アルファクランクキックのメカニズム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 スプリントランニングフォームの分類を試みたのは、今から十年以上前のことになります。スプリンターのキックフォームを、ビデオ画像間隔の1/10の時間を単位とする詳細フォームとして再構成し、それらの全重心水平速度を調べたとき、キック脚で地面に接地したあと、最大値をとって、その後、見かけ上、スピードを減らしつつ、離陸へと移ってゆく瞬間がありました。この瞬間をキックポイントと呼ぶことにし、この瞬間における、キック脚の太ももとすね(脛)の姿勢角(太ももなどの下端から後方への水平線を引き、ここから太ももなどを測る角度、立位角とも呼ぶ)を求め、このときの、太ももの姿勢角θtとすねの姿勢角θsの組み合わせの分布をプロットして調べることにより、アルファクランクキック、ベータクランクキック、ガンマクランクキック、デルタクランクキック、そして、最後に、キック脚の膝の角度を伸ばしきって離陸しようとするピストンキックなどを定義したのでした。
 これらのデータを調べたとき、具体的なフォームの代表選手として、アルファクランクキックではモーリス・グリーン選手、ベータクランクキックでは末續慎吾選手を見出すことができました。ガンマクランクキック以降については、代表選手を選ぶ苦労はなかったようです。当時の知識として、長距離ランナーの福士加代子選手のランニングフォームが、ガンマクランクキックであったことを見出して驚いた記憶があります。当時の長距離ランナーのランニングフォームは、ほとんど、デルタクランクキックかピストンキックだったと思います。現在では、ガンマクランクキックで走っている長距離ランナーが数多くいます。
 アルファクランクキックの解析例として、あまり画像が得られていない、モーリス・グリーン選手のものがあっただけなので、この十年間、アルファクランクキックについての詳細な研究は、ほとんど進んでいませんでした。アルファクランクキックは、ときどき生まれる、やや失敗気味の、慣性スピードを維持するためのものだと、これまで、考えていました。
 ところが、2013年の日本選手権男子100mで優勝した山縣亮太選手のランニングフォームを解析してみると、中心的な高速ランニングフームはガンマクランクキックでしたが、それに連動して、ベータクランクキックだけでなく、アルファクランクキックも、何歩か確認できたのです。しかも、それらは決して失敗のフォームではなく、他のフォームと同じように、スピードを維持したり高めたりするためのものとして生み出されていました。


図1 山縣選手におけるランナー感覚の動き(赤→左, 青→右)

 さらに、このような、山縣亮太選手のランニングフォームの、ランナーの内的な感覚をつかもうと、私自身の体を使って、スピードは遅いながらも(山縣選手のおよそ2/3)、山縣選手のランニングフォームのメカニズムを推定して試走し、それをビデオ撮影してもらって解析したところ、これまで、まったく現れたことがなかったアルファクランクキックが何歩も出現したのです。しかも、このときのランニングフォームの中で、最もスピードが高いものが、ガンマクランクキックではなく、アルファクランクキックなのでした。


図2 私(KR)の試走におけるランナー感覚の動き(赤→右, 青→左)

 このような、自分の体を使っての実験と、山縣選手らのランニングフォームの解析研究とを調べてゆくうちに、どうやら、ガンマクランクキックとアルファクランクキックのメカニズムが違うのかもしれないという考えが浮かんできました。
 これまで公表してきた、高速ランニングフォームのメカニズムについての、いちばん最初のものは、今では、デルタクランクキックとピストンキックを説明するものだと思われます。そして、最近新たに、「より詳しい高速ランニングフォームのメカニズム」として公表したものは、どうやら、「ガンマクランクキックのメカニズム」であったようです。
 それでは、アルファクランクキックのメカニズムとガンマクランクキックのメカニズムとでは何がどう違うのか。このことを、ここで説明できるだけの知識は、まだありません。とりあえずは、まず、「より詳しい高速ランニングフォームのメカニズム」として公表してきた「ガンマクランクキックのメカニズム」を確認しておきたいと思います。

