中長距離ランニングフォーム解析 (1)
800mランナーY57選手の直走路ランニングフォーム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 800mランナーのY57選手はマスターズ55歳クラスで全国制覇を成し遂げています。互いに大学生だったときのチームメイトです。先日30年以上ぶりにマスターズの大会で出会って、競技のことについて語りあいました。それによると、全国制覇するまでは記録も伸びていったが、ここしばらく停滞して、少しずつ低下しているということでした。「(原因は)年齢かなあ」とも考えましたが、他にも何か理由があるかもしれないと、Y57選手のランニングフォームを調べてみることにしました。Y57選手の推測では、坂登り走を中心としてトレーニングしてきたので、キックポイントが後方へとずれてしまって、私が説明する、(ランニングスピードについての効率が良くない)デルタクランクキックやピストンキックとなってしまっているのかもしれない、というわけです。サブグラウンドで走ってもらって撮影したものについて解析します。全速力というランニングではなく、800mのペース走という感覚の、力をやや抜いて、意図的に適度なスピードで走るものです。直線を何本かと、カーブを走ってもらいました。比較のため、私も、同じような800mのペース走として、中距離ランニングを行いました。もちろん、エネルギーシステムは、まったくトレーニングできていないので、とても800mを走るところまではゆきませんが、極力エネルギーを使わずに、全速力の何割かのスピードで走りました。これらのデータ画像が、たくさん取得できましたが、とりあえず今回は、Y57選手の直走路ランニングフォームについて解析した結果を説明します。

 Y57選手のランニングフォーム(1歩についての一例)

 図1は、撮影したビデオ画像の10コマから起した、Y57(1) 直走路解析1歩目のランニングフォームです。右端と左端のフォームは、左右を変えていますが、ほぼ同じ位相のものです。このときの1歩は、1秒間に30コマ撮影するビデオで9コマとなります。
 空中でのフォームがどのようなものであるかを見るために、このような画像を構成しました。スウィング脚は「跳ね上げダウンスウィング」となっています。


図1 Y57(1) 直走路解析1歩目のランニングフォーム

 Y57選手のキックフォーム(一例)


図2  Y57(1) キックフォーム

 図1の右から数えて、4〜7のフォームを取り出し、これをキックフォームとします。これらの4フォームのデータに基づいて、時間を1/10とした詳細フォームを構成し、それについての各部重心変化を調べて、以下の解析を行います。

 詳細フォームで見るキックポイント前後のランナー感覚の動き(一例)

 次の図3は、図2のキックフォームから構成した詳細フォームを調べ、全重心水平速度dGが最大値をとる瞬間である、キックポイント前後、5つずつの詳細フォームを描いたものです。ランナーの重心を固定して描いています。これを「ランナー感覚の動き」と呼びます。


図3 キックポイント前後の詳細フォームによる Y57(1) ランナー感覚の動き

 静的ランニングフォームの分類

 図4(右)に描いたようなキックポイントの詳細フォームにおいて、キック脚の、太ももの姿勢角(θt=99 [度])と、すねの姿勢角(θt=121 [度])を、図4(左)の◇フォーム分類グラフ◇にプロットし、「静的ランニングフォームの分類」を行います。


図4 Y57(9) フォーム分類グラフ(左)とキックポイントのフォーム(右)

 これまでは、アルファランクキックから、ベータクランクキック、ガンマクランクキック、デルタクランクキック、ピストンキックの変化と、走幅跳の踏切前やスタートダッシュで現れるイプシロンクランクキックを分類してきましたが、デルタクランクキックの中で、ガンマクランクキックに近いものは、ガンマクランクキックの性質が強く影響するということが分かり、これをガンマデルタクランクキック(γδ, あとのグラフではgdとも記す)と呼んで区別することにしました。
 図5は静的フォーム分類別のランナー感覚の動き(サンプル)をまとめたものです。ピストンキック以外は、いずれも、Y57選手のフォームです。


図5 静的フォーム分類別のランナー感覚の動き(サンプル)

 スピード能力3要素について

図6はスピード能力3要素の定義図です。


図6 スピード能力3要素の定義図

 ランナーの体の各部の重心を、上半身(T)、キック脚(K)、スウィング脚(S)と3つに分け、さらに、上半身とキック脚を組み合わせたものをキック棒(B)と考えます。そして、それらの重心の水平速度を、dを前につけて、dT, dK, dS, dBなどと表わします。全身の水平速度は、全重心(G)についてのdGとなります。
 質量と速度を掛けた運動量についての保存法則を考慮して、これらの水平速度の関係を調べると、次の関係が導かれます。

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB), p=2/3, q=1/4

 スピード能力3要素とは、この式の右辺3項のことです。ヒップドライブ速度 p(dT-dK) 、キック脚重心水平速度 dK、相対スウィング速度 q(dS-dB)です。
 pやqの係数が掛るのは、それらの速度が受け持つ身体各部の質量の比率が異なるからです。相対スウィング速度のq=1/4は、スウィング脚の質量が全身の1/4であることに由来します。p=2/3は、上半身がキック棒の2/3の質量比であることに由来します。
 これらについての、より詳しい説明は、次のページにあります。参照してください。

