高速ランニングフォームのための基礎能力3
/ランニングのためのエネルギーシステム
Basic Ability for High-Speed Running Form (3)
/Energy System for Running

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI)@黒月解析研究所


PDF 基礎能力3/ランニングのためのエネルギーシステム

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 ランニングのためのエネルギーシステム

 筋肉細胞でのエネルギーシステムについて簡単に説明する。
 筋肉細胞の活動エネルギーの直接的な出力源はATP−ADP系である。ATP(アデノシン3燐酸)がADP(アデノシン2燐酸)と無機燐酸(Pi)に分解されるとき、1モルあたり7.3キロカロリーのエネルギーが生み出される。
 このようにして分解されたADPとPiをATPに再合成するため、次の3種のシステムが利用されている。
 @クレアチン燐酸(PC)系
 クレアチン燐酸は細胞質に含まれ、燐酸基(P)がクレアチン(C)から離れて分解されるときに、多量のエネルギーが放出され、ATPの再合成に使われる。 ATPとPCの筋内総貯蔵量は非常に少なくて、女子では0.3モル、男子では0.6モルにすぎない。このため、100m疾走のような激しい運動では、およそ6秒程度しか働かないと言われてきた。しかし、最近の研究によると、他のエネルギー系(解糖系)からの出力も何割かは利用しており、クレアチン燐酸のエネルギー出力は、100m疾走の終了程度までは働いているようである。
 A無気的解糖系(グリコーゲン系、乳酸系)
 筋肉内での糖の貯蔵形の分子であるグリコーゲンと無機燐酸が乳酸と水素イオンに変化するときのエネルギーを利用する。このグリコーゲン系は200m疾走〜800m疾走において、主要なエネルギー源となる。しかし、全力疾走では40秒程度しか出力されないので、400m疾走ではさまざまな工夫が必要となる。なお、このとき生成された乳酸を筋肉細胞で分解するシステムをもっていないので、この乳酸は血液によって肝臓に運ばれ、80%がグリコーゲンの成分であるグルコースに戻される。また、残りの20%は分解されてエネルギー源として利用される。
 B有気的解糖系(有酸素系、有気系)
 酸素を使って、グリコーゲンや脂肪(これらが無くなるとタンパク質も利用される)を、二酸化炭素と水に分解してエネルギーを生み出す。大量のエネルギーを生み出すが、単位時間あたりの出力は上記2システムより小さい。乳酸のような疲労物質を生み出さない。主に長距離走のエネルギーとして利用される。

 スプリンターのためのエネルギーシステムトレーニング

 おもに、@クレアチン燐酸(PC)系とA無気的解糖系(グリコーゲン系、乳酸系)のためのトレーニングについて説明しよう。

 クレアチンリン酸システムのためのトレーニング例
   ● 全速力の90%から95%くらいのスピードで
     60mダッシュ×(歩いて戻る4〜5本)
     ×(7〜10分歩行休息して4〜6セット)
   ● 全速力の90%から95%くらいのスピードで
     100mダッシュ(あるいは加速走)×(10〜15分歩行休息して3〜5本)

 グリコーゲンシステムのためのトレーニング例
   ● 全速力の85%から95%くらいのスピードで
     150m×(歩いて戻る3〜5本)
     ×(10〜15分歩行休息して2〜3セット)
   ● 全速力の85%から90%くらいのスピードで
     200m×(歩いて戻る2〜4本)
     ×(15〜20分歩行休息して1〜2セット)
   ● 全速力の80%から90%くらいのスピードで
     300m×(1本、あるいは15〜25分歩行などをふくめた休息をはさんで2〜3本)

 これらはいずれも全速力ではなく、少し遅いスピードで行うが、本数やセット数が進むにつれて、体からエネルギーを奪っていくようにする。このトレーニングでは、少しずつエネルギーシステムが発達するにつれて負荷のレベルを上げてゆくようにする。
 負荷のレベルの上げ方として効果的なのは、本数やセット数の増加のほか、腰に「おもり」を付けて行うものがある。
 休息の時間を短くしてしまうと、中距離ランニングのトレーニングとなってしまう。スピードそのものを100%の全力疾走へと近づけてしまうと、「スピード障害」をおこしてしまう。
 ゆるい勾配での登り坂を利用するという方法もあるが、ランニングフォームを変えてしまうことになる。また、リラクセイションの瞬間を生み出すことが困難になる。ゆるい勾配を登るランニングは、やってもかまわないものであるが、平地でのトレーニングとは別のものとして考えておくべきである。

