高速ランニングフォームのためのトレーニング(1)

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI)@黒月解析研究所

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 このようなタイトルのもとで語るべきことを、いくつかのテーマに分類しよう。

A 高速ランニングフォームの動き

B 高速ランニングフォームのための基礎能力

C スタートダッシュとトップスピードのフォームの違い

D トップスピードにおける加速技術

E 短期および長期のトレーニング負荷

最初に取り組むことは、もちろん、Aの、高速ランニングフォームの動きを身につけるということであろう。

 

A高速ランニングフォームの動き

このようなランニングフォームを研究していたころ、私は、ボランティアのコーチであった。あるチームの監督やコーチという立場ではなく、ともにトレーニングする関係での、何十年も歳上の先輩として、ランニングフォームのコツやヒントを伝えた。こうして、高速ランニングフォームについて見出したことを、何名かの選手に教えた。

一人目の選手は、高校1年の男子。冬季トレーニング中に、当時の世界スプリント界で活躍していたモーリス=グリーン選手のフォームを説明して、私自身の体で、グリーン選手の動きを真似て見せ、かんたんなコツの幾つかを教えた。そして、彼が走って、うまく真似られているかを、私が確認し、ビデオでも撮影して、本人に見せた。その後の具体的なトレーニングについては、ほとんど何も指示しなかった。2年生の春季インターハイの地方予選になり、彼は、100mレースで、12秒台だった自己記録を114にまで縮めて、都大会への出場権を獲得した。ところが、このあと、200mでも、これまでにないスピードで走って予戦を通過していったが、100mの疲労も回復していなかったようで、2次予選か準決勝で肉離れを起こしてしまい、せっかく獲得した100mの出場権も捨てることになってしまった。その後のことは、よく知らない。このあと私は、東京から離れ、田舎で仕事を見つけて暮らし始めた。

二人目の選手は、高校2年生の女子。はじめは「走幅跳を教えてほしい」と頼まれて、少し指導したが、うまく効果が現れなかった。私の指導力不足のためである。私が中学生を指導していたころは、多くの生徒に教えて、その中から、うまく技術が身についた生徒を選び出していただけだったのだ。このような選別を行えないとなると、指導力の不足が、見事に明るみに出てしまう。秋口に彼女は、突然「ハードルを教えてほしい」と言ってきた。わずかな日数であったが、とりあえず、ハードルを合理的にクリア―するフォームとインターバル走への移り方を教え、なんとか4歩でこなせるように指導した。すると、このときのレース結果が、都のランキングの20位以内に入ったからということで、3年生の春季インターハイ都大会で七種競技に出場できることになった。彼女は、そのことを狙って、ハードルに出ようと考えたのだと、後から教えてくれた。その後、連絡もなく、冬季のトレーニングの指示も出さずにいたが、春になってから、突然連絡を受けた。時間もあまりなかったので、フィールド種目のことには目をつぶり、200m800mのためのトレーニングをすることにした。800mのトレーニングのため、300m+300m+200mを行ったが、当時は、私もいっしょに走って、ペースを教えたものだ。このとき、200mのスピードを増すため、彼女のランニングフォームを直しておく必要があると感じた。世界の一流選手のフォームに近いものというより、キック脚を後方に流さずに走るリズムを、彼女にも真似させて、ランニングフォームを改良しようとした。しかし、上記の男子選手のようには、すぐに効果は現れなかった。このときは形をなぞっていただけで、本質的な内容がなぞれていなかったのである。200mのタイムは27秒台だった。当時、他の七種競技の選手が26秒台で走るのを見て、「速いなあ」と、くやしい思いで見た。冬の間、彼女は朝練習として学校の周囲をランニングしていたらしい。このことによる基礎的な持久力と、わずかな期間ではあったが、800mのためのスピードトレーニングの効果が、少しはあったようで、この種目でトップをとり、なんとか3位で、次の大会への出場権が得られた。実は、私は、次の南関東大会を見にゆかず、田舎に戻る準備をして、彼女には何も告げずに東京を離れた。ただし、郵便局に出しておいた転居届が、彼女の手紙を転送したので、私は、その後も、文通形式で七種競技のいろいろなことについて説明し、影のコーチを続けた。大学二年生の春、彼女は、突然速く走れるようになったことを手紙で知らせてきた。ひょっとすると、高速ランニングフォームの細かなコツを、彼女が身につけたのかもしれないと、私は考えた。形だけ真似ていたフォームの、力学的な本質のところが身についたのだろうか。このような疑問を解くため、仕事を休み、ビデオカメラをもって、深夜バスで東京へゆき、インカレや日本選手権に七種競技で出場する彼女の、200mのランニングや走幅跳の助走のフォームを撮影した。田舎に戻って分析したところ、モーリス=グリーンのフォームの力学的な要点を押さえていることが明らかになった。完全に同じものではないが、クランクキックとしての高速ランニングフォームのポイントがつかめており、スピードが生まれやすいものだった。これらの、はじめに分析していたころは、200mのランニングではなく、走幅跳びの助走で、見事な調和を見せていた。やがて彼女は、その後、独自の調整をフォームに加え、七種競技の200mレースで251を出すまでになった。800mでは215秒くらいだったか。いずれも、単独のレースでなら、もっとよい記録が出るはずである。彼女の成功に刺激をうけ、私も、休日に競技場へとゆき、高速ランニングフォームの研究とトレーニングを続けた。自分自身の体でテストし、解析プログラムを開発して、さまざまな知識を見出した。ただし、良いことばかりは続かない。七種競技と、チームのエースになってしまったマイルリレーの400mのためのトレーニングが重なったからだろうか、4年生のシーズン終了後、足に構造的な痛みが生じて、彼女は全力で走れなくなってしまった。

