RaN344 食事が人格を作るのだろうか

黒月樹人(◇田中タケシ)@黒月解析研究所

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 「甘い物は脳に悪い」(笠井奈津子)[1]

 この本の著者は、栄養士、食事カウンセラー、フードアナリスト、なのだそうです。
 この本のタイトル「甘い物は脳に悪い」は、かなり驚くべきものです。インパクトがあります。
 でも、私は、この前の入院生活での、自分自身の精神状態のこと、そして、その前後の、自宅でコンピューターソフトを組み上げて、黙々と仕事に打ち込んでいるときのこととを比べ、「甘い物は脳に悪い」というフレーズが、かなり本質的なところを突いていると分かります。
 私は、その入院生活のとき、かなりハイでした。「虫の惑星」という、かなり高度な内容の本を、少しずつ読み進んだり、数々の「漫才台本」やエッセイを書き溜めたりするという、知的な作業も、やるにはやっていましたが、それらは、私にとっては余暇にこなす余技のようなものでした。
 コンピューターソフトのゴブリンアイズを完成させようとするときに現れる、数々のバクに関わる問題を解決することや、ここにも記しているような、あるテーマに沿ったページを構成するということに比べたら、病院での(シュールなジョークも含むような)創作活動は、私自身に関する「子供だまし」のようなものでした。
 「食べるもの」について考えてみると、入院時は、問題だらけの病院食に加えて、私自身も、お酒こそ飲みませんでしたが、グミなどの「甘いもの」に「はまり」、夜食のための、リッチなサンドウィッチや(安い)菓子パンに「おぼれていた」のです。
 それに対して、パンだけでなく、スパゲッティやうどんなど、現代の小麦粉を使った食べ物を、まったくといっていいほど食べなくなり、玄米を中心的なカロリー源として、青魚や野菜を中心とした「魚菜食」といってもよいような食生活をしている今、「脳」のコンディションがとてつもなく良好だということを実感しています。
 ふと、振り返ってみると、あれほど甘い物に、そしてパンにも「はまっていた」のに、今はまったくといっていいほど、「甘い物」や「パン」をほしいとは思わなくなっています。「お酒」も、です。ただし、赤ワインは飲みますが、1カップだけで満足します。ウィスキーを飲んでいたころは、ちびちび、が、がぶがぶ、に代わり、やがて、ごくごく、するするとばかりに、何を飲んでいるのかも忘れてしまっていました。落語で言われる、「酒に飲まれる」という状態でした。
 精神的にも、とても安定しています。
 もし今、何らかの機会があって、精神科の医師と話し合う(向こうから見れば診断)ことがあったとしても、私はきっと、私がかつて「躁うつ病」であったことなぞ、まったく気づかれないように話すことができると思います。
 このような経験を総合的にとらえ、私は、ある仮説のようなものを考えることになっていました。そのことを端的に表現しているフレーズが、「甘い物は脳に悪い」[1] にあったわけです。
 それは、「終章 食事が人格をつくる」というものでした。
 しかし、ここのところを読んでみると、このタイトルに直接つながるようなエピソードのことは何も書かれていません。
 この本で、ここまでのところに書かれていることは、とても貴重なものとして受け止められましたが、このような「終章」へとつながるような、ある種の「ミッシングリング」が何も見えないのです。

 「精神科医は信用できるか」(和田秀樹)[2]

 この本の「つかみ」は、「安部前首相がうつ病だったと考える根拠」という「節」にありそうです。
 私はかつて「躁うつ病」でしたから、「うつ状態」のことがよく分かります。だから、安部前首相が突然辞任したときのことを知って、この人は「うつ病」になったのだと、すぐに理解しました。
 ところが、それから何年かして、彼は再び日本の首相の座に返り咲いています。
 このパターンは、私たちにとってみれば、「躁状態」へと変わったとしか思えません。
 つまり、日本という国は、現在がどうであれ、潜在的に、であれ、「躁うつ病」の人をトップにおいているのです。なんとあぶなっかしいことか。
 この「精神科医は信用できるか」[2] が出版された2008年には、まだ安部氏は首相に復権していなかったのでしょう。
 この本では、安部氏が首相を辞めたとき、「うつ病」であったことを、本人が、まったく認めていないということを問題視しています。
 日本の風土では、もし、そんなことを認めれば、安部氏の政治家としての活動は、そこで「終わり」になっていたのかもしれません。
 しかし、これほどの立場の人が、自分の病状について、正しく評価せずにいることによって、日本全体の「うつ病」患者への、いわれのない非難がつづいてゆくのです。
 そして、私のような、かつて「躁うつ病」だった人間に対しても。

