高速ランニングフォームのコツ

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI) @黒月解析研究所

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 ベルリンで行われている世界陸上で、ウサイン・ボルト選手が、100m200mで世界記録を生み出した。深夜というより、朝方まで待って、ボルト選手が唯一真剣に走る、決勝のレースを見る。見事なフォームである。

2年ほど前までの私だったら、これらの動画像をビデオカメラで撮影し、それを1コマずつコンピュータに取りこみ、関節の位置を読み取って、シミュレーションモデルを構成する解析プログラムで、これらのフォームの特性を調べるところである。しかし、このようなフォームの力学的なメカニズムは、すでに分かっている。

 かつての偉大なスプリンター、カール・ルイスを指導されたトム・テレツ氏や、日本にも指導に来られたゲラルド・マック氏は、このようなフォームについて、いくらかのコツを知っていて、多くの世界的なスプリンターを育ててこられた。

 すでに、このフォームが現れてから、40年ほど経過している。おそらく、このフォームは、1968年のメキシコオリンピックから始まった、オールウェザー走路の導入が、一つの要因になっていると考えられる。力を生み出すのは人間のほうであるが、生み出された力を、ゴムの弾力がうまく補助するのである。

 日本におけるスプリントランニングフォームの研究は、東京で行われた世界選手権のころに大きく進展した。しかし、謎のひとつを解き明かしたものの、その力学的なメカニズムを完全に明らかにしたわけではないようだ。

 10年ほど前、高野進氏がトム・テレツ氏に高速ランニングフォームのコツを教わり、大学生たちに教えて、末續慎吾選手を育てた。この物語において、彼らは、奇妙なコツを述べだし、彼ら流の理論を広め出した。

私は、大学4年生のときの末續選手のフォームを解析して、左右のキックフォームのうち、右脚キックのほうで、高速スピードを生み出していることを見出した。しかし、正式な論文として発表していなかったので、おそらく、本人は、そのことを知らないで、強くキックしているように感じている左脚キックのほうで推進していて、右脚キックは補助的に、地面についているだけだと思っていたかもしれない。やがて、末續選手は、高速ランニングフォームを見失ってしまった。( 私の研究資料で確認したところ、末續選手のキック脚の役割が左右逆になっていました。ここでは正しく直しました。末續選手の高速ランニングフォームとなっているキック脚は右脚のほうです。)

 日本では、朝原宣治選手が、このフォームを磨き上げていた。

2年前まで、私は、日本や世界のランナーのランニングフォームを調べていたが、このフォームの完成形のようなものを見出せたのは、残念ながら、薬物違反で追放されてしまったガトリン選手のフォームにおいてである。

ランニングフォームのビデオ画像を取り込み、コンピュータの中で動く仮想人体に、身体各部の、座標そのものではなく、身体部分の角度を組み込むということと、データの移動平均を利用した補間処理を利用して、ビデオ画像間をさらに細分化した動きを調べられるようにした。このような技術を使って、ガトリン選手のランニングフォームにおける力学的なメカニズムを明らかにした。しかし、このことを、論文の形にして、それなりの分野へと発表していないので、この知識は、まだ広く伝わっていない。

 ボルト選手の世界記録が衝撃的なので、このフォームのコツやメカニズムのようなものを、新聞などで説明しようとしている。しかし、まったくピントはずれなことを書いている。スポーツの解析を仕事としている専門家から聞いたことだそうだ。最近の走法の主流は、「すり足のイメージ」であり、ボルトは、「長い脚をさばくため….ひざをたたむイメージ」をもっているとある。いずれも、本質から、遠く離れた誤解である。世界のランナーたちは、「すり足のイメージ」も「ひざをたたむイメージ」なぞも、もって走ってはいない。外から見て、そのように見えているかもしれないが、そのようなイメージで走ってみても、世界のランナーのフォームから、どんどん離れるだけであることが、実際に走って見れば分かることだろう。