このあと、私は、まったく、高速ランニングフォームを指導していない。田舎の競技場で自分のトレーニングを行いながら、選手に直接にではなく、そのコーチたちに話してみたが、まったく相手にしてもらえなかった。どちらかというと、趣味のようにして楽しんでいた円盤投げのピットで、そこにやってきてトレーニングする選手に、一日でマスターできる円盤投げのポイントを伝えて、選手たちに喜ばれた。しかし、そのようなことも、熱心な指導者がいないところの選手だけである。

東京では、中学生のときに陸上競技の魅力を教わったものの、高校では指導者に恵まれないという選手たちが、それぞれ競技場にやってきて、自己流のトレーニングを行っていることがよくある。安価な使用料で解放されている競技場が多くあることと、交通網が発達しているということが、このような現象を生み出していた。私は、もともとボランティアのコーチではなかったが、いっしょにトレーニングしたほうが楽でもあり、教える喜びというものもあるので、このような選手に見つけられたとき、ついついコーチを引き受けてしまう。

だが、田舎では、こうはいかない。大部分の選手は、熱心な指導者の指導をうけているし、競技場と交通網の状況も異なっている。このようなわけで、現在の私は、インターネットを利用して、教える選手の姿を見ない状態で、ボランティアのコーチをやろうとしている。

前書きが長くなりすぎた。高速ランニングフォームのトレーニングについて説明するページだった。そのようなトレーニングの、一つのパターンが、上に述べたような、私が走って見せ、それを真似させるというものだ。これが最も簡単で、てっとり早い。ジャマイカの選手が、ほとんど高速ランニングフォームをマスターしているのは、身近なところに、見本となるランナーがいるからだと思える。今のところは、おそらくパウエル選手が、何らかの意味で見本であり、あまりよく知らないが、高速ランニングフォームを教えるコーチもいるのだろう。ポーランドを起点として、ゲラルド=マック氏が、ヨーロッパで教え、後にカナダのコーチとなった。アメリカでは、トム=テレツ氏が健在のようで、エドモントン世界選手権のころには、女子のハードル選手を送り出していた。彼女(アダムス)は走幅跳にも出場しており、その助走におけるランニングフォームを調べたところ、やはり、優れた高速ランニングフォームであった。ただし、走幅跳びの踏切技術は未熟なもので、決勝に出場したものの、3回ファールで、記録を残していない。

フォームを見せて真似させるだけでは十分ではない。形をなぞることは、第一歩であるが、そのフォームの中に潜んでいる、動きのパターンを意識しなければ、本当の意味で真似たことにはならない。このためには、いくつかの要点について理解しておき、そのことを実現しようと意識して、ランニングのトレーニングなりレースなりを行なう必要がある。

形や動きとしての高速ランニングフォームを教えるということと、そのフォームにおいて、実際に走って、速く走れるようになるということを、具体的に教えたことが一度だけある。そのときの手順について説明しよう。