 「精神科医が狂気をつくる」(岩波 明)[3]

 この本のタイトルもインパクトがありました。
 著者自身が精神科のお医者さんでありながら、精神科の治療における、数々の「嘘」を暴いていく、という、いわば、内部告発の本です。
 私はかつて「躁うつ病」でしたから、そして、周囲の世界を観察して、私と同じ病状の人が、あまりに多くいるのに驚いていました。
 もう少し引いて見ても、私を診察したということになる、精神科の二人の医師が、こぞって、人の話を偏見に満ちた用語でとらえてしまうのを知り、この人たちは、ほんとうに医師なのだろうか、それにしては、思考力に問題がありすぎる、と感じました。
 たとえば、私の語り口を「多弁」であり、その視点を「多幸的」と、カルテに記していたのです。そして、それらを理由に、私が現在でも「躁うつ病」であると、得意げに診断しています。
 私が「多弁」なのは、このようなリーフページを何度もまとめている、いわば、トレーニングのたまものであり、「多幸的」に見えるのは、色々な知識を学んで、「乏幸的」にならないようにと、自らコントロールしているからです。
 また、カルテを読むと、医師たちは、私の話が「突然変わる」と記していますが、それも私にとっては、トレーニングのたまものであり、小説家や脚本家が、全体的な展開のために必要なシーンなどを、突然組み込んで、物語をドラマチックに構成しようとするのと同じです。
 私は、そのような、もっと大きな視点で話を構成しようとしているのに、医師たちは、自分の思考のためのスペースが狭いということに思いよらず、このことを「観念奔逸」という、「躁病」の条件の一つとしてとらえようとするわけです。
 さて、この本の内容の展開を読んでゆくと、ここにも、同じパターンがあるということに気がつきました。
 第一章は「食事療法というペテン」というタイトルでした。
 たしかに、著者が問題視するようなことが生じているのだと思えます。
 「食事療法」によって、あらゆる「精神疾患」が治療できると、「証明」されているわけではありませんし、そのようなことを、現代医療の科学的な手法で実証するのは、ほとんど不可能です。もし、そのようにしようとすれば、患者を2群に分けて観察しなければなりません。そのためには、同じような症状の患者を、統計的な処理ができるほどの数で調べる必要があります。ところが、その「同じような症状の患者」をそろえるというのが、ひとつの高いハードルです。そして、「統計的な処理ができるほどの数」で調べるというのも、まず不可能なことです。
 このような問題を逆手にとって、「証明」できないのだから「ペテン」だというのは、あまりに論理がシンプルすぎます。
 もっとも、多くの精神科の医療は、治療費を要求するものとなっていますから、ここに「ペテン」という言葉が使われることになるのでしょう。
 少し退いて、この本の内容について考えてみると、ちょっと「観念奔逸」的であり、まとめかたに難があるように思えます。
 まあ、現時点での精神病理現象というものが、ほとんどよく分かっていないということの、これらは、その裏返しのことなのかもしれません。
 この本が出版されたのは2011年のことです。
 まだ、この後の本に記されていることは、ほとんど分かっていなかったのでしょう。
 たとえ「グルテンフリー」という言葉が知られていたとしても、それは、単なる一つの「ダイエット法」のことだと思われていたことでしょう(おそらく、現時点でも、ウェブで検索してみれば、そのような傾向が見えてきます)。

 「小麦は食べるな!」(Dr. ウイリアム・デイビス)[5]

 「長生きしたけりゃ パンは 食べるな」(フォーブス弥生)[4] が正式に出版される何日か前に、私はこの本が平積みされているのを見て、手に取り、さっそく買って、一気に読みました。そのとき、本屋の店員さんに、「この本はきっとベストセラーになりますよ」と話したことを覚えています。まだ内容を読んでいないのに。
 それから3ヶ月ほどたっています。他の本屋でも、最初は書棚にひっそりと背表紙だけ見せて並んでいたのですが、最近では、その手前の台の、いちばん通路に近いところに平積みされています。ベストセラー街道、まっしぐら、といったところのようです。
 この「長生きしたけりゃ パンは 食べるな」[4] が「入口」でした。
 私は「グルテンフリー」という言葉と、その現象が、すでにこの世界に現れていて、少しずつ広まろうとしていることを知りました。
 まずは、次の本「いつものパン」があなたを殺す(デイビッド・パールマター&クリスティン・ロバーグ)[6] を図書館で探して読んだわけですが、この本 [6] に記されている、「小麦は食べるな!」(Dr. ウイリアム・デイビス)[5] を、やはり図書館で借りて読みました。いずれも英語で出版されている本の日本語訳ですが、順序としては [6] のほうがGrain Brain (穀物脳)という名で2011年に出され、[5] が確か2013に、WHEAT BELLY (小麦腹)という名で出されています。いずれも、シンプルでウィットの効いた、見事なタイトルです。
 WHEAT BELLY (小麦腹)[5] では、小麦が、タイトルが象徴するような、内臓脂肪が詰まった「肥満腹」を生み出し、「腸の病気」、「糖尿病」、「老化」、「心臓病」、「小脳の機能障害」、「皮膚病(頭の脱毛症も)」などに関わっていることを明らかにしています。
 「小脳」に関しては、かなり論理的な病理現象が明らかになったことを紹介していますが、「大脳」については、それを明らかにすることの困難さのため、まだ、よく分かっていないとしています。