 あまり多くについて調べていないが、現在の日本のランナーにおいては、男子では塚原直貴選手、女子では高橋萌木子選手が、この高速ランニングフォームに近いものとなっている。女子の福島千里選手は、少しポイントがずれていて、レース後半の加速ができにくくなっている。レース後半に、高橋選手が追いこんでゆくのは、このフォームのコツをつかんでいるからだ。レース後半だけでなく、ボルト選手が見せてくれているように、レース中盤からでも、これまでトップスピードのフォームだとされている状態において、これを加速することができる。これには、それなりのメカニズムがある[1]

比ゆで説明すると、荷台をもっているトラックの、その荷台の壁を組み立てるための、レバーのついたフック構造があるが、あれでパチンと固定するのとよく似たメカニズムなのである。自然な状態から伸ばされたり縮められたりしたときのバネが、もとに戻ろうとするときに生み出す力がある。これに対応するものを、脚の構造で生み出しているのだ。難しいことは、これくらいにして、コツを述べよう。

 高速ランニングフォームの第一のコツは、脚によって、地面を後ろへと押さないということである。後ろへ「掃く」という表現もある。実は、このようなフォームでも、高レベルへと達することもできる。日本では男子の伊藤浩司選手、世界ではタイソン・ゲイ選手が、こちらのメカニズムのフォームで走っている。しかし、この「掃く」フォームは、身体的なコンディショニングの高め方が難しい。ハムストリングスの肉離れもおこしやすい。高速ランニングフォームのコツへと戻ろう。

地面を後ろへと押すのではなく、身体重心直下の地面を、真下へと押すのである。このコツは、トム・テレツ氏が何度も唱えている。この動きが基本である。

これの応用として、「真下へと叩く」というコツがある。より大きな力で、この瞬間の、レバーつきフックのような脚のバネが、縮められた、きゅうくつな姿勢から逃れるために生み出す力を最大限に利用しようとするなら、単に押すだけでなく、できるだけ強く叩くという感覚のほうがよい。

ガトリン選手やボルト選手、あるいは、パウエル選手も名手なのであるが、前方へと自然に振り出された、ひざ下の動きが大きいとき、選手は、自然に脚を、前方から身体直下へと、杭を打つときのハンマーのように、脚を振り戻す動きを、ハンマーを振り下ろすイメージに見立てて、地面を打っているのである。

この動きを細かく分析したことがある。「掃く」フォームでは、振り戻す脚のスピードのうち、水平成分のほうに重きが置かれているが、(高速ランニングフォームである)「叩く」フォームのほうでは、鉛直成分のほうが重要になっていた。

この目的のためなら、自然であろうと、意図的であろうと、前方へと振り出した脚が、大きく前でスウィングすることには、意味がある。大きく振り出しておくのは、地面を叩くために脚を振り戻すときの、運動量を大きくしておくためである。ホームランを打つために、バットを長く持って振るのと、まったく同じことだ。

 塚原直貴選手や高橋萌木子選手、あるいは、他の選手についても、テレビで観察させてもらったが、このような、動きについての意識のようなものが、ほとんど感じ取れなかった。もちろん、正確なことは、画像データを解析してみないと、数字で表せないが、数多く解析してきたので、定性的なことは感じ取れるようになっている。

日本のレースなどでは、リラックスしているので、速い動きの中でも力を発揮するということができているようだ。これに対して、世界陸上などの動きでは、単調な動きになっており、単に、車輪の代わりをしている脚が、同じ速度で動いており、本人たちも、これを「できるだけ速く動かす」ことに集中しているようにも見える。この考えでは、高速ランニングフォームとはならない。

高速ランニングフォームにおいて大切なことは、「速く動かす」ということではなく、「速い動きの中で、さらに加速するための力をどのように生み出すか」ということなのである。

 ランニングスピードが大きくなるほど、このことは難しくなる。脚をレバーつきフックのように使うためには、身体重心直下で、そのバネを弾かなければならない。その効果が生じる時間は、ランニングスピードが大きくなれば、どんどん短いものとなる。世界のトップランナーは、この感覚を磨いている。力は、できるだけ短い時間に生み出さなければならない。また、できるだけ大きな力を生み出さなければならない。このことは相反することである。