競技場でトレーニングしていたとき、他府県の高校のチームがやってきてトレーニングをはじめた。この高校の指導者はヤリ投げを専門としていた。たまたま世代が合っていて、同じころに試合に出ていたという昔話で盛り上がり、気心が分かるようになった。ふと見ると、短距離パートの女子高校生たちのトレーニングは、ほとんど生徒の自主性に任されているようだったが、そのランニングフォームは、ピストンキックに近いものだった。私は、このまま、あのようなトレーニングを続けていても、速く走れるようにはならないから、別のランニングフォームがあることを教えたほうがよいということを、ヤリ投げ選手の指導を続けている指導者に伝え、さっそく了解してもらい、その女子高校生たちに、即席の実習を行った。

まず、スキップAの腿あげ運動を教えた。地面に足をつけるとき、踵をつけないように心掛けること。地面を蹴った後は、脚の力を抜いて、その地面からの反発で、自然に腿が上がるようにすることなどを説明し、20mくらいの距離で、何本か、この運動を繰り返させた。もちろん、私が先に演じて見せたので、たやすくまねることができた。スキップAの腿あげ運動で、はじめは前進スピードを抑えておくものの、次第に前進スピードを高めて行き、通常のランニングへと移ることができることを教えた。もちろん、実習させた。

次に、膝下部分を振り出して振り戻す動作が加わる、スキップBの腿あげ運動を教えた。あまり速く前進しないように、また、膝をできるだけ高くあげ、前方での脚の振り回す動きを大きくするため、はじめは、上半身を後方へと反らせるようにした。この運動でも、地面を強く蹴るということを強調し、できるだけ大きな動きを心掛けさせた。距離はやはり20mくらい。このスキップBの運動がうまくこなせるようになると、次は、後方へと反らせておいた上半身を、少しずつ垂直に立てるようにし、同じスキップBの運動を行わせた。このとき、前進するスピードが、自然に速くなってゆく。そして、最後の難題として、上半身をやや前傾させ、おなかを少し凹ませるようにして、このスキップBの運動を行わせた。このとき、ほとんど、高速ランニングフォームの形ができている。この運動における移動速度は、ほとんどランニングのレベルとなる。

組み合わせ運動として、スキップAの運動から、少しずつスキップBヘと移して行き、上半身を前傾させてゆき、通常のランニングへと移ってゆく運動をやらせた。こうして、地面を後方へと押すという意識を、まったく忘れ、腿あげ運動の延長として、走るフォームへと移ることができることを体で表現させた。

最後のまとめとして、軽くスキップしてスタートし、そのまま、スキップAの形で少し加速し、おなかを凹ませたスキップBの形でトップスピードへと移ってゆくところをなぞらせた。ランニングスピードは、コントロールスピードと呼ばれる程度。トップスピードの80%から90%あたり。距離は50mから100m。スピードを変化させ、そのとき、キックがどのように行われるのかを経験させる。こうして、速いスピードにおけるランニングで、さらに加速するためには、どのようなポイントを強調すればよいのかということを体験させる。このようなドリルにより、リラクセイションや、力の集中を意図的にコントロールすることを学ばせる。

これらの実習を終えて、質問をうけると、軽く走っているつもりなのに、走り終えたとき、呼吸が激しくなっているのはなぜかということを聞かれた。それは、ランナーとして努力していないように思えるものの、このランニングフォームの中で、体を固めるために、いろいろな筋肉が大きな力を出しており、そして、実際に速く走れているからだと説明した。このあと、この走り方は、アキレス腱や膝に強い負荷を与えるから、トレーニングの負荷量と体調との関係に注意し、故障しないように、十分な休養を入れるべきだということを説明した。他にも注意したいことは多くあったが、とりあえず、これまで走っていたフォームとは、まったく異なるフォームというものがあるということを教えることができた。

このときの女子は、確認してみると、高校生が2名で、中学生が1名。中高いっしょの私立高校だった。ただし、他府県のチームであったこともあり、その後、彼女らがどのようになったか、追跡できていない。指導のための時間は1時間ほど。その私立高校のバスが迎えにくる時間というものがあって、それに間に合わせる必要があった。必要最小限の、ちょうど1時限分の授業のようなものだった。

もう少し継続的に教えることができて、時間も多くとれるなら、基礎的な能力を高めるための、補助トレーニングについても、実習を組み込みつつ、さらに教えることになるだろう。しかし、これは、最初に述べた項目のBにあたる。次回のテーマだ。

(2009.09.29 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION, treeman9621@ray.ocn.ne.jp)

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