中長距離ランニングフォーム解析 (3)
KI16選手の800mペース走の加速要因はヒップドライブ

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 KI16選手は高校1年生の(男子)中長距離ランナーです。兵庫県の某強豪高校の陸上部に所属してトレーニングしているそうですが、たまたま、土日にトレーニングが休みとなり、それを利用して、土曜日の夕方、滋賀県の陸上競技場へとやってきて、カーブからの、スターティングブロックをつけてのスタートダッシュを練習していました。滋賀県で生まれ育って、実家は滋賀県にあるそうです。翌日の日曜日にもやってきてトレーニングしていましたので、ふと思い立って、ランニングフォームをビデオ撮影して解析させてもらうことにしました。
 KI16というのは、彼の暗号名です。本名は分かりません。16は年齢の数字です。800mの記録は2分前後で、1500mは4分を少し切るそうです。筋肉のタイプは、明らかに遅筋優勢となっているらしく、100mの全力疾走のペースで800mを走ってしまうのだそうです。
 曲走路と直走路で1本ずつ走ってもらいました。曲走路(KI16C)では中間疾走の16歩を、直走路(KI16I)では、曲走路でのスタンディングスタートの1歩目から始め、数歩を経過して直走路へと移って、24歩目までを、それぞれ解析しました。

 直走路と曲走路におけるスピード能力3要素と全速度dG

 図1と図2は、KI16選手の曲走路と直走路における、それぞれのスピード能力3要素と全速度dGを示したものです。
 図1のKI16選手の曲走路におけるスピード能力3要素と全速度dGでは、解析5歩目にスピードの大きなデルタクランクキックのフォームが現れています。このときの加速要因は大きくなったdK値にあります。曲走路での中間疾走後半では、あまりスピードアップされていません。カーブを走るため自然とペースダウンしている感じが見えます。


図1 KI16選手の曲走路におけるスピード能力3要素と全速度dG

 図2のKI16選手の直走路におけるスピード能力3要素と全速度dGでも、主要な加速フォームはデルタクランクキックとなっています。10歩目、14歩目、18歩目の突出したピーク(加速フォーム)が、いずれもデルタクランクキックです。しかも、このグラフを調べて分かるように、キック脚重心水平速度 dKではなく、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) の値が、ここで、同じようにピークを作っています。
 10歩目の大きなピークの前に、9歩目のトラフ(海溝、谷底)がありますが、これもデルタクランクキックです。そして、この9歩目では、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) の値が、ここでやはりトラフとなっています。同じデルタクランクキックですが、この9歩目と10歩目とは、かなり違う結果となっています。次の単元では、これらの2フォームについて詳しく調べます。


図2 KI16選手の直走路におけるスピード能力3要素と全速度dG

 スタンディングスタートからの解析である図2を見ると、スタートから4歩目までは、スピード能力3要素の、ほとんど全てが大きくなってゆき、それにともなって全速度dKも大きくなっています。まさにスタートダッシュ型の加速状態です。ところが、5歩目から8歩目までの4歩では、dK が大きくなってゆくものの、p(dT-dK) が減少しており、結果的に、全速度dG の伸びが停滞しています。このような「つなぎ区間」が存在することを、短距離走の、山縣選手のレース100mと、黒月樹人のトレーニング中での60m走の解析で見出していましたが、KI16選手の800mペース走においても確認できました。もちろん、このようなことについては、何の指示もしていません。
 スタートダッシュの終わりが、ガンマクランクキック(γ)となるという仮説も、KI16選手の800mペース走における5歩目が、これを支持しています。
 中間疾走前半での、周期の短い加速リズムと、後半での、周期の伸びも、やはり現れていると見なせます。

 直走路9歩目と10歩目のデルタクランクキックフォームの違い

 直走路9歩目と10歩目のデルタクランクキックフォームは、9歩目がトラフ(海溝、谷底)で10歩目がピークとなっています。いずれもデルタクランクキックですが、全速度dGとしての結果が大きく異なります。これらの2フォームについて、さらに具体的に、詳しく調べます。
 図3は直走路9歩目のデルタクランクキックフォーム(全体)で、図4は、同じく、10歩目のものです。


図3 直走路9歩目のデルタクランクキックフォーム(全体)