 「いつものパン」があなたを殺す
(デイビッド・パールマター&クリスティン・ロバーグ)[6]

 すでにWHEAT BELLY (小麦腹)[5] が、日本語訳が出版された2013年の時点で、アメリカとカナダで130万部ものベストセラーとなっているのに、Grain Brain (穀物脳)[6] が出された、その存在意義は、数多くの臨床例が紹介されている、というところにあると思われます。
 「大脳」についての病状は、病理的な検査がやりにくく、これに関する病気のメカニズムを「証明」するのは困難なことです。
 しかし、[6] の著者が行ってきた、グルテン過敏症かどうかの検査をして、グルテンをとらない食生活を指示し、その結果を観察するという手法により、このようなことをやっていない、世間一般の人々をコントロール群とした、ある種の、統計的な評価が可能な、疫学的な「検証」が行われてきた、とみなすことができます。
 そして、この本 [6] の中で示されている、改善された病状の中に、数々の「精神疾患」のリストがあるのです。

 食事が人格を作るのだろうか

 ここまでの知識を総合して、ある種の限定条件を考えてのことですが、「食事が人格をつくる」とみなせると、私は考えます。
 私自身のエピソード、そして、私に近い人間のことを思い浮かべると、アンバランスな、しかも、何も知らずにですが、現代小麦が含まれている、パンやうどんや、スパゲッティ、お菓子、それに、危険な添加物だらけの清涼飲料水、などなど、「脳」の機能を狂わせる食材が、私たちの「人格」に強く影響していると考えないではいられません。
 子供がじっとしていられずに、授業中でも歩き回る、それは、ひょっとしたら、お母さんの食事に原因があるのかもしれないのです。
 旦那がすぐに怒る、というのも、その両親の「しつけ」が良くなかったと考えるだけではなく、奥さんが作っている、毎日の料理に原因があるのかもしれないのですよ。
 「うつ病」や「躁うつ病」、あるいは「統合失調症」、これらが改善した事例も [6] にはあります。
 ひょっとすると、政治家のみなさんが、「躁病」ぎみで、「ごうまん」で、はために見て「おかしいのでは」と思われるような「判断」や「命令」を出すというのも、ここに、根本的な原因があるのかもしれませんよ。
 だからまず、グルテンをアウトにする食生活に入る前に、ご自分のお腹が「小麦腹(WHEAT BELLY)」になっていないか見直してみるべきだと思います。
 顔に老化の「しわ」が多く現れていないか。(頭が禿げてきていないか)
 「記憶障害」としての「ボケ」が始まっていないか。
 「怒りっぽく」なっていないか。
 …… (ほかにも、[5] や [6] にたくさんあります)
 これらのチェックをパスすることができて、何も問題がないのであれば、食生活を変えることを検討する必要はないかもしれません。
 でも、そんな人が、いったい、どこにいるというのでしょうか。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, February 5, 2017)

 参照資料

[1] 「甘い物は脳に悪い」、笠井奈津子(著)、幻冬舎(刊)、2011-9-30
[2] 「精神科医は信用できるか」、和田秀樹(著)、祥伝社(刊), 2008-2-5
[3] 「精神科医が狂気をつくる」、岩波 明(著)、新潮社(刊)、2011-6-15
[4] 「長生きしたけりゃ パンは 食べるな」、フォーブス弥生(著)、SBクリエイティブ(刊)、2016-11-16
[5] 小麦は食べるな! 原題WHEAT BELLY(小麦腹)、Dr. ウイリアム・デイビス(著)、白澤卓二(訳)、日本文芸社(刊)2013-7-10
[6]「いつものパン」があなたを殺す、Grain Brain、デイビッド・パールマター&クリスティン・ロバーグ(著)、白澤卓二(訳)、三笠書房(刊)2015年1月

 

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