スプリント・ランニング・トレーニングのメニュー構成法(3)
/ゆるやかな坂
Menu Forming Method of Sprint Running Training (3)
/Gentle Slope

黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI)@黒月解析研究所


PDF スプリント・ランニング・トレーニングのメニュー構成法(3)/ゆるやかな坂

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 「メニュー構成法(1) /文献資料調査」で「陸上競技 君だけのメニューつくり マニュアル」という本[1]を紹介した。私は何千人にも達する選手のメニューを作って、それを管理して、ある程度の実績を生み出していたので、この本から新たに得られるものは少なかった。
 それでも学ぶことは、ある。「04 強くなる『特効薬』はあるか」のところに、重要な「コツ」が記されていたのだ。
 「陸上競技 君だけのメニューつくり マニュアル」の著者である阿部征次が、「あるチームの短距離、跳躍の選手たちが、揃ってぐんぐん伸びた」ということを知り、その理由を探るために出かけていって観察した。
 「グラウンド脇にある傾斜走路を、選手たちがバウンディングしていた。」
 阿部征次は、このトーニングについて、「故障しないのかな。いや故障するはずだ」と思ったそうだ。そして、結論はと言うと、そのチ―ムは故障者が続出し、快進撃はストップした。阿部征次は、このとから、「特効薬と副作用」という考えへと進んでいる。チームを強くする「特効薬のような練習法」があったとしても、それには「故障しやすいという副作用」がともなうということ。「下り坂バウンディング」は「翌シーズンのケガとなってあらわれました」と、まとめている。
 私は、ここの記述の展開に賛成できない。「故障者が続出した」というのは一時的な現象であり、このことを踏まえて、「故障者を出さない調整法」を見出せばよいだけのことだからだ。
 マック式トレーニングにある「スキップB(ツー・スキップもも上げ振り出しB)」が膝への負担が大きいと記されてあったので、私は、発育途上の中学生には、あまり行わせなかった。これが間違いだった。負荷は確かに大きいが、少しずつ慣らしてゆけば、たいしたことはなかったはずだ。
 阿部征次が問題視した「坂下り斜面におけるバウンディング」も、順次、負荷の強度を高めてゆき、負荷と休養のサイクルを正しく管理してゆけば、何の問題もないはず。おそらく、故障者が続出したという、そのチームは、策におぼれ、成果を求めすぎて、無理なサイクルに挑戦したのだろう。
 私は20歳台のころ、地方の中学校で陸上競技を指導していた。いろいろなことがあって、40歳代のころ、東京で、指導者のいない高校生や大学生たちを指導した。このとき、「このくらいのトーニングなら、(私が教えていた)中学生でもこなせる」という言葉を、言いたくなっては、がまんしていたことがある。これは「慣れ」の問題なのだ。私が教えた中学生たちが、特別に優れていたとは考えられない。普通の、田舎の、平凡な子供たちだった。それでも、少しずつ鍛えてゆけば、びっくりするように変わってゆく。
 故障については、ほんのわずかなエピソードを思い出すくらいだった。故障しないようにと、少しずつ負荷量を高めていった。選手の状態を見極め、故障しない限度の、ぎりぎりの「強い負荷」をあてがってゆく。その積み重ねが、大きな違いを生み出す。
 私は中学生を指導していたので、強くなるのは高校生や大学生になってからでもよいと考えていた。しかし、そのような、成果を強く求めたくなる、高校生や大学生のチームを指導していれば、「策におぼれ、成果を求めすぎて、無理なサイクルに挑戦」するのかもしない。
 そもそも「下り坂バウンディング」とは、どれくらいの負荷量となるものなのだろうか。実際には、これまで行ったことが一度もないので分からない。
 そこで私は、自分の身体を使ってテストしてみることにした。たまたま、先週の日曜日には、ほぼ3年ぶりに陸上競技場のオールウェザー走路で、高速ランニングフォームが、まだ再現できるかどうかを確認するランニングトレーニングを行った。100mの軽いテンポ走を何本か、おそらく10本未満の数で行っただけであったが、翌日からの数日、私は速筋トレーニングがうまくいったときの筋肉痛で、ぼろぼろになっている肉体ロボットを操作し、複雑な手作業による仕事をこなさなければならなかった。
 次の日曜日、その陸上競技場では民間の団体による競技会が行われていて使えなかった。それに、そこには、適当な傾斜の坂はなかった。私は、その日、森の図書館に行く必要があった。この図書館は広い公園の中にあり、駐車場が幾つかに分散している。その、西の駐車場のところに、大きな芝生広場がある。丘陵地にあった森を切り開いて整備されたもの。完全な平地にはなっていなくて、ゆるやかな傾斜が、そのままに残っていた。この芝生広場なら、「下り坂バウンディング」に適している。
 森の図書館での用事をすませて、この芝生広場でトレーニングを始めることにした。天気も良かったので、小さな子供と親たちが、バドミントンの羽根を打ち合ったり、サッカーボールを蹴り合ったりしていた。
 さて、いきなり「下り坂バウンディング」をするのは危険がともなう。まずはウォーミングアップのジョギングと筋肉を伸ばすストレッチ体操をしなければならない。私は、公園の起伏を利用した、ほとんどクロスカントリーのようなコースでジョギングを行った。
 芝生広場の奥から駐車場へと傾斜が下がっている。私は、広場の奥から、とりあえず、軽いランニングをすることにした。スピードを追求するための坂下り走ではなく、本来なら平地で行う「フロート」もしくは「テンポ走」である。  私は、左の太ももの表側に軽い痛みを覚えた。故障というほどのことではなく、速筋トレーニングにおいて高負荷が生じたための、筋肉による「叫び」だった。ようするに、このときの負荷に対して、左の太ももの表側の筋肉が、うまく対応できていないのだ。