 ガンマクランクキックのメカニズム

 準備  踵点(H)の役目について考えるため、キック脚の膝から下の部分をひとまとめにして、膝点(K)、踵点(H)、支点(O)の△KHO を(キック脚の)膝下三角形と呼びます。


図3 高速ランニングフォームにおける接地@とキックポイントA
腰点(W), 膝点(K), 踵点(H), 支点(O) , @とAの時間差は1/60秒

 ガンマクランクキックのメカニズム
 (A) @でキック脚が地面に向かって振り下されます。キック脚の膝下三角形の踵点(H)が地面に接するか近づいたあと、足首のバネによって反発し、踵点を跳ね上がらせます。すると、形を変えないと見なしている膝下三角形を前方へ傾けることとなり、膝点(K)をより前方へと進ませます。これがAの状態です。
 (B) このような変化と同時に、キック脚の太もも(WK)の姿勢角が大きくなって、腰点(W)が上半身を引き連れて、前へと進んだ膝点(K)の上に乗ってゆきます。このような動作は、キック脚の太ももと上半身の胴体が作る角度が変わることによって生まれます。キック脚の太ももと上半身の胴体の中間にある、腰が前に出る(または、腰を入れる)という感覚になります。
 (C) スウィング脚は、独自に動くことにより、全体のスピードに上乗せをしつつ、(A)と(B)の変化を補助します。

 考察
 山縣亮太選手のガンマクランクキックのフォームを図1で一つとりあげましたが、他にも何歩かあります。それらを観察すると、次の図4にまとめたような、3つのタイプのものが混じっていました。図4(右)の Yg26 は図1の Yg36 と似ています。ところが、図4(左)の Yg32 のフォームは、Yg26 とは、キック脚の足首あたりの動きが違います。図4(中)の Yg21 は、それらの中間状態のように見えます。図3を使って説明した「ガンマクランクキックのメカニズム」があてはまるのは、図4(中)のフォームだけのようです。
 図4(左)の Yg32 では、足首の角度が最初から大きなものとなっています。そして、図4(右)の Yg26 では、足首の角度があまり大きくなろうとしていません。キック脚の踵が浮くことで膝が前方へと進むことを、ヒールドライブ効果と呼んできましたが、図4(右)の Yg26 では、この、ヒールドライブ効果が生じていないのにもかかわらず、dG は大きな値となっているのです。これは、上記のメカニズがあてはまっていないことを意味しています。


図4 山縣選手のガンマクラクキックにおけるランナー感覚の動き (赤→左, 青→右)

 詳細重心総合解析による考察

 図5と図6にガンマクランクキックの、図7と図8にアルファクランクキックの、詳細重心総合解析を示します。タイトルの下に、全重心水平速度 dG、キック脚重心水平速度 dK、ヒップドライブ速度 dT-dK、相対スウィング速度 dS-dB の値をまとめました。

