RaN378 ダントツ長野県の黄色い横断旗はまだ生きている

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 2019年3月16日(土) ささやかなチーム内会議

 RaN377 ダントツ長野県のデータを無視して意味のある解析はできない には (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 19, 2019) の日付があります。これはこのページをウェブオンした日時を記録したものです。2019年の4月19日ということになります。ここから1ヶ月と3日ほどもどった、2019年の3月16日の土曜日の午後、区長の私は、月のなかばの、町内への配布物をもって、3つ目の町の町代(町代表)の家に向かいました。
 これで3町内目なので、玄関先に置いてある椅子に座り、美味しいお茶をいただきながら、配布物の説明をすませたあと、ここ最近の出来事について、おしゃべりをしました。
 ここで中心となったのは、RaN376 信号のない横断歩道でどれだけの車が止まるか JAF調査で「ダントツ長野県の謎」にまとめた、高齢者交通安全教室(3月6日)と長野県警からの答えを効果警察署から電話で聞いたこと(3月15日)でした。
 ちょうどこの翌日のことでしたから、滋賀県警から長野県警に聞いてもらう項目について、詳しく指定していなかったということの、失敗談が話の切り口でした。
 このとき私は、信号のない横断歩道で、歩行者がいるのに、それを無視して横断歩道を通り過ぎてゆく自動車のドライバーを、実際に、長野県警がどれだけ検挙したかという数を知りたかったのに、うやむやな回答しか得られなかったということを、3町目の町代に愚痴ったわけです。
 そこから議論が白熱してゆき、そのような検挙はされたこともないし、しているところを見たこともない、それはちょっと的外れではないかと言うわけです。
 たとえ検挙していなくても、実際に、そんな横断歩道近くに警察官が立っていれば、ドライバーの意識は高まるのではないか、とか、実際に検挙されるということが知れ渡るだけで、ドライバー仲間に注意が広まるだろう、など、いろいろなケースを考えました。
 やがて町代は歩行者の立場に立って、長野県の歩行者は滋賀県の歩行者と違うのではないか、という視点を持ち出してきました。
 彼は横断歩道を渡る前に片手を高く伸ばすと言います。私はそんなことはしたことがありません。横断歩道の端っこに確実に立って、2つの方向の車を確認して、私はこれから渡るつもりだという雰囲気をだすだけです。
 片手をのばすほどでなくても、肘を曲げて出してもいいと、そのようなイメージが与えられても、めったに見たことはありません。
 1時間ほどのささやかなチーム内会議を打ち切るため、私は
 「いろんなことをここで想像しても、結論はでないと思います。もっとデータをあつめる必要があります。とりあえず、配布物よろしくおねがいします」
と言って、自分の家に戻りました。

 2019年3月17日(日) 区の役員の引継ぎ会

 今年の区長である私が司会をして議事をすすめてゆきました。
 この日はお昼の弁当を近くの仕出し屋さんからとっているので、ちょっとした時間制限がありました。司会の私としても、むげに伸ばすわけにはいきません。
 2018年度の区長としての、3月末までの4つの問題点のうち、3つまでは早口でかんたんに説明しましたが、4つ目はダントツ長野県の謎についてでした。これについては
 「まだ調査中で、本質的なことが謎のままなので、項目だけにしておきます。きちんとまとまってから、なんらかの形で報告します」
としておきました。

 2019年3月18日(月) そうだ、長野県へ行ってみよう

 この日は6時半から、借りてあった、黒沢明監督の有名な映画「生きる」を、9時ごろまで見ました。一度見たはずだと思っていたのは、ただの思い込みで、物語は、こちらが想定していた以上に複雑で、志村喬が演じる、市役所の市民課長(渡辺勘治)は、胃がんにかかっていると、勝手に思い込んで(本人にも家族にも知らされていません)、完全なうつ病に陥って、市役所を無断欠勤して……と、最後にこの課長は出来上がった公園のブランコに乗って…、警察官が見つけたときには冷たくなっていたということです。このあと長いお葬式のシーンへと進みます。この課長の死因は胃がんだと多くの人に思われていそうですが、それなら、もっとやせ細っているはずです。私は凍死だと思います。この物語は、こんな皮肉や、市役所の職員をモデルとした、あらゆる人への風刺が込められていると感じ取りました。これ以上語りだすと問題もあるので、ここで打ち切りますが、決して初めから強い意志をもっていたわけではないとうことを、私は学び、強く勇気づけられました。
 実は昨日の引継ぎ会の昼食のとき、新旧役員の人にだけ、私がいま胆のうガンになっているということを話していました。
 この月曜日の日誌によれば、
 ゆうべ、胆のうがまた膨らんでいた。第3チャクラ(みぞおち)を意識して呼吸して眠った。朝、あまり大きく膨らんでいない気がする。圧迫感はあり、やや痛むので、正常な状態ではないだろう。
とあります。そして、突然、このようなメモへと続きます。
 11時頃から水口を出て、東近江市の御園で曲り、永源寺、いなべ市を北上して岐阜県に入り、国道21号経由で、岐阜市から東海北陸道で高山へ。ここから(長野県の)松本市、安曇野市、穂高町、そして長野市へ。20時ごろまでかかり、およそ8時間。
 それから、夕食をスーパーで買い集めた食材でとり、その内容のメモへと続きます。これは、ガン治療の記録とするためです。