 私は、このような「坂下りランニング」において、2種類の走り方ができるということに気がついた。一つは、かつてから行っていたもので、下り坂の傾斜面とほぼ平行に身体重心を向かわせようとするもの。スピードが高まり、ピッチも上がる。この走り方なら、芝生ではなく、アスファルト面でも行うことができた。逆に言うと、これまで、土の適当な走路が見つからなかったので、陸上競技場の近くにあるアスファルト面の道路を利用して、生徒たちともども、坂下り走を行ってきたのだが、芝生の適当な走路も見当たらなかったので、斜面と平行な走り方しか、することができなかったということになる。
 ところが、この日の芝生広場では、芝生の柔らかさと、傾斜面のおだやかさがマッチングして、もう一つ別のランニングを行うことができた。それは何かというと、平地面で行う、通常の感覚によるランニングである。つまり、斜面でのランニングにおけるキック局面で、身体重心が、地球の重力の方向に対して90度の角度をもつ方向へと沿うように、飛び出すのである。実際には、少し上方へと飛び出すことになる。斜面を下る方向で走っているので、重力の助けがあって、スピードは高くなるのだが、ピッチを上げないようにして、ゆったりと、のびのびした感覚で走るのである。おそらく、「ロングストライド走」と呼べば、この走り方の感覚が分かってもらえると思う。平泳ぎで「水に乗る」と言われる感覚に準じて、「空気に乗る」感覚で走る。スウィング脚の膝から下が前方へと延びる「間」を感じとる。
 芝生斜面においては、この「ロングストライド走」が、かんたんにできるのだった。そして、この「ロングストライド走」が速筋トレーニングとなり、「筋肉によく効く」のである。これは意外な発見だったが、考えてみれば、納得がいく。芝生斜面におけるロングストライド走においては、通常の平面におけるランニングに比べ、より高い身体重心軌跡をもち、そこからの落下における下方スピードの増加に抵抗して、次のキックを生み出さなければならない。まさしく、これは速筋トレーニングのポイントを押さえたものとなる。「疑似トランポリンジャンプ」をやりながら走っているようなものである。しかも、坂下りなので、全体的なスピードが自然と高まる。これがまた負荷量を大きくする。
 私は「効く、効く」と心の中でつぶやきながら、この「芝生斜面の坂下りロングストライド走」を何本も繰り返した。途中に、「坂下りバウンディングの負荷量を調べにきたのだった」ことを思い出して、「坂下りバウンディング」もやってみたが、こんなものは、おそれるほどのものではないということが分かった。私は若いころ三段跳も専門種目としていたので、バウンディングは得意だった。「坂下りロングストライド走」と「坂下りバウンディング」を比較してみると、「坂下りロングストライド走」のほうが、「落下高度」や「スピード」の面で、「坂下りバウンディング」を大きく上回っていることが分かった。
 かくして、私は、「高速ランニングフォーム」のためのパワーを発達させるための「スプリント・ランニング・トレーニング」の一つとして、「坂下りロングストライド走」というものがあることに気がついた。このトレーニングの負荷量は、かなり高い。しかし、心理的には、とても簡単に行うことができる。負荷量をさらに高めるには、ウェイトベルトを腰につけることや、ランニングスピードを高めること、より高く、より大きなストライドになるようにして行うなど、各種のバリエーションを生み出すことができる。冬季トレーニングとしてだけでなく、シーズン中でも、容易に加えることができる。
 やってみれば分かることだが、少し前まで80キロくらいだった私の体重は、ここ2週間で84キロへと増加した。これは皮下脂肪や内臓脂肪などの贅肉がついたためではない。太ももの筋肉量が増加したことによるもの。この2週間に私は、陸上競技場でテンポ走を何本か行ったのと、芝生広場で「坂下りロングストライド走」を何本か行っただけである。その間の仕事においては、ロボットスーツのようになった肉体に乗りこんで、日々の仕事を続けながら、筋肉が超回復するのを待っていただけである。
 もちろん、スプリンターとしての成果を生み出すには、トレーニング期における「仕上げ」が必要となろう。スタートダッシュやタイムトライアルなどなど。せっかく80キロにまで減量できて軽くなっていた私の身体も、きちんと走るためには、ふたたび85キロくらいになってゆかざるをえない。中年の「おっさん」の身体とは、そのようなものかもしれない。
 おそらく、この「坂下りロングストライド走」の「副作用」は、「坂下りバウンディング」を大きく上回るはずだ。これまでの限界を超えて、強くなる可能性もあるが、故障する可能性も大きい。日曜日だけトレーニングしている、ほとんど趣味感覚の、私のような状況ではなく、試合などが立て込んでいる学生たちでは、その危険性は、とても高い。大学生たちは、対校戦などの試合や記録会をやりすぎていて、ランニング能力のベースを高めるためのトレーニングをやるための期間を生み出すことができていない。そして、もてるだけの資質をすり減らして、基礎能力の貯えを使いきってゆく。「スピード障害」「肉離れ」「シンスプリント」などなど、トレーニングの迷路となる現象があふれている。
 じゅうぶん注意してトレーニングしていってほしい。
 (Written by Kinohito KULOTSUKI, Oct 12, 2011)

 参照資料

[1] 「陸上競技 君だけのメニューづくりマニュアル」阿部征次著、ベースボール・マガジン社刊2004


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