 エネルギーシステムとリラクセイション

 かつて私が制作していた「ランニングスピードの高め方_24 / ウエイト走の意味」に、このテーマに沿った実例がある。これを紹介しておこう。(1)と(2)は略す。

 (3) リラクセイション
 MRくんにもウエイト走を勧めたが、彼に関する物語は5月16日(水)の100mのタイムトライアルから始まる。これについてのトレーニング日誌の記述は次のようなものである。
 「◇MRくんの100mは12秒0と11秒9であったが、リラクセイションができていない。硬いフォームのまま、同じテンポで走ってしまう。NSくんの、スピードを自由に変えられるフォームとは対照的である。200mや150mを走った後で100mを走るほうが良いと言っておく。」
 同じ日の記述で、ウエイト走について説明している。
 「Weight Beltをつけて行うランニングトレーニングをMRくんに勧める。キックに集中する反面、他の局面で力を抜けるからである。力を集中するところを強化する意味で、NSくんにも勧める。」
 MRくんがウエイト走を実際に行ったのは、5月21日(月)のことである。
 「◇MRくんがトレーニング内容を聞いてくるので、100m×4本×4セット(Weight Belt付き)を勧める。
 ハンディ走にして、私が10m〜4m先のところからスタートし、私に追いついて抜くように、(MRくんは)スピードをあげてゆく。1.7kgのWeight BeltをMRくんは付ける。私は2.2kgのもの。二人とも、スパイクではなく、靴で走る。スパイクのスナップに頼らず、脚の運びのピッチに頼ることになる。キックによるストライドの伸びは、あまり期待できない。しかし、ピッチには、もっと可能性が残されている。リラックスすればピッチを上げられるのである。
 私は1セット目に、右脚ハムストリングスにピリッと来たので、少し加減して走る。2セットでやめ、後の2セットは、MRくんのペースで、一人で走ってもらう。」
 5月26日(土)の対校戦でMRくんは100m予選において、よくリラックスしたフォームで走ることができた。後半の伸びも良く、ラストで追い上げているようにも見えた。ただし、彼の場合、まだスピード筋力の源となる速筋がオーバーシュートしていないかもしれない。うまくオーバーシュートしていたとしたら、もっとスタートで脚のバネが利くはずである。スタートダッシュが不満そうであった。ウエイト走をやったのは最初なので、私の回復リズムとは異なるようだ。今後、何度かウエイト走で負荷をかけていったら、自分なりの仕上がりぐあいが分かってゆくだろう。
 靴で走るのは、脚を踏みつけるようなキックにつながり、膝をロックしたフォームが学習しやすいからである。これが身に付いてきたら、スパイクを履いてウエイト走を行い、強度を増すと良いだろう。今回のMRくんの場合は、スピード筋力の強化というより、リラクセイションに狙いを絞っていたので、3セット目以降は、セット間を休みたいだけ休むように指示した。強化の場合は、きちんと時間を限って追い込むべきである。

 この後、MRくんは、25秒台だった200mのタイムを、22秒台にまで伸ばした。100mのタイムは11秒4となり、チームの4×100mリレーのメンバーとして活躍した。
 ウエイトベルトを腰につけて行うクレアチン燐酸系システムのトーニングで、スプリントランニングにおけるリラクセイションの極意を身につけることができたことになる。私は、口で説明するより、このような状況で走らせたほうが、かんたんに教えることができるということが分かった。
 国際試合で日本選手が海外の選手に、レースの後半に抜かれてゆくのは、ランニングにおける加速のメカニズムが異なるという、高速ランニングフォームに関わる理由もあるが、もっとはっきりしているのが、この「リラクセイションの違い」である。
 ランニングの一歩の動きにおいて、ほんとうに力を加えるべきステージは、ごくわずかなものである。それが分かっていて、力を加えるべきときに加え、力を抜いていてかまわないところでは抜いていれば、エネルギーを節約して使うことができる。また、そのようにしてこそ、より大きな力を、ランニングスピードにおける加速力として使うことができる。まったく簡単で合理的なことなのだが、日本選手の多くが、このことを意識していないように見える。

