希望が見えてきて、その精神的な「井戸」もしくは「洞窟」のようなところから抜け出せるのです。それはまるでジンクスのようなものでした。
 だから、2回目からの「うつ状態」では、じたばたするのはやめて、6ヶ月経てば抜け出せるのだから、ここのところは耐えておこう、と考えることができ、あまり深いところまで沈むことはなく、自殺なども考えるような、この人生における虚無感へと突き進むことは、なんとか避けられていました。
 しかし、私と同世代の人で、会社側の勝手な理由でリストラされ、これまで築いてきたものを失い、多くの人が自殺しています。
 そのような社会を生み出した、その当時の政治家のことを、今でも、私は許すことができません。
 戻って、私の「うつ状態」が、6ヶ月で治ってしまうという現象を何度か体験して、これはちょうど、骨折した骨が、やがて回復して、もとどおりになるのに、ある程度の時間がかかるのと、そっくりだ。だから、私の心もしくは精神に対応する、より高次の体(アルトラル体とかメンタル体というものがあるとされています)に、肉体における骨折のような障害が起こり、それが回復して、私はまた、「普通の状態」へと戻るのかもしれない、と考えていました。
 肉体とは違う、高次の体というものの中で、肉体とそっくりな形をしていると言われる、エーテル体とされるものは、いくつかの方法によって、感じることができます。
 それより高次の体については、おそらく、幽体離脱をした人は感じ取れていることでしょう。
 再び、戻ります。
 「食べ物を変えれば脳が変わる」[5] の著者(生田 哲)は、「うつ」と、ある種の物質の不足もしくは過剰が関係しているということが明らかになって来た、というようなことを、色々と語っています。
 なるほど、だから、現在の精神科医たちは、それらの研究成果をふまえて、「うつ」に効く「薬」を処方すれば、「うつ」は治せる、と考えているのでしょう。
 しかし、ここに大きな問題があります。
 このような、単一成分の「薬」は、やがて効かなくなる、ということです。
 さらに考えてゆくと、人間というものは、一様に同じ化学成分でできているわけではないのですから、そのような「薬」の効き方が同じだとは考えられません。
 もっといろいろな問題がからみ、このような、精神科の医師に「薬」を出してもらって飲むという方法では、6ヶ月以上たっても、いっこうに「うつ」が治らないということになるのです。
 私の叔母さんA子さんは、もう何年も「うつ状態」です。抗うつ剤の副作用でしょう、身体がだるい、と言っています。以前のA子さんに比べ、まったくの別人のようになっています。

 「薬をやめれば病気は治る」[6]

 この本について概説する前に、この本の中から、重要なフレーズのいくつかを取り上げておきたいと思います。

 薬を常用すると、副作用に関係なく、寿命を縮めることになる([6] p7)

 お年寄りたちは、血圧の薬(降圧剤)で血圧を下げすぎており、脳への血流が慢性的に不足していたために、ボケているようにみえていたのです。([6] p19)

 (日本の医師が行う)標準治療の手段として許されるレパートリーは、基本的には、手術(処置)、放射線、薬しかないのです。驚くべきことに、メニューは、たったの3種類なのです。([6] p31)
 いまの標準治療はベストとはいいがたいものです。
 なぜなら、とくに慢性病、つまり生活習慣病に関しては、根本治療が欠けているからです。
([6] p45)

 この著者は、若いころ、某製薬会社の抗けいれん剤が、患者のリンパ球の数を急激に下げることに気づき、これを詳しく調べようとしたのだそうですが、その計画は「即刻握りつぶされ」たそうです。その某製薬会社が、著者の所属医局のスポンサーだったのです。
 また、別の製薬会社が「免疫力を高める薬」を開発する、その基礎研究に、著者も参加して実験など手伝っていたのでしたが、製薬会社が期待するような結果がでません。やがて、著者は、そのチームから外されたそうです。
 その理由は、はっきりしたものではないそうですが、著者はそのとき、(他の誰かに言っていないようですが)次のように思っていたそうです。
 「むしろ、運動や食事を改善したほうが、よほどリンパ球の数も増えるし、NK細胞の活性も増えるのに」と。

