高速ランニングフォームのメカニズム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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  身体重心の鉛直直下で、キック脚を下方に踏みつけるようにすれば、結果的に高速スピードが得られる。このとき、キック脚の膝の角度が変化しないとみなされ ていたが、詳しく調べてみると、キック脚の膝の角度は、わずかに大きくなっている。しかし、ランナーの意識としては、地面を後方に押しているのではなく、 真下に押すようにしている。それなのに、観測してみると、水平速度が増して、加速が行われていることがある。これらの現象の力学的な仕組みは、いったい、 どのようになっているのだろうか。このことについて考察してみよう。

  図1はキック脚を地面に接地させた瞬間あたりのフォームであり、図2は、このときのキックの終了のフォームである。これらのキックの動きの中で、身体重心 の水平速度の変化を調べると、これらの図の、ほぼ中間に相当するあたりで、最大速度が得られている。図2のあと、日本選手の多くは、キック脚の膝の角度を さらに大きくしようと試みて、後ろに流れた脚を、巻き上げて、折りたたんで、前方に運ぶ動作へと移ろうとする。ところが、外国選手のなかには、図2のとこ ろでキックが終了しているとして、あまり後ろに脚を送らないで、このあと、脚を折りたたむことなく、前方へと引き出そうとする選手がいる。キック後の、こ のような動作の違いが目についてしまうが、このランニングでの主要な局面は、図1と図2の間にある。これらの関係へと戻ろう。

 図1と図2で用いている記号を説明しよう。Wを腰点と呼び、Kを(キック脚の)膝点と呼ぶ。Gは身体重心であり、Sはスウィング脚の重心である。キック脚が地面に接地しているときの代表点としてあるAは、このキック脚の足部の拇指球である。Hは、身体重心Gの、地面からの高さである。数字の12は、状態を区別するための添字である。

 図1に描いた三角形を見てほしい。△AGKである。添字の1は、区別がつくときは、書くのを省略する。これと、図2での△AGKを見比べてほしい。これらの三角形の辺AGの長さが異なることが分かるだろうか。図1では辺AGは鉛直に近い状態だが、図2での辺AGはかなり傾いている。これらの比較をするとき、身体重心の高度H1とH2が、ほとんど同じ値だということが重要になる。わずかにHのほうがHよ り大きいが、ここでの議論に影響するほどではない。身体重心が、ほとんど同じ高度を保っているのは、これがランニング中であるということが、原因の一つに あげられる。つまり、身体重心には、水平に移動しているという慣性が働くので、そのままの進行を続けようとしたがるのである。もうひとつ、慣性をもって運 動しているものがある。スウィング脚である。身体重心Gを支点として、スウィング脚の重心Sが振り子として運動しているので、身体重心は、この振り子を 引っ張っておかなければならないのである。逆に考えると、スウィング脚は、振り子として運動するために、身体重心を、GからSに向かう方向に引っぱってい ることになる。この動きも、ほぼ水平運動を続けようとする、慣性の一部と考ええることもできるが、ともかく、身体重心は、あまりかんたんに進行方向を変え ることができず、ほとんど同じ高さで移動しなければならないということになる。

  しかし、このとき、キック脚と身体重心がつくる△AGKの辺AGが長くなると、けっきょく図2のような位置関係にならざるをえないわけである。身体重心G の側から眺めると、キック脚の拇指球のA点を、後ろに送るしかないということになる。実際は、Aのほうが地面に固定されているから、身体重心Gが前方へと 移動するのである。このときの動きが、それまでの水平速度より大きければ、水平に加速されたことになる。このときの動きが、仮に、それまでの水平速度より 小さくても、慣性が働いているので、ほぼそのままの速度を保つことだろう。