このことのコツは、ランニングのキックを、空中に脚があるときから、すでに始めてゆくということにある。また、身体重心直下で、力のピークを生み出すためには、身体重心直下の、少し前で足を接地させておかなければならないというコツもある。このフォームをマスターしようとしたら、この、少し、けつまずく感覚を味わうというのが、入門コースでの関門である。しかし、技術が磨かれてゆくことによって、身体感覚が、前方に接地していても、不要な力を入れずに、身体重心直下での力のピークを合わせることができるようになる。

 身体重心直下でのキックを、ごくごく短い時間で終えてしまえるようになると、キック脚は、自然と、前方へと跳ね返ってくるのであり、意図的に「すり足」にするわけではない。また、ひざは、パウエル選手のように、力を抜いてリラックスしていれば、自然と前方へと高くあがる。

かつて、腹筋を鍛えて、意図的に、このようなフォームを生み出すのだと考えられていたことがある。奥にあって、それまで知られていなかった腹筋が注目された。しかし、これも関係がない。このようなものの効果は、すぐに飽和してしまう。必要な筋力は、自然とついてくる。もっと大切な筋力は、地面を真下に叩くときの、動きの中で生み出される、総合的なものである。

 このようなメカニズムが分かってしまうと、かつて、ゲラルド・マック氏が伝えた、スキップA, スキップBと呼ばれていた「腿あげ運動」が、このような能力を高めるために最適であることが分かる。特に、スウィング脚の膝下部分を大きく振りだすスキップBを、連続で100mほど続けることに、大きな効果が期待できる。これはなかなか達成できない。レベルの高い課題である。それでも、さらにレベルが上がってきたら、腰に砂袋で25キログラムほどの重りをつけて行う。ただし、このような重りを足首につけてはいけない。故障の原因になるし、効果も裏目にでる。脚は軽いままで、速く動かして、接地時のインパクトの力を大きくすることに意味がある。

前駆的な運動として、100mでのスキップAを何本も行うとよい。ひざ下を振り出さない腿上げであるが、第一のコツは、地面を強く叩くこと。足のかかとは地面につけない。ひざを意図的に引きあげるのではなく、地面からの跳ね返りによって上がるにまかせておく。力を入れるのは、下方へのキックのときだけで、キックを短い時間で終えたら、リラックスして、脚への力を抜く。少し重心を下げておこない、キックのときの脚の膝の角度を、バーベルをパワージャークなどで弾みあげるときの、少しだけ曲げた状態にコントロールするとよい。コツはスピードではなく、力である。フォームは、これらの原理がうまくいったときに、自然と身につく。

これらの補助運動は、潜在的な能力を引き上げるものであるが、「意図的に走る」ということが、最も効果的なトレーニングになる。このとき、外からは分からないかもしれないが、力を生み出すタイミングや強さのことを意図して走るのと、何も意図しないで走るのとでは、効果が、まったく異なってくる。トレーニングでのランニングしかり、レースでのランニングしかり。スプリントランニングとは、奥の深い運動なのである。

 ただし、注意しておくことがある。このフォームは、アキレス腱に大きな負荷をかける。また、ひざの関節にも負荷を強いる。身体がまだ成長しきっていないときや、トレーニングを始めて間もないときは、トレーニング負荷と回復のサイクルのバランスに、十分注意してほしい。この高速ランニングフォームは、それで走るだけでも、他のフォームにくらべて、大きな負荷がかかる。外から見ていると、ただ走っているように見えるかもしれないが、このフォームのランナーは、速い動きの中でも、できるだけ大きな力を生み出そうとしており、知らず知らずに、腱や筋肉に、大きな負荷をかけている。スプリントランニングのトレーニングも、また、奥深いものである。

(2009.08.22 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION)

参照資料
[1] 高速ランニングフォームのメカニズム
http://www.treeman9621.com/running_form_mechanism.html

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