図4 直走路10歩目のデルタクランクキックフォーム(全体)

 図3と図4とでは、違いがよく分からないと思われます。  次の図5として、直走路9歩目と10歩目のデルタクランクキックフォームの、キック区間の4フォームだけを取り出して並べました。


図5 直走路9歩目と10歩目のデルタクランクキックフォーム(キック区間)

 図5の、キック区間におけるフォームを見比べると、違うところが幾つかあることが分かります。
 (a) 9歩目は「腰高フォーム」ですが、(b) 10歩目は「中腰フォーム」となっています。スウィング脚の位置もかなり違います。(b) 10歩目では、キックポイントに合わせて、スウィング脚の重心が、身体重心直下あたりで振られていますが、(a) 9歩目では、かなり前の方へと移っており、このため、スウィング脚の膝下部分の動きだけが目立ってしまい、きょくたんなダウンスウィングとなっています。
 ヒップドライブの動きが、かなり違います。ヒップドライブの動きとは、背中からヒップを経由して、キック脚の太ももへと測る(180度より大きな)角度が、どのように、(180度かそれ以下の)角度へと変化するかということにより、上半身の重心が、キック脚重心に対して、どれだけ前方へと動くかということです。

 図6として、直走路9歩目と10歩目のランナー感覚の動きをまとめました。また、図7として、直走路9歩目と10歩目の接地点を固定して外から見た動きを描きました。


図6 直走路9歩目と10歩目のランナー感覚の動き


図7 直走路9歩目と10歩目の接地点を固定して外から見た動き

 図6の「ランナー感覚の動き」を比較すると、(a) 9歩目では、スウィング脚の膝下部分の動きだけが大きくなっているのに対し、(b) 10歩目では、キック脚の動きが大きくなっています。このことにより、明らかに、(b) 10歩目のフォームのほうが、大きな全速度dGを生み出すということが分かります。
 図7の、接地点を固定して外から見た動きを見比べると、(b) 10歩目のフォームにおいては、キック脚の膝下部分が、ほとんど動いておらず、もっぱら、その膝から上が、そこを「要」として前方へと「振られている」ことが分かります。これが、「ヒップドライブを加速要因としたフォーム」ということになります。それぞれの重心軌跡も、直線的になって、ほぼ地面と平行か、少し上向きを保ち、大きく変化しています。
 キック脚重心水平速度dKの寄与係数が1であるのに対し、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) の係数p=2/3 なので、観測されたヒップドライブ速度 dT-dK の値が、そのま全速度dGの成分となるのではなく、p=2/3を掛けた値となります。このような寄与率の係数の問題から、絶対的な速度を追求しなければならない、(100mや200mの)スプリントランニングでは、キック脚重心水平速度dKを第1の加速要因とすることが、圧倒的に有利なこととなります。現に山縣亮太選手は、キック脚重心水平速度dKを大きくする能力を発達させて、優れた結果を生み出しています。しかし、常に全速力を求められるのではない、中長距離走では、係数p=2/3が掛るとはいえ、スプリントランニングにおけるdKエンジンとは異なる、ヒップドライブにまつわる(体幹と呼ばれている)筋肉群による「エンジン」が役だつのかもしれません。加速要因として、キック脚だけに依存するのではなく、胴体や臀部の、より大きな筋肉群を利用するというのは、出力エネルギーの源を分散することになります。
 ランニングフォームの加速効率やエネルギー出力効率としては、一般的には、デルタクランクキックよりガンマクランクキックの方が優れていますが、これは、(100mや200mの)スプリントランニングに注目して導き出したものかもしません。中長距離のフォームとしては、KI16選手の場合、(b) 10歩目のデルタクランクキックのほうが、KI16選手の、11歩目などに現れているガンマクランクキックより、はるかに優れているようです。

 おことわり

 解析データを準備して、次の単元のもとに、幾らか解説する予定でしたが、ページも多くなってきましたし、論点が分散してしまうので、以下のテーマについては、タイトル名を変えて、改めて説明することにします。

 dKエンジンほかスピード能力3要素グラフ
 KI16選手、Y57選手、T59選手の中心的なランニングフォームの比較


 (Written by Kinohito KULOTSUKI, July 28, 2013)

 

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