短距離ランニングフォーム (7) ランナー感覚の動きで
土井杏南選手とHR選手と山縣亮太選手のランニングフォームを比較する

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 ランナー感覚の動きで

 これまでの解析図では、ランニングフォームを撮影したビデオ画像からステックピクチャー図を構成するとき、キック脚のスパイク面後端(キック足の拇指球あたり)を固定し、地面に対して、身体各部やそれらの重心がどのように変化するかを調べるようにしてきました。
 これに対して、ランナー感覚の動きをとらえるため、ランナーの全重心(G) を固定点として、ステックピクチャー図を描くという方法があります。
 次の図1〜図3は、このような、ランナーの全重心(G) を固定点として、それぞれのキックポイントのフォームの前後あわせて1/30秒に相当する、11の詳細フォームを描き、それについての身体各部の重心を重ねたものです。胸のところにある緑色は(頭と両腕と胴体を合わせた)上半身の重心です。へそのあたりにある黒いものが全重心で、その少し上にあって、キック足の左右によって、濃い黄色と濃い緑となるものが、キック棒(上半身とキック脚を合わせたもの)の重心です。紺色は左脚の重心で、赤色は右脚の重心です。左右の色の違いを了解して、スウィング脚重心とキック脚重心と呼ぶこともあります。
 図1のDoi(1)〜Doi(3)は2011年の土井杏南選手のフォーム(11秒88)であり、Doi(4)とDoi(5)は2012年(11秒53)のものです。連続した5歩というわけではありませんが、そのように見なしてもよいくらい、よく似た特徴と値をもっています。
 図2はHR選手(100mは14秒台)の、2013年1月の、冬期トレーニング中で連続したフォーム [1] です。
 図4は2012年の山縣亮太選手のフォーム [2] です。


図1 土井杏南選手のフォーム


図2 HR選手のフォーム


図3 山縣亮太選手のフォーム

 図1の土井杏南選手のフォームと、図2のHR選手のフォームを見比べると、いくつかパターンの違いがあることが分かります。
 土井選手のフォームパターンでは、スウィング脚とキック脚の詳細ステックピクチャーが、体の中心軸の近くに集まっています。しかし、HR選手のフォームでは、スウィング脚が前方へと集まっているため、体の中心軸あたりに隙間がみられます。
 土井杏南選手のキック足のパターンを見ると、Doi(1)〜Doi(4)までは、あまり足首の角度が変化していません。Doi(5)でだけ、足首の角度が大きく変化しています。HR選手では、HR(2)を除いて、他の7歩のキックフォームで、足首の角度が大きく変化しています。これは、そのときのトレーニングにおいて、HR選手に、空手パワーキックと名づけた動作を意識して、地面にキック足をつける瞬間、速く動かすようして走るということを心がけてもらったためです。
 このような、空手パワーキックの動きは、図3の山縣亮太選手のフォームにおけるYmgt(1)とYmgt(4)に強く現れています。
 スウィング脚重心の軌跡を見ると、土井杏南選手のダウンスウィングの程度に比べて、HR選手と山縣亮太選手では、かなり積極的にダウンスウィングを試みている様子が分かります。
 キック脚のステックパターンを見ると、土井杏南選手と山縣亮太選手のものが似ており、とくに、キック脚の膝下三角形(膝-踵-支点)、もしくは、すねが大きく前傾して、膝を前方へと突き出しています。これに対して、HR選手のものでは、ここのところが浅い角度での前傾となっています。
 この原因は、HR選手の全重心が高いことにあります。もう少し低い重心での、中腰ガンマクランクキックとすることで、キック脚の足首のバネを生かして、かかとを跳ね上げる動作で、キック脚の膝を前方へと進め、その膝の上に、上半身とキック脚の太ももを乗せてゆく、ヒップドライブの効果を生みやすくすることができます。
 スピード能力3要素としての、@ヒップドライブ速度(dT-dK)、Aキック脚重心水平速度(dK)、B相対水平速度(dS-dB)のうち、全重心を低くすることによって、@とAを大きくすることができるのです。

 これらのフォームのうち、お手本として、もっともすぐれているのは、図3のYmgt(3)のフォームです。体の中心軸の近くで、スウィング脚とキック脚の重心軌跡が交差していますし、両腕の重心軌跡も、そのようになっており、前腕の重心軌跡が上向きとなっており、キック脚の下方への押しを補助しています。キック脚は、身体重心直下に接地して、地面を下方に押すということが、よく言われていますが、微妙な感覚を述べると、キック脚をハンマーと見立てて杭を打つとしたら、真下へ、ではなく、少し、その杭が前方へと傾き、斜め後方へと打ち込むような状態です。このような感覚を為末大選手は、次のように表現しています。

 T8)足はそっと置くのでも、たたきつけるのでもなく、噛みつくように接地する。噛みつくという言葉によって、引き戻しながら力強く接地することを伝えられるような気がする。[3]

 キック脚で地面を打つ感覚を、私は「弓型ハンマーキック」と呼ぶことにしましたが、ここで「弓型」とつけているのは、キック脚の膝をやや曲げておくような感覚をもっておくためです。これについても、為末大選手は、次のように表現しています。

 T1) フラットに着地すること/足首の関節をなるべく動かさないように固定し、なるべく自分の重心の真下近くに接地する。そこで地面を押し、接地した脚は膝を軽く曲げた状態にしたまま、後方にスウィングする。[3]

 HR選手のように、腰高のフォームとなってしまっているときは、キック脚で地面を「噛みつく」とき、キック脚の膝をやや曲げるようにしておきます。そして、強く固めておく足首のバネによって、かかとが浮く動きに合わせ、キック脚の膝を前方へと突き出し、少し低くなって出てゆく膝の上に、(腰を入れる)ヒップドライブの動きで、太ももと上半身を乗せてゆくようにします。さらに、このような動きをスウィング脚でリードするようにイメージして、全体の動きをひとつにまとめます。複雑でむつかしい動きとなりますが、日ごろのトレーニングで反復し、動きを磨き上げてゆき、試合などでは、ほとんど意識しなくても、このように走れるようにしてゆきます。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, May 19, 2013)

 参照資料

[1] 短距離ランニングフォーム (2) HR選手 / HR選手はガンマランクキックを安定して生み出す
[2] 短距離ランニングフォーム解析 (29) 山縣選手 / 山縣亮太選手のスプリント中間疾走の詳細重心解析
[3] 高速ランニングフォームについてのエピソード(4) 文献調査(1)「世界一流スプリンターの技術分析」から「走りの極意」まで

 

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