 医者ではありませんが、自称科学者のはしくれとして、私も、そう思います。
 先日私は腹部の激痛で入院しましたが、肝臓まで管を突っ込んで、内部の膿を直接取り出してしまうという、こんな簡単な「手術」があるのか、と感心してしまいました。
 しかし、歩き回ったりしないで、ベッドのところにいて、じっとしていろ、という指示は、明らかに間違っていると考えていました。
 そして、どこでもそうなのかもしれませんが、病院食の(味は、メモを書いて食堂の人に読んでもらうというは、はたらきかけをしたためだと思いますが、しだいによくなってきましたが)内容については問題だらけで、ここの医師や栄養士たちは、いったい何を学んできているのかと、あきれ返ってしまいました。
 私は「仮退院」と「(事務的な意味でだけの)退院」のため、自分の家にもどり、玄米を中心とした自然食、そして中学生や高校生にスプリントランニングのノウハウを指導するために、陸上競技場で、自ら走って見本のフォームとその動きを見せる、ということを何回も行うという、医者たちがきっと「適度」と考えているレベルの何倍もの強度で運動を行い、もちろん、夏の終わりから初秋のころのことでしたが、私が夜眠る「離れ」の外には虫たちがいて、白色ノイズ化した鳴き声で、私の睡眠を誘ってくれます。睡眠もたっぷりとれていました。
 このような、理想的な治療環境で暮らすことにより、10月7日のCTスキャンに写っていた、私の肝臓には、かすかに患部の位置を示す程度の異質な部分が残っていただけという、医者たちが想定していなかったスピードで回復していったのです。
 そして、ガン化していると問題視されていた、私の胆のうは、かつてぶよぶよに腫れた袋だったのに、まるで小さなゴム風船のように、薄い皮になって、まんまるに膨らんでいたのです。
 だから、「いちどガン化して変形した壁が、わずか1ヶ月半で、こんなきれいな形に戻りますか?」と問うことで、胆のうと肝臓の一部(10月7日のCTスキャン検査がなかったら、ほぼ半分)を手術で摘出し、その後、手術の事後経過の影響で、躁病が発症することを想定して(そんな理由があるか!)、精神科の病棟で入院管理されてしまう、というスケジュールを、すべてキャンセルすることができたのです。

 このような、私たちの自然治癒力についての、著者の考えが、次のように示されています。

 私たちの体には、いまだに誰にも説明できない、”復元力”という、とても不思議な力がそなわっています。(中略)
 この復元力は、自己治癒力、生体エネルギー、氣、チャクラなどと呼んでいますが、実態はよく分かっていません。([6] p68)

 「よく分かっていない」というのは、それが分かるような「人間」になろうとしていないからだと、私は思います。もちろん、私も「よく分かっていない」側の人間に含まれていますが、もうすこし、現代科学の技法を駆使して調べれば、これらのことが「よく分かる人間」と「よく分からない人間」とでは、何が違うのか、ということを明らかにしてゆけると思います。

 もうひとつ、この本の前半部分で、とても重要なことが述べられています。

 ドクターズルール425

 このことが説明されている第3章のタイトルそのものが、とても重要なフレーズです。

 第3章 薬は毒だと思え([6] p61)

 「ドクターズルール425」というのは、「米国の医師たちがつづった、医療現場における、規則や格言を集めたもの」◇「医者の心得集」◇「医者のバイブル的な存在」([6] pp72-73)なのだそうです。
 その「ドクターズルール425」の173番目のルール(きっと425まであるのでしょう)に、日本で「4種類ルール」と呼ばれていることと同じことが示されています。
 英文と日本語訳が載せられていますが、それを引用することは避けておきます。
 私なりに解釈して、言い換えておきます。

 患者に同時に与える薬が4種類を超えてしまえば、いったい何が起こるか分からない。
 4種類の薬での試験は、これまで一度も行われていない。3種類でも、調べられたのは、ほんの少しの薬についてだけである。

 ここでは、日本語「以上」と英語の”more than”とが、げんみつに対応付けられていないと思われます。
 ここのところの内容を読むと、「4種類の組み合わせの薬については、一度も(比較対照)試験が行われていない」のですから、4種類を含めた、それ以上は「神の領域(人間が理解できることではない)」となり、「薬5種類以上は神の領域」というのは間違いで、「薬4種類以上は神の領域」としておくべきです。
 3種類だったらよいのかというと、「ほんのわずかしか行われていない」とあるので、それが行われた3種類についてだけ、どのようなことが起こるのか、ということが推定できるということです。だから、どんな薬でも3種類までは同時に服用してもかまわない、というのではないのです。
 3種類でも2種類でも、1種類でも、薬を飲んだら、その副作用があるのです。その副作用の様子が、薬の数が増えるにしたがって、どんどん増えてゆき(指数関数的に増えると書かれていますが、これは単なる表現のあやで、そのような統計処理はおこなわれていないことでしょう)、何が起こるか分からなくなるということなのです。
 たとえ、誰かが死んだとしても、何が起こってしまったのか、患者はもちろん、その薬を出した医師も分からないし、裁判になって、他の科学者が調べようとしても、何故だか分からないとなって、誰も責任をとってくれないのです。

 「薬をやめれば病気は治る」の後半については、RaN335以降で説明してゆくことにします。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, January 18, 2017)

 参照資料

[1]「長生きしたけりゃ パンは食べるな」、フォーブス 弥生(著)、稲島 司(監修)、SBクリエイティブ株式会社(刊)2016-11-15
[2]「いつものパン」があなたを殺す、Grain Brain、デイビッド・パールマター&クリスティン・ロバーグ(著)、白澤卓二(訳)、三笠書房(刊)2015年1月
[3] 小麦は食べるな! 原題WHEAT BELLY(小麦腹)、Dr. ウイリアム・デイビス(著)、白澤卓二(訳)、日本文芸社(刊)2013-7-10
[4] 白米中毒、白澤卓二(著)、アスペクト(刊)2013年2月5日
[5] 食べ物を変えれば脳が変わる、生田 哲(著)、株式会社PHP研究所(刊)2008-10-29
[6] 薬をやめれば病気は治る、岡本 裕(著)、株式会社幻冬舎(刊)2013-3-30

 

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