 ガンマクランクキック


図5 Yg21(ガンマクランクキック)の詳細重心総合解析
dG=11.5, dK=7.6, dT-dK=3.82, dS-dB=5.50, aGO/g=7.7


図6 Yg26(ガンマクランクキック)の詳細重心総合解析
dG=11.4, dK=7.2, dT-dK=3.89, dS-dB=6.53, aGO/g=7.8

アルファクランクキック


図7 Yg30(アルファクランクキック)の詳細重心総合解析
dG=11.0, dK=6.3, dT-dK=4.98, dS-dB=4.76, aGO/g=4.4


図8 Yg34(アルファクランクキック)の詳細重心総合解析
dG=11.3, dK=7.5, dT-dK=4.37, dS-dB=3.40, aGO/g=5.3

 いずれも、キック脚重心水平速度dKの値は大きなものです。
 ガンマクランクキックでは、相対スウィング速度が大きいという特徴があります。これに対して、アルファクランクキックでは、相対スウィング速度は小さいものの、ヒップドライブ速度が大きいという特徴があります。
 キック軸加速度比 aGO/g の値を見ると、ガンマクランクキックでは大きく、アルファクランクキックでは小さくなっています。キック軸速度 dGO の変化パターンを観察すると、図8の Yg34 が異質で、キック軸 GO の長さが最も短くなって、この GO軸が短くなることにブレーキをかけだした、わずかな時間が経過したとき(このとき GO軸はまだ短縮中, プロットは濃い黄色)に、全重心水平速度 dG のピークが生じています。ガンマクランクキックでは、GO軸が長くなりだした(プロットは緑がかった水色)、わずかな時間が経過したときに、全重心水平速度 dG のピークが生じています。図7の Yg30 は、アルファクランクキックですが、キック軸速度 dGO の変化パターンとしては、ガンマクランクキックの仲間となっています。
 これらの観察から、キック脚の踵が浮くということは本質的なことではないということが分かります。これらの4歩のキックフォームでは、踵がほとんど浮かない状態で全重心水平速度 dG のピークが生じているからです。
 本質的なことは、キック脚で地面に「力」を作用させるということにあります。この作用による加速効果を考えると、キック軸の長さにおける変化 dGO が、正の値となったあとに、全重心水平速度 dG のピークが生じるもの(図5, 図6, 図7)と、負の値のときに全重心水平速度 dG のピークが生じるもの(図8)とがあるわけです。前者では、キック軸加速度比(実線のキャップパターン)のピークが、dG などのピークと一致しています。後者では、キック軸加速度比(実線のキャップパターン)のピークが、dG などのピークより遅れて出現しています。「力」の作用の前に、大きなスピード( dG の値)が生じているのです。
 図8のアルファクランクキックのメカニズムを考察すると、高度なスピードを生み出すのに、地面を、あまり強く「押す」必要がないというランニングフォームが存在するということになります。大きな dK の値は、キック脚の膝の力を「抜く」ことによって得られるようです。さらなる加速は、ヒップドライブ速度を高めることによっておこなわれるようです。図7の Yg30(アルファクランクキック)では、相対スウィング速度もうまく作用しているようです。
 「アルファクランクキックのメカニズム」とタイトルづけして考察してきましたが、この「アルファクランクキックのメカニズム」は1種類ではなく、異なる2種類のもの(図5〜図7のものと図8のもの)が含まれていました。しかも、その1つ(図5〜図7)は、アルファクランクキックに限定されたものではなく、ガンマクランクキックでも作用しているものでした。上記の考察から、これらの本質的な違いを表現すると、図5〜図7のものは「キック軸加速度比 aGO/g ピーク型」、図8のものは「キック軸加速度比 aGO/g 変化型」か「キック軸速度 dGO トラフ型」となります。
 加速のための「力」が生み出されるメカニズムに、(もっとかんたんな表現にすると)「ピーク型」と「トラフ型」があるわけです。「トラフ型」ではキック軸の長さが短くなる傾向を変換させる瞬間に対応しています。ここでも「力」が生み出されているはずですが、外部への変化としては現れにくいものとなっています。
 これまで提案してきた「ヒップドライブ」や「ヒールドライブ」に対応する言葉として、キック脚の足底のスパイク面に意識を集めることから、「ボトムドライブ」を提案します。上記の2つの種類を反映して、「ピーク型ボトムドライブ」と「トラフ型ボトムドライブ」と呼び分ける必要があります。ボトムドライブでは、キック足の踵が浮くということは本質的なことではありません。地面に対する力が、どのような状態で生み出されるかということが本質的なことです。
 図9は、図2に示した、私のアルファクランクキック KR22 についての詳細重心総合解析です。dG のピークと aGO/g のピークは一致しておらず、dG のピークは dGO のトラフのすぐ後にあります。明らかに「トラフ型ボトムドライブ」です。


図9 KR22(アルファクランクキック)の詳細重心総合解析
dG=7.4, dK=4.9, dT-dK=2.74, dS-dB=2.55, aGO/g=3.1

 このような技術を磨くためのコツは、これまで考えてきたものとは異なるようです。これについての、ある種の仮説はありますが、私自身の体を使った実験で検証する必要があります。老体にムチ打って調べたいと思います。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, June 30, 2013)

 

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