RaN357 ラマルクとルイセンコが唱えた獲得形質の遺伝は正しかった

黒月樹人(◇田中タケシ)@黒月解析研究所

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 「植物はそこまで知っている」[1]

 この本「植物はそこまで知っている」[1] を読む前に、「植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム」[2] を読んでいましたので、図書館で借りだしたとき、ふと、同じ著者かどうか確認しましたが、違っていました。
 ここ最近、植物に関する研究が、驚くほど進んできたようです。
 これらの本の前に、「植物は気づいている―バクスター氏の不思議な実験」[3] を読んでいましたので、植物には意識があって、しかも、テレパシーのような現象をともなって、人間の心を読んでいる、ということを理解していました。
 そのようなところから、植物がどのくらいの「知性」をもっているのかということへと関心が向くのは、当然のことかもしれません。
 [1] と [2] の内容は、よく似ています。
 まず、植物は周囲の光の様子を知っている、ということが、具体的に検証されてゆきます。次に確かなことは、植物がいろいろな匂いを出しているということから、それらを昆虫たちにかがせるだけでなく、植物じしんも感じ取って、虫に食われたなどの情報を伝えているというところへと進みます。
 [1] では、ハエトリグサやオジギソウのふるまいから、植物が「接触を感じている」ということを論じてゆきます。
 [2] では、そのような植物の「感覚」についての考察から、植物の「知性」へと議論が進んでゆきます。
 [1] での議論は、植物が「記憶」をもっていることへと理解が進んでゆきます。
 これらの議論は、決しておとぎ話のような推測ではなく、科学的な観測に基づいた証拠から展開しています。

 ラマルクとルイセンコ

 「植物はそこまで知っている」[1] の中に、さらりと記されてあったのですが、この本の第6章「植物は憶えている」のところで、「ハエトリグサの短期記憶」と「長期記憶、またはトラウマ」という節の後に、「エピジェネティクス」と「世代を超えて伝わる記憶」という節があります。
 ここに「獲得形質の遺伝」というキーワードに関連する、生物学の分野では有名な、二人の科学者の名前が現れます。
 ジャン=パティスト・ラマルクと、トロフィム・デニソヴィチ・ルイセンコです。
 こんな正式名を聞いたのは初めてです。かんたんにラマルクとルイセンコと呼んでおきます。ラマルクは19世紀に、ルイセンコは20世紀に、それぞれ、獲得形質が遺伝すると主張しました。
 これは、生物におけるすべての特性が遺伝によって受け継がれるという、メンデル遺伝学に対立するものです。
 生物の遺伝子のおおもとがDNAという高分子の物体であるということが発見されてから、このメンデル遺伝学は、確かなものとして、これまで教えられてきたと思います。
 でも、最近の研究によると、DNAは確かに遺伝情報を保存しているが、これがいつも同じように読み取られて、それに応じたタンパク質が作られているのではなく、その生物の生き方に従って、DNAの情報が選ばれているということが明らかになって来たのだそうです。
 そのようなことを象徴的に表す言葉がエピジェネティクス(おそらくepigenetics, epi-は epidemic 伝染する、からの接頭語で、 genetticsは 遺伝学, ここから、伝染する遺伝 と訳せそう)だということだそうです。
 この概念を説明するためのエピソードが、ルイセンコの業績という形で語られています。

 エピジェネティクス

 ルイセンコの祖国であるソビエト連邦では冬コムギを生産していました。これは、秋に播いて、気温が零下になる前に発芽させ、冬の間は休眠させることにより、春になって花を咲かせ、小麦を実らせるという植物です。
 ところが、「1920年代後半」異常な暖冬が続き、冬コムギの苗がだめになって、春に花を咲かせず、国民が食べる穀物が収穫できなかったのだそうです。
 このような問題に取り組んだルイセンコは、研究をつづけ、次のような方法があることを見出しました。

 冬コムギの種子を冷凍してから播種すれば、実際に長い冬を経験させなくても発芽と開花を促せることが分かったのだ。([1] p151)

