ツバメ小屋(4)

黒月樹人(◇田中タケシ)@黒月解析研究所

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 帰巣、子別れ、産卵

 昨年、私の家にツバメがやって来て、巣をつくろうと、居座ったのは、水口祭りの前日のことだった。
 翌日の水口祭りに、どのような手順で着物を着ればよいのかを、隣のおばさんに聞いているところを、道路に降りてきて、小首をかしげながら聞いていたメスのツバメが、一度目のヒナをカラスにやられてしまい、それでもなんとか、梅雨の間に卵を抱いて、8月のいつだったか、3羽の幼鳥を育て上げ、あっという間に消え去ったのだった。
 そいつらが、今年は四月の声を聴いたとたんに、舞い戻って来た。
 ツバメの顔を識別できるほど観察していたわけではない。
 しかし、表通りからは一目で見えない、もともとは商売をやっていた店のスペースの半分を、古い木切れで囲った小屋の中にある、天井の蛍光灯の傘にある巣を知っているのだから、昨年そいつを作ったツバメたちに違いない。
 やってきて、すぐに居ついたわけではなかった。
 もっといい「物件」がないかと思案していたのかもしない。
 少したってから、もとの巣に飛び込んできた。
 と思ったら、巣のあるツバメ小屋の、内と外を巡って、ぐるぐると回転するように飛び回っている。一羽ではなく、二羽が追いかけっこをするように、何度も同じコースで、入口と出口の周回コースを飛び続けた。
 やがて、追われている一羽が、外へと逃げ出し、追っていた一羽が、出口のところにある横板の上の縁に止まって、大声で泣き叫んでいる。
 その追いかけっこを見ていた、別の一羽が、そのそばに飛んできて、まるで、二羽が話し込んでいるかのようにさえずっていた。
 もしこれが、ディズニーの映画だったら、きっと、吹替で、いろいろなセリフが語られたことだろう。
 「ここは、わしらの巣だということは、旅の途中で言い聞かせてきたはずだ。お前らは、あらたなつれあいとともに、自分の巣を作って、自分たちの世界を築かねばならないと言っていたのに、いつまでも、ここが自分の巣だと思っておる。けしからん。」
 まあ、こんなところだったかもしれない。
 こうして、昨年育てあげたツバメたちを追い払い、自分たちのテリトリーを守った、二羽のツバメたちが飛び続けた。
 巣はすでに出来上がっている。
 しかし、すぐに卵を産んで抱卵したわけではない。
 今年の水口祭りまでの10日ほどは、オスもメスも、毎日飛び回って、餌をついばみ、子育てのための体力をたくわえていたようだ。
 やがて、メスが巣にこもるようになった。
 見て確認してはいないが、卵を産んだに違いない。
 オスのほうはというと、夜のことであるが、初め、巣がある蛍光灯の傘の上に寄り添っていたものの、やがて、その巣のことはメスにまかせ、少し離れた、私の車の上にある蛍光灯の傘へと移って休んでいた。
 そこのほうが、夜の街灯の光が届き、暗くなってからも、飛び移りやすいのだろう。それに、奥の巣に対して、そこへの通路の途中で「見張り」をするという位置でもある。

 メスが抱卵しているとき、オスのほうは、あまりやることがないのかもしれない。
 私がアルバイトに出かける、朝の4時ごろ、オスのツバメは、ツバメ小屋から自転車を出すとき、まだ、車の上の蛍光灯の傘の上にいたが、やがて、その時刻になると、外に出て、何かとさえずり始めた。
 おい、そこは、隣の家の屋根だろう、と私が言っても分かるわけがない。
 私が見つけてあいさつすると、一瞬、さえずりを止めたようにも思えた。
 やがて、ヒナが卵からかえって、オスの親鳥も、せっせと餌を探しに行くようになると、朝の「さえずり」はやらなくなって、車の上の蛍光灯の傘のところで眠っているようになった。

