TNK_CとGATLINのランニングフォームの3次元モデル解析

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 3次元モデル解析で、TNK_CGATLINのランニングフォームを調べました。TNK_Cのほうは6歩、GATLIN2歩です。

1TNK_C6歩の速度グラフ(向かって右)とform325で の状態(左)ですが、速度グラフの上にあるほうの、赤と青のグラフは、キック脚の拇指球を基準にした身体重心の水平速度です。だから、それぞれの真ん中あ たりの値は、拇指球が地面に接地していますから、地面に対する身体重心の水平速度ということになります。それより下に描いてある、水色とピンクの速度グラ フは、スウィング脚の重心と身体重心の間での水平速度です。水色は紺色の脚(左脚)についてのもので、ピンク色は赤色の脚(右脚)についてのものです。図1のグラフを見ると、身体重心の水平速度に関して、5歩目の赤いグラフが大きなピークを持っています。

 図1で大きな速度をもっていた瞬間のフォームは、図1の左に描いてある、form325です。赤色の右脚でキックしています。これに対して、5歩目のフォームの前にある、4歩目のフォームの速度が小さな値になっています。これらのフォームで何が違うのかを調べてみましょう。

2と図3は、それぞれの速度グラフと、その最大速度の瞬間のフォームです。速度グラフで色がついている部分は、接地から離陸の推定区間です。4歩目の接地時間が長いのに対して、5歩目では短くなっています。

 図4と図5のグラフは「角運動量」について調べています。図4の青色は、キック脚の身体重心周り(向かって反時計周りが正値として)の角運動量の変化です。図4の赤色は、スウィング脚の身体重心周りの角運動量の変化です。図4の水色は、全身の、キック脚の拇指球周りの角運動量の変化です。図5では、色が変わりますが、同じような対応になっています。これらの角運動量のグラフで、もっとも目立つ違いは、図5の 赤いグラフの変化が、速度グラフの赤いピークと、ちょうど対応しているということです。身体重心に対して、赤い脚の角運動量が、ここで大きくなっていると いうことは、地面に拇指球が接地していますから、この状態で、赤い脚が、上体とスウィング脚を、腰点のところで、前方に押しているということです。

 図5の ピンク色のグラフが正の領域に突出していますが、この意味は、キック脚の拇指球に対して、全身が反時計周りに回転しようとしているということです。つま り、全身がすこし前方へと振られていることになります。これは、おそらく、キック脚が持っていた角運動量が、キック脚の拇指球が接地して、地面に下方が固 定されたので、キック脚だけでなく上体までを含めた部分の角運動に変化したものと考えられます。ところが、次に示すGATLINのフォームでは、この現象はほとんど現れていません。

 図6から図9までは、GATLINのフォームについて調べたものです。1歩目と2歩目とありますが、これらはゴール前の3歩ぐらいから取り出したものです。GATLINのフォームでは、2歩目のほうで加速しています。図7と図9を見比べて分かるように、図9での、紺色のキック脚の角運動量の増加が、加速の源泉です。

 GATLIN2歩目のform65になるまでの動きを、図10にまとめることにします。

10GATLIN55]からGATLIN65] のところで、青色のキック脚の、身体重心に対する反時計回りの角運動量が大きくなっています。身体重心から見ると、キック脚の膝や足が後方へと動かされて いることになりますが、足が地面に固定されているから、実際の動きは、その逆で、身体重心のほうが、前方に押されていることになります。このときのキック 脚の動きで顕著なのは、太もも部分の姿勢角でしょう。身体重心の高度はあまり変化していませんが、腰点からみたときの、キック脚の拇指球までの距離が大き くなっているので、キック脚の膝の角度が少し大きくなっているはずです。つまり、ここで、キック脚は、膝の角度をわずかに大きくして、腰から上を押し上げ ようとしているのです。しかし、この動きを、うまくランニングのために、向きを変えているのが、身体重心の持っている、水平に向かう「慣性」と、赤い色の スウィング脚の動きであると考えられます。スウィング脚は、身体重心に対して、およそ4m/s] の速度で前進していますから、これも、身体重心を水平方向に引く慣性力をもっていることになります。ここの議論は、少しおかしいかもしれません。このとき のスウィング脚の質量や運動量を含めたものが、身体重心の質量と運動量なのですから、スウィング脚についての考察は、身体重心の変化についての、一成分に ついてとらえていることになるわけです。

さ て、これらのことから考えると、キック脚の膝の角度を大きくしないで、地面をキックしていると考えるのは誤りで、実際は、わずかながら膝の角度を大きくし てキックしているということが分かりました。このようなランニングフォームが日本で始めて確認されたとき、これについて調べられた論文では、「膝をロック したキック」という表現が用いられていたので、膝の角度をまったく変化させないでおくのだと、ほんの最近まで信じ込んでいたのです。この「膝をロックした キック」という表現は冗長なので、これを「クランクキック」とよぶことにしていますが、この表現は、まだ「蔵の中」にあるかもしれません。また、このよう なフォームのコツとして、「身体重心の鉛直直下を踏みしめる」ということも言われていたので、まったく、そのような状態のことだけを考えてきてしまいまし た。ところが、このような解析で詳しく調べてみると、身体重心直下を下方にキックしているのではなく、身体重心直下にキック脚の拇指球があるときにキック を始めているだけで、実際は、わずかながら、後方にキックしているということが明らかになったわけです。ただ、そのような動きが、膝の角度を大きくする、 ほんの最初のところだけで、必要な力を生み出せているということが、なかなか理解できなかったということになるのでしょう。

  このようなメカニズムが、ぼんやりとでも分かりだすと、どのようなトレーニングをすることで、より速く走ることができるのかということが分かってきます。 ウェイトトレーニングの種目でいうと、ジャークで、腰にあるシャフトを上方に加速するときの、両脚を、膝で少し曲げて「く」の字型にしてから、伸ばして、 腰を上に動かすときの運動が、このようなキックでの出力パターンに対応しているでしょう。浅く沈むハーフスクワットから反発して立ち上がる動作でもよいは ずです。片脚でのキックなら、やはり、片脚跳躍走がぴったりかもしれません。マック式のスキップBで、上前方に跳ぶのもよいでしょう。

  つまり、ランニングスピードを高めるためのキックの動きは、キック脚の膝の角度を固定するのではなく、膝の角度を大きくするときの動きだったということに なります。ただし、その動きの、ごく最初の部分だけが必要なのであって、そのことを知っていると、「クランクキック」(膝をのばしきらないキック)になり ますし、知らないと、完全な「ピストンキック」(膝をのばしきってしまうキック)になってしまうわけです。

 キックのときに、キック脚の踵を浮かせておく必要はないようです。ただ、足首周りを強く固定しておく必要はあるでしょう。図10の真ん中にあるフォームのところで、キック脚の踵が地面に着いた状態でキックしてもよいということなのですが、ここで足首がしっかり固定されていないと、このあとの地面から受け取る抗力を逃してしまうことになって、うまく加速できないはずです。図10の最後のフォーム [65] の ところで、キック脚の踵が地面についているようなフォームだったとすると、キック脚の膝がそれほど前進していないことになり、その上にある身体重心の前進 向きへの変化も弱められることになります。キック脚の足首の角度は、ことさら大きく変化させる必要はありませんが、この角度を変化させないようにさせてお くということは、非常に重要なことのようです。

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