 「高速ランニングフォームの研究で分かったこと(5)スピード能力3要素」

 スピード能力3要素と全身速度dGとの関係

 今回解析した、Y57選手の直走路、解析20歩につてのランニングフォームにおける、スピード能力3要素と全身速度dGとの関係を、図7としてまとめました。


図7 Y57選手の直走路ランニングフォームにおける
スピード能力3要素と全身速度dGとの関係

 この図7でのdGグラフのそばに、静的フォーム分類の記号を添えています。これから、加速フォームとして、ガンマクランクキックがたくさん出現していることが分かります。タイム低下の原因が、坂登りトレーニングのため、力学的な効率の良くないデルタクランクキックやピストンキックとなっているのではないかという予想は、まったく当たっていなかったということが分かりました。デルタクランクキックも現れていますが、これくらいの頻度であれば、支配的なものとは言えません。中心的なフォームはガンマクランクキックです。色々な意味で加速効率が良く、大きな速度を生み出しやすいガンマクランクキックが支配的になっているので、キックポイントはうまくとらえられています。
 ビデオ画像を撮影したあと、デルタクランクキックが支配的だったときの改良法として、キックポイントをもっと重心直下へと向けるためのドリルをやってもらいましたが、そのようにしてフォームを改良する必要はないということになります。
 スピードが伸び悩んでいる「原因」は、もっと違うところにあるようです。もう少し解析結果を示してから、詳しく説明することにします。

 ランナー感覚の動き(全20歩)

 図8はランナー感覚の動き(全20歩)をまとめたものです。[ ] にはdK/dGの値を入れてあります。






図8 ランナー感覚の動き(全20歩)[dK/dG]

 同じように走っているように見えても、げんみつに解析してみると、このような「ゆらぎ」があることが分かります。
 この20歩の解析結果を見て、これまで、何人もの短距離ランナーや私自身の解析結果を調べたことと比較し、「かなり違う」と感じることが一つあります。それは「腰高フォームが多い」ということです。キック脚の足首あたりが大きく動いていることや、キック脚の膝の角度が大きなままで接地していることが、これらの「腰高フォーム」の原因のようです。
 800mのタイムが低下してきたことの「遠因」が「坂登りトレーニング」にあったということの、ミッシングリングが、ここにあります。すなわち、「坂登りトレーニング」によって、キック脚の足首にあるバネが、水平速度を高めるためにではなく、無意味に高く跳ぶために使われていたということです。
 キック脚の足首の(アキレス腱などの)バネは、筋肉内のエネルギー出力とは無縁のものです。これを水平速度へと利用するとき、標準フォームや中腰フォームのほうが、うまく作用します。
 また、ピストンキックやデルタクランクキックに比べ、「高速ランニングフォーム」としてまとめて呼んでいる、アルファクランクキック、ベータクランクキック、ガンマクランクキックのほうが、より少ない出力エネルギーによって、より大きな速度を生み出すことができます。

 動的ランニングフォーム分類(dKエンジン [類] )

 もう一つの「原因」は、Y57選手のフォームにおいては、動的ランニングフォーム分類としての、dKエンジンのクラス([類])が低いということにあります。図9は、今回の20歩についての、動的ランニングフォーム分類(dKエンジン [類] )のグラフです。「dGとdK/dG比」(左)の縦軸は、短距離フォームの解析でのものとは、すこしずらせてあります。


図9 Y57 動的ランニングフォーム分類(dKエンジン [類] )


図10 Sprinter(ALL)動的ランニングフォーム分類(dKエンジン [類] )

 図10は短距離ランナーについてのdKエンジン [類] グラフです。これらのクラス [類] が高いほど、キック脚重心水平速度dKがうまく利用されて、大きなスピードが生み出されています。
 図9のY57選手のデータではT〜V [類] です。
 キック脚重心水平速度dKの寄与率は、dK/dG=0.6ぐらいが平均的な値ですが、Y57選手のフォームでは、0.6以下の値となっているものが多く、大きなスピードが得られにくくなっています。

 問題点についての考察(まとめ)

 800mのタイムが低下してきている「遠因」は「坂登りトレーニング」の多用にあったようです。その直接的な要因は、次の2つとしてまとめられます。

 (1) キック脚の足首にあるバネが、水平速度を高めるためにではなく、無意味に高く跳ぶために使われていた。
 (2) 全体の速度dGに対して、もっとも大きな寄与率をもつ、キック脚重心水平速度dKがうまく利用されていない。

 これらの問題点を克服するためには、次のような方法が考えられます。

 (a) 平地でのスピードランニングを中心として行います。
 (b) より水平に進む動きとなるランニングフォームへと改善します。このためには、スキップA Go on(前進バージョン)などのドリルが有効となります。また、キックフォームにおける重心を下げ気味にして、中腰ガンマクランクキックを意図的に生み出せるようにします。
 (c) キック脚の膝を伸ばしたまま接地するのではなく、接地とともに、ただちに膝が曲がるような動きを組みこみます。これにより、キック脚の膝に乗ってゆくフォームとなります。
 (d) オールウェザー走路を真下に凹ませるような、柔らかいキックによって、アルファクランクキックからガンマクランクキックまでを生み出しやすくします。短距離ランニングのように、激しく強く押す必要はありません。柔らかいキックで、必要なだけの力を集中して生み出し、他の局面では力を抜いておきます。

 曲走路についての解析などは、ページのタイトルを変えて、あらためて構成します。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, July 15, 2013)

 

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