 ヒナの養育、巣立ち

 卵からかえったばかりのヒナが何羽いるのか分からなかったが、親鳥が巣の中に餌を与えているので、もう卵の状態ではないということは分かった。
 やがて、ヒナたちが少し大きくなり、浅い巣の縁から、くちばしだけが大きな頭をのぞかせるようになり、そのくちばしの数を数えて、私は驚いた。
 6つもあったのだ。
 6羽もいる。
 こんな小さな巣でだいじょうぶなのだろうか。
 巣の下に敷いておいた古新聞紙が飛ばないようにと、石を置いておいたのだが、もしなんらかのことがあって、ヒナが当たってはいけないと、その石をどけ、かわりに板で押さえておくことにした。
 親ツバメたちが餌を運んできて与えているところを観察したが、おなかをすかせて大声で泣いているヒナに、均等に餌を与えるというのは、どうやら観察ミスのようで、私のところのツバメにかぎってのことかもしれないが、親ツバメたちは、飛びかえって来て、巣に止まる、入口から一番近いところのヒナに、どんどん餌をやり続けていたようだった。
 そんなわけで、奥のヒナは後回しになってしまう。
 入口近くのヒナがさっさと成長して、いつしかヒナは4羽になっていた。
 育ちの早い2羽が、先に巣立ちをしたようだ。

 カラスの羽音

 あと4羽となったヒナが巣立ちする瞬間を見ようと、ツバメ小屋の奥に作ってある、通路の門で、椅子に座って、ぼおっと巣を見上げていた。
 外で、ばさっという音がした。
 巣の中のヒナが泣き止んで、クビをすくめた。
 私は、その通路を通って、ツバメ小屋の表に出た。
 店の前の道路に、一羽のカラスがいた。
 そいつは、私が現れたので、すぐさま、飛び上がり、去っていった。
 表に出て、空を見上げると、高いところで、ツバメの親たちが旋回して、高い声でさえずっていた。
 これが「警戒音」というやつだということが分かった。
 ヒナたちは、その声の意味が分かって、声を上げることなく、巣の奥に潜んだのだろう。
 昨年カラスに襲われたときのヒナたちは、そこまで理解するまで育ってはいなかった。
 たまたま私が奥にいたのだか、こうして、奥から人間が現れたことを知って、あのカラスは、もう、そのことを学んだに違いない。

 巣立ちのヒナ

 ある日、朝のアルバイトから戻って、自転車をツバメ小屋へとしまうとき、ツバメの出口となっていた窓の下の板のところに、2羽のツバメが止まっていた。
 はじめ、親鳥の2羽だと思ってしまったが、いっこうに飛ぶ様子もない。
 やがて、外から親鳥が飛びかえって来て、止まっているのがひな鳥だということに気づいた。
 2羽のうち1羽は、すぐに、外へと飛び立ったが、1羽は、その板の縁でちょんちょんと動いているだけだった。
 やがて、そこから飛び立ったものの、飛んだのは、内側の世界だけで、同じところに戻ってくる。
 とりあえず、飛ぶことはできるようだ。
 そうでなければ、巣から出口の板の所まで移動できない。
 親ツバメが巣に餌を運んだあと、出口の板のところに止まっているヒナに気づいて、その近くの縁に止まったが、餌を与えるわけでもなく、ただ、すこしきょろきょろして、さっと、外へと飛び立った。
 おそらく、そうすることで、こうしなさい、ということを示そうとしたのだろう。
 ところが、そのヒナは、板の縁から外へは飛び出さず、何度か内側のツバメ小屋の中へと飛んで、親ツバメがたどるコースを逆にたどって、奥のスペースから、車の上を通って、外に飛び出した。
 親の心、子知らず、といったところか、あるいは、コースなんて、どうでもいい、といったところだったのだろうか。
 その夜、巣には、まだ飛ぶことができない2羽のヒナと、何羽かのヒナが眠っていた。
 翌日、4時頃の巣には、まだ何羽かいたのだが、6時には空っぽになっていた。