 長野県の松本市に入ったとたん、横断歩道の黄色い旗が見つかりだした

 高山市で高速を降りて、東に向かう国道158号で一本道だから、すぐに長野県に入れるだろうと思っていたのは間違いで、ここが意外と長く、しかもほとんど山の中の道でした。
 高山市内を走っていたのは、ちょうど小学生たちの下校のころで、車から見ると、一部の小学生は片手に黄色い横断旗を持っていました。私が住んでいる甲賀市水口町の水口小学校の生徒も、リーダーが旗を持って通学しています。これは全国的な流れなのかもしれません。
 長い山中を抜けて、ようやく松本市の民家が現われだしたころは、ほとんど日没の時刻でした。しかし、まだ暗くはなっていません。
 この松本市の民家があらわれ始めるやいなや、細い国道の158号に、信号のない横断歩道が見つかり、同時に、黄色い横断旗の束が確認できました。
 私は、交通の邪魔にならないようなところを探して、適度に車を止め、せっせと歩いて、その横断歩道へと戻り、横断歩道や横断旗の様子を撮影しました。
 それらを次に示します。

図1 松本市の信号のない横断歩道と横断旗(うまく撮影できていないものも含む)

 JAFは県庁所在地で調べたらしいが、長野市ではどうか

 長野市に着いたのは、もう夜の8時頃で、とりあえず長野市のJR長野駅がある中心街あたりを車で流してみましたが、このあたりはいずれも左右4車線で、比較的大きなビルも立ち並び、滋賀県の大津市とはまったく違います。県の人口は、ほんの1.5倍くらいなのに、長野市の中心街は、まるで人口が10倍以上もあろうかというほどの、大都市の雰囲気に満ちていました。
 これほど道路整備が進んだところに、信号のない横断歩道なぞ見つかりません。
 横断旗は確認できませんでしたが、松本市にもあった、細長く、上の面の口が小さくなっている、黄色い旗入れがありました。車を止めにくかったし、旗もなかったので写真には記録していません。
 少し郊外になる、食品スーパーやドラッグストアがあるところへと戻り、夕食をとりました。
 ここまでくる山間部にいくらでも日帰り温泉はあったのですが、長野市内では見つかりません。
 私は車を止めて寝ることにしました。このとき、トイレがある道の駅やコンビニがうまく見つからなかったので、もう人通りのない、ある商店街の郵便局の駐車場に止めました。
 車の後部を平らにして、寝袋に入り、疲れもあったので、すぐに眠りました。
 数時間の睡眠でしたが、仮眠の効果はあって、眠くないので、車で走り続けることにし、長野市以外の、もうすこし都市化が進んでいないところを調べることにしました。
 長野県を長野市まで北上すると、隣が群馬県だということに気がつきました。その向こうには、関東圏が広がっています。そこまで足を伸ばすつもりではなかったので、南下することにしました。
 このようにうろうろしているとき、とても驚いたのは、国道18号線のバイパスが、左右4車線でずうっと続いていたことです。真夜中には、ほとんど他の車は走っていません。長野県は将来の発展を見越して、こんな立派なバイパスを作っている。昼間でも、ほとんど渋滞なんか無縁でしょう。これはすごい。滋賀県には、こんなバイパスはどこにもありません。琵琶湖が邪魔をしています。ここが広い平野だったら、もっともっと土地はあるのに。
 ここに24時間営業のガソリンスタンドがたくさんあり、ガソリンを補充しました。
 このあと、国道152号線のことをコンビニで教わり、ここを通って南下しました。

 茅野市、諏訪市、岡谷市、伊那市で見つかる

 国道の標識を見て、先にある茅野市を目指しました。東京で地質調査の仕事をしていたころ、この茅野市には来たことがあります。
 すでに深夜の2時か3時の頃たどり着き、どっちへ行こうかと迷いだしたころ、突然、黄色い横断旗が見つかりました。この横断旗には、かんたんに茅野市と印刷してあります。
 どこにでもあります。街中にも、はずれの方にも。横断旗もきれいです。完全にこのシステムは今でも生きています。すごいと思いました。
 さらに驚きました。となりの諏訪市へ入ると、今度は諏訪市と印刷された横断旗になり、シンボルマークとして2匹のナマズまで描かれています。
 茅野市と諏訪市だけではなく、次の岡谷市にもあり、ここで伊那谷を南下しようとして伊那市に入ると、やはりあります。
 これはいったい、どういうこと?

図2 茅野市、諏訪市、岡谷市、伊那市信号のない横断歩道と横断旗

 市だけでなく、中川村や高森町でも見つかった

 伊那市を通り過ぎ、国道153号を南下してゆくと、市ではなく、中川村や、高森町という地名の道筋にも、郵便局の前とか、小学校の通学路あたりに、信号のない横断歩道と黄色い横断旗のセットが現れます。
 これはもう、きっと長野県全体で、ずうっと今まで継続してやってきたのだと感じました。
 確認はとっていませんが、たとえそうでなくても、これだけたくさんの市町村で、このシステムがまだ活躍しているのです。ここまでとは予想していませんでした。
 JAF調査で長野県がダントツの1位だということの背後には、こんな、地味な活動が存在していたのです。

図3 中川村(左)と高森町(右)の信号のない横断歩道と横断旗

 考察

 ダントツ1位の長野県だけの調査でも説得力はあるかもしれませんが、これだけでは科学的な証拠として論じにくいので、この後私は、2位から5位までの県の道路を調べることにしました。
 すると、どうやらもうひとつ、別の要素がないと説明できそうにないということが分かってきました。
  (Written by KLOTSUKI Kinohito, April 30, 2019)

 

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