  ここで、図3のことを説明しておかなければならない。上記の図1は「キック脚の接地」、図2は「キックの終了」として描いたが、このときのランニング フォームを詳しく調べてみると、これらのほぼ中間にある、図3のフォームあたりで、身体重心がもっとも大きな水平速度をもっていることが分かる。このとき が「キックポイント」なのである。速度が最大になるところを「キックポイント」と呼び、力が最大になるところを「パワーポイント」と呼ぶことにすれば、こ のときの「パワーポイント」は、およそ図1のあたりにある。わずかに「ずれる」のである。しかし、選手の感覚としては、これらの差を意識することはできな いだろう。ともかく、高速ランニングフォームでの「キックポイント」は、図3のような姿勢のときである。本当に、「身体重心の鉛直直下」にキック脚がある といってもよい。実際には、わずかに後方へとずれることになるが、これは理論的な問題で、選手の感覚としては、ほとんど「身体重心の鉛直直下」である。

 ところで、このようなメカニズムが分かると、高速ランニングフォームを生み出すための条件のようなものの説明がつくようになる。そのことについて考えてみよう。

 変化は非常に わずかなので、キック脚の膝の角度が広くなろうとしていることは、観測されにくいだろうが、図1の状態から図3の状態に移るとき、△AGKの辺AGの長さ が増えるはずである。この距離AGが大きくならなければ、身体重心の高さHが変わらない状況では、身体重心Gが前に進まないことになる。このときのAG長 は、キック脚の太もも周囲や臀部の筋力によって伸ばされているようだ。キック脚の太ももの姿勢角が変化していることが観測できるし、キック脚全体の角運動 量を調べると、これが大きくなろうとしていることが分かる。つまり、キック脚は、膝を曲げた状態で、腰に対して、この脚を後ろへと動かそうとしているわけ である。視点を変えると、キック脚の太もも部分が、より姿勢を起こして、腰を前方へと送ろうとしているといえる。これらのことから、キック脚の膝の角度 が、わずかではあるが、大きくなろうとしていることを理解しておいてほしい。たとえば、バーベルをジャークなどで、腰から上へと上げるとき、少し膝を曲げ た状態で、脚を動かし始めるときの、力が問題になるのであり、そのあと、膝が伸びきるかどうかということとは別問題なのである。加速には力が必要である が、そのとき、その力を生み出す部分が、大きく動く必要はないわけである。しかし、現実としては、少しは動くし、そのまま動き続けることもある。まったく 動かないわけではない。ここのところを理解しておかないと、形だけ高速ランニングフォームに見えても、決して速くは走れていないということになる。高速ラ ンニングフォームの形をなぞりつつ、その、力の入れどころで、瞬間的に力を生み出さないと加速できないのである。

  もうひとつ、大切な要点がある。キック脚の膝から下の部分は、どのような役目をしているかということである。たとえば、図2に戻って、キック脚の足首に力 が入っていないときの状態を想像してみよう。このとき、足首の角度がもっと狭くて、踵が地面についてしまっていたら、どのようなことになるだろうか。踵を 地面につけるから、膝がもっと踵の方向に移動することになり、△AGKの辺AKの長さが短くなってしまうわけである。すると、作図してみれば分かるだろう が、△AGKの辺AGの長さも短くなってしまうだろう。こうなれば、身体重心Gを前方へと押し出すための、辺AGの傾きが不足することになり、身体重心へ の加速ができなくなるかもしれない。このようなことから、キック脚の膝から下の部分は、積極的に辺AKの長さをのばさなくてもよいが、足首に力をいれてお いて、足首の角度を一定に保つようにして、辺AKの長さを変えないということが重要になるのである。大きな力を生み出さなくてもよいが、太ももあたりで生 み出された力を、そのまま地面に伝え、その反力を身体重心のほうへと送るためには、足首あたりが、ゴムのように柔らかくなってはだめなのである。

  このように、力学的な観点から、キック脚などの役割を理解すれば、これらの効果を生み出して、高速ランニングフォームのレベルを高めるためには、どのよう なことをトレーニングすればよいかということが分かるだろう。これまでに実際行われてきたトレーニングについて、その効果についての意味を理解することも できそうである。これらのことに関しては、また、別のタイトルのもとで説明することにしたい。

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