 ルイセンコはこの方法を春化と名づけたのだそうです。これは、現在では、よく知られた技術だということのようです。

 冬コムギや春に花が咲くサクラは、寒い冬を越すことによって、花を咲かせ、実を成らせます。
 これは、冬コムギやサクラが「冬を憶えている」と解釈することができます。
 このような、「植物が冬を憶える」ということについての、説明らしい説明ができるようになったのは、ここ10年ほどのこと([1] p152)だそうです。
 そのような説明のための研究材料として使われたのは、シロイヌナズナという植物だそうですが、この植物は西暦2000年に植物として世界で初めて全ゲノム配列が調べられ、DNAの並びがすべて明らかにされました。
 このころ、人間のDNAも調べ上げられていますので、人間のDNA配列とシロイヌナズナのDNA配列を比較して、共通する遺伝子が存在することなどが分かったそうです。
 話を戻して、シロイヌナズナには、北のほうで育ったものは春化が必要ですが、南で育つタイプでは必要ありません。これらの違いを生み出す開花遺伝座C(FLC)というものがシロイヌナズナにあるということが分かりました。
 この遺伝子FLCが開花を抑え込んでいるのだそうですが、ある条件が満たされることによって、このFLC遺伝子が転写されなくなって、花を咲かせることへと向かうのだそうです。

 一般にDNAはヒストンという蛋白質を包み込んで、クロマチンというものを形成している([1] 154)のだそうです。そして…

 種子を冷やすという春化処理は、FLC遺伝子の周囲にあるヒストンの構造を変えクロマチンをきつく縛る。するとFLCはオフになり、開花オーケーとなる。([1] p154)

 このようなメカニズムがあるということが、シロイヌナズナによって明らかにされたのだそうです。ここまでが、「説明らしい説明」です。

 ここで注目すべきことは、このような春化処理によって遺伝子周囲のヒストンの構造が変わったということが、親細胞から娘細胞へと代々引き継がれるということが分かったことです。
 このことにより、あらかじめもっていたDNA遺伝子とは異なる形で、親から子へと遺伝する現象がある、ということが示されます。
 このような、遺伝子の周囲にあるヒストンの形状の変更([1] p154)のことをエピジェネティックな変更([1] p154)と呼ぶそうです。外来語部分を訳すと、伝染する遺伝形質の変更ということになるでしょうか。
 分かりにくい言葉です。
 もっとかんたんに言えば、春化処理による獲得形質の遺伝となることでしょう。

 「世代を超えて伝わる記憶」

 この本 [1] の「世代を超えて伝わる記憶」という節では、環境の変化によってストレスを受けた植物が、DNAの新しい組み合わせを生み出して、それを次の世代へと伝える(遺伝させる)現象が確認されたことが説明されています。
 環境ストレスは遺伝可能な変更を生じさせ、それは代々引き継がれる。([1] p156)
 エピジェネティックな変更([1] p154)だけでなく、DNA遺伝子そのものの変更も起こっているということなのです。
 これはまさに、ラマルクが唱えた進化は獲得異質の継承に根ざしている([1] pp156-157)ということです。
 このようなことが明らかになってきたのは、ここ最近のことだそうです。
 そして、このような現象が、植物だけではなく、動物でも起こっているかもしれないという研究が、いままさに行われつつあるのだそうです。
 この星の生物学は、今まさに、発展の大きな変化の真っただ中にあるようです。
 もう40年も前のことですが、私は大学で、理学部の生物学科でした。でも、途中から数学を学び始めて、けっきょく中途半端になって、教師の道へと進んだのです。
 あのころ、生物学に打ち込んでいたら…
 もう遅いなあ。それに、そうしていたら、今生み出そうとしているものへと、たどりつかなかったことだろうし…
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, June 24, 2017)

 参照資料

[1] 「植物はそこまで知っている」、ダニエル・チャモヴィッツ(著)、矢野真千子(訳)、河出書房新社(刊)2017-3-20
[2] 「植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム」、ステファノ・マンクーゾ (著), アレッサンドラ・ヴィオラ (著), マイケル・ポーラン (その他), 久保 耕司 (翻訳)、NHK出版 (2015/11/20)
[3] 「植物は気づいている―バクスター氏の不思議な実験」、クリーヴ バクスター (著), Cleve Backster (原著), 穂積 由利子 (翻訳) 、日本教文社 (2005/07)

 

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