 ウエイト走についての注意点

 「ランニングスピードの高め方_24 / ウエイト走の意味」には、後のほうに、次のような、「ウエイト走についての注意点」がまとめてある。これを紹介しておこう。

 (6) ウエイト走のトレーニング・システム
 ウエイト走をトレーニングに組み込むとき、注意すべき点が幾つかある。
 一番大切なことはコンディショニングのことである。ウエイト走は負荷強度が、これまでの通常のトレーニングより(はるかに)大きいので、筋肉に疲れが残っていない状態で行う必要がある。私の経験では、遊びのような感覚で参加したKマスターズ選手権の棒高跳であったが、短助走(10歩)とはいえ、トライアルを10回ほど行っているので、このときの踏切の負荷が残っていたものと考えられ、次の日、MRくんのペースメーカーとしてウエイト走を行っているとき、ハムストリングスが痙攣しそうになった。
 AKさん相手にウエイト走をやったときは、家に帰ってから、トレーニング後6時間ほど経過しているのに、両脚とも、ハムストリングスが痙攣し始めたので、動かないようにして力を抜き、なんとか(完全な)痙攣をのがれた。このときのトレーニングに対して、数日間はランニングができる状態ではなくなった。AKさんも、次の日、軽いスピードでテンポ走を行わせようとしたが、途中で走れなくなってしまう。このように、ウエイト走を行ったら、それ以上のトレーニングを欲張って行うことができなくなる。練習に参加するとしても、コーチや練習補助や草引きをすることになろう。
 また、私は自己の負荷量を調整しながらトレーニングできるので、問題が生じかけたら、すぐに止めることができるが、チームとしての全体練習のようなスタイルでウエイト走を行うと、故障者が続出する恐れが生じる。
 このような理由で、ウエイト走をトレーニングに組み込む場合、トレーニング・システムを完全に個人個人の管理のもとで行う必要がある。自己のコンディションを感じ取れる本人が、自分の体と相談して行うことによって、ウエイト走のトレーニングは効果をもつだろう。つまり、決して強制すべきではなく、自分の管理責任のもとでトレーニングすべきである。
 リレーの練習のような、必要最小限のチーム練習に対しては、チームトレーニング実施日を少なくとも1週間以上前から予告しておいて、メンバーは、その日のトレーニングに合わせて調整する必要がある。短い距離のタイムトライアルなども、本人の意思が伴わない場合は強制してはならない。そのようなスピード練習のプランも、個人のコンディショニング管理のもとに行うべきである。
 次の試合まで1ケ月ある場合、前半の2週間にウエイト走のトレーニングを集中させ、もし可能なら、体幹を含めた上体の補強や、ランニングフォームの矯正や、あまりスピードをあげないで行えるエネルギーシステムのトレーニングや、筋肉に大きな負荷をかけない技術練習などを組み込む。専門的な、高いスピードが必要な技術練習や、スピードをあげて行うエネルギーシステムのトレーニングは、後半の2週間において行う。ただし、試合前の1週間は調整ぎみにして負荷量を下げられるように計画する。
 1ヶ月では少ない。2〜3ヶ月の期間があれば、もっとうまく計画できるだろう。
 本格的なウエイト走ではなく、ウエイト走(WR:Weight Running)と(重り無しの)通常のランニング(FR:Free Running)とを組み合わせる、ミックス走であれば、もう少し軽い負荷として組み込むことができるだろう。また、これらのトレーニングも、しだいに体が適応してゆくだろうが、大切なのは、身体が自己改造を行おうとするための刺激(負荷)を加えることであるから、各自の能力を想定しながら、負荷量を調整する必要がある。
 色々なことを考えても、やはり、合同練習として、距離や本数を規定するのは危険である。スタートだけ一緒にするくらいで、スピードはもとより距離や本数なども、トレーニングする本人の自己申告にゆだねるべきである。また、個人のトレーニングとしてとらえたときも、必ず前回のトレーニングレベルを上回る必要はない。大切なのは身体に対する刺激となる負荷を周期的に加えることである。冬季トレーニングのような考え方で、こなせばよい。
 このようなシステムは、おそらく欧米の一流スプリンターのトレーニングに類似したものとなるだろう。レベルは違うだろうが、生理学的な正しさは同じはずである。このようにして、短距離スピードを高めてゆくことができるかどうか、少し実験のような試みになるけれども、これまでのトレーニングで何年も同じスピードで留まっているのなら、試しに行ってみる値打ちはあると思う。それに、このようなトレーニングを行うと宣言すれば、身体のコンディションが回復していないときは、もっと積極的に休養することができる。専門的なトレーニングをするには及ばない後輩のトレーニングを指導したり、仲間の練習の補助をしたり、心休まる草引きに専念することもできるだろう。

(Written by Kinohito KULOTSUKI, Oct 2, 2011)



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