「高速ランニングフォームのメカニズム」後書き

黒月解析研究所

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 まえがき

 「高速ランニングフォームのコツ」[1]の理論的な基盤である、「ランニングスピードの高め方」というシリーズの資料から、「高速ランニングフォームのメカニズム The mechanism of fast running form (ランニングスピードの高め方_992006.03.27[2]を、ホームページに再録しましたが、あまりに長文であるので、ここから、「後書き」だけを取り出すことにしました。「高速ランニングフォームのコツ」では説明していなかった、「加速のメカニズム」が書かれています。

 

「高速ランニングフォームのメカニズム」後書き

 ここまで何年もランニングフォームを調べてきて、分かったことといえば、キック脚を前方から勢いよく振り下ろして、地面を強く蹴るべきだということや、キック脚の接地支持期後半に向けて、キック脚やスウィング脚の動きを利用して、水平に加速するということだった。このようなことは、これまでにも、ランナーやコーチたちが経験から見出して主張してきたことでもある。

しかし、結果的には、これまで分かっていたことと同じであっても、このことの意味が力学的に分かったということは意義深い。何より、ガトリン選手が高速フォームを生み出して、他のランナーから抜け出してゆくメカニズムが分かってきた。ガトリン選手は、接地中に加速することでスピードを高めようとするのではなく、接地の瞬間に大きな速度で弾けようとするのである。

このようなフォームをドライブキックと呼ぶことにしたが、ガトリン選手は、このドライブキックで高速フォームを生み出すとき、キック脚やスウィング脚を身体重心の直下付近にもってくる。これはなぜなのだろうか。

ドライブキックでは、地面を蹴るところで、力を込めることが重要なコツになるが、こうして激しく動いているキック脚の先端部分が、接地とともに、突然止まることにより、それまで持っていたキック脚の角運動量を、キック脚から腰点を経過して上半身へと向かう棒状部分の角運動量に移すのである。このとき、角運動量の多くを受け取る上半身の位置を考えると、棒状部分が前傾しているより、ほぼ垂直に立っているほうが、角運動の水平速度成分が大きいということになる。だから、このドライブキックで、上半身の水平速度を高めようとするなら、身体重心角が90度付近のときに、キック脚を強く蹴りおろす必要があるのである。

このようなドライブキックのメカニズムで高速フォームを生み出すことに付随して接地時間が短くなり、この短い時間で落下速度を上方速度に変換するため、非常に大きな力を生み出さなければならないという条件が加わる。ここまで詳しく分からなかったとき、ガトリン選手のフォームを真似ようとしてトレーニングしたら、アキレス腱が痛み出し、ほんの2〜3本しか走れなかった。トレーニング後から深夜まで氷でアキレス腱を冷やして、翌日からの仕事に備え、一週間後に、また走りに行く。このようなプロセスを何度も繰り返して、やがて、トレーニングらしく、一回に何本も走れるようになった。強い負荷をかけると痛みは出るが、ゆっくり治せば、以前より強くなるものである。

しかし、思っていたほど速く走れるようにはならなかった。年齢のことや体重のことに加えて、冬の寒さが条件を悪くしてゆく。速く走れないのは、そのようなわけだからと思っていたのだが、もう一度考え直して、データ解析の方法を改良してみると、ガトリン選手のフォームの謎が分かりだし、地面を蹴るときの動きが違っていたことに気づいた。

これまでは、身体重心直下に、キック脚を持ってきて、ちょうど、ここのところで地面を押すのだと考えていた。そのとき、スウィング脚は、重心直下より、前方に運んでおいて、下方に振り出すのだと信じ、そのように動かしていた。こうすれば、身体重心を浮かせ過ぎないようにして、前方へと加速できるのだと結論づけていたのである。

ところが、詳細速度解析という手法で調べ直してみると、キック脚の動きもスウィング脚の動きも、両方とも間違っていたのだ。これでは速く走れるわけがない。

キック脚は、地面に着いてから押すのではなく、ハンマーで地面に杭を打つときのように、強く振り下ろして、地面にぶつけるべきなのである。その反動を全身が受け取り、必要なだけの鉛直速度を獲得する。そのとき、全身が跳びあがろうとする動きに、スウィング脚も協力して、上の方に動くべきだったのである。ここで、下に向かったら、反動としての運動量の一部を吸収してしまうことになり、上半身重心の水平速度が高まらない。まったく違っていたのだ。

これらの間違いを理解して、ガトリン選手のドライブキックをなぞろうと試みたが、これは、昔、速く走るための動きとして、教え子たちに教えていたことではなかったか、とも思った。優れたスプリンターたちは、ちょうど、このような動きをしていたようだ。理屈なぞ分からないままに、強いスプリンターは、速く走るフォームを身につけていたのである。ただ、そのとき、もっと速く走るために、どのようなことを心がければよいのかということを、コーチである私が理解していなくて、的確にトレーニングの指針を提案できなかったのだ。だから、壁にぶつかってしまった。

また、ドライブキックで高速フォームを生み出すためのトレーニングとして、マック式短距離トレーニングの体系にあったものを、膝への負担が大きいという理由で、いつしか無視してしまっていたということにも、今回の解析によって気づくことになった。それは「スキップB」という運動である。これより負荷の低い「スキップA」については、何年か前からリバイバルさせていて、効果を高めるためのコツも整理できていたが、「スキップB」がドライブキックの基礎能力を的確に高めるということが分かったのは、この研究の成果が、これまで知られていたことの証拠を明らかにしたからである。

