高速ランニングフォームのヒント

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI) @ 黒月解析研究所

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 2009923日の午後、テレビで陸上競技の試合を観戦した。かつて、私が巨大都市に住んでいたころ、その近所にあった競技場だ。毎年、このころになると、世界の一流選手を招いて、何種類かの競技が行われる。観客数は、日本選手権をはるかに上回る。けっこう高額の入場料だったが、私も何度か競技場で観戦したことがある。

 2年前なら、テレビ画像をビデオに記録して、ランニング画像などをコマでコンピュータに取りこみ、自前のソフトで解析しただろう。根拠となる解析結果や、ランニングフォームなどの、スティックピクチャー図を添えると、ぐっと分かりやすくなる。だが、今は、そのようなことをしている時間がない。それでも、私の研究から分かっていることを、このような文章の形ででも公表しておけば、もっと強くなりたい、もっと速く走りたいと思っている人たちに、何らかの貢献ができるだろう。

 レースの最後は、男子100m決勝だった。わずか3日前に969のタイムを出したタイソン=ゲイ選手が出場する。多くの人々の注目の的だ。しかし、レースの結果は平凡なもので、1013というものだった。このことは、陸上競技のコーチをやっていたものなら理解できる。高いパフォーマンスのレースを行ったあとの2日後は、筋肉の速筋線維が破壊されて、これを作り変えるプロセスを始めているところなのである。3日後でも、まだ回復していない。筋肉に「み」が入って、まるで、ロボットのように歩かなければならなくなる。そのような状態のときに、静かに回復させてゆけば、数日後以降に超回復が起こって、以前より強い能力が身につく。それなのに、このようなプロセスを無視してレースを続けてゆくと、故障の種を筋肉畑のあちこちにまき散らすことになるだろう。

 それでも、このときの、タイソン=ゲイ選手のレースからは、速く走るためのヒントを学ぶことができる。私が「高速ランニングフォーム」と呼んでいるものは、狭義では、ボルト選手やパウエル選手のフォームである。これを私は「ベーター(β)クランクキック」と呼んだり、「ドライブキック」と呼んだりしてきた。これに対して、タイソン=ゲイ選手のものは、「ガンマ(γ)クランクキック」もしくは「ホイールキック」として分類することができる。このとき、キック足が接地する前の動きを調べると、速度の水平成分と鉛直成分のうち、水平成分に重きをおいているのが、タイソン=ゲイらのフォームで、鉛直成分に重きをおいているのが、(現在において最も典型的な)パウエルらのフォームである。

これらの区別はあるものの、強いランナーに共通してみられることは、キック足の接地時に、加速のための力を生み出しているということである。タイソン=ゲイ選手は、このレースの中盤において、加速のための、アクセントの効いた、接地脚を強く後方へと送る動作を見せていた。他の選手の、ほぼ一様な動きとは、まったく異なっていた。つまり、タイソン=ゲイ選手は、速いスピードでのランニング中で、身体を、より速く動かすことを意識していたのである。このことは、とても分かりやすい。このようなことが、世界の一流選手にできるのは、いったいなぜなのか。

 次のヒントは、一つ前のレースにあった。女子100m決勝である。このレースはアリソン=フェリックス選手が制した。テレビの解説者たちは、日本の福島千里選手がスタートダッシュで抜き出ていたことを評価していたが、アリソン=フェリックス選手に抜かれてしまうことの理由などには、まったく触れていなかった。いったい何が違うのか。

アリソン=フェリックス選手から学ぶヒントは「リラクセイション」である。この言葉は、ゲラルド=マック氏などの指導で、日本にも知られるようになったが、このことの意味を、しっかりと理解している選手やコーチは少ないようだ。アリソン=フェリックス選手は、もちろん理解しているし、そのことをランニングフォームの中で表現している。

たとえば、福島千里選手のランニングフォームと何が違うのかというと、キック脚の前方スウィングにおいて、力を抜くことと、力を入れることの、アクセントが、はっきりとついているということなのである。このとき、力を抜くべきステージで、きちんと力を抜いていることを「リラクセイションができている」と表現するのだ。

アリソン=フェリックス選手は、パウエル型の高速ランニングフォームである。前方に振り出した脚を、野球選手のバットのように、地面に向けて振ることにより、この脚に蓄えた運動量を、接地の瞬間に身体全体へと移し、加速しているのである。このとき重要なことは、バットのような作用をする脚で地面を打つときの、運動量の大きさと、衝突係数の効率など、力学的には、いろいろあるが、脚を動かすピッチの速さとは無関係だということである。

ところが、福島千里選手は、脚を動かすピッチの速さに意識を集めている。この方法も、ひとつの手段ではあるが、動きの限界に近づきやすい。ピッチの速さにこだわっている福島千里選手の動きには、実は、アクセントがついていない。このことを「リラクセイションできていない」と表現しても、おそらく理解してもらえなかったことだろう。アリソン=フェリックス選手の、パウエル型の高速ランニングフォームでは、力を込めるステージは、キック脚を地面に向けてふりまわすときだけであるのに対して、福島千里選手のフォームでは、そのステージが、脚の回転のすべてにわたっている。これでは、すぐに、動きのピークを迎えてしまう。もちろん、ピッチの速さは、ランニングスピードと正の相関をもっているが、本質的な要因ではない。このような意識によるものは、レース中盤から加速できなくなる。

 もっと分かりやすいヒントは、これらのレースの前に行われた、男子110mHのレースにあった。このレースは、ジャマイカのドワイト=トーマス選手が制したが、ハードルを越えた後のリード脚の振り下ろしスピードが、他選手に比べ、圧倒的に速かった。実は、これがスピードの原因である。

トーマス選手は100mで競技していたらしいが、ボルト選手やパウエル選手には、とてもかなわないので、この110mHで生きる道を探ろうとしているようだ。もちろん、100mのフラットレースでは、パウエル型の高速ランニングフォームだろう。そのことによって速く走れているという面もあるだろうが、110mHでのスピードは、もっと込み入った要因がからんでくる。しかし、技術が複雑であるということを裏返すと、いろいろな力学的なメカニズムが潜んでいるので、力学的に考察するときには、かえって分かりやすいということになる。

トーマス選手がハードルを越えた後のリード脚を、意図的に速く下方へと振り下ろしているのは、アリソン=フェリックス選手のキックのメカニズムと同じである。しかも、このとき、バットのような効果をもって振り回される脚の、バットとしての長さは、通常のランニングのときに比べて、はるかに長く、そして、振り回す距離も長いので、貯えられる運動量も、はるかに大きい。これを地面に接したとき、この脚の動きは、地面によって止められ、その運動量は、身体全身へと移る。

ハードラーは、ハードルを越えた一歩目のキックで、ほとんど後方へと蹴っていないのだが、このとき、地面に真上から降りるだけのように思えていた、この一歩によって、大きな加速を得ていたのである。地面を真下に蹴るという動きの中で、押し縮められた脚の、逃げるスペースを確保するため、前方へはじけるというメカニズムは、通常の、パウエル型の高速ランニングフォームと、まったく同じである。動きの大きなハードル競技の中に、高速ランニングフォームのヒントが、まさに、強調されたオーバーアクションとして表わされていたのだ。

 まとめておこう。高速ランニングフォームのヒントの一つ目は「アクセントをつける」、二つ目は「リラクセイションのステージを意識する」もしくは「力を集中させるべきステージを意識する」、三つ目は「キック脚をバットのようにイメージして地面を打つ」と、まあ、こういうことかな。

(2009.09.24 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION)

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