 あいさつ

 予想していたことではあったが、にぎやかに飛び回っていたツバメたちがいなくなった。
 隣に住む男の子が、中学校から自転車で戻って来て、朝の救急車、なんやったんやろう、と聞いてきた。私は、知らない、と言った。
 どうやら、斜め向かいの誰かに何か起こったらしい。
 その夕方、そこのおばさんが家から出てきたので、この人ではないと分かった。
 そのおばさんは、昨年、私が作ったツバメ小屋が汚いから、シャッターを下ろして隠せと言ってきた、近所の人の一人だった。
 この一年間、まったく口をきいていない。
 翌日、そのおばさんが声をかけてきた。
 今年もツバメが来たんやなあ、と。
 あとは、ツバメ小屋の前で咲かせたバラの話。
 どうやら、救急車で運ばれたのは、息子さんだったようだ。
 でも、翌日には帰って来ていたので、大事はなかったのだろう。
 ツバメたちが巣でヒナを育てていた間、その「前庭」では、赤と黄色とピンクのバラが咲き誇っていて、通りを行く人々の目を楽しませていた。
 ツバメたちは、もう、ツバメ小屋の巣に戻って眠ることはなかったが、ある日、4時ごろ目覚めて表にでると、ツバメのさえずりが聞こえた。
 斜め向かいの家近くの電線に、一羽が止まってさえずっていた。
 時間と位置から、あのオスツバメではないかと想定されたが、確かではなかった。
 その翌日だっただろうか、早めの夕食をとって、ツバメ小屋と車庫になっている、もと「店」のスペースの片隅に置いてある椅子に座って、夕食のときに飲んだウイスキーの酔いを醒ましていると、前の道路に沿って、ツバメが飛んできた。
 その一羽は、ツバメ小屋へ入る、いつものコースを途中までたどって、急にホバリングして、入り口近くの、車の上の蛍光灯の傘に止まった。
 あいつか。
 きっと、オスのツバメだ。
 そこへと、もう一羽がやってきて、ほんの少しだけ、同じところに止まろうとしたが、やがて、2羽で外へと飛び出した。
 こちらが、きっと、メス。
 私が椅子に座っているから、やってきたのだ、ということが分かった。
 土くれで作った巣と、ツバメ小屋の役目は終わったようだが、まだ、よそへと旅立ってはいないらしい。
 去年は、あっと言う間に飛んで行ってしまった。
 そのとき思ったのは、巣だった後のヒナたちの飛ぶ姿を、もっとじっくりと見たいということだった。
 今年は、その、ささやかな願いがかなった。カラスにやられることなく、6羽のひな鳥が巣立っていった。
 これで、よし、かな。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, June 1, 2017)

 ひょっとすると…

 ここまでを書いた日の翌日、私は、早朝からのアルバイトに行こうと、午前4時に外に出て、道路の上の方を見上げた。電線などには何もいないし、さえずりの声も聞こえない。
 ツバメ小屋の中に入れてある自転車を取り出しに行こうと、車とツバメ小屋との境の通路を進んでいたとき、ふと、車のフロントガラスの真上にある蛍光灯の傘のところを見た。
 黒い塊が見えた。それも、一つではなく、二つ乗っていた。
 目を慣らして、しっかりと確認した。
 ツバメだった。
 親のつがいが、二羽とも、そこにとまっているのは、初めてのことだった。
 自転車の向きを変え、ライトのダイナモのスイッチを入れて、ツバメ小屋から車のそばを通って出ようとしたとき、蛍光灯の傘の上から、ツバメたちの姿は消えていた。
 目を覚ましたらしい。
 外の空のどこかで、さえずり始めた。
 私は自転車に乗って、走り始めた。
 まだ6月になったばかりだ。
 昨年は、ちょうどこのころから、2つ目の巣をつくり始めて、梅雨の頃に抱卵し、それから夏のさかりに、せっせと虫を集めてきて、3羽のひな鳥を育て上げたのだった。
 6羽も育てておいて、もう一度、同じことをしようというのだろうか。
 まったく。ツバメたちの考えることは、さっぱり分からない。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, June 2, 2017)

 

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