「スキップA」とは「連続腿あげ」のことであるが、地面を蹴った反動を利用して腿を上げることで、膝を固定したキックの、パワーポジションの感覚を覚える効果を期待できるものである。

「スキップB」とは「連続振り出し振り戻しキック」と呼べば分かるだろうか。少し上体を後傾させて、膝を高く上げてから、膝下部分を前方に振り出し、このキック脚を下方に振り下ろす勢いを高めて地面を蹴り、この反動を利用して、膝を再び高く上げる運動である。何十年前から、自分でもやっていたし、教え子たちにもやらせていた。しかし、この運動が意味することを説明することができなかったし、膝への負担が大きいという説明におびえて、トレーニング効果を追い求めるような、ぎりぎりの強度と負荷量をねらって試みさせることは、一度もやらなかったように思う。それに、地面を強く蹴って跳ねるべきだということが分からなくて、ただ単に、キック脚のスウィングを速くすればよいのだと思ってしまっていた。そして、地面では足首などでショックを抜いてしまっていたのだ。これではドライブキックには結びつかない。地面を蹴るときにこそ、最も大きな力を込め、その反動で高く跳ぶなり、少し上体を前方へと起こして、前に進むなりしなければ、キック脚に蓄えた角運動量を、上半身へと移したことにはならないのである。

このような注意点を意識しながら、スキップBを100Mで何本か行ってみると、ふくらはぎだけでなく、太もも部分の、前にも後ろにも、大きな負荷がかかって、非常に効果的な速筋トレーニングであることが分かった。ただし、このスキップBでトレーニング効果を生み出すには、この運動をこなせるだけの、膝や踵の靱帯を強化しておく必要がある。これには、遅めのスピードでのドライブキック走の反復やスキップAの反復が役に立つ。膝が壊れるとかアキレス腱が切れるとか、しない状態で負荷を高めていって、がんじょうな靭帯へと変化させておくことが先で、筋肉の強化は、その後にやるべきである。若い選手で、ハードルや三段跳がこなせるのなら、靱帯は十分強化されていることだろう。スプリンターとはいえ、これまで、ホイールキックのメカニズムで加速するような走り方しか行ってこなかった選手は、ドライブキックのトレーニングを行うとき、特に、アキレス腱のコンディションには注意しておく必要があろう。少しずつでも負荷を加えていって、どんどんトレーニングしてゆき、超回復するのを待てないとしたら、痛みが故障へと進展する可能性もでてくるはずである。私は、年齢のことも、仕事のことも考えて、一週間や二週間に一度くらいしか、トレーニングを行っていない。そうして、少しずつ強くなってきた。若い人たちのように、一週間や二週間に一度ずつ試合があって、一週間に何度も強いトレーニングを行うとしたら、よほどうまく調整してゆかなければならないだろう。

 解析に用いたランナーのフォームも、この資料ではガトリン選手と佐分選手のものだけを用いているが、すでに、何十人のランナーの、何百というフォームについて調べている。それらの違いを説明しだしたら、資料のページ数が何百枚あっても足りはしない。たとえ書くことができたとしても、誰も読んではくれないだろう。このようなわけで、見いだしたことの中でも、最も本質的なことだけを選んで、できるだけ簡潔にまとめようとしたのが、この資料である。

ドライブキックというランニングフォームと、ホイールキックというランニングフォームとでは、力学的にも技術的にも異なっており、これらの違いを理解できるようになった。ガトリン選手や佐分選手は、これらのフォームを共に有しており、自分にとって効率的なフォームを追い求めようとしていることがうかがえる。ガトリン選手は世界一なのであるから、結果的に、よい方向をつかんでいるのだろうが、日本一である佐分選手をはじめとして、日本の多くのランナーたちは、まだ、これらの技術について、感覚的には知っているだろうが、力学的な理由については、手探り状態にあることだろう。ランニングフォームについて、この資料で解き明かしたような知識を得ることができて、ランナーたちの現状がどのようなものであるかということが分かれば、より速く走るための、今後のトレーニングの指針を見出すことができることだろう。

 

 あとがき

 3年前のことなぞ、すっかり忘れてしまっています。とにかく、この間に生み出してきた、新しいことの多くを、頭の中へと詰め込んでおくには、それまでの知識を、どんどん忘れる必要があったからです。今回、あるきっかけがもとになって、3年前の研究を振り返ることになりました。これでは、難しすぎて、誰も読んでくれないだろうなと感じました。難しくても構いませんが、簡潔にまとめる必要があります。また、一番大切なことは、論理の筋道の明快さだと思います。

「高速ランニングフォームのメカニズム」において、論理の本筋は、「運動量のうつしかえ」にありました。野球において、バットでボールを打つとき、バットが持っていた運動量を、ボールへと、完全にうつしかえることにより、ボールの速度が、逆向きに、大きくなって、ライナーとなって飛んでゆきます。このときの「運動量のうつしかえ」を適度に中途半端にすることによって、バントが成立します。野球のバットの役目を、ランニングにおいては、前方から振り下ろすキック脚が受け持ちます。野球のボールの役目をするものは、ランナーの身体のすべてです。

(2009.09.09 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION, treeman9621@ray.ocn.ne.jp)

参照資料

[1] 高速ランニングフォームのコツ

http://www.treeman9621.com/Kai_Sport_How_to_run_on_fast_running_form.html

[2] 高速ランニングフォームのメカニズム

http://www.treeman9621.com/running_form_mechanism.html

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